雪歩が発掘調査をはじめたようです。   作:Brahma

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翌日電話が文化財保護課にかかってきた。



第5話 知らない間にクレーム発生ですぅ

「たるき三丁目8-72の調査とやらをやっている担当者はいるか?」

「どなたですか?」

「コスモプロ不動産社長の大伴だ。」

「コスモプロ不動産の社長さん自ら、どのようなご用件でしょうか?」

「なんであんなに盛大に掘っているんだ。試掘じゃなかったのか?」

「はい。そちらは確かに試掘調査をしていますが?」

「あんなに掘るのは本掘(※本調査のことを指していると思われる)じゃないのか。」

「いえ、遺跡が有るかないかの調査なので試掘調査です。むしろ本調査よりも広く掘ります。」

「話にならん。課長をだせ。」

「はい。課長の高木ですが。」

「あんなに掘るように指示したのか。」

「遺跡があるかないか確認するための調査は、先ほど菊池が申しあげたとおり、土地の全体を調査するので広くなります。本調査はそのうち遺跡が出た場所を調査することになるので狭くなる場合が多いです。」

「いままでの敷地全体に対する試掘調査の範囲の実績を出せ。」

「わかりました。時間をいただきたいのですが?」

「明日までに出せ。」

「はい。なにぶん非常に件数が多いので...明日までにできる限りのデータは出すことにします。」

ガチャン

「なんか失礼な方だったな。」

「その人、美樹が図で説明したの。」

美樹がトレンチの配置図を取り出す。雪歩はそのとおりに掘っているだけなのだが、地表からトレンチの深さが90cmで、トレンチの中に土がこぼれないように盛ると土の山が2m近い高さになっているのだ。それに目をつけて激怒しているに違いなかった。

「図面トレース用のイラストレーターを読み込ませているパソコンはあるが、いちいち図面をスキャンして面積計算は...。」

「概数になるけど二人で手計算したほうがどう考えても早いの。」

「なんか、たいへんなことになってるわね。あたしにも手伝わせなさいよ。」

「伊織、ありがとう。」

「みずくさいのよ。三人だったら300件くらいできるし、それだけやればさすがに納得するでしょ。」

幸い2mトレンチや2mグリッドで調査をしているため、トレンチの長さやグリッドの数で計算できる。遺構が確認されて広げた部分も四角形になるように重機でひろげているので数は多いが算数のレベルで計算できる。

「2m×75mのトレンチが6本だから900㎡、2500で割ると36%なの。」

「ほかの現場をみると50%なんてざらだね。」

「全体を調査しようとするとどうしても面積が広くなるの。」

「この現場なんて90%以上表土をはがしてる。」

それは、奈良平安時代の住居跡と掘立柱建物跡が確認された現場の道路を隔てて南側だった。奈良平安時代の遺構の分布は大規模集落でなくて散発的に出てくる場合がある。ただ、掘立柱建物跡のようなものは単独で出てくることは少なく、一本一本の柱の穴は、数十センチから1mほどであり、グリッドやトレンチなどの方法では見落としてしまう可能性があるのでそれこそ盛大に表土を除去したのだ。

「美樹が意外にないかも、って言っても秋山君が掘ってごみ穴しかでてこなかったの。」

「写真も用意しておくか。」

「なんかトレンチよりも重機が大写しになってるの。」

「ああ、これは国庫補助金の試掘調査の報告書だから、重機が大写しになってるんだよ。」

国庫補助事業では、なににお金を使ったか年度末に実績報告書を提出する。その際、どのくらいの大きさの重機を使ったか報告するので、わざわざ重機を大写しにするのだ。現像プリント代節約のため、発掘報告書の巻末写真にも同じものをつかっている。

一時期納品されていない発掘報告書が補助対象経費になっているため補助金の返還になったというという話が新聞記事をにぎわせ、Wikipediaにも載っているが、予算がつかないからと当該年度中に土器や住居跡など遺跡の内容についてまで本報告書をだそうと無理をするからで、概要報告書や試掘調査のみの報告書にしておけば年度内に作成できるし、万一編集作業が年度末までに間に合わなければ、補助金の対象経費から発掘報告書を除く手もある。

 

なお申請しさえすれば前年度の調査を次年度に刊行することも可能だ。というのも補助金を交付するほうの国の役人ももと発掘経験のある学生だったりするので、ほかの現場もやらなければならないとか、遺物の実測、図面作成、写真撮影、遺構の図面整理、報告書原稿の編集執筆なんて同じ年度にやることは昼間現場指揮でくたくたになっているのに残業をしたって不可能なことを知っているからそのように制度をつくっている。さらに言えば夜パートさんを雇うわけにもいかない。

 

それはさておき、誠と美樹は、試掘調査の図面を300枚ほど用意し、翌日の窓口をむかえた。

「コスモプロ不動産の大伴だが。昨日頼んだものはできているか。」

「この図面と写真です。そしてこれが比率です。」

決して三丁目8の現場が広く掘り起こしていないことがわかる。300件あればさすがに納得せざるを得ない。

大伴社長はしばらく図面と写真をみくらべていた。重機の掘った土の山が高い現場もめずらしくないことをみて、顔から怒りが消えていくのが見て取れる。

「それではうちの現場は、なんであんなに土が出るんだ。」

「別の現場ですが、たるきA遺跡のこの現場の写真を見てください。深さ1mまで掘らないと遺構確認面、すなわち関東ローム層がみつからなかったのです。たるき三丁目8の現場は深さ90cmあるから土の山が高くなったんだと思います。」

「そうか。わかった。」

ようやく納得して帰っていった。

「この現場は、建物の基礎が地表から30cmだから、遺跡が出る面から基礎の下端部まで30cm以上あるから建物が建つ部分は本発掘調査しなくてもすみそうだな。」

「道路部分の本発掘調査と土の転圧が問題なの。」

「試掘でどこに何がでてくるかだな。」

「なにも出てこなければいいのに。」

「そうだね。」

美樹と誠は笑いあった。

 

一方、発掘現場は、第三トレンチを掘り終わったところだった。

黄色い赤土のなかに真っ赤に焼けた粘土質の土のかたまりがみつかる。おそらく奈良平安時代の住居跡のカマドだ。西側に長方形の住居跡の本体があるにちがいない。

重機が第四トレンチを掘り始める。パートさんたちが遺跡がないかどうかジョレンで重機が掘り下げて出てきた関東ローム層の面をきれいにする。この作業で住居跡などの遺構の形が赤土の中に黒っぽく浮かび上がってくるのだ。

「あぶないので、ユンボから、えっと5mくらい離れてください。」

雪歩は、パートさんが重機に近づきすぎないように注意をする。

しかし、がまんできなくなったのかカマドが見つかった第三トレンチから第四トレンチに向かって、うんしょ、うんしょと掘り始めた。

予想通りだった。赤土のなかに黒っぽい土が姿を現す。ちょうど第三トレンチと第四トレンチの間に褐色の長方形になって浮かび上がってくる。その表面には赤茶けた土師器と灰色の須恵器の破片がぱらぱらと散乱している。

「先生、来てください。」

「はい。行きますぅ。」

第四トレンチからも黒っぽい長方形が姿を現す。その表面にやはり土師器と須恵器が散乱している。東側の第三トレンチとの間にカマドが隠れているようだ。この現場の2号住居跡になる。

雪歩はもじもじしている。重機のオペレーターが男性なので話しかけられずにいるのだ。パートさんの一人が気を効かせる。

「先生、なにかオペさんに伝えることがありますか。」

雪歩は顔を赤らめる。

「オペさんに、この住居跡の東側の上の土を掘ってどけように伝えて...」

と言いかけて、なにか決心したように

「わたしが行きますぅ。」

という。

重機のオペレーターは、重機をとめ、そばで作業しているパートさんの一人に手招きして話しかける。

「もしかして、新しい先生は元アイドルの萩原雪歩なのか?」

「実は...そうなんです。」

「なるほど。男が苦手だとは聞いていたが...いや、秋月先生から聞いていたんだ。今度の現場は、俺に来てほしいって名指しでさ。理由聞いたら日高さんは、考古学に興味もってるから遺跡が出たらどこを広げたらいいかわかるからだっていうんだ。いやそりゃ先生の受け売りだよ、それで、今度の現場は、秋月先生じゃないのかってきいたら、実は新人の女の子で...ってもごもご言ってるんだよな。」

パートさんは苦笑する。雪歩の現場は女性ばかりだ。実際発掘現場は女性が多い。重機で土を除去するので特に男性でなくても作業できるし、図面作成や測量機材のあつかいであれば男女差がない。むしろ男性は単純作業をしたがっていやがることが多いため、勢い女性たちがやることになる。

オペレーターの日高氏は雪歩に話しかける。

「先生。」

「は、はい。」

「ここ住居でてるんだろ。東にカマドがあるから掘ってほしいってことでいいのか?」

「はい。」

雪歩はにっこり微笑んでぎゅっとこぶしを握る。

日高氏は微笑むと、住居跡の東側の土を丁寧にどける。

黄色い赤土のなかに真っ赤に焼けた粘土質の土のかたまりが現れる。

「あとは、このトレンチの続きを掘ればいいんだな。」

「はい。」

日高氏はトレンチを掘りながら考える。重機をとめてそばのパートさんを呼ぶ。

「先生は、あそこをBMにしてるのか?」

「はい。そうです。」

「そうか。じゃあ平板を置くのにあのへんの土の山がじゃまになるんだな。」

「そうですね...。」

「まあ、あとで確認のために先生に図面みせてもらうよ。」

「そうですね。そのほうがいいと思います。」

日高氏は雪歩が自分に指示する形をとりつつ、あまり自分に話しかけなくてもよくするにはどうするか思案していた。




オペレーターの日高氏とは、実ははじめ作者の脳内に優秀なオペさんが思い浮かんだのですが、アイドルマスターSplash RedのドラマCDで舞が876プロの事務所を重機で壊す場面があったことを思い出し、その重機を貸した親戚という設定にしましたw

ちなみに自分の知る範囲でこんな気の効いたオペさんはいないので、雪歩仕様ということですw

加筆修正。伊織登場^^(7/30,1;19)

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