雪歩が発掘調査をはじめたようです。   作:Brahma

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「う~ん。これで窓口に人が来たらいつのまにか起きてるんだから星野殿は不思議です。」
育夫は苦笑しながらつぶやいた。

※現実にはこんな器用な人はいないので、首長宛に苦情が通報され、本人は厳重注意を言い渡され、総務関連部署から厳に注意するようにという文書が出ます。


第3話 波乱の補助金事務ですぅ

「さて、新入職員として萩原君をむかえたことだし、今年度の課内の事務分掌の打ち合わせをしたいのだがいつがいいかな。」

「明日の午後2時がいいんじゃないかな。」

「誠は自分の都合ばっかりじゃない。わたしは出張があるんだからね。」

「伊織、じゃあホワイトボードに書いてくれよ。」

「今週初めの打ち合わせには話してるし、出張命令簿にも書いてるわよ。覚えてない誠がわるいんじゃない。」

ううう...伊織と誠はにらみ合う。

「あの、ふたりとも...けんかはやめようよう...。」

「「雪歩は黙ってて!!」」

「ふええ...。」

ふたりはわれに返って

「「萩原さん...ごめんなさい。」」

「いえ...後輩ですから雪歩でいいですぅ。」

「えっと話をもとにもどしましょう。自分も明日の午前中がいいであります。」

「美樹はって...寝てるし....。」

「美樹的にも午前中がいいって思うな。」

みなにとってはいやに説得力があるように感じた。

「わたしもそれでいいと思いますぅ。」

「では,明日の朝にしよう。週初めの打ち合わせのすぐ後にやることにする。それから、釘宮君、みんなが予定を把握できたほうがいいからホワイトボードには書いておいてくれたまえ。出張命令簿を早めに書いてくれるのはとてもうれしいがな。菊池君も自分がみんなの予定を忘れそうだったら君がホワイトボードに書いてくれてもいいんだぞ。」

「「はい。」」

 

翌日、文化財保護課内の打ち合わせである。

「ということで今年は、72000平方メートルの花鳥風月ニュータウンの第一期工事がある。それでこのニュータウンの調査と並行して市内の小規模調査をやらなけれなならない。」

「なるほど、丘陵地帯を三段に平らに削平するんですね。」

「え...なに...九三?...九三って??」

美樹はねぼけている。会話の中の丘陵の「きゅう」と三段の「さん」だけが聞こえたのだろう。

「美樹!」

「はいなの。」

皆ないつものこととはいえあきれ顔だ。課長が話をもどす。

「う~ん、学芸員は皆持っているが、考古学専攻だったのは、星野君と秋山君と萩原君だったな。」

「今度のニュータウン計画は縄文時代中期後半の加曾利E式の集落跡と古墳時代後期の集落跡が集中している地域だな。」

誠がつぶやく。

そこで美樹が手を上げる。

「はい。」

「星野君。」

「秋山君がやればいいって思うな。ニュータウンのほうは。」

「どうしてだ?」

「雪歩...萩原さんには、はじめてだから小規模開発と補助金事務を覚えてもらったらいいと思うの。」

「そうだね。僕もそう思うな。」

「って、誠まで。あたしには美樹は楽しようとしてるようにしか見えない。」

「でこちゃん、美樹だって考えてるんだよ。小規模のほうはいつ開発の問い合わせがあるかわからないの。奈良平安時代のどこから出てくるかわからないと思われてる住居跡の調査をやるために美樹と雪歩...萩原さんが事務局にいたほうがいいと思うな。」

「自分もそれでいいと考えるであります。萩原殿、最初の年なので補助金の事務を覚えてください。」

全国の自治体の試掘調査と個人住宅の調査は、国庫補助事業で、半額の補助がもらえることになっている。そしてその補助裏と呼ばれる経費、本来はその市町村がもちだすべき経費に対し、さらに半額、全体の1/4を県が補助してくれる都道府県もある。765県は、その1/4の補助がもらえる県であった。

「えっと、国庫補助金の交付申請書の提出締切は、4月16日....あと一週間ないじゃない。」

伊織が書類を見直しておどろいたように叫ぶ。

「なになに、県庁7階の第2会議室だって?」

「その日に765県が審査受領会をすることになっているの。」

「うむ。打ちあわせが終わったら萩原君の交付申請書を手伝ってくれたまえ。」

「「はい。」」

 

文化庁からの通知から提出日まであまり時間がない場合、県の担当者がすぐに電話で知らせてくればいいが、のんびりしている担当者もいるので後者にあたると市町村はたいへんなことになる。また市の内部で文書を各課にわりあてる文書課も膨大な書類が来るので、優先順位で連絡箱へ入れるわけではない。さらに担当課の書類が多すぎて受付が遅れたりということもある。

「えっとね。萩原さん、これを見るであります。」

育夫が開いて見せたのは765市の例規集であった。決裁規程のページを見せる。

「補助事業の総額が800万円で、決裁区分は、補助事業の場合は総額でってことなので、500万円以上だから...。」

「市長決裁なの。」

「いそがしいな。すぐにでも取り掛からないと間に合わないぞ。市長の出張やらなんやらで秘書室に3日くらい起案が止まることがある。」

起案とは、いわゆる稟議書のことであり、金額や重要度によって決裁区分が、市長、部長、次長、課長となっている。

パソコンを開いて、パスワードを入力し、

「26年度国庫交付申請書」のアイコンをみつけてクリックしてひらく。

「これって日付と発番をとりあえず直せばいいんだよね。」

文書の上から三分の一ほどの中央に補助金交付申請書の表題があり、文書の右肩には日付と発番がある。

平成26年4月になっているのを27になおし、765市教文第876号になっている876の数字を消す。発番も765市の例規集の文書規程に載っている。教育委員会文化財保護課の略で「教文」だ。

「うん、それから補助金の申請書の添付書類の「収支予算書」は、一円単位で収入と支出が合わないといけないのであります。」

「え~、それじゃあいくら計算してもあわないですぅ。」

「消耗品については、こまかく内訳を書く必要はないのであります。」

「設計書、仕様書は、内容を変える予定がなければ前年とほぼ同じ、日付だけは注意するのであります。」

「発掘調査が予想される遺跡の図面および写真は、遺跡地図のコピーのデータとこの写真のデータを使うであります。」

「ふむふむ。わたしが新入職員だった頃は、いちいちL判をプリントして、遺跡名のキャプションもつくって台紙に張り付けていたものだが。伝票はカーボンで、起案書はディスクペンで書いたものだったのだがな。」

課長がつぶやく。

文書作成システムで文書管理をクリックし、起案文書をえらぶ。

「国庫補助金交付申請書を提出してよろしいか伺います。」と入力し、さきほどつくったばかりの補助金交付申請書のワードデータを画面上の参照ボタンで検索して添付ボタンを押す。

「できましたあ。」

「教育長までは電子決裁だから課長から上は教育総務課に電話すればいいのでありますが、市長決裁だから、プリントアウトしたものを午前中に直接秘書室にもちこむ必要があるのであります。」

「はい。課長、起案しましたあ。電子決裁お願いします。」

「ふむ。」

課長は画面上で県から来た補助金の通知文書を照合しながら、添付書類がそろっているか、日付がちゃんと27年度になっているか、補助事業の始まりと終わりが矛盾していないか誤字脱字がないか確認し、電卓を打ち始めたが、収支予算書がエクセルであることに気付いて、画面上の電子決裁のボタンをクリックする。

そして生涯学習部長に埋蔵文化財の国庫補助事業の申請書である旨話す。部長は二つ返事て微笑み、電子決裁のボタンをクリックしてくれた。

「萩原君。教育総務部に連絡してくれたまえ。教育長にみてもらおう。」

「はい。」

雪歩は画面上の印刷ボタンをクリックして、起案文書がプリンターから打ち出される。それを綴じて、課長が教育総務部へ行き、教育長室へもっていく。

「うむ。これを秘書室へもっていきたまえ。」

「はい。本庁へ行ってきますぅ。」と言って、

雪歩は事務室を出て行った。

 

15日。

「はい、文化財保護課、菊池です。」

「秘書室です。決裁がおりました。」

「雪歩、決裁がおりたって。」

届出書や試掘の準備のためにどこを掘ろうかと現場図面を眺めていた雪歩は、

「はい。」と元気のいい返事をする。

(受領会に間に合ったですぅ。)

「「「よかったね。」」」みんなが祝福する。

 

 

翌日、県庁7階第2会議室は、ふだんと様相が違っていた。普通の年は現場や土器などの遺物の整理作業優先で、文書担当の事務員の女性や背広を着た男性が多いのだが、作業着をきた若い男性が多く、なかにはPおぼしき雪歩の顔のTシャツや765プロの文字が書かれたTシャツが作業着からのぞく。下着までは服務規程や被服貸与規程で定めていないので、ここぞとばかり着ているのだ。皆上司に自分がつくった文書だからと説得して出張してきたのである。

なにしろ、今年の審査受領会は、学生時代に、生っすか!レボリューションで、「雪歩の遺跡掘りますぅ。」や「雪歩の掘り出された古代の宝物紹介しますぅ。」と銘打ち、発掘現場をとりあげたり、地方の博物館を探訪して紹介するコーナーで、考古学人気が上がったことで、一躍考古学界のヒロインとなっていた雪歩が来るのである。だからふだん審査受領会なんか来ない隠れPである発掘担当者自ら来ているのだ。

 

普段発掘調査の担当者は、緑色のSKETCH BOOKと表紙に金文字のかかれた測量野帳をもっている。手帳や発掘調査で気が付いたことを記録するためだ。その野帳をサインをもらうために新調している猛者もいた。

 

皆落ち着かない様子で、審査受領会の会場を見回している。

県の文化財保護課は、万一だれか一人でも交付申請書の待ち時間に雪歩へサインを求める行為をしないよう、「765市様」という部屋を別室に設けた。

雪歩は、

「変ですぅ。なんで私だけ別室なのですか?」

と765県の職員にたずねる。県の担当者は苦笑して、

「わたしも、すぐにでもサインをいただきたいのですが...執務時間中ですので...もしかしたら、がまんできない方もいるかもしれません。一人はじまったら芋づる式になりかねないので。こちらでお待ちください。」

と答える。

そしていよいよ雪歩に順番が告げられ、彼女は受領会の会場に現れる。

わあっと会場は歓声が満ちる。万一の抜け駆けがないよう県の職員が3名雪歩をガードしている。

雪歩は席に座ると満を持して申請書をとりだしたはず...だった。

「765市さん、これは...?」

よく見ると上司の印がならんでいて、提出してよろしいかなんて書いてある。

間違えて起案文書を持ってきてしまったのだ。雪歩は蒼白になる。

そこへ誠が飛び込んできた。

「雪歩、萩原さん、忘れてる。」

市長印の押してある申請書を持ってきた。雪歩は今度は赤面する。

「ごめんなさいですぅ。こんな私は穴掘って埋まってますぅ。」

いつの間にかスコップを取り出した雪歩を見て、周りのP、じゃなくて発掘担当者も県の職員も

(ほんとに現場以外も穴掘るんだ)と一瞬驚いてかたまって眺めている。たが誠は

「雪歩。だめだよぉ。」

ととめる。われに返ったみんなもあわてて雪歩をおさえて、県庁7階の床はなんとか守られた。

 

翌日付けで、765県から取扱注意で文書がだされてこのように書かれていた。

「当庁の職員にも周知したところであるが、市町村におかれましても、交付申請書、実績報告書等の審査受領会に発掘調査現場の道具の持ち込みや元芸能事務所勤務の特定の市町村職員に対し自筆署名を求めようとする行為は厳に慎まれたい。なお、休憩時間はこの限りではない。また、この通知は当該特定市町村職員が審査受領会に来庁することを妨げるものではない。」

週明けになってその文書を読んだ765県下の市町村教委の担当者たちは苦笑するしかなかったという。




「なんかわたしだけ別室に呼ばれて、会議室にいったら歓声があって皆落ち着かない様子だったですぅ。」
雪歩は受領会での出来事を話す。皆は苦笑する。
「雪歩、次回の埋蔵文化財担当者会議は雪歩が行きなよ。」
「自分もそう思うであります。一日の出張だから昼休みに皆にサインをしてあげられるであります。」
「にひひっ。そうね。それが一番いいわ。」
「男の人ばかりで不安ですぅ。」
「県庁の皆さんも男の人多かったんじゃないの?」
「そういえば、私の担当は女の人で、初老の人は課長や高木社長にそっくりで、若い男の人はみんな765プロのプロデュ-サーにそっくりだったですぅ。」
「「「^^;」」」

後書き加筆(7/20,23:03)


いつのまにかアニマス地方公務員版になって、しかもリアルから離れはじめてる気が^^;学生時代に生っすか!レボリューションのコーナーを任されるというアイデイアが出ましたが、どこの遺跡を紹介するかどこの資料館を紹介するか今のところ思い浮かびませんw

次回はいよいよ試掘調査の話です。

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