雪歩が発掘調査をはじめたようです。   作:Brahma

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雪歩が四回生になったときだった。
雪歩は、学芸員課程研究室の掲示板を見る。
そこには765市の学芸員の募集が掲示されていた。


第2話 お仕事はじめますぅ

765市職員募集

専門職(学芸員)考古学専攻 若干名

平成23年度から26年度までに四年制大学を卒業し学芸員資格をもち、発掘調査経験のある者(26年度卒業見込みでかつ学芸員資格取得見込み者を含む。)

一次試験;適性検査、実技

二次試験;面接

(どうしようかなあ....。)

ほかの募集要項もあったが新潟だの東北だので、自宅から通うにしても下宿するにしてもはあまりにも遠すぎる。特に東北は震災の影響もあって各自治体から臨時に発掘担当者を受け入れたり、募集も多い。しかし、群馬県、765県と765県立埋蔵文化財センターの募集はなかった。

(アイドル活動と考古検定の勉強しかしてないから今から公務員試験は無理ですぅ...)

しかも765県に入職したからといって遺跡の発掘調査に携われるとは限らない。

アイドル時代に生っすか!レボリューションで話題の遺跡や小さな博物館などを取材し、紹介してきた。アイドル時代の収入と知名度もある。まだ6月だ。3月までの間でぎりぎりで募集があるかもしれないし、なんらかの形で声がかかるかもしれない。最悪の場合は萩原組の工事現場の発掘調査も考えられたが、父親から県や市町村できちんと法律をまなんでからだと言われている。大学院へ進むことも考えられた。結局結論は出ず、考えながらその日は雪歩は帰った。

翌日。

「萩原君。」

「布留塚先生。」

「765市教育委員会受けてみる気はないか?」

「はい。わたしも考えていました。」

「うむ。もしかしたらと思って知り合いの高木教育次長には話をしてある。ちかじか大規模なニュータウン開発があるからと困っておられたからな。」

「あそこには明澤大学の出身で君の一つ上の星野君がいる。彼女は奈良平安時代の集落論で画期的な卒論を書いている本物の天才だが、授業中は寝てばっかだし、出典とか学史とか正確に覚える癖がないから手とり足とりでようやく書かせたんだ。そういうことでは大学院へ進ませられないから、論文を書かなくても仕事していれば許される県や市町村を受けたほうがいいといって彼女は765市にはいったというわけだ。」

「それは余談だが、受けてみる気はないかね。」

「はい。」

 

一方、765市教育次長の高木順三郎氏が萩原組を訪ねてきた。

「萩原社長はいらっしゃいますか?」

「押忍。こちらで。」

「親方、お客さんです。」

「うむ。とおせ。」

「これはこれは、教育委員会の高木次長じゃないですか。どうしました?」

「お願いがあってまいりました。布留塚先生からご紹介いただき、娘さんが考古学を専攻していて、今年卒業とうかがってまして。」

「確かにうちの娘は今年卒業だが...。」

「どうか765市に来ていただけないかと。」

「...??」

「といいますのは、実は大規模なニュータウン計画を予定していまして、小規模開発かニュータウン計画の発掘調査の担当者がぜひとも必要でして。」

雪歩の父親の眼がぎらりと光る。

「なるほど。」

「うちがバックにいるということならほかの会社が不正しにくくなると...。」

「そうは申し上げていませんが...。知っている人に声をかけているだけです。」

「わかりました。娘の意見もきいてみます。」

「よろしくおねがいします。」

 

「ということだ。雪歩、どうする?」

「わたしも先生から話をきいていますぅ。学芸員資格と大学での発掘調査経験があれば、試験科目は適性試験と実技と面接で採用することになっていますぅ。」

「そういうことだ。765県は受けなくていいのか?」

「募集がないので、765市を受けますぅ。お父さん、いま不況なので開発事業は全体的に下火ですよね。」

「確かにそうだが。」

「だから昔のように考古の学芸員の採用が多くないんですぅ。声がかかったってことはチャンスなんですぅ。」

「そうなのか。」

「はい。」雪歩は笑顔で両手をぎゅっとする。

「わかった。高木次長にはそう返事をする。」

このようにして雪歩は、試験を見事にパスして、年明けの4月から765市教育委員会に発掘調査担当者としての学芸員採用が決まったのであった。ちなみに雪歩の面接官は3人とも女性の部長クラスだったという話があるがさだかではない。

 

「萩原雪歩さん、それでは765市職員になるにあたって服務の宣誓をしていただきます。」

雪歩は宣誓書を渡されて読み上げる。

「宣誓。私はここに主権が国民に存することを認める日本国憲法を尊重し、かつ擁護することを誓いますぅ。また、地方自治の本旨を765市において実現していくために、公務を民主的かつ能率的に運営しなければならない責務を深く自覚するとともに、全体の奉仕者として、とりわけ765市民の奉仕者であることを認識し、法令、条例、規則、規程を遵守し、誠実かつ公正に職務を遂行することを固く誓いますぅ。」

「それでは、総務部長室へ行ってください。」

「萩原雪歩ですぅ。」

「うむ。辞令。萩原雪歩。主事補を命じる。教育委員会へ出向を命じる。」

「それでは、教育委員会事務局の教育次長席へ行ってください。」

「萩原君か。」

「はい。」

「それでは辞令だ。萩原雪歩。主事補を命じる。かねて学芸員を命じる。文化財保護課勤務を命じる。」

「文化財保護課はあそこの席だ。」

「はい。」

文化財保護課の席をみて雪歩は既視感にとらわれた。

課長の席には765プロの高木社長や教育次長の順三郎氏によくにた人物がすわっている。課員の男性は真と律子の甥である涼そっくりで、2人の女性のうち、一人は、おでこが目立つ長髪にピンク色のブラウスにウサギの人形をかかえている。もう一人は、はねた金髪をした女の子である。

「はじめまして。萩原雪歩ですぅ。」

「はじめまして。菊池誠です。えっと、「まこと」は「誠実の誠」ですw。ちなみに男ですよw。」

「萩原殿。はじめまして。秋山育夫であります。」

涼に似た男の子が敬礼する。

「萩原殿の黒井峰高校での戦車道群馬県大会のご活躍は見てました。」

「恥ずかしいですぅ。」

「はじめまして。星野美樹なの。あふぅ。」

誠が美樹に注意する。

「美樹ってば、執務中だよ。僕たち税金でお給料もらってるんだから、あくびしてたら市民の皆さんに対して失礼だよ。」

「その分ちゃんと仕事しているの。」

「釘宮伊織よ。幕末明治時代に同じ名前の人物がいて、パパにもしかしてそれでこの名前付けたの?って聞いたらそうだって白状したわ。それはとにかく、困ったことがあったら聞いてね。」

「うむ。はじめまして。課長の高木順四郎だ。よろしく。」

「雪歩くんは明日から新規採用職員研修だな。がんばってくれたまえ。」

雪歩は新入職員であるため、さっそく4月から新規採用職員研修受ける。

市役所の係長クラスや課長補佐クラスが講師となり、地方自治法、地方公務務員法を駆け足でありつつも一週間で叩き込まれ、小テストを受け、レポート提出をする。

そして二週間後には、先輩職員について窓口に立つ。

 

美樹が窓口で、黒い背広を着た50代くらいの紳士に対応している。

「ここは、遺跡の範囲なの。工事の届出が必要なの。これを書いて提出してほしいの。」

「美樹、93条の届出だよ。」

「誠君、こまかいことはいいの。」

「....^^;(いやそこはちゃんと説明できないといけないだろう)。」

「工事の届出って着工の60日前までに提出だよね。平面図しか間に合わないんだけど。」

「平面図と届出書をとりあえずは提出してほしいの。それから基礎断面図や切り土盛り土の図面がすぐに提出できないなら...事前協議書を提出してほしいの。」

美樹は難しい条文はいちいち覚えていないが法令や例規が何を言っているのか的確に理解している説明をしている。765県では、県教育委員会の事務の特例に関する条例で届出受理の権限が765市に移譲されているので、この時点で93条の届出を765市が受理することは可能だ。市町村は遺跡が保存できるのか破壊されるから本発掘調査しなければいけないのか意見書をつけて県に提出するので、必要図面がすべてそろっただけでなく、試掘調査が終わらないと届出書を県に提出できない。たいてい試掘調査は順番待ちになるので、実際に着工の60日以前に提出していないと間に合わない計算になる。反面業者には図面作成と提出の猶予があることになる。一方試掘調査が終わって遺跡がなければいいが、あることが分かった場合、工事が遺跡にどのような影響を与えるか切土、盛り土、地盤改良、基礎の深さがわからないとやはり意見書が書けないので届出書が提出できない。建築確認申請の手続き中や建築主都合の設計変更は、発掘届提出後も起こるので、図面の差し替えや再提出が起こり、そのときに遺跡が保存できないから発掘調査しましょう、ということになる場合もある。

 

事前協議書とは、地表面の観察だけではわからない遺跡の有無を確認する試掘調査を地主や建築主に承諾してもらう意味と、遺跡が発見された場合に本発掘調査か遺跡の保存か判断する手続きを迅速にすすめるために765市教育委員会が発掘調査に関する指導要綱で定めた書式である。自治体によっては、試掘調査申請書とか試掘調査依頼書とかという名前になっていることもある。建築主や地主にとっては図面がそろわなくても手続きや遺跡の調査がすすむ利点があり、765市にとっては建築主や地主に理解や協力が得られやすくなるために要綱として定めている。

 

「この事前協議って要綱だよね。行政指導だから提出義務はないんじゃないの?」

「う~ん、それじゃあおじさんが困るんじゃないかなあ。今は基礎断面図や切り土盛り土の深さとかわからないから遺跡にどう影響するか判断できないの。それから試掘調査していいか地主さんの意思表示も確認できないの。だからこのままにしておくと工事の届出が処理できなくて手続きが遅れちゃうの。この書類は765市とおじさんの会社だけの話だから工事の届出みたいに図面がそろってなくても提出できるの。」

「試掘って有料なの?」

「教育委員会に遺跡があるかどうか確認してみんなに知らせる義務があるから、無料なの。」

試掘確認調査は、文化財保護法第95条に定める遺跡の周知義務の一環で行われる。そのため、自治体が費用をもつのだ。平成10年9月の文化庁次長の円滑化通知などに明記されている。

「そういえば、君はこのあいだうちの会社の佐藤くんに、「ここは平安時代の住居跡が出るの。」って言って、何回もあてたよね。ここは出るのかな。」

美樹はどこかの零細プロダクションの金髪ゆとり眠り姫が考古学をやった場合にこうなるという絵にかいたような女の子であった。奈良平安時代の集落や須恵器生産に関する論文と黒曜石の生産と流通に関する論文を何本か読んで、実際の須恵器や石器も見て、奈良平安時代の住居跡の分布、集落形態、須恵器と黒曜石の産地を一目見て当てるというおそるべき天才だった。しかし、だれが何年に書いた論文かは全く覚えていないために自分では論文が書けないのである。また文化財保護法やそれにまつわる通知文書も理解しているがどの法令の何条何項とか発番が何番で何年何月何日の通知文書であるかという細かいことは覚えられないので、こういう説明になっている。

「美樹的には出ないと思うけど、教育委員会はちゃんと遺跡があるかどうか確認してみんなに知らせなければいけないの。だからおじさん、お願いなの」

美樹はウィンクする。

しょうがないなあ、という顔で

「お姉ちゃん、わかったよ。じゃあそれも一部くれる?」

「はいなの。ここに建て主さんの名前とハンコ、その下に工事の窓口となるおじさんのお名前と連絡先を書いてほしいの。場所のわかる地図とどんな工事をするか上から見た図をつけてほしいの。」

「わかった。2,3日中にもってくるよ。」

「お願いなの。」

窓口に来ていた業者は納得して帰っていく。伊織がつぶやく。

「美樹は不思議ねえ。何条何項ってのは出てこないのにちゃんと正しい説明になってるんだから。」

「美樹は、でこちゃんみたいにけんか腰にならないの。」

「って、でこちゃん言うな。さっきの人に対してもおじさんって失礼なんじゃないの?」

「おじさん納得してくれたからいいの、あふぅ。」

「美樹!」

美樹は安らかな気持ちよさそうな顔で目を閉じている。どう考えても寝ているようにしか見えなかった。




実は、窓口は、美希バージョンのほかに、文化財保護課をGIRLS_und_P@NZARよろしくあんこうチームにしようと思ったので、お姫ちんバージョンも考えました。美希パージョンのほうが面白そうだったので美希にしました。

明和学園短大が存在するので美樹の出身大学を明澤大学にしました。それ以前にも細かいところちょこちょこ変えましたが忘れました;(7/20,20:53)
手続き関連を加筆修正。本編でも保存措置について取り上げようと思います(7/29,0:29)

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