その十二.食
――ああ、美味しそうだなあ。
楽しげに語る青年を見ながら、ルーミアの内にそんな言葉が生まれる。これまでに幾度となく、呆れるほど紡いだ感想。そして、これまでに幾度となく、飲み込み続けてきた欲求。
それを胸に抱きながら、ルーミアはじっと彼を見る。そんな彼女に、青年はふと語りを止め、不思議そうに首をかしげる。
「どうかしました?」
「ん-ん、なんでもないよ」
「そうですか?」
そう、気にかけたのも数秒。まあいいかと納得したのか、彼はまた先と同じように、弾んだ声で語りを再開する。朗々と、止まることなく、それでいて、演説調でも決してない、確かな相互会話。それを見事に紡ぐ彼に、時折と相槌を返していきながら、ルーミアはじっと彼を見る。
実年齢よりも僅かに幼く見える、喜の感情に満ちた顔。淀みなく、滑らかに動く口。男らしい硬さはあり、しかして美しいほどに白い喉。
そんな、彼を構成する要素の一つ一つを眺めながら、ルーミアはまた、同じことを思う。
――ああ、美味しそうだなあ。
その欲求をまた飲み込み、代わりに声を出す。
「ねえ」
「はい?」
「楽しいよ。貴方といっしょにいるのは」
脈絡なく、本心からの言葉を届ければ、彼は一瞬、呆気にとられたような顔をした。その様に、何故かクスクスと笑ってしまう。そして、彼が意識を戻し、赤を赤らめながら頭をかくまでの、その間。
――いつ、食べてしまうのかなあ。
来てほしいような、来てほしくないような。そんな相反する想いを、ルーミアは抱き続けるのであった。
その十三.縛
――監禁でもできないだろうか。
ああ、
彼が――阿求が恋焦がれる男は、よく『居なくなる』人だ。人里に住居はあり、生活もできているようなのだが、気づけば何処かへと――おおよその場合、それは人里の外だ――出かけている。そして、こちらがやきもきとしている間に、また唐突に、家に戻っている。訪問しても大体五割ほどの確率で家におらず、残った五割にしても、そのまた五割において、何処かから帰ってきたばかりという時だ。一年の内、彼が自宅に留まっているのは、おそらく季節一つ分くらいしかないのだろう。ひとところに留まるのが苦手な質なのだ、とは、彼と出会ってからしばらくして聞いた自嘲だった。
まるで風船のようだ、と彼を評したのは、果たして、いつのことだっただろうか。ふらふらと、何処其処へと行ったかと思えば、また唐突に、こちらの下を訪れる。そんな彼の様を見て、何時だかに思ったはずだ。加えて、彼が帰ってきたときに、その服の下に包帯を隠していることが多いのも、その比喩を導いた一因だろう。いつか、風船のように、パンとははじけてしまうか、ゆっくりとしぼんでしまうのではないかと、そんな未来を想像してしまったこともあった。
そんな彼に、阿求は常々と思うことがあった。つまり、あまりふらふらと出歩かないでほしい、というものである。居なくなれば不安になるし、怪我をしていれば焦りもする。そのたびに説教などしてみても、彼はどうしてもそれを止めてくれない。これまでが大丈夫だからといって、今度もそうとは限らない。そうと言っても、彼は困ったように、あるいは自嘲するように、ただ頭をかくだけだ。それが阿求は――――本当に、嫌だった。
そう、嫌なのだ。彼が自分の知らぬところへ行くのも、彼がそこで誰かしらと出会うのも、彼が死ぬかもしれない怪我を負うのも、自覚してみれば、非常に
そこでふと、時計を見る。いつの間にか予定の時間――珍しく、彼が事前に訪問を告げていたそれが、もうすぐのところまで近づいていた。何か言いたいことでもあるのか、時間を決めた際には、珍しく緊張したそぶりを見せていたと思う。
歓迎の準備をしなければならない。そう思い、阿求は席を立つ。やるべきことを脳内で上げていきつつ、その端で、一つのことをまた思う。
――手元に置き続けるならば、どうするべきか。
それはいけないことだ、と理解しつつ、しかし、どうしようもないほどに、歓迎の準備を進める中、阿求はその実現について、思考を巡らせ続けるのであった。
その十四.死
――確かに今、殺した。
眼下の肉体を見つめながら、宇佐美蓮子はそんな確信を抱く。その心は冷えに冷え、先ほどまであったはずの熱い憎悪は見受けられない。まるでこの死体のようだ、と赤を吐き出し続けるそれを見ながら、蓮子は己の心を評する。
「不思議なものね」
目の前の『それ』に対する感情が、今やまったく、欠片として見当たらない。直前まであった殺意も、
――それこそ、罪悪感の一つですらも、まったくもって浮かんでこない。
「でも、
言い訳めいたことを口にしたその時、電子音が一つ鳴った。飾り気のないそれは、蓮子が持つ携帯電話への着信を告げるものだ。誰からか、というのを確かめ、そこにあった親友の名にほほを緩めながら、彼女は電話に出る。
「ああ、メリー? どうしたの? うん、ええ、
段々と、声が弾んでいく。親友と、
「……え? それって、本当?」
信じられず、聞き返し、話を確かめる。それを数度行い、ようやく得心がいったところで、蓮子は深く息を吐く。
「はー…………そうか、なるほどね。全ては勘違い、というか、周りの囃子が行き過ぎたってわけね。あーあ、なんという勇み足」
ぺちん、と額を叩けば、電話先から確認の言葉を受けた。それに、蓮子は眉をひそめながら、その通りだと肩をすくめる。
「そう、やっちゃった。うん、この子には悪いことをしちゃったわね」
そう言って、目の前の遺体――友人の少女を見つめ、後悔を覚えたのも、僅か一瞬。次に口を開いた時には、彼女の顔には罪悪感の一つもなく、
「――
よし、と頷いて、蓮子は親友に声を投げる。
「とりあえず、メリーはそのまま彼の相手をお願いね。こっちは後始末があるから。浮気とか誘わないでよー?」
そんな、場違いすぎるほどに冗談めいた言葉で締めて、蓮子は電話を切る。
「……まあ、メリーとならちょっとくらい遊んでもいいんだけどね」
などと、先の所業はなんだったのか、というような
「さて、じゃあもう一仕事、しないとね」
――ああ、まったく面倒な。
そう呟く彼女の瞳には、何らの感情の色もなく、ただ、これから『処分』しないといけない『モノ』が映っているのみであった。
はい、本当にお久しぶりです。九十話の特別回、ようやくと投稿いたしました。短編の纏めかつ、久々ということで勘回りも悪く、あまり濃くもない内容ですが、僅かでも暇つぶしにでもなればと思います。
内容というか、今回はテーマとして『出オチ』というものがありました。はい、本文最初の、あのモノローグの一行を書きたいがために、全体として話を考えた次第です。そこから、食べたの後は殺したかな、と蓮子を考え、流石に短すぎるかな、と間に監禁、阿求のそれを考えた形です。そのため、阿求のそれはあっさり目、蓮子のものも、ちょっと叙述トリックの真似事をしてみた程度で、中身はスカスカかと思います。いやまあ、この作品全体においてなんですけどね、中身がないのは。他に補足は……ああ、蓮子の奴でのメリーの立ち位置がああなのは、私の思い込み的なものの所為です。どうも私の中で、この二人は二人でセットなイメージが強くあるらしく、どうしてもそういう風に思考がいっちゃうようでして。まあスルーしていただければと。あとはそうですね、真ん中の話ですが、候補として紫や藍もいたりしました。ただ、紫は別の話が思いついていたのと、幻想郷の妖怪と外の世界の人間の間に挟むなら、幻想郷の人間がいいかな、とかそういう適当な発想で、最終的に阿求にしました。裏話はそんなところですかね。
さて、次回。内容を決めていないことともないですが、流石に他作品の更新を先にしないといけないと思うので、申し訳ないですがこちらは後回し。展開は決めているけれど、出力が上手くいっていない文を絞り出すのにはまだ時間がかかると思うので、基本的にはまた長く空くと思います。気が向けばこっちが先になるかもしれませんが、絶対に期待せずに、次回も気長にお待ちいただければと思います。ではまた。