「……違う」
今度もまた失敗した。不良品は廃棄処分、また新しいものを作りましょう。
「……違う」
今度もまた失敗した。不良品は廃棄処分、また新しいものを作りましょう。
「……違う」
今度もまた失敗した。不良品は廃棄処分、また新しいものを作りましょう。
何度も何度も失敗した、何度も何度も繰り返す。絶対に諦めたりなどしない、必ず彼を取り戻す。
ああ、でも。何時になったら、貴方は……。
「おはよう」
永琳の呼びかけに彼はゆっくりと目を覚ます、誰かに起こされるというのは何時ぶりなのだろうか。
「……おはよう、永琳。珍しいな、君に起こされるのは」
「ふふ、そうね。いつもは自分で起きてくるものね」
「ああ、ちょっと眠かったみたいだ」
「さ、顔を洗ってきて。朝食の準備は出来ているわ」
「ああ、行って来るよ」
何の変哲も無い朝の会話、歪んだ一日がまた始まった。
「おはよう、鈴仙、輝夜」
「! お、おはようございます」
「おはよう」
男の朝の挨拶に鈴仙はビクンと身体を震わせる、対して輝夜はいつものように優雅に食事を取っている。
「おはよう、鈴仙、輝夜」
「お、おはようございます、師匠」
「おはよう、永琳」
いつものように皆は食事を取る、しかし何故かあまり楽しげな雰囲気という風には見えない。
「ご馳走様」
「じゃあ仕事に行きましょうか、お手伝いよろしくね?」
「ああ、分かっているよ」
あまり箸の進んでいない鈴仙と輝夜を置いて二人は食事を済ませる、そのまま彼らは仲良さげに食卓を離れる。
「……何時まで持つでしょうね」
「さあね、分からないわ」
「これで、最後になるといいですね」
「ええ……」
背後でぼそりと、彼女たちが呟いた内容を知らぬまま。
「ごめんなさい、あれを取ってもらえる?」
「ああ、これだろ?」
「ええ、ありがとう」
食事を済ませた永琳は彼と共に薬師としての仕事をしている、彼は助手として彼女が望んだものをすぐに準備している。まるで熟年の夫婦か何かのように余計な言葉を必要としない二人、彼らはその調子で一日の仕事を済ませていく。
その日の夜のこと、再び彼ら四人は食卓を共にしていた。
「永琳、あれを」
「はい」
「ありがとう」
朝と同じく表面上は和やかな、しかしどこか緊張感を持った夕食。その均衡が破れたのは男が小鉢の一つに手をつけたときだった。
「……違う」
「え?」
「彼はそれをいつも最後に食べていた、絶対に途中で食べない。貴方は、違う」
その言葉と共に彼の胸を刃が貫く、あっけないほど簡単にそれは彼の命を奪う。
「え……」
今度もまた失敗した。不良品は廃棄処分、また新しいものを作りましょう。
血を溢れさせ倒れる男の身体を引きずって、永琳は奥の私室へと歩いていく。
「う……!」
永琳が去った後鈴仙が口元を押さえてうずくまる、目の前で見てしまった彼の再びの死、それが彼女の心を傷つける。
「鈴仙、大丈夫!?」
「……ひめさまぁ、もう嫌です。何回、何回私はあの人が死ぬのを見ないといけないんですか!? 私だって、私だってあの人の事が」
輝夜に背をさすられて、鈴仙は嗚咽を漏らしながら泣き叫ぶ。彼女だって彼のことは好きだったのに、報われないと知っていてもいつかは告白したかったのに、その前に彼は死んでしまった。死んでしまったのに、どうして何度も彼が死ぬのを見なければならないのか。
「分かっているわ、私もつらい。今の永琳は狂っているわ、でもまだ引き返せる。ここで彼を取り上げれば今度こそ彼女は壊れてしまう、だから」
「姫様……」
その美しい顔をゆがめながら輝夜は言う、彼女もまた彼を憎からず思っていたのだ、今の二人に思うところが無いはずが無い。だが、だからこそ。
「お願い、私は、永琳まで失いたくないの」
「……はい」
これ以上、二人は大事な人を失いたくないのだ。だから二人は見守るしかない、例えどれだけ傷つこうとも。
「ご馳走様」
「じゃあ行きましょうか」
彼と彼女が席を立つ、何度これを繰り返してきたのだろうか。
「……これで一週間」
「ここが、正念場ですか」
そう、今までそれを超えた彼はいなかった。今回は、今回で終わるのか。それだけが今の二人が思うことであった。
「ねえ、覚えている? あの約束を」
仕事の途中、永琳が唐突にそう彼に聞く。問われた彼は首を傾げて彼女に逆に問おうとする。
「約束? すまない、何の」
何度繰り返されたのであろうか、この質問が。そして、何度答えられなかったのであろうか。またもや繰り返されたそれは、狂気が終わらぬことを示す。
「……え?」
「……違う」
突然胸を貫かれ血に伏し倒れる彼の姿を、永琳はその手を赤く染めながら、濁った暗い目で見ている。
「え、り」
「貴方は、彼じゃない」
今度もまた失敗した。不良品は廃棄処分、また新しいものを作りましょう。
「おはよう」
またもや作られ目覚めた彼、彼から作られた身体と記憶を持つ作られた彼。これまで幾度となく繰り返されたそれのように始まるかと思われた一日、しかし今回は違った。
「……おはよう、永琳。いや、ただいま、永琳」
「え?」
今までになかった反応、彼は昔見せていた不敵な笑みを浮かべている。
「お前の為にがんばって、無理やりどうにか戻ってきたよ」
「貴方……」
「お前と永劫の罪を背負う、その約束を果たしにな」
「! その言葉、は……。貴方は、本当に……?」
かつて自分と彼が交わした約束、彼以外は絶対に知らないその言葉。それを知っているのは、つまり。
「当たり前だ、俺は俺なんだから」
「……!」
もう我慢などできなかった、永琳は彼の胸に飛び込む。彼女の瞳からは涙が溢れ、その顔は笑みを浮かべている。
「戻ってきてくれたのね」
「ああ、お前の為に戻ってきた」
「ああ、もう離さない」
「ああ、俺もだよ」
涙を流す彼女を抱きしめ、彼は彼女に見せたことの無い笑顔を、狂気の混じった笑顔を浮かべる。
「誰にも、渡さない」
愛しい彼女が自分の姿をした紛い物に、微笑みかけるのを見続けた彼は。もう二度と自分から離させないと言うかのように、強く強く彼女を抱きしめた。
はい、永琳回です。かなり書きにくい回でした、まさかここまで難しい題材だったとは。そして暑い、筆が進まない理由の七割が暑さのような気がする。まあそれはさておき、最近彼が死ぬ話が続いたので生き返らせる話に、そしてハッピーエンドっぽくしてみました。死にまくってるじゃないかというツッコミはなしです、あくまで生き返らせる話です。
ちなみに言っておくと最後の彼は永琳たちの愛した彼で間違いないですからね、実は別人とかだったりはしません。ただ恋人が自分の偽者と仲良くしているのを何度も見続けた所為でちょっと狂っただけです、永琳が偽者と身体的接触をしなかったのが不幸中の幸いでした、もしやっていたらどうなっていたことか。結局誰が一番狂っていたのか、彼の死を諦め切れなかった永琳か、彼女の狂気を止めなった鈴仙と輝夜か、それとも彼自身か、そんな感じのお話でした。
さて、気付けばこれで病愛録も九話目、次でいよいよ十話です。区切りもいいことですし不帰録ではやりそこなった記念回でもやろうかとか思っています。しかし特にやることを思いつかないのが現状、リクエストは普段から受け付けていますしどうしたものか。そこで皆さんから何か意見でもいただけないかと思っています、良いのがあればそれを実行しようかなと。感想欄で募集するのもなんなので活動報告のほうにその場を作っておきます、何か思いついたらそちらにどうぞ。特に何も無ければ次回も普通に投稿します、まあ単なる戯れだとでも思ってください。
最後に、私は感想欄で本編の裏話を書くことが多いです。なので気になったことだったり設定上のことだったりを知りたい場合はそちらを読んでみて下さい、一例を挙げると萃香編で語られなかった彼の死因を書いていたりします。それ以外にも疑問に思ったりしたことは聞いていただいて構いません、基本的には答えるつもりです。ではまた。