東方病愛録   作:kokohm

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永遠亭の愛

「まあ、こうなるのも必然だったかもしれないねえ」

 

 笑いの混じった声が、室内に響く。鈴を転がす、と言うにはいささか邪悪が多く、嘲りが強い。それを発したのは、兎の耳を頭に生やした小柄な少女だ。

 

 因幡てゐ、というのがその名である。

 

「あの三人ってのはさ、つまるところ月の住人なわけだ。穢れがないとかいう場所で生まれて、穢れがない生き方を是として生きてきた、そういう人種。月人とか、兎とかの違いはあるけどね」

 

 穢れってのは何だろうね、と少女は笑みを携えたまま、目の前の格子――その先に坐する青年に、問いの言葉を投げる。しかし、数秒の間をおいても、少女以外の声が室内に響くことがない。その沈黙を、返答なしと受け取ったのか、少女はますますと笑みを深めながら口を開く。

 

「いろいろあるんだろうけど、やっぱり分かりやすいのは、色事のそれだと私は思う。要はエロいことだけど、これってつまり、恋愛事でもあるわけだ。どっちが先なのかはまあ、私は知らないけどさ、相互でそういうのがあるっては確かじゃないかと思うんだよ」

 

 要するに、と少女は続ける。

 

「月の関係者ってのは、総じて恋愛下手ってことだ。見合い婚か、はたまた恋愛結婚か、みたいなもんで。どういう形で恋が、愛が成立するかってのを、本能や知識では知っていても、感覚や経験、あるいは倫理では捉えていない。だからまあ、こうなるのは必然だったと、私は思うわけだ」

 

 必然という言葉を再度使った後、そうだろう、と少女はまた笑いかける。

 

「順に挙げてみようか。どうしてこうなったのか、まとめって奴だ」

 

 言いながら、少女はその場を反復するように歩き出す。まるで、推理を披露する探偵のような動作だが、しかし、その少女が纏う雰囲気は、とても『正しい』側の者が持つそれには見えない。

 

「まずはまあ、アンタと鈴仙の出会いだろうね。きっかけは確か、人里でぶつかったとか、だっけ。ベタっちゃベタだけど、だからこそ、鈴仙はアンタと交友を持ったのかもね。あの子はあれで人付き合いが下手だから、そういう王道ってのに弱い。普通なら、真っ当に会って、真っ当に愛する。そういう類だ。まあ、実際にはこんなザマなわけだけど」

 

 くつくつ、と少女が笑う。今までも幾度となく笑みを漏らしてきた彼女だが、その笑みは始まりが変わるたびに、また違う色を示す。それはそれぞれの、笑みを向ける対象が違うからだが、その根底には同じものがある。現状、あるいは目の前の青年に対する、皮肉を込めた嘲りだ。

 

「お師匠様がアンタを認め始めたのは、やっぱり日常の細かい会話がそれなんだろう。特に、薬のことを話すようになったのが大きいのか。アンタは一般人だけど、それは外の世界でのこと。アンタにとってはなんでもない知識でも、常識やらなんやらが違う幻想郷でなら、知識人のそれにもなりえる。鈴仙に対する教練でもなく、姫様に対する暇つぶしでもなく、多少なりと知っている者との談義。義務やらなんやらでもない、自発的な会話を積み重ねれば、そりゃ確かに好意も抱きやすいだろうさ」

 

 度合いは除いてね、と少女は一つ付け加える。その口ぶりからは、理屈としては自然でも、実態は常識から外れたことになったのだ、という予想外――少女にとってではなく、おそらくは青年にとっての――を言外にじませている。

 

「姫様がアンタを気に入ったのは、さて、なんだろうね。世間知らずのお嬢さんと、文字通り『外』からやってきた男。状況としては鈴仙の時と同じくらいベタだ。籠の鳥、とまではいかないにしても、日ごろ屋敷の外に出られない姫様にとって、アンタは強い影響があったんだろう。良くも悪くも、ね」

 

 言いきって、少女は足を止める。

 

「まあ、それだけならば、そう問題もなかったかもしれない。三人がもう少し真っ当に動き、結果として、一人だけがそういう関係にでもなれば、一組の幸せと二人の悲しみ、程度で済んだだろうさ」

 

 では、何が問題だったのか。

 

「結局は、それぞれの立場になるのかね。姫様と、お付きと、下人。厳密な言葉はともかく、大枠で見れば、三人はこういう風になるだろう。下からすれば動きがたく、上は上で強制を好まず、普通ならそのままグダグダになるかもしれない」

 

 だが、そうはなっていない。

 

「そこで、『恋愛下手』が出てくるわけだ。三人の立場が微妙で、その上、三人が三人とも、真っ当な恋愛観を持っていなかったら……どうなる?」

 

 ついともう一度、格子の先の青年を見た後、少女はこれまで以上に破顔し、

 

「その結果が、これだ」

 

 両の手を広げ、くるくると回りながら、少女は愉快そうに笑う。回る少女の視線に映るのは、周囲の灯りと、上へとつながる階段と、そして、格子の先にある娯楽品と、閉じ込められた一人の青年。その全てを見て、思いつく単語はただ一つ。

 

「――監禁。アンタを閉じ込め、共有する。それが、三人の出した結論だった」

 

 不自然に明るかろうとも、大抵のものがあろうとも、この空間につけられる名は、座敷牢に違いないだろう。屋敷の地下にある、限られたものしか来ない部屋に、一人の人物が閉じ込められている。であれば、それ以外の形容が出てくるはずもない。

 

「いやあ、愉快なことだよね。血が出るようなザマになっていないだけましだけど、まあこれはこれで、中々愉快な状況だ。愛する者を閉じ込めるなんて、愉快以外の何もない」

 

 もちろん、皮肉だけど。付け加えるまでもなく分かることを、あえて口に出しながら、少女は楽しげに嗤う。それは邪悪で、しかし不思議と悪意は感じられぬ、なんとも奇妙で不気味なものだ。

 

「とはいえ、これもあくまで私たちから見ての話だ。あの三人――まあ狂人と言い切ってしまうけど、あっちの視点からみると、少なからず合理的な理由が、まああるっちゃある」

 

 一つ、指を立てて言う。

 

「鈴仙からしてみれば、人目を気にせず会えるってのがまず大きい。元より、遊びで外を駆けまわるって性質でもないからね。こういう場所でも、そう気にはしないだろう。ひっそりと寄り添うのが好きみたいだし、容易に二人きりになれるのは点が高い」

 

 二つ、指を立てて言う。

 

「お師匠様に関しては、まあ普段の会話が知識人のそれだからねえ。外でべらべらと語るよりは、そりゃあ自分の家でじっくり話す方がいいだろうさ。普段のふるまい、つまり頼りになる師匠役ってのもあるから、中々外れたことはできない。でも、ここでならば甘えるのも何をするのも自由だ」

 

 三つ、指を立てて言う。

 

「姫様にしても、この状況はそう悪くない。なにせ、普段からお師匠様に外出を制限されている身だ。外に行かなくても会える上、そもそもアンタが居れば家でもそう退屈しなくて済む。いや、済むって表現はあれか。退屈しないどころか、日々充実できるって言った方がいいね」

 

 そして、立てていた指をしまい、一つ鳴らしてから言う。

 

「まさに大団円で万々歳って感じだ――もちろん、アンタの意思は除いて、ね」

 

 くつくつと、少女は邪悪に笑う。ひとしきり、そのまま一人笑った後、見せつけるように、一つの提案を口に出す。

 

「どうだい? 望むなら、アンタをここから出してやってもいいよ? なんなら、三人が追ってこられてないように、色々と骨を折ってやってもいい。誰が相手であろうとも、悪だくみをすることに関しては、私も一家言ある身だ。アンタ一人逃がすなんて、そう難しいことじゃない」

 

 乗るかい、と少女は笑みをそのままに、青年に向かって問いかける。またも数秒、何も起きない沈黙があった後、青年がゆっくりと口を開き、何ごとかを少女に言う。

 

「――ハッハッハ! なるほど、なるほど! まさかバレてしまうなんてね!!」

 

 青年からの返答に、少女はたまらなそうにのけぞりながら、大きな声で笑いを紡ぐ。

 

「ああ、いやいや、考えてみれば、まさかってのは違うね。確かに、私が何の見返りもなく、ただ人助けをする理由がない……いや、これも違うな。自分にとって都合よくできる場があって、そうしない理由がないって方が正しいね。なんにせよ、見抜かれてしまった以上はどうしようもないか」

 

 あーあ、と残念そうにも、満足そうにも聞こえる息を吐いてから、少女は青年に向き直る。

 

「残念だよ。せっかく、アンタを独り占めできるかと思ったんだけど。まあ、失敗しちゃったものは仕方がない。仕方ないから、ここは他の面々のやり口にならうとしよう」

 

 つまり、

 

「――もう二度と、アンタはここから出られないよ」

 

 狂気が四つになったんだからね。そう、最後に一つ言い残し、少女は地下の牢獄から、ゆっくりと立ち去った。

 

 




 はい、永遠亭の面子の回です。なんとなく思いついたので、短めですが久しぶりに書いてみました。序盤の穢れ云々に関してはただの私の妄想です。種族としてのな延命もあるので実際はまあ月でも何かしらのことはしていると思うんですが、感情的な面ではちょっとあれになっているんではないかなあと。文中にもありますが、見合い婚的な感じです。私はしょせんにわかなので、実際は全く違うのかもしれませんがね。

 内容はまあ、監禁ですね。屋敷の全員が加担とかになると、こういうのが思いつきやすい気がします。特に、ってわけでもないですが、永遠亭の面子はそこそここういうのを出来そうな気がします。勿論、この作品の世界観の中での話ですよ?

 今回は地味に、視点を誰にするかを悩みました。少女たちそれぞれをリレーするか、『彼』の視点でするか。結果、話の中で監禁に加担していないてゐに話させる形になりました。これは他の三人と比べると、立ち位置が若干浮いているかなあというのもあってのことです。二次創作ではな、本来の命蓮寺におけるナズーリンの距離感ほどでもないですが、てゐもてゐで微妙に距離があるかなあ、と。内面を描かずにただの語り部としたのは、まあなんとなくでしかないんですが。キャラの内の感情を書いていないので、今回は狂気が低めだった……たぶん低めだったはずです、うん。

 さて、次回。やはりと言っては駄目なんでしょうが、特に何も思いついてはいません。九十回目も近づいてきたし、何かは考えたいところですが、どうしましょうかね。そんなザマではありますが、よければ次回も気長にお待ちいただければ幸いです。ではまた。

追記 この作品に限ったものでもないですが、個人的な考えから、現在は感想の返信に関して、確認や質問、指摘等に限ってのみ反応するようにしております。それ以外の感想を無視するような真似をしていること、本当に申し訳ありません。反応こそしておりませんが、頂いた感想にはすべて目を通しております。このような対応をしていることをご容赦いただければ幸いです。


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