東方病愛録   作:kokohm

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 前に書いたもののリメイク版です。




永江衣玖の愛・再

「――好きです」

 

 そんな告白を受けたのは、果たして、彼女と出会ってからどのくらいのことだっただろうか。少なくとも、その言葉をかけられたのは、かなり唐突だったと思う。赤く染まったほほを見せながら、こちらを見下ろす――彼女の方が僕よりも背が高い――彼女が僕の返事を待っていたのは、それなりに強く覚えている。

 

 そんな彼女に対して、僕はこう返したはずだ。

 

「そうですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

 ……衣玖が居る。居間の真ん中に、ご飯茶碗を持った状態で。割烹着をまとっているところも踏まえると、朝食を作っているのだろうか。見た目は何というか、理想的な新妻という感じだ。

 

 まあ、僕は彼女を自宅に招いた覚えもないし、合いかぎの類を渡した覚えもないのだが。

 

「おはよう」

 

 とりあえずそう返して、僕は頭をかいた。何故、ここに彼女がいるのだろうか。正直、寝室から降りてきたばかりの僕には、状況が理解できない。割とエンジンがかかるのが遅い性質なんだよ、僕は。

 

「すみません、朝食はまだ出来ていないんです。貴方が身支度を整えるまでには終わらせるのは、少々お待ちくださいね」

「ああ、うん。分かった」

 

 まあ、いいか。さして敵意や悪意があるようでもないし。とりあえず、顔洗ったりしてこよう。

 

 

 

 

「お待たせしました、どうぞ」

 

 ざっと身支度を整えたところで、僕は促されるままにテーブルに着く。目の前にあるのは、衣玖が準備したらしい朝食だ。ごはん、味噌汁、小鉢、卵焼き。和食の王道というような、少なくとも見た目は完璧な食事だ。

 

 これで毒でも盛られていたら、ある意味面白いんだが。傍らに立ったままの衣玖をちらりと見てから、僕はそんなことを思う。テーブルの上や彼女の様子を見る限り、どうも一緒に食事を取る気はないようだ。使用人の類、と思えばそう違和感もない。まあ、本職でないからか、地味にこちらを見る視線が強いのが気になるが。

 

「いただきます」

 

 一人ならまずやらない作法を挟んでから箸を取る。味噌汁からのごはん、小鉢と卵焼き。ひとまず一つずつを、順に食べてみる。

 

「どうですか?」

「……美味しいね」

「それはよかった!」

 

 にぱぁ、と衣玖が満面の笑みを浮かべた。普段の彼女の言動からするといやに子供っぽい、素直本音本心というような反応。それに少し眉根を寄せてから、ただ、と僕はさらに続ける。

 

「少し、濃い。昼や夜ならともかく、朝ならもう少し軽い方が僕は好みだ」

「分かりました。次からはそうしますね」

 

 また作る気か。そう思いはしたが、口にはしない。不満を言った割に、反応が肯定的なのもまあ、いい。

 

 その代わりに、問うことがある。

 

「それで、何故君がここに?」

「朝が苦手だ、と聞きましたので。朝食を作って差し上げようかと」

「……そう」

 

 聞きかかったのは、理由ではなく方法の方であったのだが……言葉の選択を間違えただろうか。言い直してもいいのだが、なんだか面倒になってきた。まだ頭は回りきっていないし、そも、食事中に会話をするのは好きじゃない。

 

 まあ、いいや。とりあえず、朝食を済ませてしまおう。

 

 

「普段、ご昼食はどうされていますか?」

 

 食後のお茶を味わっていると、ふと衣玖がそんなことを問うてきた。何となく意図を察し、僕は望んでいるだろう答えを返す。

 

「まちまち。弁当を作る時もあれば、向こうで済ませるときもある。気分次第」

「一応、準備してあるのですが、今日はどうされますか?」

「もらう」

 

 その方が楽だ、とは付け加えずに言うと、衣玖は一つ頷く。

 

「では、お出かけになるときにお渡ししますね」

「分かった」

 

 目礼を挟んでから、衣玖が皿を下げていく。湯呑以外を残して台所に移った彼女を見送りながら、僕は小さく首を傾げる。

 

「で、なにがしたいんだろう」

 

 はたして、彼女はどういう思惑を抱いているのか。今の僕には、さっぱり分からぬことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――待っていたわよ!」

 

 そんな威勢のいい言葉が、帰宅中の僕を迎えた。勤労後で多少疲れている身体を回し、そちらのほうに振り向くと、そこには予想通りの人物が立っている。

 

「なんだい、天子」

「アンタに聞きたいことがあるのよ」

「手早く済ませてくれると助かるね」

 

 僕の発言に、天子はふんと鼻を鳴らす。その態度に、真面目に聞く気はないな、と僕は察する。

 

「アンタ、衣玖とは今どういう関係にあるの?」

「どう……って、知り合い」

 

 率直に、僕が思うままの答えを返したところ、天子はなぜか不満そうに眉をひそめる。

 

「知り合い? それって本当?」

「本当だけど」

 

 関係、だけで言えばそれだけしかない。少なくとも、それ以上の深い関係にあるわけじゃないのだから、そうとしか言いようがない。

 

「知り合い……いや、でもなあ…………」

 

 ブツブツと、口元を隠しながら、天子が何事かを呟き始める。明らかに、思考の海に飛び込んでしまった感じだ。こうなると、この人は割と長い。普段の行動は突発的なくせに、変にスイッチが入ると面倒になる。

 

 まあ、それならそれでいい。待つ義理もないと、僕は足早に、改めて帰宅の途に就く。

 

 とはいえ、天子に話しかけられた時点で、もう家には近い場所だったのだ。さらに十分も足してしまえば、容易に自宅へとたどり着くことができた。懸念していた、背後から天子が追ってくるというシチュエーションも起きなかった。

 

「……ああ、うん」

 

 代わりに、というか、別のイベントが起きているようだ。家に灯りがついている……というか、玄関に人の気配がある。十中八九、彼女のものに違いない。結局、追い出したりもしていないのだ。自然と言えば自然、不自然と言えば不自然なことだろう。

 

 とはいえ、家の前でグダグダしてもしょうがない。次のアクションを予想しつつ、僕はがらりと戸を開ける。

 

「おかえりなさい」

「ただいま」

 

 予想通り、そこ居た彼女に、僕は間髪入れずに言葉を返す。流石に正座からの三つ指ついて――は予想外だったが、まあそこはオプションみたいなものだろう。特に気にもせず、僕は靴を脱ぎ、家に上がる。

 

「お疲れさまでした。お食事にします? それとも、お風呂にします?」

「お風呂。夕食は落ち着いてからとる」

「はい、では準備しておきますね」

 

 ……なんというか、楽だな、衣玖。変に聞いてこないし、言葉も無駄に長くない。こういう反応は、久しぶりのような、新鮮なような、面白い感じだ。

 

 まあとりあえず、お風呂を済ませよう。

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 いい湯だった、というほどは当然ないのだけど、お風呂は済んだ。さっぱりとしたところで、僕は居間に戻り、本棚から適当に本を抜く。風呂上りに小一時間ほどの読書を取るのが僕の習慣だ。風呂からのすぐ食事が好きじゃない、というのが大きい。

 

 ちら、とソファに腰を下ろしながら、台所やらを見る。見る範囲内に、衣玖の姿はない。帰った、わけではあるまい。単に僕の視界内にいないだけだろう。

 

 なんにせよ、邪魔をされないなら何でもいい。だから、僕はいつものように、ゆっくりと読書を始めた。

 

 

 

 

 

 

「……これくらいにするか」

 

 体感で三十分超ほど読んだところで、僕は本を閉じた。顔を上げると、視界の端で目を閉じたまま立っている衣玖の姿があった。

 

 なるほど、途中で視線を感じなかったのはそれが理由か。なんとも律儀なことだ。そんなことを思っていると、僕が漏らした独り言が聞こえたのか、衣玖がぱちりと目を開け、こちらを見る。

 

「お食事にしますか?」

「うん」

「では、少しお待ちください」

 

 言って、また朝のように、彼女は台所の方に向かう。言った通り、夕食の準備をしに行くのだろう。

 

「さて、いつまで続くのやら」

 

 朝よりは回る頭から、僕はそんな言葉を口まで運ぶ。言いつつ、僕自身もいまいち意味を察していない。さて、なんなのやら。

「とりあえず、害はないようだし――」

 

 現状維持でいいか。何となく天井を見上げながら、僕はそう呟いた。

 

 ちなみに、夕食は割と僕の好みの味付けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やっと見つけたわ!」

 

 衣玖が家に来てから、十数日後。聞き覚えのある声が、散歩中の僕の背にぶつけられた。仕事終わりではないが、特に急ぐ理由もないため、僕はまたゆっくりとした動作で振り向く。

 

「なんだい、天子」

「この前の話の続きに来たわ! 今度こそ、この前みたいになあなあでは終わらせないから!」

 

 この前、というのは僕と衣玖の関係を問うものだろう。ピシリ、と僕に指を突き付ける彼女には、妙に気合が入っている。

 

「その割には、来るのが遅かったね」

「ふん、こっちだってそうポンポンと下界に降りられないのよ」

「日頃の行いが良ければ、散歩も楽だろうに」

「うっさい! というか、そこじゃない!」

 

 無駄にヒートアップし、天子は地団太を踏む。そこからまた、彼女は以前と同じような問いを僕に投げた。

 

「それで! 結局アンタと衣玖はどうなっているの!?」

「だから、知り合いだって」

「そんなわけないでしょ。衣玖のあの感じを見るに、そんなもんで済むわけがないわ! さあ、さあ、潔く吐きなさい!」

 

 言いながら、天子が僕に詰め寄ってくる。おそらく、の分析だが、彼女は寂しがり屋ではないにしても、仲間外れにされることは割と嫌う性質だ。流石に、遠くのことに首を突っ込むようなことはしないが、身近な知人が何かをしている時は、その事情を知りたがる傾向がある。いやまあ、衣玖と天子が近しい仲かは知らないけど。

 

「いや、だから別に特筆することはないってば」

「いいから、言いなさいってば! そう、すっぱりと、衣玖と付き合いだしたと告白しなさい! そして、どんななれそめだったとか、どっちが先んじたのとか、そういうのを詳しく言いなさい!」

「……はい? なんでそういう話になるのさ?」

「そりゃ、アンタと衣玖が恋人になったからでしょ! それも、私が知らない間に!」

「いや……別に、僕たちは恋人じゃないけど」

 

 そう返すと、天子の表情が大きく変わった。驚きが半分、困惑が半分。そういう顔だ。

 

「……ちょ、ちょっと待って」

 

 言いながら、彼女は僕に立てた手のひらを向ける。落ち着け、というような動作だが、正直、お前が落ち着けと言いたい。熱くなったり、静かになったり、極端過ぎる。

 

 ただ、まあ。結果的には、彼女も落ち着いてくれたらしい。深呼吸を一つ挟んでから、改めてと口を開く。

 

「ええっと……とりあえず、一個ずつ確認させて」

「いいけど」

「まず、衣玖はアンタの家に入り浸っているのよね?」

「そうだね」

「で、ご飯を作るとか諸々のお手伝いをしているのよね?」

「それも、合っているね」

「ぶっちゃけ、やっていることは彼女かお嫁さんよね?」

「客観的に見れば、そう思えるかもね」

「……好きだ、って衣玖に言われたことあるわよね?」

「あったはずだね」

「で、そんな二人の関係は?」

「他人」

 

 そう、僕が言い切ると、天子は数秒ほど硬直した後、信じられないものを見るような眼を、堂々と僕に向けてくる。

 

「その……アンタは他人に家の中を好き勝手させるの?」

「使用人がいる、と考えればまあ」

「……ああ、そういえばアンタ、外だとお坊ちゃんだったんだっけ……いや、それにしても、よ。普通、だからって受け入れる?」

「危害を加える気もないみたいだし。実害がないのなら、僕的には『楽』しかない」

「……ないわー」

 

 天子が文字通り頭を抱え始める。僕の返答が、よほど信じられないものだったらしい。いや、いや、まあ、客観的に、という風に見ればそうかもしれないな、と全く思っていなかったわけでもないが、ねえ? 

 

「やっぱり、変かな」

「うん、変。道理で衣玖と会話が少しかみ合わないわけだわ。あっちもあっちで、恋人関係って言わなかったし。照れているのかと思っていたけど、えー……」

 

 それでもさあ、と天子は半目で僕を見やる。

 

「何か、動揺なりとかしないもの? アンタは若い男で、衣玖は見るからにイイ女でしょ」

「そこは否定しないけどね……正直、そっち関係は鈍くなっているんだよ、僕」

「どういうこと?」

「女性関係で碌な思い出がないってこと。学生の時に付き合えば浮気されたり、家の意向で付き合えば浮気されたり、そしてそんな感じで。後になって、顔やら金やらが目当てだったんだなあ、とか気づいたりして。そういうことが何度も続くと、流石にもろもろ面倒になってね」

 

 女性不信、というわけでもないのだが、精神の中で、誰かを恋愛対象としてみる部分に関しては、それなりに摩耗している自覚がある。同性愛に目覚めた、ということでもない。なんというか、情動があまり動かなくなっているのだ。仕事や、友人として付き合いならともかく、恋愛をしよう、という気になるほど、僕の心は白くないのだろう。

 

「まあ、なんだ。僕にそういうのを期待されても、ちょっと困るよ」

「……それ、衣玖も知っているの?」

「そのはずだよ。教えた覚えはあるからね」

 

 それこそ、好きだと言われたときに、ざっくりと話したはずだ。理由は……さて、なんだったかな。たぶん、なんとなくだろうけど。

 

 じい、と無言のままに、天子が僕を見る。その目は、いっそ見事とまで言えるほどの半目だ。その状態で、しばし僕をにらんだ後、天子は大きなため息をつく。

 

「……アンタら、おかしいわ。衣玖も、アンタも」

 

 吐き捨てる、というよりは、諦める、というような口調。

 

「そうかもね」

 

 それに僕は、なんでもないように応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、天子との会話を済ませてから、また十数日後。今日も、衣玖は僕の家に来て、身の回りの世話をしている。その家事具合には、何の文句も出ない。多少、根を詰めすぎる時や、逆に抜けのある時もあるが、それは僕にとって、さしたる問題とならないことばかりだ。他の人なら知らないが、少なくとも僕個人の視点だけでみるならば、彼女の行いは全てが完ぺきだった。

 

「……ねえ、衣玖」

 

 唐突に、僕は衣玖に声をかけた。夕食を済ませ――このころには、仰々しすぎると食事は一緒に取っている――彼女が食器を片付けるのをなんとなしに見ている、そんな時だった。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 食器棚に向かっていた彼女は、数秒の間も入れずに振り返った。なんだろう、という疑問、あるいは、なんだろうという期待。その二つが混じったような表情が、衣玖の顔には浮かんでいた。

 

「君は何故、この家に来たんだ?」

 

 僕が投げたのは、今更過ぎる質問だった。本来であれば、最初の時に聞きなおすべきだったこれを、今になってようやくまた問うたのは、おそらく天子との会話があったのだと思う。流石に聞いておくか、とそういう気になった。それだけの話だ、と思う。

 

「それは以前、総領娘様と交わしていた会話の内容を思い出したので」

「それは聞いたね。でも、それがきっかけというのは変じゃないかな」

「……そう、でしょうか」

 

 困ったように、衣玖が首を傾げる。しらばっくれている、という感じではない。今まで違和感もなく、本気でそうだと思っていたのだろうか。たぶん、そうなのだろう。理由なく、僕はそう直感する。

 

「じゃあ、さ。それを継続している……それこそ、それ以外の家事もすべてしているのは何故かな?」

「それは……そうしたい、と思ったからです」

「何を?」

「……貴方の役に立つこと、でしょうか」

「ふうん……」

 

 漠然とした、根拠もまるでない答えだ。どういうふうに、という絵がなく、どうして、という部分もすっぽりと抜けている。

 

 理屈もない、というか、そもそも釣り合っていない。彼女はこれまで、何かしらの対価を求めたことがない。お金だとか、それこそ、愛だとか、そういうのをまったく口にしていない。無欲、とあてはめざるを得ないのが、変で、変で、変すぎる。行動と要求を全く同じと出来るなんて、そういう人物が、はたして本当にいるのだろうか。

 

 そう、思ってみると、一つ、考え付くこともある。たぶん、自然とも不自然とも言える、一つの問い。それを思いついた瞬間、僕は反芻することもなく、そのままに、するりと口からこぼす。

 

「じゃあ僕が、君は必要ないって言ったら、どうする?」

「死にます」

 

 その答えに、僕は一瞬あっけにとられた。内容もそうだが、それ以上に、その返答までの速度に驚いた。悩むそぶりも、言葉を選ぶそぶりもない。一切の躊躇もなく、彼女はそう答えたのだ。

 

 本気。それ以外の何も、彼女からは感じられない。より厳密、正解、あるいは常識というのが近しいかもしれない。それが自然の摂理であると思い込んでいるかのように、彼女の言葉には熱がなかった。意気込んでいるわけでもなんでもなく、まるで自然と口からこぼれたかのように、ただ衣玖はそう言ったのだ。

 

 だから、

 

「じゃあ、一つ君に言っておきたいことがある」

 

 僕は、一つの言葉を、彼女にぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――結婚したぁ!?」

 

 あれから、さらに十日ほど後。また出会った天子に、あれからのことを伝えると、彼女は眼を大きく開いた。実に分かりやすい、驚愕も驚愕という表情の彼女に、僕は数度頷く。

 

「うん、そう。式はまだなんだけどね」

「いやいやいやいや、なんで!? アンタ、一月前くらいまでそういう感じじゃなかったじゃないの!?」

「まあ、そうだったんだけどね。ああ、この人って僕が言うなら死ぬんだって、そう思ったら猛烈に愛おしくなっちゃって。気づけば求婚していたんだよね。いやあ、受けてくれてよかった。僕の言葉だから聞いた、でもまあ良かったけど、彼女も本心から受けてくれたから、より上々だったね」

 

 はっはっは、と僕は満面の笑みを浮かべながら、天子に応える。その僕を、彼女は気持ちの悪いものでも見るような視線を向けてから、少し眉根を寄せて言う。

 

「……都合が悪くなったら捨てるから、とかじゃないわよね?」

「それは僕が、この世で最も嫌いなことだよ。僕が彼女に求婚したのは、純粋に彼女のことが好きになったからだよ。一応、彼女が僕のことを好きなのは知っていたからね。だったらいいかな、って。あ、対価を求めて、ってあれじゃなかったのも大きいかな。僕の役に立ちたいからってのは、結構かわいいことだと思うし」

「いや、そりゃ普通の恋愛ならそうでしょうけど…………重くない?」

「それがいいんだよ」

 

 確かに、衣玖は『重い』だろう。好きだと伝え、しかし恋人になってくれと言ったわけでもない男の家に、侵入という手段を経ての家事代行。普通に考えれば、重いどころじゃないだろう。

 

 だが、その重さが、僕にはたまらなくいい。浮つきの一切ない、重く、純粋な好意。濃厚も濃厚なそれは、鈍化し、摩耗した僕の感情を、程よく刺激してくれる。僕にとって都合がよすぎるのも、逆に僕にとっては信用できる。それくらいでなければ、無償の愛と呼べるほどでなければ、僕にとっては疑念と同じだ。だから、衣玖は重くていいんだ。

 

「小さなことでも、好意を伝えれば自然を笑ってくれる。見返りや対価じゃなく、好意のみを互いに伝え合う。釣り合っていないとしても、互いにそれで納得できている。だから、衣玖とならば、僕も幸せな家庭が築けると確信しているんだ」

「……はあ」

「そうそう、実は明日から新婚旅行に行くつもりなんだ。何かお土産に指定はあるかい?」

「……じゃあ、お菓子とお酒」

「うん、了解。それと、皆の厚意で帰ったら式代わりの宴会を開いてもらうことになっているだけど、天子も出席してもらえないかな? ある意味では君が僕たちの仲のきっかけみたいなものだし、友人代表としてぜひ出てもらいたいんだけど」

「それくらいなら、まあ」

「良かった、衣玖も喜んでくれるよ。じゃあ、そういうことでよろしく」

「分かったわ……ああ、えっと」

「うん?」

「お……お幸せ、に?」

 

 言い淀みながらもかけられた祝いの言葉は、何故か、困惑顔とセットであった。

 




 はい、衣久回再び、というか基礎を引き継いでの書き直しです。もし今の私が書くならどういうふうにするだろうか、と試しにやってみました。まあ、そうは言いつつも、今が別に満点だと思っているわけじゃないですが。天子との会話の入れ方とか、改善点は結局多い気がする。あと、この方式はなかなかいいんじゃないかとは思っているんですが、自分の文章を見直さなければならないジレンマ。正直、最近の奴以外は全部消して書き直したい。せめて最低限の書き方のルールくらいは統一したい感。まあ無理ですが。

 内容ですが、大枠は前のそれと一緒のはずです。細かいところは違いますけどね。衣久の視点がないのは、最終的に気になるだろう、彼女がこういう行動に至った思考の流れが書けないと思ったからです。正直、元からそういう資質があったからとしか言いようがない。衣久は狂っているし、彼はおかしい。それでもういいや、と。あとどうでもいいですが、これを書いている中で、告白=付き合ってほしいと要求する、となるから主人公にヒロインが嫉妬するって構図が出来るのかなとか思ったり。好きだという雰囲気を出す≒告白≒付き合う、ならまだ、告白してから嫉妬しろよ、という派の私も一応理解はできないこともないです。どっちにしても、ちょい虫が良すぎないか、とは思いますが。この話の冒頭みたいに、ただ好きだというだけなら、相手にはそれにどうこう言う義務はないってのが私の論です。反応が欲しい、あるいは独占したいならちゃんと踏み込め、と。はい、ただの脱線です。あくまでリメイクだから言うことないのが大きかった。

 さて、次回はどうしましょうか。もう一度このパターンでもいいし、普通に書いてもいいし。断言できるのは、最近のキャラはまず出ないということだけです。正直追いかけ切れていないのです、申し訳ない。とりあえずまた気力と発想がたまりきったらになりますので、気長にお待ち頂けたら幸いです。ではまた。



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