東方病愛録   作:kokohm

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鬼人正邪の愛

 ……いやあ、本当に感謝感謝というものです。この雨嵐では、どうにも人里まで辿り着けそうにありませんからなあ。この家の灯りを見たときは、まこと天からの助けかと思ったほどでしたな。天候が崩れたときはしまったと思ったものですが、あっしの運も捨てたものではないようで。

 

 しっかし、お嬢さん。このような人里離れた場所で一人ぐらいですかい? 通りすがりが言うもんでもないでしょうが、無用心ってもんじゃ? 特にあっしのような男を家に招くなんて、もしあっしが悪い男だったらどうするつもりです? あ、勿論、あっしは善良な小市民ですがね。

 

 え? はあ、しかし腕に自信って、あっしには、そうは見えないくらいにお嬢さんは華奢に見えますが……ああ、いえ、あまりそういうことを、軒を借りているだけのあっしが疑うのはちと無礼でしたな。いやいや、失礼しました。

 

 

 

 

 …………しかし、ひどい嵐ですなあ。これでは当分は出られそうな気配ではなさそうだ。すみません、お嬢さん。こりゃ思ったよりも、長居せざるを得ないようだ。となると、このまま嵐が収まるまで軒を借りる以上、何もしないというのも流石に良くない。ああでも、あっしも今手持ちがない。

 

 ふむ、ではこういうのはどうでしょう? あっし、これでも人里では噺家を名乗っている者でして。無論、まだまだ未熟な半端もんですがね。本来ならとても客をとれるような腕前ではないのですが。ここは一つ、この暇をどうにかするために、ちょいと拙い話でも聞いちゃくれませんか? 手を打つ面白い話とはいかんでしょうが、僅かばかり時間を奪うことぐらいなら出来ましょう。

 

 はい、ご了承頂けたなら幸いなことですな。はてさて、しかしそうなると、一体どのような話をしたものでしょうかね。ふうむ…………

 

 

 

 ……はい? 恋の話、ですかい? ははあ、そりゃ、よくよくと考えるまでもなく、お嬢さん相手であればそういう話のほうがよろしいのも当然ですなあ。となると…………ああ、ちと愉快とは言えぬ話ですが、こういうのはどうですかい? 真っ当な恋愛ではなく、思い切り歪んだ愛の話ってのを、ちと前に仕入れましてね。しかもこれが、妖怪と人間の愛ってんだから、さらに驚きの話ですわ。

 

 

 ん? お、おお、えらく食いつきがいいですな。こういうのは若いお嬢さんには合わないかと思っていやしたんですが、そうでもないんですかね?

 

 んま、それはどうでもいい話ですわな。そういうわけですんで、ちょいとお時間頂いて、あっしの話を聞いてもらいましょうか、ってね。

 

 

 

 

 

 

 ……さてさて、時は今より一年ほど前のこと。一人の男が一人の女を拾ったそうで。そこだけならまあ、まるで普通の恋物語か何かのような出だしと言えるでしょうが、これがそうじゃない。なんとまあ、この女ってのが、びっくりすることに、あの妖怪だったんで。

 

 あっしらからしてみれば、妖怪ってのはまあ、それはおっそろしい相手です。当然、そうと知っていれば、決して助けようなんてしませんわ。しかも、それがあの天邪鬼ってなればさらにってもんですな。天邪鬼って言えば、あっしら人間の耳に入るくらい有名な、妖怪の中でもとびっきりのお尋ね者じゃないですかい。仮にあっしが出遭ったとしたら、そっと何も見なかったことにして帰るってもんですわ。

 

 ただまあ、その男は違ったわけで。特にどうと思うでもなく、道端で倒れていたその女を拾ったんだとか。たぶん、外来人だったってのが大きいんでしょうなあ。一応、天邪鬼って妖怪に対する知識自体はあったそうなんですが、幻想郷での天邪鬼に対する認識ってのがなかったのが、まあ原因ってことになるですかねえ。単に、傷ついていた女を哀れに思っただけ、なのかもしれませんがね。そういう意味じゃ、その男はたいそう紳士だったと言えますな。あっしが同じ状況になったらもう……って、お嬢さんに聞かせる話じゃなかったですな。そういうことは、男同士の馬鹿話でほざくものってね。

 

 話を戻しまして、男は女を背負って自分の家まで帰ったそうです。普通、あっしら人間ってのは人里に住んでいるもんなんですが、男は人里の外に住居を構えていました。この辺、あっしも詳しくないんですが、どうにも外来人であった男を嫌っていた奴らが居たそうでして。余所者を嫌うってのは、まま分かる気持ちですがね。とはいえ、同種の奴らで囲んで、追い出すような真似をしたのはいけないこってしょうな。人里のお偉いさんたちが気付いて、すまねえと男に陳謝した時にゃあ、男はすっかり人里の外で生活することを決めていたんだとか。ここでもう少し関係が良くなってりゃあ、今も男は不幸にならずにすんだでしょうになあ。

 

 さてさて、女を連れ帰った男ですが、まあおそらくは劣情を催すでもなく、真摯に女の看病をしたそうでして。まさしく紳士の鑑ってもんですな。まあそんな紳士の看病の甲斐あってか、はたまた妖怪ってことで頑丈なのか、女はすぐに回復したそうです。

 

 

 

 そうなるとまあ、女は聞くわけですな。何で私を助けたの?

 

 すると男はこう答えた。人を助けるのに理由がいるのかい?

 

 

 

 いやはや、全く格好いいこってす。あっしにはとても言えねえ台詞ですなあ。そんな真っ直ぐな台詞だから、もしかするとあの天邪鬼にすら通じたのかもしれませんな。

 

 そう、その通り。なんとこの天邪鬼の女、男に恩義を感じたのかどうか分かりませんが、怪我が治った後も何故か、男の家に留まり続けたんだそうで。しかも、ただ飯ぐらいというのは嫌だったのか、案外と甲斐甲斐しく、家事手伝いなんかをしていたんだとか。そこだけ聞きゃあ、まあ羨ましい話と言えますわな。妖怪とはいえ別嬪さんであったそうだから、パッと見はうらやましいと言えなくも無い、と。

 

 とはいえ、流石にそこは天邪鬼と言うべきか。確かに女は甲斐甲斐しかったそうなんですが、かといって従順だったというわけでもなかったそうで。例えば料理をわざと苦くしてみたり、適当な小物を隠してみたり、などなどと、まあイタズラのような何かをちょいちょいと、時折思い出したようにやったりなどしたんだとか。他にも、わざと捻くれた返答をするなど、妙に素直じゃなくなる……いや、最初から別に素直ではなかったんでしたっけね? ともかく、まあそういう言動をやっていたりもしたんだそうですわ。

 

 とはいえ、それで男が天邪鬼をどうこうしたのかと言えば、まあ違いまして。ここはその、天邪鬼、ってのがあったからこそ、男も逆にその行動に納得して、放置をしたんだとか。そりゃ、天邪鬼が捻くれた行動を取るのは、当たり前といえば当たり前の話でしょうから、そこはあっしも同意ってもんです。まあ、後々の話を思えば、ここで放置をしたってのが、ひょっとしたらいけなかったことなのかも知れませんがね。

 

 

 

 

 ――さて、そんなこんなで男と女が暮らしだして一年ほどが経ったころ、突如話は急展開を迎えました。

 

 

 朝、男が起きてみると、何故か体が動かない。目を開けて見渡そうにも、どういうわけか真っ暗。おかしい、自分の感覚ではもう、とっくに朝になっているはずなのに。加えて、奇妙なことに、起きたばかりだというにもかかわらず、何故か自分は立ち上がっているということに、男は気付いてしまう。やはり、これもまたおかしい。

 

 まだ自分は夢の中にいるのだろうか、と男が思うのも当然の流れでしょう。ただ、よくある表現ではありますが、夢の中で、これは夢だなんて思うことは早々ない。やはりこれは現実なのだろうかと、男が不安を感じ始めた、その時。

 

 パッと、急に男の視界に光が灯った。暗から明への突然の変換に、男の目は思わずくらんでしまう。手で隠すことも出来ずに苦しんで数分、男はやっと目を開けられるようになった。

 

 すると、男は思わず愕然とした。なんと自分の腕が、脚が、胴が、太い柱に括りつけられているではないか。これで自分は動けなかったんだ、と理解するよりも先に、男の視線は目の前の人影に釘付けになった。そこにいたのは、一年もの間寝食を共にしてきた天邪鬼の女だったんでさあ。傍から聞いた身からすれば、やはり、ってもんですわな。

 

 

 

 おはよう、朝から元気そうね。女はそう言いやした。

 

 すると、これは君の仕業かと、男は当然のように問いかける。

 

 そうなるとまた、女が答えるわけです。そうだ、とね。

 

 

 

 自然、男は混乱しちまった。そりゃそうでしょうな。これまでずっと、おそらくは憎からず思っていた女が、突然自分を縛るなんて事をしたんだから。

 

 何故こんなことをするんだ。男は強い口調で尋ねた。ここでまず、自分を放せって言わない所が、ある意味紳士的ってもんかもしれやせんな。まあ、それはどうでもいいこってす。

 

 男の問いに、女は答えた。しかし、この返答ってのがまあ、驚きだ。だって女は、こう言ったんだから。

 

 

 

 ――愛しているから、とね。

 

 

 

 そりゃおかしいってもんでしょう? 愛しているんだったら、こんなことはしない。人を縛ったり傷つけたりする愛なんて、このようにあっちゃいけないってもんでさ。

 

 男もそう思ったんですかね。何処が愛だ、ってそう言ったわけです。やはり、憎からず思っていたからでしょうかねえ。想っている相手から愛しているなんて言われたにもかかわらず、やられた行為が行為であったもんだから、ついついより強い口調で言っちまったんでしょう。

 

 しかし、そんな男の叫びも何処吹く風。女はやはり、何でもないように言うわけです。愛しているから、ってね。

 

 

 愛しているから傷つける。愛しているから苛める。愛しているから縛り付ける。

 

 

 愛しているから、なんて、女はそう言ったわけですよ。この辺り、天邪鬼って妖怪の性だったんでしょうかね。だとしたら、なんともまあ、言葉を無くしちまう話ですが。

 

 

 そう、あっしらが言葉を無くしてしまったのと同じく、男もまた何も言えなくなってしまった。とはいえ、それはあっしらの考えとはちょいと違う理由があった。何かって?

 

 それは、目だった。女の目が、あまりにも普通で、これまでの一年の生活の時と、全く同じだったからなんでさね。

 

 ピン、と来ないかもしれやせんが、男からしてみれば、それこそが愕然とするべきことだったんでしょうなあ。これが例えば、誰かに操られているだとか、何かしらの事情で追い詰められてしまっただとか、何か別の、そう、狂うべき理由があればまだ良かったのに、女はなんと正気の目だった。ということはつまり、最初から、自分が女を拾ったその時から、女は男から見て、とても正気ではない精神を持っていた、ってことになる。そりゃ、男からしてみりゃ、これまでの一年はなんだったのかって、真っ当な相手と一緒に暮らしてきていたのは幻想だったのかって、そう絶望しちまうのも、まあ分からなくはないってもんでさ。あっしも、信用していた相手が、実は最初からおかしかったなんてことになりゃ、ちいと以上に動揺するでしょうからねえ。

 

 さて、うなだれる男に対し、女は場違いなほど明るい声で言うんでさ。さあ、これから貴方を愛して愛して愛しぬく。私の愛をあなたにささげる。絶対に逃げずに、受け止めてもらうわ、ってね。こりゃあもう、絶望の始まりってもんでさ。これから先、どんな目にあうかなんて、想像しなくたって分かる。心も体も、徹底的に痛めつける、『愛』って奴の始まり始まり、ってね。

 

 こうして、男はそれからずっと、女に愛され続けて、過酷で残酷な一生を送ったんでした……

 

 

 

 

 

 ……って、そうなったらまあ、ある意味じゃ物語的だったんですがね。いや、残念がっているわけじゃなく。

 

 最初、これは仕入れたばかりの話って言いやしたね? まあちょいちょい、事実っぽいことも交えていましたから気付いていると思いやすが、これは本当にあった話を元にしてやす。ほとんど手も加えていないんで、何でしたっけね、のんふぃくしょんでしたっけ。そんな感じに題されるようなお話なんですわ。

 

 じゃあ誰がそもそもを語ったのかっていうと、それがなんと、話にも出てきた男なんですわ。なんとこの男、監禁生活で消耗していたにもかかわらず、どうにか隙を見つけることで、見事天邪鬼の手から逃れたんだそうです。そうして人里に辿り着き、保護されたってわけですな。実の所、あっしもその男を保護したときに現場にいた一人なんですが、いやはやまあ、ひどい有様でしたよ。後からこの話を聞いたときに思い出して、体が勝手に震えちまうほどにね。あの時は、妖怪との愛ってのは不条理だなあと、本気で実感したもんでさ。

 

 

 

 

 

 ……といったところで、あっしの話はお開きとさせていただきやす。下手な上に落ちもねえ話で申し訳ねえです。あっしも早く、師匠のように軽快で見事な語り口を手に入れたいもんでさあ。

 

 ……え? 後日談、ですかい? 後日談って言っても、今語った通りで、他には里のお偉いさんたちが博麗の巫女に天邪鬼の討伐を頼みに行くだとか、後は精々今男がどうしているかってぐらいしか知りやせんよ。

 

 ……男の居場所? はあ、確か……案外傷が深いからとかで、例の竹林の中の診療所に運ばれた、って聞きましたね。しかしそれがどうしやした? そんな事を聞いても、何の意味もないと思いやすが…………

 

 ……はい? 出るって、まだ天気は荒れ模様じゃないですか。ちょいちょい! 勝手にしていいって、そんな事を言われてもあっしも困って…………って、マジで行っちまったよ。

 

 一体どうしたっていうんだ。こんな嵐の中を歩き回るだんて、妖怪でもなきゃ遭難し………………待てよ? 確か、あの旦那から聞いた、件の天邪鬼の容姿って…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ? あっし、もしかしてやらかしましたか、ね…………?

 

 

 




 はい、正邪回でした。正直こういう文体を一度書いてみたかったから書いたんだろと言われても否定出来ない回です。そこそこ面白かったけ語尾が安定しないというね。ちなみに正邪の直接の台詞がないのも、未だに口調とかをちゃんと飲み込みきれていないからです。

 内容としてはまあ、愛すると傷つけるが結果として同義みたいになっている、といった感じ。これが天邪鬼だ、かどうかは不明ですが、まあこういうのもありそうかなあと思った結果です。好きな子をつい苛めてしまう小学生男子みたいですね、今見ると。勿論、規模と業の深さが段違いですが。あと、今回の語り手はただの通りすがりですが、正邪をこの立ち位置に持ってくることも考えていました。この場合の聞き手は『彼』の身内や恋人、まあ親しい人にして、彼をさらに『愛する』ために、そういう人に真実を告げつつ彼の元に連れていく、とそんな形のつもりでした。正邪なら、こういう状況においてわざとふざけた口調をとるのも、まあイメージできましたしね。まあ、結局これは面倒くさいかなと考えたので、今回は単に通りすがりということにしました。それにしても、今回は正直、執筆意欲が湧かないから、それをどうにか刺激する為にふらっと書いてみたのが今回なので、完成度なんていつも以下な気がひしひしとします。

 さて次回、の話ではなく今度の八十話の話。十話区切りの特別回がそろそろですが、今回もいくつか考えています。一つ目はこれまでも書いてきた超短編を纏めた、少女たちの愛の続き。二つ目は以前に書いた彼女たちの愛の別バージョン。あれの彼はメンタルが強かったですが、そうじゃない人がその立場になるとどうなるかという話。三つ目はアリスの愛の一番目の続きで、アリスと彼が幻想郷からいなくなった後の話。ただ、これは流石に愛がなく、ただ狂っていてドロドロしかない気がするから微妙。そして四つ目が、第一話、博麗霊夢の愛のリメイク。もう私は直視できない出来の一話を、大筋そのままに今の私が書き直したらどうなるかってもの。この四つが今の候補となっています。どれが面白そうか、そしてどれが書きやすそうかを考えつつ、次話もいつか書こうと思います。ではまた。

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