……気が滅入る。仕方のないこととはいえ、こうして実際に寺に足を運ぶと、よりいっそう実感させられるせいか、どうにも落ち込んでしまう。だが、やはり仕方がない。これは私がすべきけじめなのだから。
「――こんにちは」
……この声は、
「……こんにちは、村紗さん」
振り向くと、そこに立っていたのは私の知人だった。村紗水蜜さんという女性で、妖怪。最近は疎遠だったが、少し前までは時折行動を共にしていた。
「お久しぶりですね。貴方はちっともここに来てくれない」
村紗さんが言う。確かに、その通りだ。
「すみません。何かと立て込んでいまして」
頭を下げる。だが、本当のことでもない。正確にはこの、命蓮寺という場所にあまり近寄りたくないのが大きな理由だ。別にここの住人が嫌いとか、そういうわけではなく、単に寺という、宗教色の強い場所が苦手なだけだ。今自分の外の世界の日本人なんて、大体が宗教に関心が薄いだろうよ。
「そうですか。ところで、今日は、この命蓮寺に何の御用でしょうか?」
責められている、と感じてしまうのは私の勘ぐりだろうか。何となく、彼女が浮かべている笑顔も、どこか裏があるような気がしてしまう。いや、気にしすぎだな。それよりも、
「ええ、少し……葬儀を、頼もうと」
本題を私は彼女に告げる。すると、彼女は小さく首を傾げて、
「ご友人を亡くされましたか?」
「こちらに来てからお世話になった、第二の親とでも言うべき人を」
幻想入りし、右も左も分からぬ時に世話になった初老の男性だ。彼がいなければ、今頃私は人里で手に職をつけることもできずに、どこかで野垂れ死んでいたかもしれない。
「……そうでしたか。ご愁傷様です」
「いえ、仕方のないことです。誰しも、いつかは亡くなってしまうのですから」
「人は寿命が短いですからね」
「ええ、まったくです。こういうところだけは、貴女達が羨ましく思います」
あっさりと、人は簡単に死んでしまう。理解はしていたが、ここに来てようやく実感したと言ったところだろうか。まったく、嫌なものだ。
「なってみますか?」
「え?」
「妖怪、に」
あっさりと、村紗さんは言う。一体何を考えているのか。その目からどうとも推測する事が出来ない。だが、何にせよ、私の答えは決まっている。
「……遠慮します。それよりも、聖さんは今いらっしゃいますか?」
「ああ、そうでしたね。少し待っていてください、呼んできますから」
「ありがとうございます」
「お気になさらず。それよりも、もう少しここに来てくれると、私は嬉しいのですが」
「そう言われましても。……正直、あまり寺の類は得意ではないもので」
思わず口に出し、私はしまったと顔をしかめた。少し言い過ぎただろうか。
「……それは残念です、ね」
その時、村紗さんがどのような表情を浮かべていたのか。顔を伏せた彼女の表情を、私は終ぞ見る事が出来なかった。
……慣れたくないものは多いが、これはその際たるものかもしれない。そんな事を思いながら門をくぐると、そこにはまるで私を待ち構えてでもいたかのように、その場に佇む村紗さんの姿があった。
「こんにちは」
「……こんにちは、村紗さん」
「珍しく、前回いらしてから間が空いていませんね。今日はどうしました?」
「……葬儀を頼もうと」
ため息をつきながら私が答えると、彼女は驚いたような表情を浮かべる。まあ、当然の反応だろう。
「おや? こう言ってはなんですが、こうも短い間にご不幸が重なったのですか?」
「ええ、まあ。友人の一人が事故に遭いまして。代表して私がこちらに」
まったく、どうしてこうも悪い事が立て続くのか。あの人が病死したかと思えば、今度はアイツが川で足を滑らせて、運悪く事故死とは。はあ、何とも気が滅入る。
「そうだったのですか。また、運の悪いことですね」
「本当に、そうとしか言えません」
「……だけど、私にとっては――」
「え? 今、何と言いました?」
思わず、私は聞き返した。今しがた、彼女が言ったかもしれない言葉が、ひどく衝撃的であったからだ。
「いえ、何も。貴方がお気になさるようなことは言っていませんよ」
「しかし……」
「それでは、私は聖を呼んできますから」
「…………」
だが、確かに私は、
――運の良いことでした。
そう、言ったように聞こえたのだ。
「あら、こんにちは」
命蓮寺の前、門の前に村紗さんがいた。まるで私を待ち構えていたかのように、彼女は私の元にすぐさま走ってきた。
「…………こんにちは」
「随分と、顔色が悪いですね」
だろうな、と私は思った。言われるまでもなく、そのことは自覚していたからだ。
「もしかして、またどなたかにご不幸が?」
彼女の問いかけに、私は言葉を発することなく、ただ力なく頷くことで返す。口を開くことすら、今は億劫だった。
「それはまた、ご愁傷様です。此度は、個人とどのような関係だったのですか?」
「…………恋人、です」
「……お気を落とさずに」
無理を言うな、と思うのは八つ当たりだろうか。ああ、たぶんそうなのだろうな。でも、何だろうか。
「……貴女は」
「はい?」
「…………いえ、何でもありません」
――何故、貴女は笑っているのだ。
その言葉を、私は口に出すことなく飲み込んだ。その気力すらなかったのもあるが、それ以上に、彼女のその微笑が、正体不明で、とても不気味であったからだ。問えば、何か開けてはならない扉が開いてしまうような、そんな気がした。
「……聖さんを、呼んでいただけますか?」
「はい」
だから、問いを投げるのは、葬儀を終えた後にすることに、私は決めた。
本当に、疲れていた。そして、信じたくなかった。
だけど、
「――村紗さん」
「何でしょうか?」
葬儀がすんだ後、私は彼女を呼び出した。何だろうかと、首を傾げる彼女に対し、私は重い口を開いた。
「貴女に、聞きたい事がある」
「何なりと。貴方の質問であれば、どんな問いでも答えましょう」
「……では」
唇が、重い。喉が、とても渇く。そんな状態で、しかしどうにか、搾り出すようにして、私は、
「――貴女が、彼女を殺したのか?」
言った。
「……何故、そう思われたのですか?」
「友人が死んだ時、貴女を近くで見たという人がいた。そして、彼女が死んだ時も、貴女らしき人影が人里で目撃されている」
偶然、と言い切るには、村紗さんが以前見せた姿が印象的に過ぎた。ずっと私の胸中にあった疑念をぶつけられた彼女は、少しして、
「……ふふ」
笑った。あの時、私の友人の死を、幸運であったと評したときと同じ笑みだった。
「――ええ、私がお二人を殺しました」
あっさりと、彼女は私の言葉を認めた。あまりにもあっけなさ過ぎる自供に、むしろ私のほうが反応が追いつかない。現実味が、あまりにもなさ過ぎた。
「……何故?」
だから、私が口に出せたのは、その一言だけだった。だけれども、その一言で彼女には十分だったのだろう。
「理由ですか。それは、ですね――」
……おそらく、私は一生忘れる事が出来ないだろう。彼女の言葉と、そして何よりも、彼女のその表情を。ずっと、死ぬまで抱えていくのだろう。
――そうするだけで、貴方はここに来てくれるじゃないですか。
はい、村紗回です。だいぶ久々で、突発的に書いたので短めです。あっさりしたかったので文章量もクオリティも下げてます。村紗ファンの人はすみませんね。いやまあ、こういう作品を書いておいて今更ファンの人にどうこうというのも変かもしれませんが。
今回の話ですが、ぶっちゃけるとこれ、サイコパス診断というものの一つを元にしています。ヤンデレとかではないですが、狂っているのは事実だし、まあたまには良いかなと思った次第です。ただ彼と会いたいがためだけに、葬儀を起こさせるように彼の知人を殺すと、まあそういう話。元ネタは逆で、身内を殺して相手を葬儀に呼ぶ、ですけどね。正直、村紗って二次創作とかでもあんまり共通認識みたいなものが固まっていない感じで、どうにも書きにくかったんですよね。だから今回はキャライメージからは書いていません、というか書けませんでした。この辺りは未熟ですねえ、本当に。どうでもいいけれど、村紗と聖だけは東方キャラの中でも名前で呼ぶイメージがないんですよね。どっちも苗字で呼んでしまう。
で、次回。いつの間にやら七十話の特別回ですね。確か、これまでの奴の後日談的な話を書く、とかどこかで書いた覚えがあるので、とりあえずその方向で書いてみます。多分がっつりとは書かずに、あっさりと数話分を書く、とかになるんじゃないかなあ。まあ、そういうわけですんで。ではまた。