東方病愛録   作:kokohm

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二ッ岩マミゾウの愛

 

「――大丈夫かのう?」

 

 その時、僕を助けてくれたのは、狸のお姉さんだった。

 

 

「……で、お主はこの世界に迷い込んでしまったというわけじゃな」

 

 そう言ってお姉さん、マミゾウさんは僕に説明をしてくれた。その説明が全部分かったというわけじゃないけど、変な世界に迷い込んでしまったということだけはなんとなく分かった。それと、マミゾウさんが人間じゃなくて、妖怪だってことも。何でも、ここにはマミゾウさんみたいな、人間じゃない人たちが多くいて、中には悪い妖怪もいるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「なに、心配はいらん。ここで会ったのも何かの縁だ。お前さんの面倒は儂が見てやろう」

 

 僕はどうしたらいいんだろう。そう思った僕を、マミゾウさんは優しく撫でて言ってくれた。

 

 いいの? と僕が聞き返すと、マミゾウさんは笑って頷いてくれた。知らない人についていっちゃ駄目だ、なんてことは思いもしなかった。だって、その時の僕はとっても不安で、マミゾウさんには安心できたから。

 

 

「ここが儂の家じゃ。自分の家のように寛いでもらってかまわんからのう」

 

 そう言ってマミゾウさんが連れてきてくれたのは、昔な感じの家だった。かまどとか、洗濯板とか、初めて見るものばっかりで、何となくわくわくしないでもなかった。

 

 

「まあ、とりあえず家事のやり方ぐらいはおいおい、覚えていってもらおうか。どうせ長くここに住むことになるんじゃ、知っておかないと不便じゃろうて。ま、今日は疲れたじゃろうから、奥で休んでおくといい」

 

 確かに、色々あったせいで僕は疲れていた。だから、マミゾウさんの言葉に甘えて、奥で少しだけ横になることにした。だらりと身体を床に倒していると、段々と眠気が襲ってくる。

 

「……お休み。儂の……」

 

 何か、マミゾウさんが言っていたような気がしたけれど、良く聞こえないままに僕はそのまま眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから僕は、マミゾウさんの家で生きるようになった。マミゾウさんの家事のお手伝いをしながらそれを覚え、時々僕一人でやったりする。

 

「うむ、そうじゃ。……よしよし、その調子でな」

 

 その度に、マミゾウさんは僕に優しく教えてくれたり、褒めてくれたりした。だから僕も嬉しくなって、より頑張るようになった。

 

 

 

 

 

 時々、マミゾウさんの子分らしい狸が来たりする。抱きついてみると、柔らかくて、温かくて、気持ちいいと思う。だけど、一番気持ちがいいのはマミゾウさんの尻尾だったりする。

 

「くすぐったいのう」

 

 そうは言うけれど、マミゾウさんが僕を振り払ったりすることはない。ただ、僕の好きなようにやらせてくれた。だから僕も、時々だけどそれに甘えていた。

 

 

 

 

 でも時々、マミゾウさんが怖く感じる時がある。特に、外に出るときは。

 

「良いか? 儂がおらん時に家の外には出んようにの。ここいらには性質の悪い妖怪もいるじゃて、な」

 

 ここに来てから、僕は一人で外に出たことはない。マミゾウさんがいるときだけ、近くの野草なんかを採りに行ったりするだけだ。僕は元々、家にいる事が多いほうだったから特に不便だとは思わなかったけど、

 

「――絶対に、外に出てはならんからな?」

 

 僕に、外に出ないよう念押しする時のマミゾウさんは、何となく怖いような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなある日のこと。家のことにもだいぶ慣れて、ばたばたと家の中を動き回っていた時のことだ。家の外から何か、大きな物音がした。何だろうと思ったのだけど、外に見に行くかどうかは考え所だった。だって、今はマミゾウさんが家にいないから。一人で外に出てはいけないって、そう言われている以上、あまり外に出る気にはなれなかった。

 

 

「……ここの家の子?」

 

 そんな風に声をかけられたのは、僕が庭で洗濯物を干している時だった。それがいつも聞く、マミゾウさんの声とはまるで違う、女の子の声だったから僕は驚いて振り向いた。するとそこには、僕と同じくらいの歳の女の子が立っていた。

 

 

 誰? と僕が聞くと、彼女は名前と、近くの家に住んでいるということを教えてくれた。そして、一緒に遊ぼうと僕を誘ってきた。どうしようかな、と僕は思ったけれど、少しだけならいいかなと思って、彼女に付き合うことにした。何せ、久しぶりに会った、マミゾウさん以外の人だ。少し、気分が大きくなっていたんだと思う。だから、つい、家を離れて、外で遊ぶことにしたんだと思う。

 

 

 

「……暗くなってきたね」

 

 彼女に言われて、ようやく僕は気がついた。辺りは暗くなっていて、もう夕方近くになっているようだった。いけないと、そう思った僕は家に帰ろうとしたんだけれど、遊びまわった所為でここが何処なのか、まったく分からなかった。暗さの所為で家の方向すら見当がつかない。

 

 どうすればいいんだろう。約束を破ってしまったこともあって、不安になった僕の手を彼女が引いた。

 

「私の家に来る?」

 

 一晩なら大丈夫だと思う。そう彼女は僕に言った。たぶん、彼女はまだ、僕と遊びたかったんだと思う。僕は少し悩んだけれど、結局は彼女についていくことにした。僕も、また彼女と遊びたかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……成る程な。よし、今日はここに泊まっていけ」

「ええ、そのほうがいいわ」

 

 彼女の両親は、僕のことを快く受け入れてくれた。自分の子供と遊んでくれた僕に、どこか感謝しているようでもあった。

 

 それでその後、僕の両親は大丈夫なのか、という風に聞かれたので、僕のこれまでのことについて話してみた。勿論、マミゾウさんのことも。

 

「……妖怪に? そいつはいけねえな。アイツらに気を許すのは駄目だぜ、坊主」

「ええ、早くそこから逃げてきたのは正解だったと思うわ」

「うん、そう思う」

 

 いつの間にか、僕は妖怪の家から逃げ出してきた、ということになっていた。そうじゃない、と僕は言いたかったけれど、それが口から出てくることはなかった。だって、言われたから。

 

「坊主は人間だしな。妖怪からしてみれば、食べ物みたいなもんだ」

 

 そう、言われたから、僕は黙った。マミゾウさんは違うって、そうは思ったんだけど、それを口にしちゃいけないような気がした。口にしたら、目の前の親切な人たちが、僕を怒るんじゃないかって思ったから。同じ人間のはずなのに、妖怪のことを話しているときの彼らは、何故かとても恐ろしかった。

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

「――いかんの、勝手に家から出ては」

 

 その声に、僕はすぐに振り向いた。すると、さっきまで誰もいなかったはずなのに、そこにはマミゾウさんが立っていた。

 

「探すのは苦労したぞ。まさか、こんなところに住んでおる人間がいるとは思ってもいなかった。……さ、儂らの家に帰ろう」

 

 そう言って、マミゾウさんは僕に手を伸ばしてきた。

 

 どうしよう。つい、僕はそう思ってしまった。これまで通り、マミゾウさんと一緒にいるか。それとも、彼らたちの言う様に、妖怪であるマミゾウさんとは離れるべきなのか。それが分からなかったから、僕はじっとマミゾウさんの手を見つめていた。

 

 

「……何じゃ? お前は、儂と一緒に戻りたくないのか?」

 

 そうじゃない、と言うべきなのか。そうだ、と言うべきなのか。とっさに、分からなくて、僕はそれに答えられなかった。

 

「――坊主!!」

 

 僕が迷っていると、後ろから怒鳴り声がした。振り向けば、彼女のお父さんが立ち上がろうとしていた。今のマミゾウさんは妖怪としての姿を隠そうとしていなかったから、それが原因だと思う。

 

 ……でも、自分でも言っていたじゃないか。妖怪は恐ろしいって。

 

 

「――成る程のう」

 

 そう言ったマミゾウさんの声は、今まで聞いた事がないほど冷たいものだった。その冷たさに、思わず僕はびくっとしてしまう。

 

「この子を感化させたのは、お主らか」

 

 マミゾウさんの顔が、見られなかった。それぐらい、その時のマミゾウさんは怖かった。

 

「――つまり、こやつらさえいなければよい、ということか」

 

 パチンと、マミゾウさんが指を鳴らした。

 

 それと同時に、目の前に居た三人の顔が、何処かに行ってしまった。

 

 

 え? と僕は思った。何故、三人の首から上がなくなっているのか。それがまったく分からなった。

 

 思わず彼女に、彼女の身体に手を伸ばした。その瞬間、その身体の天辺から赤い何かが噴きだしてきた

 

 

「おっと、少し派手にやりすぎたの」

 

 ぴしゃりと、僕の顔に何かがつく。そこに手をやって拭い、その手を見た。真っ赤だった。

 

 血だ、とその瞬間に初めて分かった。それと、三人が死んでしまったということも。確かに分かったんだけれど、何処か現実味がなかった。

 

 

 

 

 

 

「さて、これで片付いたのう。さ、帰るぞ」

 

 マミゾウさんの声に、僕はゆっくりと振り向いた。再び、差し出されたマミゾウさんの手を、僕は握り返さずに、じっと見つめていた。

 

 

「うん? 帰りたくないのか?」

 

 マミゾウさんは、本当に不思議そうな調子で僕にそう聞いた。どう答えるべきなのか、分からなかった僕は、三人の方に視線を向けた。

 

 

 

 

 

「……ああ、成る程のう。怖いのじゃな、儂が」

 

 少し迷って、僕はそれに頷いた。それに対し、マミゾウさんは僕の顔に手を当てて、

 

「……嘘、じゃよ」

 

 何が、と僕は聞いた。

 

「後ろを見てみるといい」

 

 言われて、振り向く。すると、そこには何もなかった。三人も、血も、何もかもがそこにはなかった。まるで幻だったかのように、そこには何もなかった。

 

「今までお前さんが見ていたのは、儂が見せた幻影じゃよ。あの男も、女も、娘も、な」

 

 何で、と僕が聞くとマミゾウさんは僕に顔を近づけて言った。

 

「釘を、刺しておこうと思ってのう。種族上仕方がないが、お前さんは人間というものを信用しすぎておる。中には、妖怪以上に悪い人間もおるということを知ってもらいたかったんじゃ」

 

 それで、やったの? 僕が聞くと、マミゾウさんは頷いた。

 

 

「あとはまあ、妖怪の恐ろしさというものも体験させておこうと思ってのう。実際にこういう風に、人間をあっけなく殺してしまう妖怪もおる。お前さんも、気をつけておけ。儂以外の者にはまず、注意するようにな」

 

 …………その言葉に、僕はゆっくりと頷いた。すると、それに満足したようにマミゾウさんは笑って、そこで気づいたように鏡を取り出した。

 

「そうじゃ。ほれ、お前さんの顔に何もついておらんじゃろう? まったく、な」

 

 マミゾウさんが見せてくれた、鏡の中の僕はいつも通りだった。あの時、確かに感じたと思ったはずの血の痕なんて、まったくついていなかった。本当に、幻影だったんだと、僕はそう思った。

 

 

「さ、帰ろう。――そうじゃ、せっかくだから今日はご馳走にしようかの」

 

 そう言って手を伸ばしてきたマミゾウさんの手を掴む為に、僕は右手を広げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……広げた僕の手の中には、赤い染みが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 僕は、マミゾウさんの手を取った。

 




 はい、マミゾウ回です。前回投稿から間が開いていませんが、まあ書きあがったので投稿します。一応今回は独占系、になるでしょうか。何となくマミゾウはこんな感じで。あ、ちなみに彼の年齢設定は小学生くらいをイメージしています。文章の書き方も幼い感じになるように頑張ったのですが、そうでもない感じですかね。ではまた。

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