「ん……」
気付くと、身体が重い。いや、正確には腹の辺りに何かが乗っている感覚がある。またかと思い、目を開ける。すると、そこには俺をじっと見つめる魔理沙の姿があった。
「お、起きたか。おはよう」
「……おはよう、魔理沙」
彼女が俺の上から降りるのを確認してから、身体をゆっくりと起こす。何となく頬を撫でると若干湿り気があったので、おそらくまた誰かが夜のうちに舐めでもしたのだろう。自分の眠りの深さに喜んで良いのかどうか、またもや結論が出ない。
既に魔理沙は部屋から出て行っているので、俺はゆっくりと枕元にあった服に着替える。前夜のうちに用意した覚えなどまったくないが、どうせ誰かが準備したのだろうと特に疑問には思わない。……ついでに、何処からか視線を感じるような気がするが、どうせ椛かその辺りだろうから別にいいだろう。
「今日は私が朝食を作ったんだ。食べてくれるよな?」
「ああ、うん」
台所に入ると、魔理沙がちょうど鍋をかき混ぜているところだった。機嫌良さそうに鼻歌を歌う彼女の背後で、隅にあるゴミ箱に目を向ける。すると予想通り、料理が何品か捨てられていた。
「……はあ」
小さくため息をつき、その中からまだ食べられそうなもの――玉子焼きが良さそうだった――を手に取り、口に運ぶ。こうして少しでも食べておくことで、多少は後々の面倒が軽くなるのだから、案外重要なことだったりする。……美味しいだけに、ちょっとしか食べられないのは少しばかり残念だ。
魔理沙に気付かれないように居間に移り、座って彼女が朝食を運んでくるのを待つ。手伝っても良いが、変に彼女を刺激するようなこともやりたくはない。前に咲夜が、
「私は必要ないんですね」
とか言って自刃されそうになったときみたいな風になっても困るし。
「さ、魔理沙さん特製朝食だ。残さず食べてくれよ」
機嫌の良さそうな彼女の体に目を向ける。パッと見、特に包帯だったりをしているような素振りはない。これなら食べても大丈夫そうかな。流石に俺も、妹紅の時のような血が入った料理は勘弁したいし。
「ああ、ありがとう」
ニコニコとしている魔理沙が見守る中、俺は朝食を食べ進める。少なくとも、料理が美味いことだけは良いことだ。まずい料理を無理に食べるのもあまり気の進む話ではないからな。
「ご馳走様」
全部を食べ終わったところで俺は席を立つ。これから外に出ないといけないので微妙に忙しい。片付けに関しては魔理沙がやってくれるだろう、というかまず間違いなくやるはずだ。これまた、下手に自分でやって藪をつつきたくない。
「あ、お久しぶりです!」
「……ああ、妖夢か。久しぶり」
人里まで来たところで妖夢にばったり会った。こればっかりは本当に偶然だろう。妖夢は文とは違ってこっちの行動パターンを網羅するタイプじゃなかったはずだから。
「今度また白玉楼に来てくださいよ。幽々子様共々お待ちしていますから」
「考えておくよ」
まあ、正直あまり行く気はない。少なくとも単身で行けば確実に出してもらえなくなるだろう。あの時だって小町が助けてくれなければ危うく手足の四本は失うところだった。まあ、その後は危うく小町に拉致られそうになったのだが。
まあ、そんなことはどうでも良いとして、俺は妖夢と分かれて寺子屋へと向かう。一応は教師という職務についているので、そのために向かっているということになる。別に外の世界では教師をやっていたとかそういうわけではなかったけれど、幸いにも俺でも教えられるレベルの授業だったのでこうして職を得ている。義務教育万歳。
「やあ、今日もよろしく頼むぞ」
「頑張らせてもらうよ、慧音」
慧音も、寺子屋にいる間だけは普通だから助かる。流石に子供たちの前だと教師として使命感が先行するらしい。その分外では性質が悪くなるから危険だ。うっかり家について行ってしまえば二度と出られなくなる可能性がある。
「お昼をお持ちしましたが、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう」
何時の間に現れたのか、俺に弁当箱を渡してくる衣玖に対し平然とした態度で対応する。いい加減誰かが急に現れるのには慣れてしまったので、一々驚いてなどいられない。衣玖が俺に危害を加える可能性は低いというのもあるし。勝手に身の回りの世話をしようとすることぐらい可愛いものだ。変に拒絶をしなければちょっと愛が重い程度だから特段害がなくていい、その分拒絶するとまたもや自害しそうになるのでそこだけは警戒が必要だが。
「ふう……」
少し食べ過ぎたと、お茶をすすりながら思う。何せいつの間にか弁当箱が増えていたのだから仕方がない。女子基準の量だったのが不幸中の幸いか。しかしこの弁当、誰が持ってきたものだろうか。咲夜か、こいしか、にとりか、あるいはそれ以外か。まあ誰にしたっていいっちゃ良いけど。経験上黙っておいていくタイプはその時点か、精々俺が食った時点で満足しているだろうから、別に後から感想を聞いてくることはないだろう。
「……で、これどうしようかな」
目下問題となっているのは目の前のお菓子だ。これまた誰が持ってきたものか分からないが、包装紙からして小鈴だと思う。となると経験上、このお菓子には血なり何なりが入っている可能性が結構高い。流石に俺も、いくら美味しくても血が入った料理は遠慮したい。うーん…………、後で考えよう。まずは午後の授業だ。
「お邪魔します」
「……ああ、いらっしゃい」
仕事も終わり、家に帰ってゆっくりとしていると鈴仙が入って来た。鍵をかけていなかったかなと一瞬思うものの、まあかけてあっても開ける手段はあるだろうしと思い直す。使い古しが新品に換わっていることなど日常茶飯事だ。
「それで、今日は何で?」
「ああ、いえ。姫様から遊びに来ないかと伝言を預かってきまして」
「そう、でも当分無理かな」
「それは何か別の用事があるということですか?」
ここで、そうだよと迂闊に返答をすると、誰との用事があるのか、とかそういう方面に発展しかねないので気をつける。流石に自分が原因で殺し合いとかが起こったら目覚めが悪い所の話ではない。
「ん……、いや、特にそういうわけじゃないが、当分仕事を頑張りたいからね」
「そうですか……」
……ミスったか? いや、いくら何でも寺子屋を排除とか、そういう方面には行かないか。割とそっち方面に関しては永遠亭の面々は常識人、のはずだし。……久しぶりに常識という言葉を疑問に思った気がするな。
「ですが、いつでもいらしてくださいね? 姫様も師匠も、勿論私も歓迎しますから」
「ああ、うん。覚えておくよ」
多分行かないけど。永遠亭に行くとやばい薬を盛られそうになるから流石に困る。仮にも男だから、爛れた生活とかも興味がないわけじゃないけど、それをやると色々終わってしまいそうだし、それこそ色んな意味で。
「あ、上がった? お夕飯はもう少し待ってねー」
「……分かった」
夕方、風呂から上がると霊夢が夕飯を作っていた。これまたいつものことだから、何も言わないで良いだろう。彼女の袖に染みがある事が若干気になるが、料理に血が入っていなければなんでも良い。というかなんか疲れたから一々考えるのが面倒くさい。
「はい、どうぞ」
「ん」
彼女が食事をとると必然的に俺は箸を握れない。取ろうとしても取らせてくれないからだ。そのため俺は彼女に食べさせられる形になるのだが、いつかその箸が俺に突き刺さるんじゃないかと冷や冷やしたこともあったのが懐かしい。今では、もうそういったことは考えないようにしている。そのほうが精神安静上良いと、俺は外の世界で学んだのだ。
そうだ、こんなもの、早苗に比べたから可愛いものじゃないか。あいつもこっちに来たときは流石に焦ったが、霊夢たちがうまくやってくれているようでほとんど会わずに済んでいる。早苗に会わないで良いのならこれぐらいのおかしさなどいくらでも受け入れようというものだ。
そして霊夢も帰り、ついに夜も良い頃合になる。
「……おやすみ」
一人呟いて、俺は布団に身体を預ける。
「――お休みなさい」
何処からかそんな声がかけられて、今日も俺の一日は終わった。
はい、特別回です。本当は前回から二十四時間は空けようかと思っていたのですが、書きあがってしまったので投稿しておきます。
今回は前に何処かで、ヤンデレに慣れている感じの奴を見てみたいというコメントを見た覚えがあるので、こんな感じかなと解釈しながら書いてみました。何か筆は軽かったんだけど書きにくいというか、妙な感覚を覚えながら書いていました。もう少し掘り下げようかと思ったのですが、その妙な感覚のせいかちょっと精神的に疲れたのでこれでご勘弁を。しかし、書いてみても思ったけどこれだと何かハーレム野郎っぽいな。そういう自覚あるのと、メンバー全員がどこかおかしいというのがあれですが。なお、彼がこうなったのは外の世界で早苗に色々とされたのが原因です。全部早苗よりはましということで受け入れています。一体何をやったんだろう、早苗は。ちなみに、今回は少女たちの、の方と区別する為に新たに彼女たちの、と名前をつけましたが、たぶんこれ以降ナンバリングが増えることはないかと思います。書いていて疲れるし、そんなに書くこともなかろうと思いますので。
さて次回、まったく決めていないので特にここで書ける事がありません。これまで通り気が向いた時に書いて、そして投稿することになるかと。ではまた。