狂気が足りない……
――人間は勝手だ。
自分勝手に物を作って、自分勝手にそれを買って。そして、自分勝手にそれを捨てる。
だけど、私は――
「――こんにちは」
そう言いながら、私は店内に入る。人里から少し離れたそこは、いつものように人がいない。別に人気がないとかそういうわけでなく、単に今がもう夕方で人がほとんど出歩いていないからだ。そんな時間でもなければ、私がここに来るのは難しい。
「――いらっしゃい、小傘ちゃん」
そう、入って来た私に彼が声をかけてくる。いつものように柔和な笑顔を浮かべ、その手には人形を持っている。
直し屋と、彼は自分の商売をそう端的に呼んでいる。人形や玩具、家具や生活用品。雑貨から何からを受け取り、修繕する。それが、彼が生業としていることだった。
「今日はどっち、なんて聞くまでもないよね」
手に持っていた人形を置き、彼は近くに置いていた救急箱を手に取る。
「はい、今日もお願いします」
言いながら、私が出す手にはいくつもの傷が浮かんでいる。動くには支障がないけれど、怪我と言って差し支えない度合いの傷だ。
「あんまり無茶をしちゃだめだよ。妖怪だろうとなんだろうと、君は女の子なんだから」
こちらに苦言を呈しつつも、彼は私の傷を消毒し、包帯を巻いていく。
治し屋。それもまた彼の仕事だ。もっとも、こちらはあくまでおまけのようなもので、そこまで深い傷は治せないらしい。もしかしたら例の、迷いの竹林にあるという病院に配慮しているのかもしれないけれど、詳しいことは聞いてもはぐらかされてしまう。……でも、それを始めたきっかけは、おそらく私なんだと思う。だけど、それは私が大事にされているというわけではなく――
「頼られるのは悪くないんだけどね、こうしょっちゅう来られるとどうにも不安になるよ」
「すみません」
何だかんだと言いつつも、彼は私への処置をきっちりとやってくれる。やはり、治すということが好きなんだと思う。外の世界にいたときも、医者を目指していたという話だし、こういう形で頼られることが好きなんだと思う。
「……はい。おしまい」
「ありがとうございます。……あの、お礼」
「ああ、いいよ。君が治ったらその時に頑張ってもらうから」
私と彼の始まりは、私が鍛冶の腕を売り込んでいたときの話がきっかけだ。紆余曲折があって、私は彼の直し屋という商売の、包丁の打ち直しなどの鍛冶関係の仕事を請け負うようになった。
「……でも、まだ当分かかりそうかな?」
「すみません」
「早く君が鍛冶をする姿が見たい、というのはプレッシャーかな」
だけれど、もう随分と私は彼の仕事を手伝っていない。何せ、ある時に、私は怪我をして、その時から何かと怪我が絶えなくなったからだ。
――あの時感じた恐怖は、今でも覚えている。
私は、捨て傘の妖怪だ。忘れ傘だという人も居たけれど、私からしてみれば捨てられたということに変わりはない。だから、私は怖い。誰かから捨てられるという、そんなことがとてつもなく怖くてたまらない。
だから、最初に、怪我を負って鍛冶が出来なくなった時は、痛さなんかよりも先に、ただただ、恐怖だけを感じていた。仕事の出来なくなった、何の役にもたたなくなった私を、彼が見限り、捨てるのではないかと、そんな風に思ったからだ。
……だけど、彼は私の怪我の治療をしてくれた。大丈夫かいと、心配そうに声をかけてくれた。……だから、私は――
「他の妖怪に襲われているんだったよね? ……本当に大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ。ある意味日常茶飯事みたいなものなので」
「そうかい? なんなら、ここを住処にしてもらってもいいんだよ?」
……優しい人だと、本当にそう思う。危険を知りつつも、こんなところに店を出しているのだって、私のような妖怪からも仕事を請け負うという理由からだ。彼曰く、困っている人なら誰だって助けるし、手を伸ばしたいのだそうだ。私の治療をしてくれたのも、多分それが大きな理由。だから……、
「……大丈夫、ですよ」
「そうかい? ……まあ、君がそう言うならいいんだけどね」
「……あの、じゃあ、今日はこれで」
「うん、またいつでもおいで。でも、出来れば次は元気な君が見たいかな」
「……また」
笑顔で見送ってくれる彼に嬉しく思いつつ、私は頭を下げて外に出る。そうしてそのまま、私の住処に戻る。
――あの時、私は彼の顔を見て思った。彼は、誰かを治すことが好きなのだと。
だって、彼がものを直す時と、私の治療をするときで、明らかに表情が違った。
『まあ、人に頼られたいと思ったことはあるよ』
そんなことを、彼が言った事があった。医者を志していた理由を、少しだけ語ってくれた時だ。それを知っていたから、私はすぐに察する事が出来た。彼が、誰かの治療を、治すことが好きなのだと。そして、分かったのだ。
……だから、私は――
「……!」
――ブンと、思い切り腕を岩にぶつける。
「――ぁっ!!」
ボキンという鈍い音。だらりと、私の手が途中から垂れ下がる。
「……ぁ、……は」
痛い。たまらなく、痛い。だけど、もう慣れてきた痛みだ。
「……あ、は。はははっ」
痛みに汗を流しつつも、私は小さく笑う。仮にも妖怪であるので、それなりに頑丈なつもりだけれど、それでも痛いものは変わらない。だけれども、私は確かに笑う。
「……だって、これで」
――これで、必要だと思ってもらえるから。
彼は、誰かを治すのが好きなのだ。誰かに頼られるのが好きなのだ。だから、怪我をしている限り、彼を頼る限り、彼は私を見てくれる。私を、捨てないでくれる。
だから、私は怪我をする。自分の為に、そして彼の為に。彼に捨てないでもらう為に、私は今日も自分を痛めつける。身体の痛みよりも、捨てられる恐怖の方が何倍も嫌だ。特に、彼に捨てられるのは、絶対に嫌だ。
「……あー……」
でも、と痛みに耐えながら空を見ていると、思うことはある。鍛冶を、彼の仕事の手伝いを行うべきなんじゃないかと思う。元々それで彼に捨てられなかったのだから、それを再開すれば良いんじゃないかと思いはする。
「だけど……」
そうも、思う。このままなら捨てられないんだから、このままでもいいんじゃないかと。彼が私を治してくれる限り、彼は私を捨てないと思う。
だから結局、私は自分を痛めつける。
彼を喜ばせる為に。
彼に応える為に。
彼に捨てられない為に。
――私は勝手だ。
勝手に付きまとって、勝手に頼って。そして、勝手に捨てられたくないと思う。
だけど、私は――
――私は、彼に捨てられたくない。
はい、小傘回です。いやはや、本当にお久しぶりです。一応前回から何度か書こうとはしていたのですが、中々形にならず、少し書いてはやめ、別のキャラに変え、などとやりようやく形になったときには、もう五月ですよ。アイデアがないわけじゃないのに、それを形にするのがなんとも難しくなってきました。今回にしたって、文字数が少ないようだったら別のキャラと二本立てにするという苦肉の策も考えていましたからね。まあ、文字数が一定以上にいったからといって、内容が濃いかといわれたら決してそうではないのですが。むしろ薄いよなあ……。
今回、小傘のタイプとしては、捨てられたくないと考えるタイプです。この辺はまあ、成り立ちからすぐに出来ました。で、どういう風に捨てられないようにするかというところで、自傷により気にかけてもらうというタイプにしてみました。何故かと言われると、まあ答えようがないのですが。あと、小傘の口調をもう少し軽くしても良かったかなとかも思いますが、まあいいか。丁寧キャラなんですよ、多分。あ、ちなみに彼に対する小傘の考察ですが、基本的はあっています。ただ、小傘を気にかける理由は別にあります。その理由は、言わずとも分かると思います。ま、何か疑問があれば質問をいただければと。ではまた。