私、稗田阿求は過去、転生を繰り返してきている。だが、以前の私としての記憶はそのほとんどがぼんやりとしている。能力のこともあって知識の類は欠損がないのだが俗にいう思い出の類はそのほとんどが思い出されない。かろうじて交友のあった友人のことくらいは分かるのだが、肝心の私自身のことはさっぱりと分からない。別にそのことに今更どうこうと思うことはない、前の私よりも今の私だ。
そんな私だったが、今回の、稗田阿求としての人生は少しだけ奇妙なものであった。ふと、誰もいないにもかかわらず、誰かが隣にいるような錯覚に陥ることがあるのだ。まるでそれは、傍らにいるべき人物を失っているかのような、あるいは自分の半身を見失っているかのような、そんな奇妙な感覚を持ち続けてきた。
そんな風に十数年の時を生きてくると身内からやれお見合いだの、やれ許婚だのと喧しく言われるようになってくる。普通なら私程度の年齢でそのようなことを言ってくるのは早すぎるのではないかと思う人もいるだろうが、ここには私の――というより御阿礼の子の事情というものが関わってくる。端的に言えば、私はもう十年もしたら死んでしまうのだ。これが何故なのかというのは私にも分かっていない、一度だけ閻魔様に聞いてみたことがあるような気がするが何故か覚えていない。とはいえ、重要なのは稗田家直系である私の寿命が短いことだ。だから私はこのぐらいの歳になると子を成す必要性が出てくる、そうでなければ稗田家直系の血が絶えてしまうからだ。これがまだ私が男の場合はもう少し楽なのだが、生憎と今回の私は女である為少々面倒なことになる。私が寿命を迎える数年前から転生の秘術の準備を行う必要があり、ある程度は余裕を持ってそれを行わなければならない。そしてその準備はとても片手間でやることが出来るようなものではないために私は今から子を残すことについて考えなければならないのである。
そのため私の恋心とか愛とかが重要視されることはないし、肝心の子供を成したところで先ほどの秘術の準備との関係上録に触れ合う時間もないという二重苦だ。稗田家自体の都合もあって好ましくない相手をあてがわれるということはないが、私の意思が通る隙間など少ししかない。まったくもって、まともな人生を送れないものだとこの歳になると毎生嫌になるものだ。かといってそれを否定するには私は生まれ変わりすぎた、今更、ハイ、止めました、などと言えるものでないし、私自身そんなつもりはまったくと言ってない。だからこれは、あくまで愚痴のようなものだった…………はずであった。少なくとも前の人生まではそうであったはずなのに、今世はどうやら何かイレギュラーなことが起こっているらしい。
勧められた見合いにまったくと言っていいほど興味を持てず、今世で出来た友人のところに逃げるように遊びに行く毎日。そんな中私はとある噂を聞いた。
何でも、人里の外に男が一人住んでいるらしい。その男は魔法使いか何かのようで、数十年以上前から姿が変わっていないそうだ。また、基本的には人里に干渉してくることはないが、時折人里を守るような行動をとっているらしい。
そのような話は初耳だった。仮にも私は稗田家当主、それなりに情報が耳に入ってくる立場のはずなのだが、もしかしたら使用人たちがわざと私の耳へと入れないようにしているのかもしれない。その辺りの理由は分からないが、とにかく興味の惹かれる話であったので、私は予定を変えてその男性に会いに行くことにした。
それが、運命の分かれ道だった。
ここか、と人里の外にある家の前で私はそう思った。ともかくと、私はその戸を叩いた。
「ごめんください」
「はい」
その声に、何処か懐かしいものを感じた。
「……お待たせ、しま…………」
その家の住民らしき男性は、訪れた私の姿を見るなり固まった。
「……貴方は……」
その人を見たとき、胸が高鳴ったのを私は感じた。
「……――――」
その人が呼んだ名は、前の私の名前だった。
「……貴方、は……」
その時、私は思い出した。
「……久しぶり、ね」
「……そう、だな」
ぎこちなく、そのような会話を交わしてみる。本当ならすぐにでも彼に抱きつきたいところだけど、混乱が大きくてそうもいかなかった。どうしたものかと、なんとなしに辺りを見渡して、私はそれを見つけた。
「これ……」
そこに写っていたのは彼と、そして前の私の姿。写真の中の二人は肩を寄せ合って、嬉しそうに笑っている。
「……懐かしい、か?」
「……どうかしらね」
不思議な感覚だ。懐かしさはあるが、困惑も僅かにある。今の私ではなく、前の私の思い出だからだろうか。
「……お茶を入れてくる」
そう言って彼は台所の方へと歩いていった。残された私は写真以外の小物類に目をやりながら、思い出した、『前のこと』について考えた。
彼と会ったのは人里の外に出かけていたときだった。外来人で、現状に困惑していた彼を善意で屋敷にまで連れ帰ってきたのが始まりだ。
彼は有能な人だった。様々なことを知っていて、彼の考えは常に有益だった。外来人ということを差っ引いても、彼をそのまま屋敷に住まわせ、働かせるのに十分すぎるほどだった。拾ってきた責任もあり、彼とはよく話し、時には共に何処かに出かけたものだった。そのようなことを続けていると、自然と彼に惹かれていっていた。そしてまた、彼も私に惹かれていった。互いに好きあう男女が揃った結果、私達は当然のように恋仲となった。他の者達にも認められ、彼と私が正式に夫婦となるのにそう長くはかからなかった。その後、彼との間に子を成し、転生の儀を済ませ、彼に見取られながら逝った。
……それが、前の私の人生で、彼との人生であった。
「はい」
コトン、と湯飲みの置かれた音に意識が今へと戻ってきた。
「ありがとう」
そう言って出されたお茶を飲むと、懐かしい味がした。昔、彼がよく入れてくれたお茶の味だった。
「……すまん」
「え?」
突然、彼に目の下辺りを指で拭われた。その濡れた指と、頬を伝う感触から、自分が涙を流しているのが分かった。
「あ……」
もう会えないと思っていた彼に、もう一度会う事が出来たのだ。この涙は、そういった涙だった。そのことを自覚した私は、抑えることもなく大声で泣いた。
「……ごめんなさい、急に泣き出して」
「いいさ、別に」
ひとしきり泣いた後、謝る私に彼は微笑みながらそう言った。その微笑にまた泣きそうになったけれど、流石にそれは耐えた。代わりに、私も同じように微笑み返した。
「――稗田阿求です。もう一度、よろしくお願いします」
「……ああ」
こうして私は、私の半身を取り戻した。
「――それで――」
「――それはよかったな」
それからは、時間があるたびに彼の元へと足しげく通った。話す内容は前のことよりも、今の事が多かったと思う。元々前のことはそれほど覚えていないというのもあるが、それ以上に彼には今の私のことも知っておいて欲しかったからだろう。そんな私の話に、彼は穏やかに付き合ってくれた。
――だけど、そんな日々を私は壊した。私には、やらなければならない事があったから。
「――阿求!」
「何故、拒むの?」
服を脱ぎながら、私はコテンと首を傾げる。だってそうでしょう? 私には子を成す必要があって、私は貴方以外に身体を許したくないのだから。
「分かっているはずだ! 俺とお前の今の関係は――」
「――変わらないわ。今も、昔も」
何故彼が拒むのか。その意味を考えもせずに、私は彼に口付けをした。
子が出来た、と分かったのはそれからしばらくしてからのことだった。その間、彼は私に会ってくれていなかった。だけど、これだけは知ってほしかったから、私は彼の家に押し入った。
――彼が死んでいた。自殺だった。残された遺書には、ただ一言だけ書かれていた。
『間違いを犯してしまった』
――何故? 彼に罪などなかったのに。
「――ええ、彼は白でした」
――何故? 彼は何も間違ったことなどしていなかったのに。
「――いいえ、彼は間違ってしまいました」
――何故?
「――貴方が間違わせたのです、稗田阿求」
――私が?
「――貴方は考えるべきでした。彼の言葉の意味と、彼と今の貴方の関係を」
――私は、何を間違えた…………?
はい、阿求回です。前書きでも書きましたが、これは随分前に書いて放置したものを今更になって書き上げたものです。その所為かちょいとやっつけ感があるような、そんな感じです。あんまり長々書いてもしょうがないと思ったのですが、端折りすぎたでしょうか。……あ、そうそう。これ、以前頂いたリクエストのネタを元にしています。まあ、元のネタとだいぶ違う話になって入るんですけどね。一応、最後の方とかはリクエストを参考にしていますが、そのぐらいかもしれない。
しかし、彼は一体何を間違えたのでしょうかね。人によっては間違いとは思わないことかもしれませんが、彼にとっては大きな間違いだったのです。ヒントとしては、彼と今の阿求の間柄、ですかねえ。
さて次回、いよいよ四十話です。長く書いてきましたねえ。四十話は三十話の時と同じく短編を三話ぐらい纏めた形式になるかと思います。それと、いつぞやにもやりましたがまた話ごとの人気アンケートでもやってみようかなと思っています。トップ3ぐらいを決める形で。別にその結果によって何がなるというわけでもないのですが、回答してくれる人が多ければ私のモチベが上がりますので、その際は回答してもらえると助かります。準備が出来たら活動報告のほうにその場を作っておきますので。ではまた。