東方病愛録   作:kokohm

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 今回は前にちょろっと言った妹紅の愛のIFバージョンを元にしています。まああっちを読まなくても分かるとは思いますが、念のため。



上白沢慧音の愛

 ……私には、好きになった人がいた。長く生きていて初めての、そして最後の人だった。

 

 

 彼は外来人だった。迷い込んだ彼を偶々私が保護し、その後も何かと私は彼を支援した。どうしてそこまで入れ込むのか、そうまわりに聞かれるたびに自分でもその理由を考えたのだが、その時点は我がことながら良くわかっていなかった。

 

 彼は優しい男だ。頼られればすぐに手伝い、誰かのために打算なく動ける男だ。そんな彼だから好きになった、というのは後付けの理由だろう。つまるところ、理由らしい理由などありはしないのだ。

 

 

 

 あいつのことが好きだと、自覚してからは早かった。それまで以上に甲斐甲斐しくあいつの下に通い、あいつに私を好きになってもらえるように努力した。――だから、告白もした。私は……私を、選んでくれると思っていた。……願って、いた。

 

 ……でも、結局あいつは、私ではなく、妹紅を選んだ。

 

 

 

 ――何故! お前は彼女を選んだ!? 私では、私ではいけなかったのか! 私は、私は妹紅よりも魅力がなかったか?! そんな八つ当たりの思考を必死で押し込め、私は独りのままでいた。

 

 

 

 

「……妹紅。今……、何と、言った?」

 

 

 ……そして、何故。今になって、そのようなことを言ってくるのだ……。

 

 

「……頼む、慧音」

 

 

 ふざけるな! そう言おうとした私は、そこで愕然とした。

 

 

「私の代わりに――」

 

 

 ああ、そうだ。私は歓喜していたのだ、その馬鹿げた頼みに!

 

 

「――あいつの子を産んでくれ」

 

 

 それが、妹紅が私に言った頼みだった。

 

 

 

 

 あいつが子供好きだということは良く知っていた。勿論だがそこに裏の意味などない。世話好きなあいつは、子供の世話をするのも好きだというだけだ。そんなあいつは、常々言っていた。

 

 ――いつかは、自分の子を授かりたいものだ、と。

 

 そんなあいつの言葉を聞くたびに、ならば私が、と言いたくなった。だけれどもその時はまだその勇気がなくて、……結局言う事が出来なかった。

 

 

 ……正直な話、あいつと妹紅が親しくなっていたのを知っていたにもかかわらず、私はあいつが妹紅を選ぶことなどないと思っていた。だってそうだろう? 仕方のないこととはいえ、蓬莱人である妹紅は子をなすことなど出来ないのだから。……その点と、何よりも私のほうが魅力的だという自負によって、私は妹紅に負けたのであるが。まったく、恋が理屈ではないことなど、私自身が良くわかっていたはずなのに。

 

 

「……それは、あいつが?」

「いや、まだあいつには話していない。……先に、お前に話を持ってきた」

「……何故だ?」

 

 私の端的な問いかけに、妹紅は視線を落としながら言う。

 

「あいつなら、断らないだろうと思った。……逆に、お前は断るかもしれないと思っている」

「……それは」

 

 逆だ、と言いそうになる口を閉じる。ああ、そうだ。あいつが受け入れるかどうかは分からないが、私はそれを欲している。どんな形であれあいつが私を、と思えば、それを断る気など起こりようもなかったのだ。

 

「詰ってくれてかまわない、蔑んでもらってかまわない。だから……」

 

 妹紅が、頭を下げた。

 

「あいつの子を、産んでやってはくれないか。……私の、代わりに」

 

 ……代わり、という言葉は、これほどまでにつらい言葉だったのか。今、初めて分かった。

 

 

 分かっている、この提案を受けてしまえば、私は『負けた』ことになる。立場を、尊厳を、誇りを失い、私は愚かな女と言われるだろう。…………ああ、だというのに。

 

 

「………………分かった」

 

 

 そう言ってしまうのは、私が弱いからなのだろうか。

 

 

 

 

 そして、後日。私はあいつと二人きりになった。目的は……言うまでもないだろう。

 

 

 

 

「……なあ」

「……何だい?」

 

 全てが終わった後になって、私は彼に問いかけた。始まる前に言ってしまえば、全てが終わってしまうかもしれないと思っていたからだ。

 

「何故、私を?」

 

 短く言った私の質問に、あいつは自嘲しながらもこう答えた。

 

「……もしかしたら、慧音を選んでいたからかもしれないから、かな」

「……そうか」

「詰ってくれていいよ、蔑んでもらってもいい」

「……妹紅と同じことを言うんだな」

「…………やっぱり、俺は最低な男だね」

 

 

 その呟きに、私は何も返さなかった。どんな形であれ、私にとって今は喜ばしいことだったのだから。こいつは最低になってでも、私を一時の幸福に落としてくれた。そんな、見当違いに違いない私の考え。私もまた最低に違いないと、あいつの胸で私は泣いた。

 

 

 

 

 その後も何度も、逢瀬とも呼べない、ただただ欲望のみが勝る何かを重ねた結果――私は、あいつの子を孕んだ。

 

 

「……随分と大きくなってきたね、お腹」

「ああ、もうすぐ、だろうな」

 

 永遠亭の一室でのあいつの問いかけに、私はそう答えた。

 

 

 その兆候が出始めてすぐの時から、私は永遠亭の世話になっていた。人里の皆には適当な理由を話し、長期間人里を離れても問題のないようにした。今の私達の関係を周りに知らせたところで理解されるわけなどない。それが私と妹紅たちの共通認識であったからだ。結果として私は数ヶ月を永遠亭で過ごしたが、それももうすぐ終わりを告げるだろう。

 

 

「今日は、妹紅は一緒じゃないのか?」

「……ああ。今日は俺一人だ」

 

 

 私がここに来てから、二人が同時に来ることはそう多くなかった。それが一連のことによる仲の悪化でないということは――残念ながら――分かっている。私の前に二人で来る、そのことに対し罪悪感か何かが生じているのだろうと私は思う。どんな約束であれ私と肌を重ね、あまつさえその子を奪う。傍から見れば私達はそのような関係なのだから、二人が気に病むのも仕方のないことだろう。

 

 

 ――だが、この時点で私はもう決心していたのだ。……だからといって、気に病むなと二人に言うわけにはいかなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして、ついに――。

 

 

「……この子が…………」

 

 

 私と、アイツの子が産まれた。

 

 

 

 

 

 

 

「……懐かしい、気がするな」

 

 久方ぶりの我が家で、私はそう呟いた。

 

 

 

 子供も無事出産し、体調も回復した私は数ヶ月ぶりに人里へと戻った。私の帰りに気付いた人里の皆に囲まれ、少し騒がしくなったが、流石に家の中は静かだ。

 

 

「……さあ、始めるか」

 

 これから成すことへの不安か、あるいは振り切ったはずの罪悪感か。独り言が多くなっていることに自覚しながらも私は作業を始める。何せ……これは、失敗など出来ないのだから。

 

 

 

 

 

「……慧音?」

「ああ、入ってくれ」

 

 ――ついに来たか。そう思いながら私はあいつを迎え入れる。家の中に入って来た彼はやはり、一人であった。私の頼みを聞いてくれたのだなと、状況に合わぬ歓喜の感情を僅かに得る。

 

「妹紅は、永遠亭か?」

「ああ、子供の世話なんかの説明を受けている」

 

 ……よし、と言葉には出さずに心の中で呟く。これで、全ては決まった。

 

「それで、俺に用件って?」

「ああ、実は――」

 

 

 そう言いながら、私は――

 

 

 

 

 

「……え?」

「――私と一緒に、死んでくれないか」

 

 ――彼の胸を、刃で貫いた。

 

 

 

 

 

「けい、ね…………?」

 

 呆然、といった面持ちで彼が私を見つめる。まるで、あるはずの痛みを感じていないような彼の様子に、私は彼に信じられていたのかと、またもや見当違いの喜びが私の胸の中に生まれる。

 

「すまない、と言う気はない」

 

 力を失っていく彼の耳元で、小さく呟く。

 

「愛している」

 

 

 この言葉が聞こえたか、否か。分からぬままに、彼は床に倒れ込んだ。倒れた彼の頭を抱き、その唇にそっと自らのそれを重ね合わせる。――肌を重ねた時にはとうとう出来なかった、最初で最後の口付けだ。

 

 

 

 彼の身体をぎゅっと抱きしめ、彼の温もりが失われていくのをしばしの間感じた後、私は家に火を点けた。

 

 

 彼が来るまでの間に仕掛けていた油によって、家は瞬く間に火に包まれていく。もはや、これを止める事など出来ないであろう。

 

 

 それを見届けた後――私は自らの胸に刃を、彼の命を奪ったそれを突き立てた。

 

 

「……っ!」

 

 

 

 痛みを堪えながらそれを引き抜き、適当なところへと放る。これで、私もまた遠からず死を迎えるはずだ。――こいつと、同じ場所で。

 

 焼け落ちたその場所にある二つの遺体。それを見た者は、こう思うだろう。

 

 ――私達が、心中したのだと。

 

 ――そして、私達の関係を、そう(・・)だと勘違いするだろう。

 

 全員が思うなどとは思っていない、だが少なくない人数はそうだと考えるはずだ。そうすれば、残された者が……妹紅がいくら声高に叫んだところで、これが事実となる。

 

 

 

 

 

 

 ――こいつの今までは、『子供は』、妹紅にくれてやる。だから、こいつの最期は、『歴史』は、私が貰う。

 

 

 

 

 

 

 

 薄れゆく意識の中、私は彼の身体を抱きしめながら、

 

「……はは、ハハはハハハはははハッハハはハッハハ!!!」

 

 勝ち誇ったように、笑った。

 




 はい、ちょいと頑張って慧音回です。しかしまあ……、今回は彼へのヘイトがどうなるか中々に不安な内容ですね。

 この慧音回は以前書いた妹紅回のIF、慧音が横恋慕する話を元にして書いています。……実は、元々の慧音の話はそれの予定ではありませんでした。本来のアイデアをざっくり書き並べると……ちょっとした理由で人里において敬遠されている彼、そんな彼に慧音が入れ込む、それこそ人里の住人や子供たちを忘れるほどに。そしてそんな中行われていく人里での殺人、その犯人こそが慧音で、動機は彼を疎ましく思うものたちをその家族諸共殺していました。守るべき人里の住人たちを殺した、そのことに全くの罪悪感を覚えずに彼への愛を囁く彼女を、彼は自らの手で殺し、また自分の命も奪います。……ええ、そうです。そちらでも心中エンドの予定だったんです。まあどっちがやったかというが違うのですけどね。まあともかく、そんな内容で書く予定だったのですがこちらのバージョンを思いついたので、今回はそうしてみました。今語った奴に関してはいずれ期があれば書くやもしれません。

 さて、今回はまあ色々と反響が気になる回のつもりなのですが、一体どうなることでしょうか。まあ、結局私は私の書くようにしか書けないので、どうしようもないんですけどね。あ、次回は流石に日が空くと思います。いい加減不帰録の方も書かないといけないので。ではまた。

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