東方病愛録   作:kokohm

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パチュリー・ノーレッジの愛

「うん、前より美味しいよ、パチュリー」

「……そう」

 

 その、言葉が。その言葉を聞きたくないと思うのは、贅沢な悩みなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっと……、貴女は?」

 

 

 彼とどうやって出会ったのか、いまいちよく覚えていない。数年、十数年ではきかないだろう。それぐらい前のことだったはずだ。覚えていることといえば、何かの用で外に出た時に出会ったということぐらいだ。確か、彼はどうしてそこに居たのか、自分でも覚えていないと言っていた筈だ。その後確認した覚えはないが、多分まだ思い出していないのだろう。……私としても、そのほうが良い。

 

 

「……パチュリー・ノーレッジ、よ」

 

 

 ……一目惚れ。彼と初めて会った時、私はその言葉を実感した。言葉としては知っていても、その本質を理解することになるとは思ってもいなかった。理解してからは、私は彼に執着するようになった。彼を、自分だけのものにしたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パチュリー、次はどうすればいいかな?」

 

 

 常に彼を自分の傍におき、常に彼を見ることの出来る場所にいた。異常と言っていいだろう、狂気と言ってもいいかもしれない。それほどまでも私の『愛』は私を蝕んでいた。分かっていても止められない、分かっているのに止まれない。これもまた愛なのかと、馬鹿みたいに自嘲した。

 

 

「そうね……、じゃあ次は――」

 

 

 幸いだったのは、彼も私に対し愛情を感じてくれたことであろう。そうでなければ私はただの、独りよがりで、自分勝手な、狂った女でしかなかったのだから。――本当に、彼には感謝している。こんな私を受け入れ、捨てないでいてくれることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……紅魔館の外、か」

 

 

 私が彼を見つけてから、彼が紅魔館の外に出たことはなかった。当然だろう、何せ私が彼を自分の手元から離さなかったのだから。他の女に渡したくない、他の女と接しさせたくない。その想いで私は彼を縛りつけ……、さらに彼を縛りたいと思ってしまった。

 

 

「馬鹿だとは思っているわ――乗って、くれる?」

 

 

 二人で、二人だけで暮らそう。そんな私の提案を……彼は、悩みもせずに受け入れた。とっくに気付いていたのだろう、私が彼に対しどれほどまでの執着心を抱いているかということを。――親友を、従者を、私以外の全てを排除したい。それほどまでに強くなった私の執着――『愛』は、私を暴走させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、僕のために頑張ってくれて」

 

 

 二人で暮らし始めて最初に私が取り組んだのは、料理であった。勿論今まで料理をした経験など全くない、キッチンにすらまともに入った経験は数えるほどしかない。それなのにどうして私が料理をしようと思ったのか。単純な話だ。恋人らしく、愛を知った女らしく、彼に自分の手料理を食べて欲しくなったからだ。

 

 

「……私がやりたかった、ただそれだけよ」

 

 

 人に任せていたことも自分でやるようになった。今までやった事がなかったことも自分でやってみるようになった。知識しかない頭でっかちだと自分では思っていたが、思いのほかそれらは上手くいく事が多かった。自分で思っていた以上に自分の身体が動き、案外やってみると簡単な事が多いのだなと長く生きてきて初めてそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……パチュリー?」

 

 

 そんな生活だというのに、満ち足りている生活であるというのに……。私は、それを不満に思うようになった。

 

 

「……気にしないで。何でも、ないわ」

 

 

 …………まったく、浅ましい女だと自分でも思う。何せ私は――自分に、嫉妬しているのだから。

 

 

「……ん? どうしたの?」

 

 私は嫉妬深いほうだ、と彼を愛するようになってから気がついた。彼が他の女と話していれば不機嫌になり、彼が他の女の手伝いをしていれば不満があり、彼が他の女の名を呼ぶのが不愉快だった。…………はあ、改めて考えると何と自分が小さいことか。どうして彼を見ているだけで済ませられないのか、と我が事ながら苦言を呈したくなる。

 

 

「見ていただけよ、貴方をね」

 

 

 だから、であろうか。……嫉妬深い私は、とうとう自分にまで――正確には過去の自分にまで、嫉妬するようになった。は? と思われるだろう。意味が分からない、と言われるだろう。だけれども、それが私の本音で、私の苦しみなのだ。

 

 

「ははっ、変なの。パチュリー」

 

 

 彼が今の私を褒めるたびに、過去の自分と比較されていると感じるようになっていく。前より、という言葉。それは普通で、当然の言葉で。彼がそれを用いることにまったくおかしなことはないというのに。――私は、狂っているのであろう。

 

 

「……そうね、変なんでしょうね」

 

 

 一度、そういった本音を吐き出してみようかと、思った事がある。だけれども、そんなわけにもいかなかった。ただでさえ彼には私の我侭に付き合わせているという負い目がある。彼の日常を奪い、私との日常を押し付けているのだ。それでもなお彼に、私の醜い心情を吐露することなどできよう筈もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「読書かい、パチュリー。…………パチュリー?」

 

 

 …………ある日、私はとある魔導書を読んでいた。

 

 

「……………………」

 

 

 …………その魔法の存在を再認識した時、私の心は大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……、今日はちょっといまいち、かな? 何か、悩み事でもあるの?」

 

 

 その魔法によりもたらされる結果。そんなものは想像するまでもなく明らかであった。残るのは私の満足と彼の不幸…………違うわね。何も残らない、そう言ったほうが正しいだろう。

 

 

「…………ちょっと、ね」

 

 

 本来なら、それを使う可能性すら考えるべきではなかった。絶対に考えてはいけなかったはずなのだ。彼に対し本音を言わなかったことと同じ、これを成す事など私に許されよう筈もない。彼に、これ以上を押し付けていいわけがなかった。……だけれども、その毒は私の心を侵食していった。

 

 

「あ、これ美味しい。前に食べた時よりかなり美味しいよ」

 

 

 彼の言葉、時折放たれる善意。それらを聞くたびに私はその魔法のことを思い、その魔法を使った結果を想像し、すぐに気付いてその想像を振り払う。だけれども、その想像は日に日に、彼が過去の私を思い出すたびに長くなっていった。

 

 

「……ありがとう」

 

 そして、ついに、私は――決心した。決心、してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「用って何だい、パチュリー?」

 

 

 ごめんなさいと言いかけて、偽善が過ぎると言い止めた。そうだ、私が今からやることは、私の満足でしかない。過去の私と比較して欲しくないから、彼を犠牲にする。罪悪感と結果から逃げる為に、私を消す。そんな私のふざけた我侭に、私は彼を付き合わせるのだ。

 

 

「…………」

 

 

 私の全てを忘れた彼と、彼の全てを忘れた私。そんな二人が一体どうなるのかまるで見当もつかないが、一つだけ確信している事がある。それは――私が彼を、もう一度愛するということだ。

 

 

「……パチュリー……?」

 

 

 ――さあ、始めよう。私の最後で、再びの始まりとなる我侭を。最低で、最悪な、唾棄すべき我侭を。

 

 

「愛しているわ。未来永劫、どのような事が起ころうとも」

 

 

 ――記憶消去魔法、発動。

 

 




 はい、久々の投稿です。今回はパチュリーでしたが……うん、正直どうかなって思っています。アイデア自体はそれなりにいいんじゃないかとは思っているのですが、どうにも文章化の結果が微妙かなあと自評しています。もう少し上手く書けたらなあ、と思うのは毎度のことですけどね。

 次回は……どうなるでしょうかね。一応書くつもりのキャラは決まっていますが、調子が悪ければどうなるか分かりませんし。まあ筆の乗り次第ということで。……ああ、あとこれからはヤンデレを重視しなくなるかもしれません、ということで頼みます。まあ内容に関してはあんまり変わらないと思いますけどね。変わるのはお題目とか、そういうのかね。その辺は活動報告のほうに書いていますので、気が向いた人だけ読んでください。ではまた。

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