※今回は普通の恋愛です……よ?
「…………あ」
目を開けると、俺の視界一杯に彼女の顔があった。
「……蓮子?」
「ごめんなさい、起こしてしまったわね」
俺の目を、もしくは心の中を覗き込んでいるのかと思うほどに近くにある彼女の顔。そんな彼女の顔を見ながら俺は口を開く。
「いや……、そんなことはないよ」
「そう、それは良かったわ」
彼女が俺のすぐ上からどいたことを確認して俺も体を起こす。そして改めて彼女に、宇佐見蓮子に朝の挨拶をする。
「おはよう、蓮子」
「おはよう、今日もいい朝よ」
「それは良かった」
「ご飯はもう出来ているわよ」
「ああ、じゃあ着替えたら行くよ」
「ええ、待っているわ」
彼女と同棲を始めるようになってからこういう起床方法をすることが度々ある。
「……何?」
「何となく」
「……そう、じゃあいいや。」
最初の数回はそんなやり取りを何度かして、いつからか面倒になってやらなくなった。別に寝ている間に何かをされていると言うわけでもなく、精々少しばかり早く起きてしまう程度の影響。だったらそれについて律儀に問答をする意味もないと思ったから、俺は彼女に理由を聞かなくなった。まあ、どうせ寝顔を見ているとかそんな程度だろう。俺だってやり返してやりたいのだが、同棲を始めて数ヶ月彼女は寝顔を見せてくれないので未だにやれていない。大方俺より遅くまで起きていて、俺より早く起きているだけだろう。まったく、だから授業中に居眠りをしてメリーに呆れられるのだ。
「ご馳走様」
「お粗末様」
朝食を済ませて、少しばかり駄弁って過ごす。内容は今日の授業とか、ゼミとか、そんな何の変哲のない会話だ。そして時間になったら大学へと向かう、生憎彼女とはとっている授業が少しばかり異なるので二人仲良く行くことはあまりないのだけど。
「じゃ、そろそろ行くよ」
「いって、じゃない。はい、お弁当」
「ああ、忘れるところだった。ありがとう」
「……じゃあ改めて、いってらっしゃい」
「ああ、いってくる」
蓮子と同棲を始めるようになってから俺はほとんど台所に立っていない。正確には立たせてもらえていない、と言った方が正しいか。どうやら彼女は俺に料理を作らせたり、ありは手伝わせたりといったことを好ましく思っていないらしい。いやまあ、だからといって不満があるわけではないのだけれど。彼女の料理の腕がよろしくないというのならともかく、彼女の料理は文句のつけようのないほどに美味なのだから文句をいう気にもならない。むしろ最近は彼女の料理を食べなれた所為か余所で食事を取るとどこか物足りない気持ちすら起こることがある、これが胃袋をつかまれたという状態であろうか。
俺はいつものように大学にいき、いつものように授業を受ける。そしていつものように適当な場所でお弁当を食べようとしたところで、知った声が背後から聞こえた。
「あら、今日は蓮子と一緒じゃないの?」
「別に四六時中一緒にいるわけじゃないよ、メリー」
振り向かずに俺は彼女に、マエリベリー・ハーンにそう答える。俺の友人で宇佐見蓮子の親友、俺の対面の椅子に座った彼女は俺が広げていたお弁当に目を向けて微笑む。
「今日も、愛妻弁当って奴かしら?」
「妻じゃないよ、少なくとも今は」
「あらお熱いこと」
茶化す彼女に思わず苦笑を返さざるを得ない。確かに卒業後いつかはと思っていてもそれを他者から指摘されると言うのはどうにも気恥ずかしいものだ。
「それにしても、ねえ……」
そんなことを思っていると俺のお弁当を見た彼女がどこか不思議そうな表情を浮かべる。
「? どうかした?」
「いえ、あの蓮子が料理なんて、と思っただけよ」
「料理なんて? ……もしかして蓮子は料理が出来なかったのかい?」
「少なくとも出会った当時はそんな風に言っていたわね、知らなかった?」
「初耳だよ」
同棲を始めてから早速彼女が台所に立ち始めたし、その腕前も当然ながら十二分に良かった。だから元々彼女は料理が得意なのであろうと思っていたのだけれど……。
「ふーん、そうだったの」
「まあどうだっていいさ、彼女の料理が美味しいということは変わらないからね」
「ま、それもそうかしらね。……そうね、一口もらえる?」
「別にいいけど。はい」
「ありがとう」
特に断る理由もなかったのでメリーにお弁当を差し出す、彼女もそこから玉子焼きを一つつまんで口に運んだ。口に入れた瞬間は興味津々といった彼女であったが、それを味わうにつれて顔を軽くしかめだした。
「…………これ、何か……」
「え? どうかした?」
「……いえ、何か妙な感じがしただけよ」
「妙? ……別に何ともないけど」
もう一つの玉子焼きを口にしてみるが特に変な感じはしない、いつも通り美味しい蓮子の手料理だと断言できる。
「みたいね……。ごめんなさい、変なことを言って」
「別に気にしてないからいいよ」
……妙、ねえ…………。どこか釈然としないといった風なメリーを見ながら、俺は蓮子の作った弁当を完食した。その後は適当にメリーと話した後、午後の授業を受けに行った。
その日の夕食の最中、俺は口を開いた。
「まだかかる?」
「え?」
「それ」
彼女の袖からはみ出ているそれ、巻かれた包帯を俺は指差す。少し前に包丁で切ってしまった傷なのだが、ふと一体いつまでなのかと気になったのだ。
「ああ、これ。何か治りが遅いらしいけど、別に問題があるわけじゃないそうだから大丈夫じゃないかしら?」
「そう、じゃあいいけど。あんまり無茶とかはしないでくれよ」
「分かっているわよ」
正直料理も俺が担当したいと思ったことがある、とはえどうにもそればっかりは蓮子が許してくれないのだからしょうがない。実際俺が彼女と同じ料理を作ってもどこか違って納得がいかない以上、俺としてもあまり強く言う気にはならないのだけれど。
「……そういえば」
「なに?」
「蓮子っていつから料理をやっているの?」
唐突に昼のメリーとの会話を思い出したので、せっかくだから聞いてみることにしよう。
「どうしてそんなことが気になるの?」
「いや、お昼にね、君が料理を出来るなんて、ってメリーが言っていたから」
「……ああ、確かに入学した時はあんまり得意じゃなかったわね」
「今はこうなのに?」
「練習したのよ、頑張って」
「……俺のため?」
「そうだって言ったら、信じる?」
「君が信じて欲しいならね」
冗談めかして交わす会話、先に笑ったのは蓮子のほうだった。
「……ふふっ、じゃあ信じて」
「了解」
言われなくても、君が言うことは信じているよ。疑う気なんてさらさらない、ってね。
「ああ、そうそう。もう一つ思い出したんだけど、君のお弁当を食べたメリーが変なことを言っていたよ」
「変なこと?」
「何か、妙な感じがするって」
結局、あれはなんだったんだろうか。あの後も結局、彼女はその答えを思いついていないようであったけれど。
「妙って、失礼なことを言うわね、メリーは」
「かもね。それで、心当たりとかあったりする?」
「そりゃあ当然あれよ、愛情よ」
「……ふふっ、なるほど、納得だよ」
メリーは恋人がいないから愛の味が分からないのよ、なんておどける彼女に俺も笑う。まったく、当人に聞かれたら怒られそうな答えだ。ただまあ、メリーには悪いけれど今の蓮子の回答にはとても嬉しかった。彼女が俺を愛してくれているということが分かったからだ。
じゃあ俺は、どうやって彼女に俺が今感じている想いを感じてもらおうか。そんな難問に内心頭を捻りながら、俺は彼女とのなんということのない日常を過ごすのであった。
はい、蓮子回です。早速ですがこれからの投稿ペースについてです。これからは今まで以上に更新が安定しなくなると思います、全く更新のない日も続けば一気に更新があるときもあると思います。細かいことは活動報告のほうに書いているのでお手数をおかけしますがよければご一読ください。
そして、リクエストが上手く書けないので今回は蓮子で書かせてもらいました。更新について報告もしないといけないので書きやすいキャラで一度書く必要があったので、申し訳ありませんがリクエストは一度無視して考えさせてもらいました
で、今回の内容について。少し前のヤンデレの作品をチラッと目にしてこういうのを書くべきだなあと思ったんですよ。だから最初はええと、「貴方には私だけで良いわよね? そうよね?」みたいな奴を書く予定でした。ただまあ、いつものように書いていて脱線したのでそのまま路線変更したのが今回です。元の奴はメリーで考えていたので今回は蓮子で書いてみました、内容上現代が舞台のほうが都合が良かったので。しかし、久しぶりの投稿だから派手な方がよかったかねえ、とか思ったり。
それにしても…、今回はあれです、狂気とか欠片もなかったですよね? …深読みしたい? ははっ、それもまたよいでしょう。素直に受け取るか、裏を読むか。それは皆さんにお任せします。…まあ、私は裏を含めて書いたつもりですが、ね。
次回は、活動報告でも書いたし阿求かなあ。その後は…、誰だろう。いい加減八雲家を書きたいとは思っているのですがどうにもなあ。まあ、申し訳ありませんがアイデアが纏った順に書かせてもらいます。後この病愛録というタイトルについてもちょっと考え中なんですよね。どっちかというと狂愛録の方が近しいのじゃないかって思えてきたりしたので。まあ皆さんの反応とかもみて考えますけどね。まあ、こんなに長々と書いた後書きを最後まで読んでもらえるかどうかちょっと疑問ですけどね。ではまた。