※今回もヤンデレじゃない……ですよ?
……永い時を生きてきたと思う、楽しいことも悲しいことも、面白いことも不快なこともたくさんあった。そんな私をうらやましいと言うだけもものもいれば、同じようになりたいと懇願する者も居た。何時だったか、生きることは何事にも変えがたいと語る者もいた。少しだけ考えたこともあったはずだけれど、結局私は誰にも与えなかった。
……誰かに想われることなど幾度もあった、誰もが私の気を引こうと様々なことをしてきた。浅ましい考えの者も多かったが、誠実に私のことを考えてくれる者もいた。何時だったか、私という存在に執着しない者はいないと語る者もいた。少しだけ考えたこともあったはずだけれど、結局私は誰のものにもならなかった。
……そんな私が、初めて心動かされた相手は、何より死を望む人であった。
「……死ねなかったのか、また」
「死にたかったの、貴方?」
「……ああ。……死なせてくれるのか?」
「やってもいいけど、どうせまた死ねないだけよ。ここには腕の良い医者がいるもの」
「……そうか」
無表情で、無口で、無感情に見えた彼。どうしてだろうか、そんな彼に私は強い興味を抱いていた。
……どうしても眠れない夜というものは時折訪れるものだ、そんな夜は一人で竹林を散歩するのがいつものこととなっていた。彼が来た日もちょうどそんな夜だった、いつものようにふらりと永遠亭を出たところで、私は彼と会った。
「何処に行くつもりなのかしら?」
「……散歩だ」
「私もご一緒させてもらっても?」
「……ああ」
帰ってくるつもりなど彼にはなかったのだろう、だから私は散歩ということにした。まだ、私は彼を見ていたかったから。
次の日から、彼は永遠亭で働くことになった。表向きは一文無しであった彼に治療費を払ってもらうため、実際は私が永琳に頼み込んだからだけれど。
「……」
「……」
「……ああ、忘れていたわ」
「……?」
「私は蓬莱山輝夜、貴方の名前を教えてもらえるかしら?」
「……俺は」
私が寝付けない夜、散歩に出ることにした夜は必ず彼も一緒だった。偶然彼と噛み合ったのか、それとも単純に彼が外に出る回数が多いのか。何にしても、私は彼との夜の散歩を楽しみにするようになった。
昼間の彼と話すことはそう多くなかった、何故なら彼は一日中身を粉にして働いていたからだ。放っておけばいつか彼は出て行ってしまう、そうは分かっていても私は彼に声をかけることが出来なかった。だからこそ、私は彼との夜を楽しんでいた。
「調子はどうかしら?」
「……問題ない、永琳先生には良くしてもらっている」
「そう、それは良かったわ。……貴方、ここを出た後はどうするつもり?」
「……誰も居ないところに行く、誰にも邪魔されないところに」
「また、死ぬつもり?」
「……」
「……はあ、勝手にしなさいな」
口ではそう言いつつも、その時が来るのを私は恐れた。私は彼との時間を何よりも楽しみにしていた、この静かな夜の時間が、……静かな彼のすぐ隣が、私は好きだったから。
幾度の夜を重ねていくと何処か彼の態度も軟化してきているように感じた、表面上は何も変わっていないように見えるけれど私にはそう思えた。だから私は、少しずつ彼の過去を聞くようになった。そんなことを繰り返して、とうとう私は彼に聞いた。
「……ねえ、貴方はどうして死を望むの?」
「……全部を失ったからだ、家族も、友人も、全てを」
「人生に悲観してってことかしら?」
「……ああ、そうだ」
「そう……」
……私には死にたいと思ったことがない、まあ生きようと強く思ったこともないけれど。それはともかく、私には死にたいと思う人間の気持ちは理解できない、そういったことは妹紅あたりでもなければ共感できないのかもしれない。だから私は彼を支えることは出来ない、……それでも、私は彼と一緒にいたかった。
……最近は眠れない夜が続く、必然的に夜の散歩に出る日が続くということになる。別に示し合わせているわけでも無い以上彼と夜を過ごすことはないと思っていたのだけれど、どうしてだろうか、彼は毎晩いつもの場所にいた。
「……」
「……今晩も、寝付けなかったの?」
「……ああ」
「私はともかく、貴方は無理にでも眠っていた方がいいわ。明日も仕事があるんでしょう?」
「……眠りたくないんだ」
「……何か、悪夢でも見たの?」
「……ああ。……悪夢、そう、悪夢だ」
「どんな夢だったの? 抱え込むよりは吐き出せば気が紛れるかもしれないわ」
「…………だ」
「え?」
「……死、だ。暗闇で俺は一人立っていて、皆が俺を誘っていた。……思わず向かおうとしたら、皆の姿が変わって、……俺を、俺を引き込んで……。……それで、それで……、俺は」
「大丈夫、落ち着いて。……落ち着いて」
「……俺は、確かに望んでいたはずなのに。……あれが、本当の……」
彼はそう言って僅かに体を震わせていた、彼にしては珍しく感情を表に出していた。そんな彼に対して私が出来たのは、そっと彼の手を握ることだけだった。
……そうして、とうとう彼が外に出る日が近づいてきた。
「……ねえ」
「……何だ?」
「貴方はこのまま、ここを出て行ってしまうの?」
「…………」
「……私は、貴方が好き。私と共に永劫の時間を歩んでもらいたいと思っている、貴方は」
「……俺は、まだ死を望んでいる。……だから」
「………………そう」
「……」
「一つだけ聞かせて頂戴、私のことはどう思っているの?」
「……」
ボソリと、聞き取れないほどに小さな声で呟かれた言葉。……やはり、私は…………。
次の日のことであった、彼が大怪我を負ったのは。永琳が本身で手を尽くさなければならなくなるほどの大怪我、治療が済んだ後も彼は何日も、何日も眠り続けていた。……彼が眼を覚ましたのは、結局十日以上も経った日のことだった。
「……か、ぐや」
「目が覚めたのね!?」
「あ、ああ。あ、か、輝夜、俺、は」
「喋らないで、」
「か、ぐや!」
「ど、どうし」
「嫌だ、俺は、俺は死にたくない! あんな、あんなものを」
「落ち着いて! まだ貴方は絶対安静の身なのよ!」
「俺は!」
「落ち着きなさい!! ……お願い、落ち着いて頂戴」
「……死に、たくない。あんな、あんな、ところ、には、行きたく、ない。だから」
「分かったわ、だから今は話さないで。身体が治ってから話しましょう」
「あ、ああ」
目覚めた彼は死を恐怖するようになった、怪我の原因かそれとも悪夢でも見たのか。何が原因かは定かではないが、それから彼が死を望むことはなくなった。
……そして彼は、私の願いを聞き入れてくれた。
幾度となく繰り返されてきた月夜の散歩、私達は今宵も歩んでいた。そんな中、珍しく彼のほうから口を開いた。
「……なあ、輝夜」
「何かしら?」
「……あれは、お前の仕業か?」
「…………それで、何かが変わるのかしら?」
「…………いや」
「だったら何の問題も無いんじゃない? 私がそうであろうが、なかろうが」
「…………そう、だな。……その通りだ」
微笑みながらそう問えば、彼もまた僅かに笑みを見せてくれた。……そう、大事なのは今。彼と私が永劫に共に居られる、私達にとって重要なのはそれだけ。
美しく輝く満月の下、今宵も私達は歩いていた。
はい、輝夜回です、書く書くと言っておきながらお待たせして申し訳ありません。ここ最近があれだったので今回は静かなお話にしてみましたが、いかがだったでしょうか? 珍しく狂気の無いお話でしたね。……映姫様? はは、何のことでしょうね。
さて、次回は誰にしましょうか。正直最近私の中の何かがずれてきているように感じるので一度ベタな奴を書きたいと思っているんですよね。なのでリクエストされたキャラではないと思います、ご勘弁ください。それと次回は多分遅れます。ではまた。