東方病愛録   作:kokohm

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「貴方の帰りを、待っています」


大妖精の愛

 あの日のことは忘れていません、これからも忘れることは無いでしょう。

 

「えーっと、大丈夫、ですか?」

「……ああ、大丈夫だ」

 

 チルノちゃんの弾幕に巻き込まれたあの人を助けたこと、それが私達の出会いでした。

 

 

 その後、あの人はチルノちゃんを上手く騙……言いくるめて無事を確保しました。一応は私も口を挟みましたが必要なかったかもしれません。そして……、何故か彼はよく私達に会いに来るようになりました。

 

「美味しい! 大ちゃん、これ美味しいよ!!」

「チ、チルノちゃん落ち着いて。お菓子は逃げていかないから」

 

 何故か、あの人は私達にお菓子を持ってきてくれるようになったんです。何でもよくお菓子を貰うのだけれどさすがに食べきれない、とはいえ知人に食べてもらうのも少々都合が悪かったそうです。それで私達にお菓子を食べてもらおうと思ったとあの人は言っていました。普通に考えれば私達に会いに来るというのは結構危険な行為なのですが、あの人は上手くチルノちゃんを騙……口車に乗せて安全を確保していました。

 

「君も食べるといい、まだある」

「あ、はい、頂きます。……美味しい!」

 

 まあ、お菓子の美味しさもチルノちゃんが気を許した理由なのでしょう。私も同じです、……それだけでも無いですが。

 

「それは良かった、まだあるからゆっくり食べろ。これからも度々持ってくる」

「約束だからね!」

「分かっているさ、約束は守る」

「また、来てくれるんですね?」

「ああ」

 

 チルノちゃんはお菓子を、私はあの人を主に待っていました。あの人がお菓子と共に振舞うお話が私は好きでした。あの人の話は難しかったけれど、あの人は私達にも分かりやすく噛み砕いて説明してくれました。全部が理解できたわけじゃないしすぐに忘れてしまったこともあるけれど、私は楽しそうに話すあの人が好きでした。

 

 

 

 

 たぶん一年くらい、でしょうか。最初に会ったのが夏でその次の夏のことだったと思うのでたぶん一年、です。あの人との交流は続いていました、一緒に釣りをしたりいつもの場所以外に遊びに行ったり、いろんなことをしました。ですが……、時々あの人は良く分からないことをしました。

 

「チルノ、……大妖精」

「なに?」

「はい?」

「ああ、いや……。呼んでみただけだ」

 

 あの人は時々そんな風に私達の名前を呼びました、気のせいか私の事を呼ぶときは一瞬間があったようにも感じていました。あの時はどうしてなのか分からなかったけれど、今は分かるようになりました。

 

「? 変なの」

「どうかしたんですか?」

「……何でもないさ、ああ」

 

 決まってあの人はそう言ってポンポンと私の頭を撫でました、そのことに私は満足してそれ以上を考えようという気にはなりませんでした。とはいっても、あの時はいくら考えても分からなかったと思います。

 

 

 

 それが分かったのは、その夏の終わりの頃の話でした。その頃にはいつもの日以外にもチルノちゃんには内緒で、一人で会いに行くようになっていました。あの人の家は冬に教えてもらっていましたから、私のほうからあの人に会いに行っていたんです。そんなある日の話です、あの人が真剣な表情で私に話しかけてきたのは。

 

「……名前?」

「ああ、君の名前だ」

 

 私の名前をつけたい、あの人はそう言ってきました。確かに私に名前はありません、大妖精というのは通称のようなものでチルノちゃんのそれのような、私だけの名前と言うわけでありませんでした。でもそれが私の普通だったから、最初はあの人の意図が分かりませんでした。

 

「いまいちピンと来ないのですが」

「いや、思いつきなんだがな」

 

 そう言ってあの人は自論であるがと前置きをして名前をつける理由を話してくれました。当時の私にはいまいち理解できなかったのですが、名前をつけることで存在を強化し私の力や記憶力を高める事が出来るかもしれないというのがあの人の自論でした。

 

「それに、な」

「はい?」

「一緒にいる相手の名前も呼べないと言うのは、嫌じゃないか」

「……はい」

 

 自論の方はおまけで、メインはそっちだと彼は言いました。そう聞いて何故か、自然と笑みが浮かんでいました。それから二人で、これはどうかとかこっちはどうかとか、一生懸命私の名前を考えました。そうして決まった私の名前、あの人と私で決めた私だけの名前。初めてそう呼ばれたときはまだ違和感があったのですが、不思議と胸の中にしみこんでいった。

 

 

 

 それから、私はあの人に色んなことを教えてもらいました。あの人の自論は正しかったみたいです、今まで覚えられなかったことや考えられなかったことが出来るようになっていったのですから。あの人がつけてくれた名前、私達だけが知っている私の名前。あの人が呼ぶ私の名前が、私はたまらなく好きでした。

 

「わわっ!?」

「っと」

 

 ただ、分かるようになってもすぐに実践できるようにはなりません。あの人の家で家事や細々としたことを手伝うようになりましたが最初は失敗続きでした。

 

「大丈夫か?」

「はい、すみません……」

「気にするな、慣れてないものは仕方が無いさ。時間はたっぷりとある、ゆっくりと扱いを覚えていけば良い」

「……はい!」

 

 あの人は私を叱ることはありませんでした、苦笑や仕方ないな、といったものもありましたがおおむね笑顔で私に教えてくれました。困ったように呼ぶ私の名前も、私は大好きでした。

 

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう。……美味い」

「ありがとうございます!」

「……ふっ」

「え、えへへ」

 

 ようやく習得できた時、もう私はあの人の家に住んでいるも同然の状態でした。あの人の家で、あの人の隣で、あの人と一緒に過ごす。それが私の日常で、あの人との日常でした。

 

 

 

 何年経ったのか、その日常が少しだけ狂い始めました。

 

「………………」

 

 あの人は、時々何かを考え込むようになりました。真剣な面持ちでじっと何かを考えていました。

 

「……あの」

「……!」

 

 いつもなら近くに行くだけで笑顔を向けてくれたのに、次第に声をかけないと気づいてくれないようになりました。私の声に驚いたのか、あの人は私が見たことの無いような怖い顔を見せてことがあります。その時は思わず尻餅をついてしまいました。

 

「きゃっ!?」

「! すまん、驚かせてしまったようだな。悪い、少々考え込んでいた」

「そ、そうでしたか」

 

 ハッとした表情をして、その後ばつが悪そうな顔であの人は私に手を差し伸べてくれました。その顔も、今まで見たことが無いものでした。

 

「すまん」

「いえ、お気になさらずに」

 

 気にはなりましたが、深く踏み込んではいけないことなのだろうと私は思いました。何故なら、そうしたら今の関係が崩れてしまいそうな感じがしたからです。

 

 

 何がきっかけだったのでしょうか、あの人がそれまで以上に考え込んでいたことがあります。あの人がどこかから帰ってすぐのことだったので外出先で何かあったのだろうとは思いましたが、それが何なのかは見当がつきませんでした。

 

 

「………………」

「……」

「………………」

「…………あの……」

「………………」

「……」

 

 声をかけても反応してくれないあの人に、私は不安を覚えました。でも……、踏み込むことが出来なかったのです。

 

 

「……お出かけですか?」

「ん、ああ。ちょっと出てくるよ、帰りは遅くなる」

「分かりました」

 

 そして、あの人はよく外出をするようになりました。何をしているのか、何処に行っているのか、いつしか知りたいとも思わないようになりました。

 

「……じゃあ、行って来る」

「はい、いってらっしゃい」

 

 あの人は帰ってきてくれます、それが確かである以上心配する必要など無いからです。待っていればあの人は帰ってきてくれる、私はただ「いってらっしゃい」と「お帰りなさい」の準備をしていればいいんです。

 

 

 

 ……ええ、分かっています。あの人が人気者なことは、いろんな人に誘われることは。でも私は分かっているんです、……そう。

 

「最後には私のところに帰ってきてくれる」

 

 それだけでいいんです、それが確かでさえあれば。

 

「待っています、いつまでも。貴方の帰りを待っています」

 

 

 今日も私は待ち続けます、あの人の帰りを。一人静かなこの家で、あの人と過ごしたこの家で。

 

 

 

 

 いつまでも、いつまでも。

 

 

「貴方の帰りを、待っています」

 




 はい、大妖精回です。不帰録の方の筆が進まなかったので息抜きに書いてみました、思いつきで書き進めた方が筆が乗るのはどういうわけか。

 今回は狂気抑え目、でも無いつもりなのですがどうだったでしょうか? 元はもう少し別の展開にするつもりだったのですが、リクエストしてくれた方のアドバイスよりに考え直してみました。献身、狂信をを表現したかったのですがもう少しでしたね。

 さて、次回は……一応秘封倶楽部で考えています。スカーレット姉妹の方にもなるかもしれませんがたぶんこっちで行きます、上手く行けば。で、タイトルなんですが今までどおり宇佐見蓮子の愛みたいなの形式と、秘封倶楽部の愛の形式とどっちがいいですかね? 二人組み前提なので後者でもいいのですが今までの形式に合わせた方がいいかとも思っています。細かいところなのですがどちらが良いか意見がありましたら教えてください。ではまた。

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