東方病愛録   作:kokohm

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「お父様」







※今回は十話目ということで記念回となっております。内容は第一話のifエンド、if展開となります。まだお読みになっていない方はそちらを先にお読みください。


博麗“霊夢”の愛

 ……あ、帰って来た!

 

「お父様、お帰りなさい!」

「……ただいま、“霊夢”」

 

 そう言ってお父様は私を撫でてくれる、えへへ、嬉しいな。

 

「お父様、今日は何時まで一緒にいられるの?」

 

 お父様は忙しくてなかなか私の元に帰ってきてくれない、だから帰ってきてくれた時には目一杯遊んでもらうの。

 

「ああ、そうだな……!?」

「? どうしたの、お父様?」

 

 急にどうしたの、お父様? 何かびっくりしたような顔をして。

 

「……え? あ、ああ。……すまんが俺は行く、用事が出来た」

「え? ……うん、分かった。いってらっしゃい、お父様」

 

 仕方ない、よね。お父様は忙しいから、仕方、ないのよ。わがまま言っちゃだめだよね、笑顔で見送らないと。

 

「……ああ、行ってくる」

 

 

 

 

 ……でも、やっぱり寂しい。お父様、どうして私と遊んでくれないの?

 

「お父様……。私のお父様なのに、どうして一緒にいてくれないの?」

【何を言っているの?】

「え?」

 

 声? 誰かいるの? でも、ここにはお父様以外来ないはずなのに。

 

【彼は私のものよ】

 

 ……! いた! 部屋の隅に女の人、私と同じような格好をした知らない女の人。

 

「誰!?」

【私は、博麗霊夢。あの人の妻よ】

「博麗霊夢!? それは私の名前よ!」

 

 博麗霊夢は、“霊夢”は私の名前。お父様が私のためにつけてくれた大事な名前!!

 

【違うわ、霊夢は私よ。貴方は偽者に過ぎないの、あの人の子供を騙る偽者にね】

「違う! “霊夢”は私で、私はお父様の子供で、お父様は私のお父様なの!!」

 

 偽者なんかじゃない! 私は“霊夢”、博麗霊夢。お父様の子供なの!!

 

【そうかしら? でも彼はここにいないわよ?】

「それが何よ」

【本当に貴方があの人の娘なら、あの人は貴方の傍にいるんじゃないの?】

「!」

 

 それは……、確かにお父様はここにいないけど、お父様は時々しか来てくれないけど、……それでも! お父様は私のお父様で、私はお父様も娘なの!!

 

【分かったかしら? 彼にとって貴方はその程度の価値しかないのよ。あの人の一番は常に私、妻である私なのよ】

「うるさい!!」

 

 そう叫んで手元にあった茶碗を投げる、でもそれはあっさりと避けられて、かちゃんと音を立てて割れる。

 

【あらあら、物騒ね】

「消えろ!」

 

 もう一度投げつけたけどまた当たらなかった、でも彼女は何処かに消えていた。

 

「お父様は、お父様は私の……!」

 

 私だけの!

 

 

 

 

 

 ……お父様、今日もすぐに何処かに行っちゃった。寂しいな、最近はちっとも遊んでくれない。

 

「お父様……」

【いい加減理解したら? あの人は私のものなのよ】

 

 ! また、また来たのか!!

 

「そんなことはない!!」

【思い上がりも甚だしいわ】

「うるさい!!」

 

 今度は殴りかかった、でも私の拳は空を切った。気付けばまた彼女はいなかった、いつも突然現れて突然去っていく。何なの? アンタは何なのよ!!

 

 

 

 

 

 それから何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も!!! あの女は現れた、私のお父様を奪い続けた!! もう嫌だ、もう沢山だ!!

 

 

 

 ……だから、ここで終わらせる。

 

「出てきなさい!」

【もしかして私を呼んだのかしら?】

 

 やっと出てきた、これで最後にしてあげる。

 

「そうよ、お母様」

 

 初めてそう呼んだ、お父様の妻だって自称するのならこの人は私の母親ってことになるもの。そんな気はしないけどね、そしてそんな事実も今日限りよ。

 

【お母様、ねえ。貴方なんかにそう言われたくは無いわね、偽者】

「私だって言いたくは無いわよ、お母様」

【ならどうして私を母と呼ぶのかしら?】

「他に呼び方が無いもの、それに今から死ぬ人間へと思えば気にならないわ」

 

 持っていた包丁をお母様に突きつける、お母様はそれを見てあざけるように私を嗤った。

 

【へえ、それは私を殺すということ?】

「そうよ、貴方を殺してお父様の一番を私にするの」

 

 お父様が私の元にきてくれない理由がお母様なら、お母様を殺せばお父様は私だけを見てくれる。そうすれば、お父様はずっと私の傍にいてくれる、私だけを見てくれる!

 

【出来るかしら? 貴方なんかに?】

「簡単よ、そんなこと」

【無理だと思うけどねえ、私は、あの人の傍にいなければいけないんだもの】

 

 ! どこまでも、そんな戯言を!!

 

「……死ね、お父様には私がいればいい!」

 

 殺す、私の手で、お父様を取り戻す!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね! 死ね!! 死ね!!!」

【無駄よ、無駄。そんなことで私は殺せないわよ。諦めなさい、そして認めなさい。あの人は私の夫、貴方の父親ではない】

「死ね、死ね死ね死ね死ねしねしねしねしねシネシネシネシネシネシネ、死ね!!!」

【でも、本当にいいのかしら?】

「死ね!」

【私を殺して?】

「しね!」

【貴方は】

「シネ!」

【あの人は】

「死ねえ!!!!」

 

 ぐさりと、包丁がお母様の胸に突き刺ささる。そこから大量に血が噴出す。お母様は嗤っている、……私も笑っている。

 

【あーあ、殺しちゃった。これで、貴方は】

「死ね!!! 死ね! 死ね! 死ね!」

 

 ぐさり、ぐさり、ぐさり、ぐさり。何度も何度も何度も、包丁を抜いては刺し、抜いては刺す。絶対に死ぬように、もう二度と奪われないように何度も何度も殺し続ける。

 

 

 

「あはははははっはははっははははは!!!!」

 

 赤く染まった包丁を手に、倒れ伏す母親を前に、少女は狂ったように笑う。

 

「……“霊夢”」

「ねえ、お父様! お母様は死んじゃった、私が殺した!! だから私だけを見てくれるよね? そうでしょ、お父様?」

「“霊夢”…………!」

 

 汚れ一つ無い包丁を手に、狂ったように笑う女の名前を、男は搾り出すように口にする。

 

「ねえ、私を見てよ、お父様」

「霊夢……」

「こうすれば私を見てくれるんでしょう?」

「……霊夢!」

 

 彼にとっての一番となるために、自分の立ち位置を変えてしまった彼女の名前を、男は後悔をこめて叫んだ。

 

 

 

 

 

「お父様! お父様!! お父様!!!」

 

 彼女は叫びながら彼の体にすがりつく、彼女にとって最愛である彼に。かつては夫であった、今は父である彼に。

 

「最初から、こうするべきだったんだろうな」

 

 狂ったように叫ぶ彼女の、もはや自分の名すら呼んでくれない彼女の、白く穢れの無い首に、男はゆっくりと手を掛けた。

 

「お父様? ……! お、とう、さま?」

「すまない……、すまない……!」

 

 あの日枯らしてしまったと思っていた涙を流しながら、男は手に力をこめる。彼女は何も分からぬ子供のように、全てを忘れてしまった愚者のように、呆然と彼の顔を眺めていた。

 

「お、とう、さ、ま…………」

「……霊夢、俺も、すぐに……」

 

 

 二人はゆっくりと崩れ落ちる、死者の眠るこの場所で。

 

 

 

 

 二人の娘が眠る、この場所で。

 




 はい、十話目記念の回です。今回はアイデアを募集してみて書くという形式をとってみました。アイデアを頂いた涙と三日月の悪魔さん、本当にありがとうございました。そして私の独断で原案から曲げてしまって申し訳ありません。当初は頂いたアイデア通りにいこうと思っていたのですが、やはり彼以外のオリジナルのキャラを出すのは少々厳しいと判断させてもらいました、名前の問題なんかもありましたしね。涙と三日月の悪魔さん、今回は申し訳ありません、そしてアイデアを頂き本当に感謝します。


 さて、今回のお話は第一話である「博麗霊夢の愛」のifものとなっております。もしあのまま彼女が娘を殺していたら、娘の死を嘆く彼の姿を見ていたら、彼が娘のことを一番に思っていると感じてしまったら、彼にとって一番想われる存在となるために自分の中に娘を作ってしまったら、そんなifのお話となっております。狂気をきちんと表現できていたか、そんな不安を感じはしますが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。……死ね、が完全に私の中でゲシュタルト崩壊した回でもありました、やっぱり書き続けるとおかしくなりますね。

 さてさて、次回は誰にしましょうか。現状リクエストが来ているのは、パルパルさん、閻魔様、サボり魔の死神さん、の三人ですね。誰にしようかな、リクエストが来た順番的にはパルパルさんかな? まあ、暑さと戦いながら考えることとします。ではまた。

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