私のクラスに転入生が来た。彼女はロボットのように抑揚のない話し方をする。
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機械的な日々

 私のクラスに転入生が来た。

「今日カラミナサンニお世話ニナリマス。光科(こうか)鉄火(てっぴ)ト申シマス」

 珍妙な名前を名乗った彼女はとてもかわいらしい容姿で、抑揚のない話し方をした。

 気に入らない、と思った。わざわざロボットみたいな話し方をして、そんなキャラを作ってクラスに馴染もうとでも?

 みんな同じようなことを思ったらしく、怪訝な顔をする者もいれば新しい玩具を買ってもらった子供のような顔をしている者もいた。

「なにその喋り方! ウケるわ! ロボット?」

 そう言ったのはクラスのトップカーストに位置する男子、縦縞(たてじま)(らく)だった。

 ウケるという言葉は女子が使うものだと思っていたがそうでもないのかな? と言ってもそもそも縦縞くんは普段から女子みたいなことを言ったりする人だから参考にならないか。楽という名前も、あまり男らしいとは思えないし。

「私ハロボットデハアリマセン。ウケルトハ面白イトイウ意味デスカ?」

 訊きながらもその話し方は続けるのか。ウザいなぁ。

「そうそう、面白い。なんでそんな喋り方なの? 名前的に外人じゃないよね?」

「ナンデ、ト言ワレマシテモ。コレガ普通デス」

 言い切りやがった。私の中での「コイツ嫌いゲージ」がグングン上昇していく。

「普通?」

「ソウデス」

 さて、縦縞くんは彼女のことをどう思うかな。カーストトップに気に入られるかは、そのまま学校での立場を決めることになるのだから見ものだ。

「光科さんは僕たちと同じように真面目に普通に話してるつもりって言ってるの?」

「ソウデス」

「本気?」

「大真面目デス」

「……面白いじゃん! いいキャラしてるね!」

 嘘だ……。まさか、気に入られるなんて。そんなふざけた話そうそうない。

「面白イハ、良イコトト聞イテイマス。イイキャラトハ、良イコトデスカ?」

「そうだよ、いいことだ。ね? 先生?」

「そうね。光科さんは少し変わったところもあるかもしれないけどみんな仲良くするようにね」

 はーい、と全員が返事。全員、私以外か。

 

 うちの中学は普通の学校だ。公立、生徒数は多くもなく少なくもなく、合唱祭も体育祭も文化祭もある。

 普通の学校には普通らしいことが起こるものである。仲の良い人悪い人、好きな先生嫌いな先生、行事、テスト、ひそかにそこにある恋愛、失恋、ごくまれに起こる事故や非行、そして、

「……はぁ」

 私はため息を吐いた。ため息を吐くと幸せが逃げると言うがあれは逆だ。幸せから逃げられたからため息を吐くのだ。だってそうでしょ、幸せな時にため息なんて吐く?

 家に帰ろうと思ったが靴がない。下校時に靴が消えるのにはもう慣れている。慣れないのはそれを探すこと。目星がついているとはいえ学校は広い。それに私の目星だって必中じゃないし。

 それでも今まで校外に出たことがないのは良心なのかな。あの人たちに良心があったのなら驚くよ私は。

「……ん」

 見つけた。靴は昇降口からすぐの流しに置いてあった。当然のように濡れている。湿っているではなく濡れているだ。びしょびしょという言い方がよく似合う。

 これにも慣れている。濡れた靴を履くくらいなんともない。

(もり)神歌(しんか)サン、デスヨネ? ドウシタノデスカ?」

 神歌(しんか)、神の歌。そんな派手な名前を呼ばれて気づかないはずもない。森神歌は私だ。

 そしてそんな話し方で声をかけられて誰から呼ばれたのかもまた、わからないはずがないのだ。

「光科鉄火さんだよね」

「ハイ。憶エテクレテイタノデスネ、アリガトウゴザイマス」

 忘れたくても忘れられるか。そんな変な名前変な話し方で。無駄に顔が良いのがさらにむかつく。

「なにか用かな」

「用ト言イマスカ、ソレハドウシタノデスカ?」

「それ?」

「靴、濡レテイマス」

 なんで気づくんだ。面倒なことになったなぁ。なんて言おうか。

「あー、つい、うっかり」

 我ながらアホ丸出しの返答だった。そんなんで誤魔化せるかバカ私のバカ。

「ウッカリ? 所謂凡ミスデスカ?」

 ……え? うそ、誤魔化せてるのこれ? それならありがたいことだけど。

「そうそううっかり、凡ミス」

「ソレハオ気ノ毒ニ……」

 本当に誤魔化せているみたいだった。チョロいというか、もうそんなレベルを通り越してバカなんじゃないかなこの子は。

「いやいや大丈夫だから。心配してくれてありがとね」

 できるだけ相手に変な印象が残らないように、なおかつ迅速にこの場を去れるように。

「じゃあまた明日!」

「ハイ、マタ明日!」

 逃げるように門を出て帰路を足早に進む。逃げるようにというか実際逃げた。

 

 その日の晩、私は自分の言ったことを思い出していた。

 「また明日ね」と、そう言ったよな。

「はぁ……」

 ため息を吐く。もちろんまた私から幸せが逃げて行っているから。

「会いたかないよ」

 私は彼女が嫌いだ。ふざけた話し方で縦縞くんに認められ、転入生で恵まれた容姿だということも合わさって今やクラスの人気者となっている彼女が大嫌いだ。

 彼女も「また明日」と言っていた。私なんかに大して興味もないくせに。

 うちの中学は普通の学校だ。公立、生徒数は多くもなく少なくもなく、合唱祭も体育祭も文化祭もある。

 普通の学校には普通らしいことが起こるものである。仲の良い人悪い人、好きな先生嫌いな先生、行事、テスト、ひそかにそこにある恋愛、失恋、ごくまれに起こる事故や非行、そして、そしていじめ。

 いじめられっ子と関わりたい人なんていない。ましてやそれがせっかく人気を得た転入生なら。

 

「森神歌サン、オハヨウゴザイマス!」

 朝、教室に入ってきた私に真っ先に挨拶を飛ばしてきたのは光科鉄火だった。真っ先もなにも、普通は誰も挨拶なんてしてこないし声もかけてこないのだけれど。私から声をかけることももちろんない。

 そんなことをしたら、より惨めな思いをするだけだから。

「……え、あぁ、おはよう」

「ドウシマシタ? 元気ガ無イデスヨ? 大丈夫デスカ?」

 ほっといてほしい。しかも体調は全く問題ないから見当違いだ。急に挨拶されたらそりゃ焦るよ。道行く知らないおばさんに声かけられたことない? あれ焦るでしょ? それと一緒。

「全然元気だよ。大丈夫」

 そう言ってまた逃げるようにその場を離れ自分の席に着いた。

「……?」

 机の引き出しからなにかが見える。なんだろうと思いつまみ出してみると、

「っ!」

 思わず投げ捨てるところだった。すんでのところで思いとどまったそれは、私が今持っている物は、鼠の死骸だった。

 ……なかなか嫌なことするなぁ。

 とりあえずどうしようもないので机の中に戻しておいた。あとで埋めといてあげよう。

「ソレハナンデスカ?」

「うわっ!?」

 予想外に近いところから声が聞こえて驚いた。今の、見られた……?

「光科さーん、そんなやつのこといいからこっち来て話そうよ」

 少し遠くで女子のグループが彼女のことを呼んでいた。あのグループもまたカーストトップだ。光科鉄火、順調に権力を得ている。摂関政治ってこういうことだっけ? 違ったっけ?

「ソンナヤツダナンテ、ミナサン失礼デスヨ」

 ちょっと、ちょっとちょっとちょっと、やめときなさい。ニュアンスで私がどういう立場の人間かわかるでしょ? わかったらその流れに従っときな。悪いこと言わないからさ、私のことはほっといてよ。

「いいのよ別に、ねぇ神歌?」

「あ、はい! 全然大丈夫です!」

 神歌。私の名前。呼ばないでほしい。

 私はこの名前が嫌いなのだ。たいそうな字のわりに本人がこの様なんだから笑い話にもならない。名は体を表すなんて言葉も大っ嫌い。

「イイノデスカ神歌サン?」

 つられてなのか、彼女も私を名前呼びし始めた。勘弁してほしい。

「いいのいいの、気にしないで」

 だからもう話しかけないで。伝わるはずのない願いを込めて言った。

 

「光科ちゃんは優しいよね、あんたみたいな人間にも仲良くしようとしてあげてるんだから」

「……」

「それをなに? あの態度。せっかく友達になれそうな人が出てきたんだから必死になってかまってもらえばいいのに」

「……」

「なんとか言ったら?」

 そう言われても、別に私はそこまで言われるほど光科さんを邪険にしたつもりはないし。そもそもあの人と仲良くなんてなりたくないし、友達なんていらないし。

「ごめんなさい」

 結局私の口から出たのはその一言だけだった。

「うっざ」

 言い捨てて目の前にいる女生徒は私の足を蹴った。手加減してくれないから普通に痛い。

「いっつもいっつもごめんなさいごめんなさいって、むかつくのよあんた」

 私を罵っているのは今朝光科さんを呼んでいたカーストトップの女子グループ、そのリーダーの金守(かなもり)(めぐ)という人。私をいじめることに積極的な人だ。

「……ごめんなさい」

「ウザいって言ってるでしょ!」

 今度は顔をぶたれた。さっきよりもずっと痛い。

「……」

「なに? なんか文句ある?」

 ある。おおいにある。私はあの状況で謝る以外にどうすれば良かったのだ。なんで暴力を受けなくちゃいけないんだ。

 なんて、言えるわけもなくて。

「ないです……」

「……ちょっとこっち来い」

 金守は私の腕を引っ張って女子トイレへと連れ込んだ。一緒にいた仲美(なかみ)由紀(ゆき)という金守の手下みたいなやつもついてきた。

「あんたさ、文句がないような顔してないよね」

「はぁ……?」

 どういうことかわからないので私の返す反応も曖昧になる。しかしそれは気に障ったらしくまた足を蹴られた。

「なにが「はぁ……?」よ。むかつく」

「ごめんなさい……。どういうことか、よくわからなくて……」

 遠まわしに説明を求めた結果、返ってきたのは腹部への拳だった。

「うっ……」

 さすがに痛かった。痛いし、苦しい。昼に食べたものを戻しそうになる。堪らずうずくまり思う。これは、慣れようがないよなぁ……。

「あんたね、「文句ないです」なんて言いながら「言いたいことは腐るほどある」みたいな顔してんのよ。まさか自覚してないの? それならなおさらむかつくんだけど」

 そんなことを言われても……。一切そんな顔をした覚えはない。だからといって正直にそういうべきなのか?  なおさらむかつくと本人が言っているのに? もう今日はこれ以上殴られたくない。

「……ごめんなさい」

 結局それしか言えることがなくて。これもやっぱり金守を怒らせてしまうんだろうなぁ。

 案の定、返ってきたのは舌打ちだった。私はどうすればよかったのか、誰か教えて。

「由紀、バケツで水汲んで来て」

 言いつけられた仲美由紀は趣味の悪い笑みを浮かべて返事をした。

 これから私がなにをされるかなんて、だいたいいくつかの想像はつくしそのどれもが好ましくないものだ。

 

 私が家に帰るのはいつも遅い。親にはもういっそのことと思い部活をしていると言っている。実際にはそんなものはない。仮にあるとすればいじめられ部とかそんなんだ。その部活は毎日あって絶対にサボれなくて、終わる時間は相手の気分次第。誰も望んで入部はしないだろう。だって退部が認められないからね。

 バケツで頭から水をかけられて、ついでにちょっと小突かれた。まさかそのままで帰るわけにもいかないので誰もいない教室の中体操服に着替えている。見回りの先生とかが来ませんようにと祈りながら着替える。ちくったなんて思われたらなにをされるかわからない。

 いじめっ子達は絶対にこの体操服を汚したり濡らしたりしない。さすがにびしょ濡れの制服を着た子が晴れた日に歩いていたら通報があるだろうから。事を大きくするのは私もむこうも望んでない。だから着替えだけは残しておいてくれるのだ。……と勝手に解釈している。

 結果として私の親が見るのは結構な頻度で体操服になるため「部活をしている」という話にも説得力が出て、体操服で帰宅することもおかしなように見えないというわけだ。こういうのなんていうんだっけ? シナジー?

「神歌サン、ドウシタノデスカソレハ」

 祈りは本当にピンポイントに、そして嫌味な方向に通じたらしい。神様、あの祈りは人が来ないようにという意味だったのですが。

「え、えーと、汗かいちゃったから着替えたの」

「汗トハ、服ヲ水浸シ二スルホドノ物ナノデスカ?」

 着替え自体は終わっていたものの、足元にある制服はまだそのままだった。ピンチです。

「こ、これはあれよ。どうせ着替えるし暑かったから水をかぶったの」

 どうよ。前回と比べればファインプレーな返しじゃない?

「……ソウデスカ、ナルホド」

 よしミッションコンプリート。

「うん、じゃあまたね」

「待ッテクダサイ」

 な、なに……?

「一緒ニ帰リマセンカ?」

 ……お断りしたいです。

 

 お断りするなんてできるわけもなく。帰路です。

 そういえば前回は靴が水浸しだった時に会ったよね。なに? 水に引き寄せられてくるの? 魚か? 幽霊か? いやスーパーマンだ! ……言ってる場合かって。

「私、実ハ誰カト一緒二帰ッタ事ガアリマセン」

「なんで? 一緒に帰ればいいじゃん。友達たくさんいるでしょ」

 少し恨めしく言ってみた。伝わるだろうか?

「ソウデスガ、ナイモノハナイノデス」

「それはよくないよ。今度みんなと帰りな」

 友達うんぬんを否定しないのだから誘われはしているはずだ。それを断って毎日一人で帰っているならやめた方がいい。人間関係ってたぶん結構脆いから。

「……神歌サン」

「なに?」

 名前で呼ぶのやめてくれないかなぁ……。

「実ヲ言ウト、私ハアノ方達ガ好キデハアリマセン」

 ……私はやっぱりこの人のことが嫌いだ。

「……なんでよ」

「ナンデ、ト言ワレマスト」

 私には一つもないものをたくさん手に入れておいて好きではないなんて、どんな理由があるのか。

「単刀直入二良イデスカ?」

「どうぞ」

「神歌サン、アノ方達カライジメヲ受ケテイマセンカ?」

 ……やっぱり、初めのはだめだったのかな。うっかり凡ミスだなんてありえないし。

「……受けてないよ。なにを言いだすのかと思えば、笑えない冗談ね」

「冗談デハアリマセン。私ハ、神歌サン、アナタヲ助ケタイノデス」

 助ける? あなたが私を? それこそ笑えないよ。

「余計なことしないで」

「シテイマセン」

「これからも」

「ソレハ、個人ノ価値観ニヨッテ余計カドウカ決マリマス」

 それはようするに余計なことをするということだよね?

「やめて」

「デスガ、コノママデハ神歌サンガ」

「私がなに」

「カワイソウデス」

 ……久しぶりに癇に障る。転入してきた時からそうだったけど、今日は特に。今は特に。

「同情? ずいぶん上から言ってくれるね」

 同情するということは、相手を下に見るということだ。かわいそうだと、哀れなやつだと。

「上カラ、ソウデスネ。私ハ神歌サンヨリ「上」デス」

 ……呆気にとられた。まさか言い切るなんて。さすがにそれは予想外だった。予想外だったけれども、なんて、なんてやつだ。

「なんなのあんた! ふざけないで!」

「フザケテイマセン」

「私があなたより下!? そうだったとしてなに!? あなたから同情されるなんて真っ平!」

「……? 神歌サンハ私ヨリ下デハナイノデスカ? ソレハ失礼シマシタ。間違エマシタ」

 どこまでも人をバカにしたことを言う。第一私は違うだなんて、そんなこと一言も言ってない。なにが間違えましただふざけるな。

「あんたなんて大っ嫌い!」

 捨て台詞を吐いて私は走り出した。道を曲がったときに一瞬見えた、光科鉄火は一歩も動いてなかった。

 その日はそれで帰って、庭に鼠を埋めた。

 

「オハヨウゴザイマス神歌サン!」

「……」

 翌日。昨日大っ嫌いと言われた相手に元気に挨拶をするなんてこの人人間なの?

「昨日ハスミマセンデシタ。ゴメンナサイ、デス」

 被ってる被ってる。すみませんとごめんなさいは被ってる。もしかしてバカにしているのか? だとしたら高度すぎる。

「……話しかけないで」

「ワカリマシタ」

 素直を通り越してお手伝いロボみたい。命令に忠実で。

 周りから「なにあれ感じ悪い」とか聞こえてきた気がするが気にしない。

「鉄火、もういいよそいつほっといて」

 そう言われた彼女は今度は素直に金守らのグループに入っていた。そうだよ、そうすればいいんだ初めから。というかもう名字から下の名前に格上げされたのね、さすが。

 今日はなにも入ってませんようにと祈りながら机の中を漁る。幸いなにもなかった。安心した時に、こんな会話が聞こえてきた。

「鉄火ってさ、ロボットみたいな喋り方だよね」

「あぁーそれ言えてる。もうロボ子だよね」

「なにそれウケる! もう今からロボ子でよくない? どう鉄火?」

「構イマセンヨ」

 ロボ子ね。安直だけど、確かに彼女はそんな感じだわ。

 

 昼休み、というか給食を食べる時間。ランチルームという所謂食堂へ行こうと席から立つ。

()っ!」

 足を踏まれた。誰かと思って前を見れば縦縞楽がこっちを見ていてわざわざ目線を合わせてきた。そして彼は何事もなかったかのように歩き出す。

 縦縞楽もどちらかといえばいじめに積極的なタイプだ。いじめというか、日々の嫌がらせか。縦縞と彼の友人たちはよく授業中に紙屑を投げてきたり私にだけ業務的な連絡を伝えなかったりする。なんというか、女々しい。

 男のいじめや嫌がらせが豪快である必要なんてないしそんな事実もないだろうけど、昨日バケツで水をかけてきた金守と仲美に比べるとどうもね。私にとってはありがたいことである。

 そもそも縦縞楽がすることだからより女々しく感じるというのもある。元々が女々しいから。

 しかし男らしい女らしいなんてそんなことを言っている方がもしかしたらバカなのかもしれない。縦縞と金守を比べるとそう思えてくる。

「神歌サン、一緒二食ベニ行キマセンカ」

 ロボ子再来。正気かこいつは。しかも今朝話しかけるなと言ったじゃないか。低性能とり頭ロボめ。不愉快だ。

「話しかけるなって言ったでしょ」

「ア、ソウデシタ。ゴメンナサイ」

「ロボ子ーもう行くよー」

「ハーイ」

 金守らはロボ子を団体に引き入れ、そしてしっかり私の足を踏んでから食堂へと向かって行った。痛い。

 

「何様のつもりなの?」

 うずくまる私を蹴りながら金守が言った。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 場所は女子トイレ。校内で人の目がほぼない場所といえばここになる。

「話しかけないで? あんたみたいなゴミ屑に話しかけるやつなんて普通いねぇよ! それをあの態度、調子に乗るのも大概にしなさいよ」

「そうよ。ロ、鉄火が優しいのを当たり前だとでも思ってるの? この身の程知らず」

 今日は仲美まで攻撃的だ。調子に乗ってるのはどっちだか。

 私だって身の程くらいわかっている。それでも彼女は許せない。あんな人をバカにしたやつを許せるか、あんなやつに優しさがあるもんか。

「ごめんなさい……」

「もうそれは聞き飽きたんだよ!」

 いっそう強く蹴られて息が詰まった。下手したらこのまま殺されるんじゃないか、そう思えるほど。

「ヤメナサイ」

 嫌というほど聞いた声が、忘れたくても忘れられないような声が聞こえた。

「……ロボ子? どうしたの」

 光科鉄火は来た。結局彼女の宣言通りに。余計なことをしに、なのか?

「愛サン、イジメハダメデス」

「だめ? どうして? 別に神歌は嫌がっていないわよ。ねぇ神歌?」

 私の立場でそう言われてNOと言える人がいるのだろうか。

「そうだよ、これは私が頼んでしてもらってるの。だからほっといて」

 「ほっといて」という言い回しが気に入らなかったのか一瞬金守は私を睨んだ。

「ソウナノデスカ?」

「そうよ」

 答えたのは金守だった。

「……ソウデスカ」 

 そのあとに彼女が行ったことには目を疑った。これっぽっちの手加減もなく金守の腹を蹴ったのだ。

「ぐえっ!?」

 後頭部を床に打つ形で勢いよく倒れた金守は奇妙な声を出した後動かなくなった。いやさすがに死んだり気絶したりはしていない、それでも動けないのだ。私ならよくわかる。

「ちょ、なにしてんのあんた!?」

 仲美が本当に驚きだけを含む声音で叫んだ。

 その仲美も、同じように蹴り倒された。私が光科鉄火に呆気にとられたのは二回目だった。

「……ちょっと」

「モウ大丈夫デスヨ神歌サン」

 大丈夫じゃない。主にいじめっ子二人とあなたが。

「なにしてんの!? 頭おかしいんじゃないの!?」

 思わず叫んでいた。

「私ノ頭ガオカシイナラ彼女達モ同ジデス。蹴ラレタイ人ナンテイマセン」

 それは、まぁ、そうだ。ごくごく一部を除けば蹴られたい人なんていない。除かれた一部の人もまさか中学生にはいないだろう。

「……そう、かもしれないけどさ」

 言葉を返すことができなかった。彼女はやっぱり余計なことをしたのだ。私は今、助けられたのだ。

 

 その日の夜、寝ようと布団に入った私は思う。

 あれから家に帰るまで、驚きと混乱で私の頭は満たされていて、要するに真っ白だった。あれだけ嫌っていたロボ子こと光科鉄火に助けられたことにもなにも感じていなかった。

 今はどうか。正直、一番大きな気持ちは金守と仲美に対する「ざまぁみろ」というものだった。驚きはしたが、改めて考えればあれは爽快だった。

 実際に助けられた私はついに彼女を嫌いだとは思わなかった。ありがたいとさえ思った。今日はいい夢が見れる気がする。

 

 しかし当然のようにことは運ばれた。ロボ子が金守達につまるところケンカを売ったあの日から、ロボ子を見ることが少なくなった。特に放課後に。それから私へのいじめはほぼなくなった。

 つまりは、身代わりが現れたから私はのうのうと暮らせているのだ。

 それから私はトイレにはできるだけ近寄らないようにしている。特に放課後は絶対に。

 何度か、次は私の番なんじゃないかと考えたこともあった。私がロボ子を、光科鉄火を助けるのだ、と。

 ……できるわけない、私にあんなこと。正直私だっていじめには参っていたのだ。正直というか当然でしょ? あんなのがずっと続いていたらもしかするとどこかで私は壊れていたかもしれない。私だって人間なのだ。せっかく抜け出した地獄に戻るかもしれないリスクなんて取れない。

 そこをいくと彼女はよほど楽観的なのか、もしくは人間じゃなかったんじゃないか。今までの発言に話し方、この前私を助けてくれたこと、どれもこれも人間でないと言えばそうも見える。

 そんなことありえないのはわかっている。しかし言い訳が必要だった。私は彼女を本当にロボットなんだと思うことにした。それならロボ子は私を助けたところで任務完了というところじゃないか。

 そう、思いたかった。思考を停止させてしまいたかった。

 教室にロボ子がいた。もうとっくに授業も帰りのホームルームも全て終わっている。床には濡れた制服。

「……」

 親に部活をしていると言ってしまった以上そう早く家には帰れなかった。退部したと言うと面倒なことになりそうだったし。だからって制服じゃ行けるところもそうはないし、いつも校舎で適当に時間を潰していた。もちろん自分のクラスには近寄らないように。

 でも偶然忘れ物があって、それを取りに行ったら、これだ。

「……ア、神歌サン」

 思えばいつも初めに声をかけるのはロボ子だった。

「……ごめん、ばいばい」

 忘れ物なんてどうでもいい、二度とこんなことしない。私は逃げた。まぎれもなく逃げた。ロボ子から、光科鉄火から、どこかにいるであろういじめっ子達から、現実から。

 

 傍観する側になるとよくわかる。ここでのいじめというのは「いじめが行われている」と思っていなければ見つけづらい。知らない人は私がいじめられていたことも、それが今はロボ子が対象になっていることも知らないのだ。現実から目をそらすにもありがたいことだった。

 ロボ子の口数は明らかに減ってた。そりゃあ話す人がいないのだからそうなる。……そういえば、私も一度も話していない。

 助けないけど話し相手にくらいならなるよなんて言えるものか。もちろんそれ自体がリスクであることもそうだし、なによりそんなこと言えたら本当に人間じゃない。

 

「や、やめろ」

 その日の放課後女子トイレ、やはりそこではロボ子がいじめられていて。私は、血迷った。

「あれ、神歌ちゃん久しぶりだねぇ。……なにしに来た」

 最後の一言に込められた殺気が尋常じゃなかった。もうすでに逃げたい。

「な、なにしにって、いじめを……」

「やめさせに? あんたが?」

 第一声からしてどう考えてもそうだが。そうですと口にできなかった。声が出ない。

 だけど、だけどせめて、声をかけてもらっていた恩くらいは返さないと。そう思い立った瞬間勝手に体が動いていた。

「……そ、そ、そうだ」

「うぜぇんだよ」

 息ができなくなって強烈な嘔吐感に襲われた。と思ったら背中と後頭部を思い切り床に打ちつけていた。痛みや苦しみとは別に、私の中になにかがとりついた気がした。……帰ってきた、なのかもしれない。

「うげっ……」

「キツイよねそれ、私も同じだったよ。だから仕返しをしてるんだけど、あんたがロボ子の身代わりにでもなる? それともまさか、実力行使かな?」

 後悔した。やめておくべきだった。如何なる場合においても感情を先走らせて行動してはならなかった。実力行使? 無理でしょうどう考えても。身代わり? 冗談じゃない。私はなにをしていたんだ。前にも結論づけたじゃないか、地獄に戻るのは御免だ。

「ま、オススメはしないよ。なんたってロボ子はロボ子だもん。ロボットなんだからなにされても大丈夫だもん。ねぇロボ子?」

「……ハイ」

 ……そうだ、そうだよそうだった。彼女は、ロボ子はロボットだ。私がなにもしなくたって大丈夫だ。なら逃げよう。ここから逃げよう。無駄なことはしない。無駄死には、しない。

 これまでの人生で一番だというような速さで私は逃げ帰った。

 

 それから何日かしてからの朝。

 私は校舎の屋上に来ていた。私だけじゃない、クラス全員が、先生が、縦縞が金守が仲美が、ロボ子が。

「光科さん、やめて。考え直して。相談ならいくらでも聞くから、できる限りのことはするから」

 ありきたりでつまらない、これっぽっちも頼りにならないことを先生は必死に叫んでいた。生徒の何人かも似たようなことを言っていた。

 落下防止の柵の外、ロボ子は振り返らない。

 私は信じていた。ロボットが自殺なんかするものか。

「光科さん!」

「先生」

 背を向けたまま彼女は答えた。答えた、のか? 呼んだのか?

「なに、なに光科さん」

「ゴメンナサイ。先生二ハ悪イデスケド、モウ無理デス」

「無理じゃないよ! 先生が力になるから、だから……」

 手遅れ、その一言が頭に浮かんだ。力になるならもっと前からいつでも機会はあった。気づけなかっただけだ。もしくは気づいていて、これは茶番なのか。

 どっちにしても先生の言葉は私が聞いても全く頼りにならないことばかりだった。

「大丈夫だよ」

 口が自然に動いていた。私は淡々とはっきりと言った。

「ロボ子はロボットだもん。ちゃんと帰ってくるよね」

 金守らが小さく笑った。そのほかの人は茫然としている。先生が特に。

「そうだよね、ロボットなんだから命令聞けるよね。ほらロボ子帰っておいで」

 おどけるような声で金守が言った。いじめを知らないものからすれば状況がさっぱりだろう。

 ロボ子はゆっくり振り返った。全員を見て、最後に私に目線を合わせた。それなりに距離は離れていたがはっきりとわかった。彼女は泣いていた。

「神歌サン」

 ロボ子は私を呼んだ。

「なに? どうしたの?」

「私ハ、ロボットデハアリマセン」

 ロボ子が転入してきた時にも同じセリフを聞いた気がする。そういえば私はあの頃ロボ子のことを嫌っていた。

 彼女は落とした涙の粒と同じように、自らの身を物理法則へと任せた。私の視界から一人の少女の姿が消えた。

「……え?」

 周囲の音が聞こえなくなった。いや、いやいや、ロボットだもの空くらい飛ぶさ。

「……」

 誰も一言も発さなかった。あの金守でさえ表情が固まっていた。

 ……いつまで経ってもロボ子は戻ってこなかった。

「うそでしょ……?」

 「私ハ、ロボットデハアリマセン」、ロボ子はそう言った。金守でも仲美でも縦縞でも、先生でもなく、私を見て。……当たり前だ、ロボットなわけ、ないじゃないか。ロボットが物を食べるか? ロボットが泣くか? ロボットが自殺するか?

 ……光科鉄火はロボットではない。

 その場の全員が私を見ている気がした。私は、ずっと知っていたなにかが大きくなっていくことを感じていた。それは私を締め付ける。胸のあたりから、息を止めようとするほどに。罪悪感。これに名前を付けるとすればそれが一番適切だろう。

 気づいた時には走り出していた。策に手をかけ登る。誰も私を止めない、呆気にとられている。呆気にとるのも彼女は得意だったな。得意なのか、素だったのか。もうそんなことどうでもいいけれど。

「ごめん光科さん、ごめんなさい、鉄火。……ごめんね」

 全身が浮遊感を訴えてくる中で、迫りくる地面を冷静に見ている自分が我ながら不気味だった。最後の最後で私がロボットになったかな?

 最後に一瞬、鉄火の破片が見えた。それは肉片とかそういうものじゃなくて……、でももう私になにかを考える時間も思う時間も残されてなかった。許されていなかった、かな。

 

「だから言ったろう、いじめられている子の身代わりになってから自殺するロボットなど欠陥品以外の何物でもないと」

 そう白衣の男が言った。

「どこが欠陥だと言うんだ、いじめられっ子は助けられていじめっ子には罪悪感を抱かせる、これの何が悪い」

 そう別の白衣の男が言った。

「結果を見れば明らかだろう。自分の身代わりになった子が死んでなんとも思わないやつなどいるものか」

「ではどうすればいい? 身代わりになるだけではいじめっ子は改心しないぞ」

 二人はもう鉄くずと化したようなロボットを素早い手つきで修理していた。

「改心なんてしなくても誰もいじめられないならそれでいいだろう」

「それじゃあ、それじゃあダメだろう」

「ダメじゃない。ゆくゆくは全ての学校、職場、もしかすると家庭にまでこのロボを配置すればいじめや虐待は大幅に減少する。それでいいじゃないか。感情に流されるなよ。人を改心させるのは、少なくともこれを全国に流通させるよりも難しいぞ」

「……どうも私にはそれでは納得いかない」

「お前、この仕事向いてないんじゃないか?」

「一応はこれを作ったんだぞ、向いてないってことはないだろう」

「それで、自殺設定のせいで毎回毎回修理に付き合わされるこっちの身にもなってくれ」

「それはまぁ、迷惑かける」

「はぁ……、今度なんか奢れよ」

 話しながらも素晴らしい手際でどんどん修理されていくロボット。

「……それにしても、改心だなんだと言うわりにお前も悪趣味じゃないか?」

「……? なにがだ?」

「見てないのか? 自分で作っておいてあきれたやつだな」

「いじめられっ子が飛び降りていじめっ子も現在精神不安定、それだけ知ってれば十分だろう。……あぁ、改心と言いつつ実際は精神不安定になってることか? いいんだよあれで、人をいじめるようなクソの改心なんてあれが限界だ」

「違うよ。カメラに残された映像だ。こいつ、最後にいじめられてた子の目を見て一言二言言ってから飛び降りてやがる。そんなことされたらそりゃあ、なぁ」

「……? 俺はそんな悪趣味な機能は設定していないぞ」

「……さすがにそうか。じゃあなんだこれは? 誤作動?」

「さぁな。一度調べてみるか」

「また面倒が…」

 こうして、光科鉄火はVer1,06になりまた別の学校へと配備されるのだ。

 



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