咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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良い子の諸君、秀介の嫁は久だって忘れてないか?(

久が開き直って秀介もノリノリになったら、ものすっごく甘ったるい空気になると思う。
ならいっそそっち方面に突っ走ってみようぜ!
そう思って書き上げました。
リミッター解除、これが私の全力全開。
んなわけで、このお話は「キャラ崩壊」によって構成されています。



終わり
秀介と久がひたすらいちゃいちゃするお話


彼の朝は早い、というわけでもない。

起床するのはいつも6:20だ。

中学に上がると同時に両親がプレゼントしてくれた目覚まし時計を念の為にと6:30にセットしているのだが、そこまで眠っていた試しがない。

時折夜更かしをすることがあってもこの時間に起きるのが、どこかきっちりした性格である彼を表しているようだ。

 

と、いつものように目を覚ました彼だったが、今日は少しばかり違和感を覚えた。

その正体は軽く寝返りをうとうとしてすぐに判明する。

彼のベッドの中にもう一人いたのだ。

寝た時には確かに一人だったはずなのに。

布団をめくって顔を確認してみる。

もぐりこんでいたのは彼の幼馴染だった。

制服姿のまますやすやと寝息を立てている。

おそらく起こしに来て驚かせようと思って布団にもぐりこんで、そのまま眠ってしまったものと思われる。

すぐにそう推測したが彼は幼馴染を起こすような真似はせず、むしろ起こさないようにそっと布団を抜け出した。

そして制服に着替えて目を覚ます為に軽く伸びをして、大きく一息ついてから幼馴染の肩を揺する。

 

「起きろ久、朝だぞ」

 

声を掛けられた彼女は「んー」と声を漏らしながら起き上がり、大きく欠伸をした後に彼に微笑みかけた。

 

「おはよう、シュウ」

 

 

 

こんな起こされ方も初めてではない。

子供の頃にもたまにあったし、彼らが正式に付き合うようになった後に、いつの頃からかまた時折こういう事態が発生するようになったのだ。

しかし恥ずかしがってはいない、恥ずべきことなど何もない。

何せ彼らは、彼氏彼女の関係なのだから。

 

目を覚ました彼らはリビングへ、そこで既に用意されている朝食をとる。

秀介の両親は何やらバタバタと騒がしい。

子供の頃はいつでも麻雀を打ちに現れていたような気もするが、こうして朝から忙しそうにしている日もあり、ちゃんと働いているということが分かる。

やがて朝食を終えて片付けをしている秀介に「それじゃ、後は頼んだぞ」と告げると、両親は一足先に家を出て行った。

食器を簡単に片付けると、コーヒーは少し時間が掛かるので軽く牛乳を一杯飲み、二人は揃って志野崎家を後にする。

向かうは当然清澄高校だ。

 

 

 

「おはよう、竹井さん」

「おはようございます、会長」

 

学校が近づき、他の生徒たちが増えてくると久は自然と声を掛けられてくる。

生徒会長、この学校では学生議会長なので顔が広い。

その上慕われているので、こうして声を掛けられる事態が頻繁にあるのだ。

一方その隣の秀介も、学校に行けばクラスに友人もいるので挨拶を交わすこともある。

彼らが生徒たちの注目を集めないわけがない。

学生議会長の久、その幼馴染にして彼氏の秀介。

二人が手をつないで登校しているからだ。

それも指と指を絡めた、いわゆる「恋人繋ぎ」と言うやつだ。

今日に限った話ではない、毎日である。

おかげで彼らの仲を知らない人はこの学校にはまずいない。

 

一度それに対して教師が口を挟んだことがある。

 

「竹井さん、学生議会長として不純異性交遊はよろしくありません。

 ましてや手をつないで堂々と登校するなど認められません、即刻やめなさい」

 

そう言ってきた女性教師に対し、久は毅然とした態度で返事をした。

 

「私達は不純な動機で付き合っているわけではありません。

 それにこうして付き合っていることで学校の成績が低下しているわけでもなく、部活動においても全国大会出場と成績は残しています。

 学生議会長としても常に仕事を全うしているではありませんか。

 業務が滞っているという連絡でも入っているのでしょうか?

 私はきちんと学業と恋愛を両立してやっています。

 むしろ私にとっては、そばに彼がいてくれるからこそ頑張れるのです。

 その仲を引き裂いて、もし逆に学業や部活の成績が低下したり学生議会の仕事に影響が出たりしたら、その責任はいくら先生と言えどもとれないでしょう?

 今のままで問題がないというのでしたら口出ししないで頂きたいです。

 

 ねー、シュウ?」

 

「ああ、そうだな、久はいつも頑張っているよ。

 学生議会長、麻雀部部長を両立しつつ学校の成績も維持し、その上でこうして俺と付き合ってくれるなんて、俺にはもったいないくらいさ」

「そんな・・・・・・勿体ないなんて言わないで、シュウ。

 私こそ堂々と胸を張ってあなたの隣にいられるか不安なの。

 ねぇ、シュウ・・・・・・私と付き合っていて不満は無い?」

「そんなものあるもんか。

 俺の方こそ至らない点があったらいくらでも言ってくれ。

 お前の為にいくらでも改善しよう」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

そんなやり取りで独身の女性教師を「私もこんな彼氏欲しいよー!」と泣かせて追い払って以来、彼らに意見できる教師はいなくなったという。

どんな障害も乗り越える、愛の力は偉大なのだ。

 

そんな彼らのいちゃいちゃっぷりに当てられたのか、最近この学校でカップルが増えているという噂もあるが真相は不明である。

 

 

 

授業中。

 

「あ、ごめんシュウ、消しゴム貸してくれる?」

「ああ、いいぞ」

「ありがと。

 ごめんね、迷惑かけて・・・・・・」

「気にするな、お前の為なら何も苦にはならないよ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

彼らのいちゃいちゃが止まることは無い。

手も繋がれたままである。

何かが怒りに触れてしまったらしく、数学教師の怒声が響いた。

 

「おい! 竹井! この問題を解いてみろ!」

「X=2の時、最小値-15です」

「!?」

 

即座に回答を叩きつけられ、教師は自分が書いた問題と解答を見比べる。

 

「・・・・・・せ、正解だ」

 

周囲から「おー」「すげぇ」「さすが学生議会長」と声が上がった。

 

「さすがだな、久」

「そんな、シュウの教え方が上手いからよ」

「いや、久の物覚えがいいからな。

 生徒が優秀だと教える側も楽でいいよ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

「おい志野崎! この問題を解いてみろ!」

 

「①の式を変形させることで2x+xy+2y=8。

 x+y=s、xy=tと置くと式は2s+t=8となる。

 ②の式を変形させることで(x+y)^2-2xy=5。

 同じく置き換えることでs^2-2t=5となる。

 置き換えたそれぞれの式により、sとtはそれぞれ(3,2)か(-7,22)であることが分かる。

 

 sとtが(3,2)の時、xとyはX^2-3X+2=0の解であり、Xは1か2となる。

 代入するとxが1の時yは2、xが2の時yは1となる。

 

 一方sとtが(-7,22)の時は、同様にX^2+7X+22=0となる。

 これは解の公式に代入するとX=(-7±√39i)/2となってしまい、(x,y)は実数だから不適切となる。

 

 したがって共有点の座標は(1,2)、(2,1)となります。

 以上」

 

「・・・・・・せ、正解だ・・・・・・」

 

またしても教室中から感心の声が上がった。

 

「さすがシュウね、あの問題を即答するなんて」

「なぁに、こんなことに時間を取られてお前との時間を減らすなんて勿体ないことはできないからな」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

熱い視線で見つめ合う二人。

周囲も「ヒューヒュー」と声を上げる。

一方教師の方はそれが気に入らなかったのか、ぐぬぬと悔しそうにしながら咳払いをする。

 

「あー、お前たちがちゃんと授業を聞いていたのは分かった。

 だがな、授業中に私語は止めてくれ」

「私語?」

 

その言葉に顔を見合わせる久と秀介。

 

「先生、私達は私語なんて交わしていません」

「あ、もしや消しゴムのやり取りのことでしょうか。

 そんなに大きな声じゃなかったはずですけれども?」

「え、あんな些細なやりとりを咎められる覚えはないのですが・・・・・・」

 

うぐっと押し黙る教師。

正直なところ「いちゃいちゃが気になったから」なのだが正直にそう言う訳にはいかない。

分かった分かったと教師は首を振った。

 

「分かった、もうこれ以上何も言わない。

 ただな、最後にこれだけは言わせてくれ」

 

そう言って教師はため息を一つ付き、その一言を告げた。

 

 

「竹井、自分の席に戻りなさい」

 

「何を言っているのか分かりません。

 私の席はここ(シュウの膝の上)です」

 

 

そう、彼女は今秀介の膝の上に座っていた。

ノートの書き取りも問題を解くのも、わざわざ狭い机を共有して行っていたのである。

久の言葉に対し、教師は少しばかり憐れむような視線を秀介に向けた。

 

「・・・・・・志野崎、嫌だったら嫌だと言っていいんだぞ」

 

その一言に久は、はっとした表情で秀介の方を振り返った。

 

「しゅ、シュウ・・・・・・もしかして私・・・・・・迷惑だった・・・・・・?」

 

悲しげな表情を浮かべる久。

だが秀介は笑顔を向けるのみだ。

 

「そんなことは無いぞ、久。

 むしろ俺の方こそ、お前にこんな狭い机しか提供できずに申し訳ないくらいさ。

 本当は自分の机で授業を受けたいんじゃないかと不安で・・・・・・」

「そんなことない! 私はシュウと一緒にいたいの!

 しゅ、シュウが迷惑じゃないんなら・・・・・・私はこれからもこうしていたいな・・・・・・」

「もちろん、お前がそれでいいなら大歓迎さ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

再び、いや、もう何度目か分からないが見つめ合う二人。

教師はまたしても盛大な溜息を付いた。

 

「・・・・・・分かった、お前がいいならいい・・・・・・。

 だがな、教師としてやはり一言言わせてもらう」

 

再び何を告げようというのか。

さっきは「最後にこれだけは」と言っていたくせに。

 

教師は廊下を指さして告げた。

 

 

「竹井、自分の教室に戻りなさい」

 

「嫌です」

 

 

そう、彼らは別々のクラスだった。

 

「いや、でもほら、授業の進行とかクラス毎に違うから・・・・・・」

「それはぬかりありません。

 友人がノートを取ってくれていますので、後でシュウと一緒に学習しています」

「そっちの方が手間じゃないか!?」

 

余りに堂々とした久の言葉に流されそうになったが、すぐにちゃんと教師は言葉を返した。

だが久は変わらず言い放つ。

 

「複数の教師、すなわち複数の視点から授業を学んだ方がより深く理解できると思います。

 それとも先生は、自分の授業がどこの何よりも最上(さいじょう)だと胸を張っておっしゃるのですか?」

「ぐ、ぬぬ・・・・・・!」

 

学校の体系として良くは無いが一理あると思えてしまう。

さすが学生議会長、弁論に関しては教師にも負けていない。

だがそんな久に、秀介はそっと言葉を掛ける。

 

「久、先生に言われてしまったんなら仕方がない。

 一度教室に戻れ」

 

その言葉に、久は泣きそうな表情で縋るように言う。

 

「しゅ、シュウ・・・・・・やっぱり迷惑だったの・・・・・・?」

「迷惑だなんてとんでもない。

 だが俺達の都合で先生に迷惑をかけるのは良くない。

 それにほら、常に一緒にいるよりも一度距離を置いた方が少し新鮮な気持ちで接し合えるとも言うだろう?

 この授業の間だけ、ほんの少しだけ離れてみるのもいいんじゃないか?」

 

相変わらず泣きそうな表情のまま、しかし久は秀介の言葉に小さく頷いた。

 

「・・・・・・分かった、シュウがそう言うなら・・・・・・」

 

そう言って久は秀介の膝の上から降り、少しずつ秀介と距離を取っていく。

なお、まだ手は繋がれたままだ。

その手が徐々に離れていく。

掌が離れ、交わっていた指先が少しずつ解けていき、やがて指先だけで触れるようになり、それも離れた。

同時に久の瞳からポロッと涙がこぼれる。

 

「・・・・・・シュウ・・・・・・すぐに戻ってくるからね」

「ああ、授業が終わったら迎えに行くよ」

「ううん、私が迎えに来る。

 だからシュウはここにいて・・・・・・」

「・・・・・・ああ、分かった」

 

そんなやり取りを交わし、久は廊下に向かっていく。

途中何度も何度も振り返りながら、やがて教室のドアに行き着き、それを開ける。

そしてドアを閉めながらも、視線を交わし合い続ける。

 

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

やがて扉は閉められ、静寂が訪れた。

 

ようやく授業に戻れる、と教師は黒板に向き直る。

 

「・・・・・・では次に」

 

キーンコー

 

「シュウ!」

「久!」

 

授業の終了を告げるチャイムと同時に久は教室に戻り、二人はひしっと抱き合った。

 

久が教室を出てからわずか3秒の出来事であった。

 

 

 

昼休み。

それは購買で何かを買うにしても、学食で食事をするにしてもにぎわう時間帯である。

今は夏なので自動販売機も中々混雑する。

しかしいくら夏だといっても、砂糖抜きのコーヒーや苦めの紅茶が常に売り切れているのは感心しない。

業者にはしっかりして貰いたいものである。

 

さて、購買や学食で昼食を用意する以外にも、登校前に買っておいたり家で作ったお弁当を持ってくるメンバーもよくいる。

本日の清澄麻雀部員は1年生皆で食べようという話があったので、和と咲がお弁当を多めに持ってきていた。

京太郎、優希と合流し、今日はどこで食べようかと話し合った挙句屋上に行き付く。

途中まこがいたので合流し、一緒に昼食をとることになったのだった。

そして屋上でお弁当を広げていると。

 

「あら」

「奇遇だな」

 

同じく屋上でお昼を食べようと久と秀介がやってきた。

 

「げっ、部長に志野崎先輩・・・・・・」

 

まこが思わず声を上げる。

部活でも常にいちゃいちゃを見せつけられている身として、お昼でまでそれを見せつけられるのは遠慮したい。

もちろんそれはまこに限らず、1年生メンバーも同じだ。

 

「珍しいこともあるわね、一緒に食べましょう。

 あ、でも私のお弁当はシュウ専用だからね」

「こら、そんなことを言うな。

 皆で仲良く分けて食べるんだぞ」

「うー、せっかくシュウの為()()に作ったのに・・・・・・。

 でもいいわ、シュウがそう言うならみんなで食べましょう」

「ん、今日は久の手作りなのか。

 ありがたく頂くよ」

「そ、そう言われると照れちゃうわね。

 でも一生懸命作ったの、口に合うといいんだけど・・・・・・」

「お前が作ってくれたものなら何だっておいしいよ。

 だって、俺の為だけに作ってくれたものなんだろう?」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

「また始まったじぇ、部長達・・・・・・」

「いつの頃からかずっとこうだよね・・・・・・」

「ええかげんにしてほしいんじゃがのぉ・・・・・・」

「そろそろ胸焼けがしそうです」

「・・・・・・ああ、俺にも彼女が欲しい・・・・・・」

 

麻雀部員達は呆れた目で見ていた。

まぁ、いつまでも気にしていてもしょうがないので、咲と和のお弁当と一緒に合流したまこもお弁当を寄せ合ってみんなで食べ始める。

そんな中、久もお弁当箱を取り出した。

座る位置はもちろん定位置(秀介の膝の上)である。

 

「あ、あんまり、見ないで・・・・・・」

「食べるんだか見ないとダメだろう?

 恥ずかしがらずに見せてくれ」

「う、うん・・・・・・」

 

そんなやり取りをしながら、久はゆっくりとお弁当箱を開けた。

 

 

真っ黒に染まったゲル状の「()()」がたっぷりと詰まっていた。

 

 

(((((何ィ―――――!!!?)))))

 

ガビーンとメンバーの表情が驚愕に染まる。

 

(な、なんだじぇ!? あれ!!)

(見たことが無い物体が詰まってるぞ!)

(ま、まさか! 暗黒未元物質(ダークマター)じゃと!?)

(ぶ、部長って料理下手なんでしょうか・・・・・・?)

(いや、まともに作ってるのを見たことがある! というかあれは下手とか言うレベルと違うじゃろ!)

(そ、そんなオカルトあり得ません!!)

 

一同の反応を意に介することなく、久はほっとした表情を浮かべる。

 

「よかった、偏って崩れちゃってたらどうしようかと思ってたの」

 

(偏るってレベルか!!)

(ゲルなんだから偏る・・・・・・いや、あれだけ詰まってたら偏りようがないじゃろ!)

(しかも崩れるって何だじぇ!?)

(何かの不手際でああなったんじゃなくて、本当にあれが完成形だったの!?)

(そ、そんなオカルトあり得ません!!)

 

「形なんてそんなに気にするなよ。

 お弁当なんだから多少崩れるのも仕方ないし、味は変わらないだろう?」

「そうだけど・・・・・・でも少しでもおいしそうに見えてた方がいいじゃない」

「俺はどんな料理でも、お前が作ってくれたものだから気にしないよ」

「シュウ・・・・・・」

「久・・・・・・」

 

(「どんなものでも気にしない」って意味深だじぇ!!)

(先輩! 無茶はしちゃダメっすよ!?)

(じ、実はおいしかったりするのかな・・・・・・?)

(いや、よう見てみぃ! 怪しげな黒い煙が上がっとる! どう見てもあれは危険じゃよ!)

(そ、そんなオカルトあり得ません!!)

 

「それじゃ、食べさせてあげるわ」

「おいおい、なんだか照れるな」

「なによ、普段は私の方が、その、よくドキドキさせられてるんだから。

 たまにはこういうのもいいでしょ?」

「そうだな、ありがたく食べさせてもらおうかな」

 

秀介の言葉に笑顔を浮かべると、久は箸で()()をプルンと持ち上げる。

 

(あれ!? ゲル状なはずなのに箸でつまめてるじぇ!?)

(そんなバカな! 多少プルプルしてても掴めないだろ!?)

(どうなっとるんじゃあれ!?)

(お、おそらく摘まんだことで圧力が加わって固体として多少変質する性質を持ち合わせて・・・・・・そんなオカルトあり得ません!)

(和ちゃん落ち着いて! 何を言っているのか分からないし、さっきから同じことしか言ってないよ!?)

 

「ほら、シュウ、あーん」

「あーん」

 

久は箸で摘まんだそれを秀介の口に入れる。

 

たぷとぷとろんとるんくちゃくちゃくちょくちょもにゅくりゅこりゅかりかりこりぐりメキメキガリボリゴキンベキバギン!と音が響いた。

 

(何の音ぉぉぉぉ!?)

(何か変な・・・・・・異様な音がするじぇ!!)

(げ、ゲル状の物体からあんな音が!?)

(志野崎先輩の口の中、どうなってるの!?)

(そ、そんなオカルト(略)!)

 

「ど、どう? おいしい、かな・・・・・・?」

 

不安そうな表情を浮かべる久。

しばらく口を動かしていた秀介は、やがてごくりとそれを飲み込んだ。

そして笑顔で親指を立てる。

 

「ああ、おいしいよ」

「ホント!? よかったぁ、作った甲斐があったわ!」

 

ほっとした表情で次の一口を箸にとる久。

笑顔の秀介の口の端から、赤黒い液体が流れ出ていることには気づいていない様子だった。

 

(先輩! 無理して食べてるじぇ!)

(あ、あれは絶対無理してるよね!?)

(志野崎先輩! そんなことに命を懸けちゃいかんぞ!?)

(せ、先輩! あんた男の中の男だ!)

(そ、そんな(略))

 

 

そうして昼食は終わり、昼休みが終わるまでの間、一同は少しばかりゆっくりと休憩していた。

 

「よかった、シュウに喜んでもらえて」

 

久は笑顔でお弁当箱を仕舞っている。

他のメンバーは、

 

(いや、喜んでたか?)

(喜んで見せてはおったなぁ・・・・・・)

(し、志野崎先輩、本当に大丈夫かな・・・・・・?)

(途中顔色がおかしかったけど、一周回って戻ってるから、多分もう手遅れだじぇ・・・・・・)

((略))

 

などと言いたそうな表情だったが、それを口に出すことは出来ずにいた。

 

「ところで久、お前あんまり食べてなかったんじゃないか?」

「え? そ、そんなこと・・・・・・って言いたいけどそうかも。

 でも、シュウが喜んで食べてるところ見たら、なんか胸がいっぱいかなぁって」

「それならいいが・・・・・・。

 お弁当作ってくれたお礼に、帰りに何か奢ってもいいぞ」

「そう? そうね、それなら放課後ちょっとどこか寄っていきましょうか」

 

(先輩! あんなことの最中にも部長の観察を!?)

(どこまで気が利くんだじぇ先輩!)

(先輩! 俺もう一生あなたについていきます!)

(ぐぬぅ! なんというイケメンっぷり!)

(た、確かにここまでくるとなんだか格好良く・・・・・・い、いえ! そんなオカル(略))

 

一同はそんな感じでツッコミをしたくても出来ず、秀介と久のいちゃいちゃっぷりを見せられ続けていた。

 

「しかし・・・・・・よくそんだけいちゃいちゃしていられるのぉ・・・・・・」

 

思わず呟いたのはまこだった。

何せ季節はもう夏、一人でいても暑いというのによくもまぁ密着して二人でいちゃいちゃと。

そう思っていたまこだったが、不意に久の表情が変わったのを感じた。

 

「・・・・・・まこ、あなた何を言ってるの?」

「え?」

 

いつになく真剣な表情。

久は演説でもするかのような大仰な身振りでまこに言い放った。

 

「愛に! 飽きなんかないのよ!」

「部長こそ何を言っとるんじゃ!?」

 

即座に言い返すまこ。

だが久はフンッとそっぽを向くのみ。

 

「私はね、シュウがいればそれだけで心が満たされるの。

 シュウもそうでしょ?

 そ、それとも、違う・・・・・・?」

「いや、俺も久といると心が満たされる、いつも一緒にいたいと思うよ」

「ホント? やっぱり? えへへ・・・・・・。

 分かった? まこ、それだけで十分なのよ」

「いや、よう分からん・・・・・・」

 

笑顔になったり不安になったりデレッとしたりキリッとしたり、表情を変えながら久はまこにそう言うがまこは首を横に振るのみ。

そして1年生達も、

 

(部長の表情がコロコロ変わってるじぇ)

(京ちゃん、あれなんて言うんだっけ? 顔芸?)

(それとは違・・・・・・とは言い切れない・・・・・・いや、多分あってるよ、咲)

(オカルトが・・・・・・オカルトが・・・・・・ありえないありえない・・・・・・ぶつぶつ・・・・・・)

 

と理解しがたい表情を浮かべている。

その様子を見て久は、「はー、やれやれ」と呆れた表情を浮かべた。

 

「まこ、あんた彼氏いたことないでしょ」

「うぐっ!? こ、答える義務はないじゃろ」

 

その反応ですでに答えは出ている。

だが久はあえて見て見ぬふりをして言葉を続けた。

 

「彼氏がいれば分かるはずよ、この胸に満ちる愛・・・・・・この想い・・・・・・!

 いつまででも一緒にいたい、一緒にいれば心が満たされる。

 でも満たされていても満足ではないの、もっともっと欲しくなるのよ・・・・・・」

 

久は遠い目をしながらそう言う。

まこは「いや、あんたらはむしろ満ち溢れて周囲にもまき散らしとるから」と言いたかったが、どうにも言葉を挟めない雰囲気に黙るしかなかった。

その後も「あれもしたい」「これもしたい」「この感情、まさしく愛だ!」「すばら!」などと訳の分からない供述を繰り返し続ける久。

やがてまた「ねー、シュウ?」「ああ、その通りだよ久」「シュウ・・・・・・」「久・・・・・・」と見つめ合いながら黙ったので、ようやくまこは盛大にため息をついた。

 

「・・・・・・その内人前でキスとかしだすんじゃないじゃろうね」

 

やれやれとそう呟くまこ。

目撃はしていないしそう言う噂も聞かないが、その内やらかしてもおかしくは無い。

と思っていたのだが。

 

「き、ききききき、キス!!?」

 

突然の久の反応に逆に驚いてしまった。

 

「な、なんじゃ?」

「むむむむむむ、無理よそんな! 人前でキスなんて!」

 

真っ赤な顔で慌てふためく久。

「・・・・・・何が?」とまこが問い質すと、久は真っ赤な顔で俯きながら呟いた。

 

 

「ひ、人前で、き、キス、なんて・・・・・・は、恥ずかしいじゃない・・・・・・」

 

 

「「「「「今更ぁ!?」」」」」

 

一同の感想は完全に一致した。

 

 

 

その日はその後も学生議会で仕事をしたり。

 

「あの、さすがに部外者を入れるのは・・・・・・」

「部外者じゃないわ! 私の彼よ!」

「久、そこは思い切って・・・・・・旦那って言ってみてくれないか?」

「だ、旦那!? や、やだそんな! まだ心の準備が・・・・・・! で、でも、嬉しいけど・・・・・・でもでもぉ!」

 

部活で練習に励んだり。

 

「・・・・・・部長はまた志野崎先輩の膝の上なんですね・・・・・・」

「何か文句ある?」

「いえ、何も・・・・・・」

「あ、久、こっちを先に切っておけ」

「え? でも受け入れが減っちゃうわよ?」

「確かにそうだが、俺の言うことは信じられないか?」

「そ、そんなことない! 私は信じるわ!」

「こ、これは練習になっているのでしょうか・・・・・・?」

「和、それロン」

「なっ!?」

 

そうして放課後、彼らはまた手を繋いで下校していた。

途中で今日一日のことを話していちゃいちゃしたり、寄り道をしていちゃいちゃしたり、買い食いをしていちゃいちゃしたり。

 

気が付けば夜、そして気が付けば久の家の前だった。

秀介の家もすぐ隣なのだが、一応女の子を家まで送るという名目の元久の家まで一緒に来たわけだ。

この時間、そしてこの状況となれば来るのは当然別れの時間。

別れなければならない、でも別れたくない。

名残惜しさから久は秀介の手をきゅっと強く握ってしまう。

それに何かを察したのか、それとも秀介も同じ思いだったのか、久にフッと笑いかけた。

 

「・・・・・・久、少し歩かないか?」

「え? う、うん」

 

二人は手を握ったまま歩き出す。

そうしてやってきたのは近所の公園だ。

そこのベンチに、二人は寄り添ったまま腰かける。

 

そのまま暫し、言葉を交わさないまま時間が流れた。

 

「ねーねー、そこの彼女ぉ」

 

不意に声が掛けられた。

現れたのは男が3人。

制服を着ているところから高校生らしい。

 

「そんなところで何してんの?」

「よかったら俺らと遊ばない?」

「隣の男なんか置いてさぁ」

 

そう言った時だった。

 

 

 

邪魔をするな

 

 

 

「「「ひっ!?」」」

 

思わず後ずさった。

彼らは改めて目の前のカップルを見る。

女の子はうざったそうに視線を寄越すだけ。

男の方はこちらを見ているのかいないのか。

 

だが何だ、この

 

圧倒的な殺気!!

 

例えるならそれは、背後から首筋に

 

死神の鎌でも当てられているかのような殺気!!

 

 

「い、行こうぜ!」

「あ、ああ」

 

彼らは即座に退散していった。

 

 

「・・・・・・静かな夜ね」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 

暫しまた沈黙が流れた。

 

 

 

やがてゆっくりと口を開いたのは秀介の方だった。

 

「なぁ、久」

「なぁに?」

「清澄を卒業したら、その後はどうするか決めてるか?」

 

不意に聞かれたのが進路の話とは。

久は訝しげに思いながら返事をする。

 

「んー、まだはっきりとは決めてないけど・・・・・・まぁ、大学に行こうかなって」

「そうか・・・・・・うん、それがいいだろうな」

「シュウも行きましょう? 一緒の大学」

 

彼女の進路の先、その隣には当然秀介がいる前提で考えている。

だから久は大学に行くのなら秀介と同じところにしたいと思っているのだ。

全体の成績で言えば久の方が上、だから必然久が秀介に合わせる形になる。

二人が恋人同士になったのは高校三年の夏、麻雀の合宿が終わった後だ。

まだ1ヵ月も経っていない。

それでも二人で過ごす日々がこんなにも楽しい。

だから大学でも同じように過ごせたらどれだけ幸せだろうか。

久はそう考えて秀介を誘った。

 

だが。

 

「・・・・・・俺は、大学に行かないつもりだ」

「・・・・・・え? じゃあ、どうするの?」

「バイトでもして少しお金を貯めようと思ってる」

 

突然の予想だにしない返事。

久は少しうろたえながら言葉を続ける。

 

「私、大学でもシュウと一緒ならすごく楽しいと思うんだけど・・・・・・。

 シュウは嫌なの・・・・・・?

 じゃあ、私も大学行かない」

「いや、久には大学に行ってほしい。

 ほら、加治木さんとか福路さんとかと一緒の大学に行ったら楽しいと思うぞ」

「で、でも、シュウは行かないんでしょ・・・・・・? どうしてなの・・・・・・?」

 

秀介の考えていることが分からない。

いや、それは以前からよくあったことだが、それにしても今回は特に分からない。

久には大学に行ってほしい。

でも秀介は大学に行かない。

ならば。

 

「・・・・・・シュウは、高校卒業したら・・・・・・バイトしてお金を貯めて、それでどうするの・・・・・・?

 シュウは・・・・・・何がしたいの・・・・・・?」

 

久のその言葉に、秀介は夜空を見上げながら答えた。

 

 

「・・・・・・俺は・・・・・・久、お前が好きだ。

 お前が何より大切だ。

 

 そしてその次くらいになら、麻雀を挙げてもいいと思っている。

 昔、靖子姉さんがプロになるっていうのを笑った事もあったけど、今の俺も、麻雀を切り離しては考えられないくらいだし。

 

 俺にとって、麻雀はもう人生の一部だ。

 生きていく道に選んでもいいかなと思っている。

 

 多分自惚れじゃなくて、麻雀を人に教えていく講師とかいいんじゃないかな。

 どこかの雀荘を借りて麻雀教室を開いて。

 ただ、どこの誰とも知らないやつが麻雀を教えると言って人が集まるものじゃない。

 そこそこ有名な誰かが教室を開かないと人なんて集まらないだろう。

 

 だからな、久。

 

 将来麻雀教室を開くために、バイトをしてお金を貯めながら麻雀の勉強をして、たまにお前と出掛けたりして息抜きして・・・・・・。

 

 そして・・・・・・」

 

 

スッと視線を久に戻し、秀介は笑いながらはっきりと告げた。

 

 

「俺はプロになる」

 

 

「シュウ・・・・・・」

 

その笑顔に、久も思わず笑顔になる。

 

「・・・・・・うん、シュウが麻雀を打ってるとこ見るの、私も好き」

 

秀介が麻雀のプロになる、それを考えただけでなんだか自分のように嬉しくて、楽しみだった。

そして久は、「じゃあ、私もプロになる」と言い掛けて、少しだけ悩んだ挙句言葉を続けた。

 

「じゃあ、私は・・・・・・その隣でシュウを支えてあげる」

「久・・・・・・ありがとう」

 

繋がれた手に、少しだけ力が入った。

 

「でもな」

 

そう言って秀介は言葉を続ける。

 

「俺の麻雀教室で、俺はお前を育てるつもりだ」

「え?」

 

なんで?と言い掛けて察しがついた。

そういうことか。

 

「久、お前もプロになる気はないか?」

「うん、なりたい」

 

久は即答した。

 

「私は・・・・・・ずっとシュウのそばにいるわ・・・・・・」

 

 

 

月明かりの下、見つめ合った二人は少しずつ顔を近づけ合い、

 

 

やがて唇を重ねた。

 

 

 




いちゃいちゃかと思ったらギャグだった、ギャグだと思ったらシリアスだった。
温度差が激しい。
何があったのかは知りません(
もしかしたら久の苗字が上埜に戻る日は来ないかもしれませんね(志野崎的な意味で
二乗の²は環境依存文字だったりしないだろうか。

さて、自分でも非常に残念なことではありますが、「とりあえずタバコが吸いたい先輩」関連のお話はもうこれでほぼおしまいです。
他のキャラとの絡みも色々考えたけど、話がまとまらないしさすがにグダりそうなんで書く予定はありません。
秀介が出掛けるor向こうから押しかけてくる→麻雀打つ、の流れだけですし。
こればっかりはどうしようもね・・・・・・。
あとはリアルとの兼ね合いです。

まぁ、思わせぶりダイジェストくらいならできるかな?(


2016/11/01:tex変換ツールで数式を書いてみたのですが、牌画像変換ツールと併用できないっぽいので諦めました。

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