咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩 作:隠戸海斗
憧「クルペッコ言うな」
「しゅ、しゅーすけ!
やっぱりしゅーすけは凄いのだ!」
席を離れて龍門渕メンバーの方に向かうと、衣が満面の笑みで駆け寄ってきた。
さすがに頭を使ったのだろう、空調が十分きいている部室内にもかかわらず秀介は軽く汗をぬぐいながら返事をする。
「おう衣、前回会った時よりも大きくなったんじゃないか?」
「本当か!?」
「それ今朝も言いましたわよね?」
透華にジト目で突っ込まれるが、秀介は笑いながら衣の頭を撫でるだけだ。
そして安心したような表情の一同にも声を掛ける。
「おやおや、ずいぶん驚いてたみたいだね。
もしや俺が負けることを期待していたのかな?」
「いや、期待はしてなかったけどよ」
「でも心配はしてたんですよ」
試合序盤の心配そうだった表情もどこへやら、純と一が笑顔でそう返す。
「だから言ったではないか、全てはしゅーすけの思惑の内なのだと」
「そういう衣が一番青い顔してましたけれどね」
透華の言葉に衣は「そ、そんなことはないぞ!」と抗議していたが、一同に温かく見守られていただけだった。
そして残る智紀は特に秀介に駆け寄ってくるような様子はなく、少し離れたところでこちらの様子をうかがっているだけだったが。
(ともきー、あれは笑ってるよね?)
(ええ、おそらく不敵に笑っていますわ)
(「さすが私が認めた男、そうでなくては困ります」的な感じだぜ、きっと)
付き合いの長い龍門渕メンバーは特に怒っているわけではないのだと判断した。
「それにしても驚いたぞ、しゅーすけ。
いつものように100点棒を銜えないから本気を出していないのかと思ったぞ」
「・・・・・・そうです、いつから本気だったのですか」
その衣の言葉には智紀も食いついてきた。
そうだ、いつものその癖が無いからこそ余計に不安を煽られていたというのに。
秀介は何でもないような顔でソファーに腰を下ろしながら答えた。
「衣にあの穏乃って子の話を聞いた時から既にやる気だったよ、一応。
ただほら、せっかくの初対面だしそういう癖も偽りたいじゃない」
その思考、完全に人をはめる方向に特化している。
敵を騙すにはまず味方からと言うが、癖を偽るというのはむしろ味方に対する効果の方が大きい。
いや、本人はからかっているだけな気分なのだが。
しかし相手の裏を取る為にはそういう思考も必要なのかもしれない。
「まぁ、しゅーすけも少し疲れただろう?
ハギヨシにお茶を淹れてもらうといいのだ」
「かしこまりました」
秀介を気遣った衣の発言と同時に、その背後に茶葉の用意をしているハギヨシが現れた。
相変わらずどこから現れているのやら。
そうして秀介は龍門渕一同に囲まれながら暫し身体を、というか頭を休めるのだった。
一方の阿知賀メンバーの空気は全く逆だった。
さすがに今の全員±0が偶然だとは思っていない。
むしろ確実に秀介の仕業だろうと気付いていた。
そしてだからこそ、その空気は重苦しいのだ。
「・・・・・・しず、正直な感想言ってごらん」
「え、あの・・・・・・」
卓を離れて戻ってきた穏乃は晴絵にそう聞かれ、思わず俯く。
キャプテンはしっかり者の灼だが、今のこの部活を立ち上げようと言い出したのは穏乃だし、それを抜きにしてもムードメーカーとして一役買っている。
普段からポジティブなメンタルには皆も支えられているのだ。
穏乃もそれを自覚しているからこそ、ここでネガティブな発言はしたくない。
「なぁに! あれくらいどうってことないですよ! むしろやる気が満ち溢れてきました!」とかあっさり言えたらどれだけ楽だろうか。
実際そう言いたい、のだが。
「・・・・・・すみません、正直・・・・・・どうやって戦えばいいのか・・・・・・」
さすがの穏乃もそう返事をする。
無理もない、全国行きを果たした訳だし、こうして練習試合をして回っている身でもある。
当然何人もの強いメンバーを相手にしてきただろう。
今回の龍門渕も強い。
中でも衣が圧倒的だ。
対抗策が丸っきり無いわけではないが、それでも一向聴地獄で足を止められ速攻でペースを乱され苦戦を強いられてきた。
「人ならざる身」と言われても思わず頷けるほどの実力は感じてきた。
しかし衣の打ち方を「人ならざる身」とするならば、彼は一体何と表現すればよいのだろうか。
自分達は勝利を目指して最善を尽くし、その中で自分達の意思で自由に麻雀を打っていたはずだ。
それが終わってみればこの有様、全員が示し合わせたとしても全員が±0なんてできることではないのに、あの試合は確実に全ての上がりがあの男の掌中だったわけだ。
人の手を一翻1符単位で調整し、誰かがリーチをかけるタイミングまで計らなければとても成し遂げることはできない。
憧はもちろんとして玄もそれを感じ取ったため、さすがに今は落ち込んだ空気を醸し出している。
というか玄は宥に「よしよし」と頭を撫でられている。
それくらいに先程の結果は衝撃的だったのだろう。
「玄」
「は、はい!」
突然晴絵に呼ばれ、玄はびくっと身体を跳ねる。
「最初に彼から倍満を上がった時、どう思った?」
「え、えっと、あの・・・・・・」
おろおろしながらあれやこれやと記憶を紡ぎ出し、少し混乱しながらもやがて言葉にまとめた。
「えっと・・・・・・正直、上がっちゃってよかったのかなーと。
だって龍門渕さん達に呼ばれてきて、期待がかかってるであろう人ですから。
そんな人がいきなり倍満振り込んだら、龍門渕さん達に後で何か言われるんじゃないかって・・・・・・」
「じゃあ、今まで倍満をロン上がりした相手に対してもそんなことを思った?」
「・・・・・・あ、それは思ってないですけど」
うん、と晴絵は一区切り入れた。
「憧はどう思った?
特に彼が上がりを重ね始めるまで」
続いて憧に似たような質問をぶつける。
憧は少し渋い表情を浮かべた後に答えた。
「・・・・・・正直舐めてた。
思い返せば配牌取る時に零したりとか、小さく手が震えて見えたのはわざとらしい。
でも最初に倍満振って動揺するのは当然だと思ったし。
しずが2000・3900をツモった時の点数を指摘した時は落ち着いてるなと思ったけど、でもその後はしずの上がりとあの人の2000上がり。
センスが無い、下り調子の人間の打ち方だと思ったよ。
龍門渕さんが天江さんに匹敵するって昨日言ってたのに、本人を前にして完全に忘れてた」
憧の言葉に晴絵はうんうんと頷く。
「正直私もそうよ。
思い切りがいいとは思ってたけどヘボかもしれないとも思ってた。
っていうかむしろ、対局が終わったら指導してやろうかとすら思ってたよ」
「結果あの様だけどね」と苦笑いを浮かべた。
ここまで来て阿知賀一同の胸にほのかな期待が湧き上がる。
阿知賀メンバーがここまで勝ち上がってきた理由の一つに晴絵の観察力があるからだ。
膨大な選手のデータから相手の癖や打ち筋を見抜き、時にかわし、時に逆手に取り的確なアドバイスを与えてきた。
今回もあの一局で早くも何かを見抜いたのだろうか。
晴絵はニッと笑った。
「とりあえず一つ言えるのは・・・・・・彼は擬態みたいな能力を持ってる」
「擬態?」
擬態とは本来の姿を偽ることだ。
木の枝そっくりに化けるナナフシとか、花にそっくりな姿をしたカマキリや蜘蛛が有名だろう。
「ただの植物かと思ったら捕食者、ヘボかと思いきやかなりの実力者ってことね。
事前に情報があってもそれを忘れるほどの演技力だ。
能力なのか単純に才能なのかは知らないけど、これだけでもかなりの脅威だよ。
特に、あんたたちはよく言えば純粋、悪く言えば単純。
そういう擬態はやるのも相手にするのも苦手だろうね」
その言葉に一同はお互いの顔を見合わせる。
憧や灼は平気だろうが、もしかしたら穏乃も玄も宥も未だに指が取れて見える手品でも驚くのではないかと思えるほど純粋だ。
将来悪い男に騙されないか心配である。
まぁ、晴絵が人のことを言えるのかと言えばそれはどうかと思うが。
「だから注意すること。
ま、せっかくの練習試合だし、存分に騙されてくるのもいいかもね」
そう言って一同に笑いかける晴絵。
それを聞いて穏乃も元気が出てきたようだ。
「分かりました!
つまり騙されてくればいいんですね!」
「いや、そうじゃなくてね・・・・・・」
「よし! 志野崎さんにもお願いしてこよう!」
「しず! 違うって! 待ちなさい!」
良かれと思ってのアドバイスだったのだが、どうやら裏目に出たようだ。
出来ることならばその騙しを逆手にとれるようにならなければならないので、騙されながらもそれを見抜ける目を養ってほしいのだが。
その為に「相手のペースに巻き込まれない」とかアドバイスもいくつか考えていたのだが、せめてそれは聞いていって欲しかった。
何はともあれ再びやる気になってくれたことだけはありがたい。
そういうわけでやる気を漲らせた穏乃は秀介の元へ到達するまでの短い距離を無駄に走り、特に頭を下げる様子もなく堂々と告げたのだった。
「志野崎さん! もうひと勝負お願いします!」
さすがの秀介も一瞬ポカーンとしたようだったが、すぐにいつもの調子で笑い出した。
「ああ、いいよ。
と言いたいところだけどさすがに疲れたからね、少し麻雀力を補給してからにさせてくれ」
「ま、麻雀力!?」
聞き慣れない単語に思わず「何ですかそれは!?」と食いつく穏乃。
この時点で相手のペースに巻き込まれていることに気付いていない。
「人は誰しも身体の中に麻雀力と言うものを蓄えており、それを消費することで強い手を招き寄せたり場を支配したりするのさ。
麻雀力を失った状態では支配力も弱くなってしまう。
だから少し休憩して補給しなければならないのさ」
「な、なるほど!」
「そ、そうだったのかしゅーすけ! 知らなかったぞ!」
「嘘をつくな嘘を」
穏乃だけでなく衣まで釣られたこともあり、さすがに純から突っ込みが入る。
真に受けてその内「麻雀力を早く回復させる為に!」とか言って面倒なことを吹き込まれたりしたら、それに付き合わされるのは純達なのだから。
「嘘・・・・・・?
はっ! 今のも嘘だったんですね!?
危ない! 騙されるところだった!」
「いや、既に騙されてたじゃないあんた・・・・・・」
後からやってきた憧の突っ込みを受ける穏乃。
だが騙されてばかりもいられない。
夏休みはまだ目前であり突入していない以上、今日中には再び奈良に戻って翌日の学校に備えなければならないのだから。
つまり秀介と戦えるのも今日が最後。
今日中にはせめて騙されているのか否かを見抜けるくらいにはならなければ。
「気を抜けばすぐに騙そうとしてくるなんて・・・・・・でももう簡単には騙されませんよ!」
「どっから湧いてるの、その自信・・・・・・」
「あなたの事はもう高校生だとは思わない!
それこそプロを相手にしているつもりで挑ませてもらいますよ!」
「それは言い過ぎ・・・・・・いや、あながちそうとも言い切れないのが恐ろしい・・・・・・」
フフンとキメ顔で宣言する穏乃に対し不安を隠せない憧。
そのやり取りに何を思ったのか、秀介はフフフフと笑いながらゆらりと立ち上がる。
「そうか、ならばこちらも隠しておく必要はないな・・・・・・。
実は清澄高校三年生というのは仮の姿・・・・・・」
「な、何っ!?」
秀介の醸し出す迫力に思わず穏乃は後ずさる。
再びそのペースに巻き込まれていることには気づいていない。
「何を隠そう俺は・・・・・・かつて裏麻雀界のトップに君臨していた男なのさ!」
「嘘をつくな嘘を」
再び純に突っ込まれる秀介。
まぁ、秀介は誰にも己の
だが構わずに続ける。
「そんな俺でも屈辱の敗北を味わい、裏麻雀界から追い出されてしまった・・・・・・。
その代償として・・・・・・」
そう言って秀介は自分の左手に右手を添え。
「
左手の親指が取れて見える手品を披露した。
同時にそれを見ていた阿知賀メンバーから悲鳴が上がる。
「きゃー! お、おねーちゃーん! 指が! ゆびがー!」
「うわあああ!? ま、まさか本当に・・・・・・!」
「あわわわわ・・・・・・だ、だめだよ、私はおねーちゃんだからしっかりしないと!
く、くくく玄ちゃん! 見ちゃダメ!」
何ということでしょう、晴絵の心配した通り、玄も穏乃も宥も親指が取れて見える手品を信じてしまった。
麻雀打ちどころか高校生として不安である。
手品を得意とする一が、秀介の手品を信じたメンバーにそのネタを説明し、実際に彼女達がその手品をマスターしたことでようやく誤解は解けた。
むしろそこまでしなければ解けなかったことには憧も灼も晴絵も呆れてしまったが。
ともあれおちゃらけた話もそこまで、再び麻雀を打とうという話に戻った。
だが秀介が先程の一局で疲労しているのは本当なので、一先ず休憩で他のメンバーの打ち方を見学させてくれとお願いした。
これにはさすがに晴絵も渋い表情を見せる。
事前に情報が無かったはずの穏乃、憧、玄を相手にしても全員±0を披露して見せたのだ。
この上宥の打ち方まで見破られたら一体どうなってしまうのかが分からない。
そういうわけで何かしら理由を付けて皆も休憩と言うことにしたかったのだが、今打ってなかった龍門渕のメンバーはやる気だし、何より穏乃があっさりとOKしてしまったので仕方がない。
試合が始まっても秀介は休憩としてソファーに座りながらゆったりとハギヨシのお茶を飲んでいるようだったが、その視線は卓上に向けられている。
宥の斜め後ろに位置する場所だし、打ち方を観察しようというのだろう。
(・・・・・・ええい、出たとこ勝負だ!)
晴絵は思い切って秀介の隣のソファーに腰を下ろした。
礼儀の正しい秀介だ、こうすれば無視はできまい。
必然視線もこちらに向けなければならず、宥の打ち方に意識を割く余裕がなくなるはずだ。
「おや、阿知賀のコーチさん」
「どうも、失礼するよ」
予想通り、秀介は晴絵に視線を向けてきた。
ここまではよし、だがここからどうするか。
特に話題がある訳ではないし、そもそも自分も阿知賀という女子高出身であり、男性との接点は多くなかった身である。
気の利いた話題なんて持ってはいない。
まぁ、こういう状況で話すことは麻雀の事しかないのではないだろうか。
ちょっと話してみようと晴絵は口を開く。
「うちの生徒と打ってみて、どうだった?」
言ってみてちょっと後悔した。
「うちの生徒はどんな感じでしたか?」なんて他校の監督にするような話ではないか。
大人びて見えるとはいえ高校三年生にするような話だっただろうかと思い悩む。
しかもたった一回打っただけで何を語れと言うのか。
だが秀介は少し考えて答えてくれた。
「高鴨さんって言いましたか、あのジャージの子は。
ああいう明るい子はいいですね、チームの空気が盛り上がる。
それにあの一試合で実力差は見せつけたはずなんですが、それでも心が折れてない。
芯も強くて明るいムードメーカー、5人しかいないのでしたら既にチームの柱なんじゃないですか?」
(・・・・・・何だろう、このどっしりとした物怖じしないたたずまいは)
他校の監督に同じように聞かれて、自分はここまでしっかり返せるだろうかと逆に不安になるような返答だ。
逆に物怖じしてしまっている晴絵に構わず秀介は言葉を続ける。
「それから俺の対面に座った松実さん、の妹さんでしたね。
彼女はちょっと打たれ弱いところがあるんじゃないですか?」
む、とその発言が気になった晴絵。
「・・・・・・何故、そう思うのかな?」
「俺から倍満を上がった後にちょっと遠慮したような仕草をして見せた。
それから最後に俺が全員の点数を調整していたと知った時と、さっきの親指を取ってみせる手品を見た時の反応。
姉に縋ったあの姿は、一人きりという慣れない環境で予想外のところから攻撃を仕掛けられると脆いタイプなんじゃないかなーと思っただけです」
晴絵の言葉にそう答えると、秀介は再びお茶を口にしてのどを潤す。
(・・・・・・あちゃー・・・・・・これは予想外だわ・・・・・・)
晴絵は軽く自分の頭をかく。
気を逸らすだけだけのつもりで話しかけ、ついでに何か情報が知れればいいなと思った程度だったのだが、逆にその観察力を見せつけられた感じだ。
これには晴絵もめげる。
(・・・・・・幸いなのは彼が女の子ではなくて、私達と大会で戦う可能性が0ってことだけだね)
そんなことを思いながらちらっと秀介に視線を戻した。
秀介はフフッと笑いながら口を開く。
「まぁ、あの松実さんが俺の「泣き顔が似合いそうだな」レーダーに引っかかったっていうのもあるんですが」
「何それ!?」
思わず目の前のテーブルに足をガターンとぶつけてしまった。
何だろう?
冗談としか思えないんだけど、とても冗談とは思えないほど黒い笑顔!
麻雀を打っている時の真剣な表情、皆と談笑している時の笑顔、人を騙している時の表情、「泣き顔が似合いそうだ」発言の時の黒い笑顔。
結局どれが本当の彼なのかよく分からず、むしろ煙に巻かれた感じだ。
これが本当に高校生の話術及び演技力なのだろうかと疑ってしまう。
「・・・・・・まぁ、泣かせるのはちょっと勘弁してほしいね。
大会を控えている状況で変にトラウマでも持たれたら困るし」
「そうですか?
だったらそもそもこんな練習試合なんか組まなければいいのでは?
強い他校と練習試合をすればそういう可能性は増えるばかりでしょうし」
「まぁ、そうだけど・・・・・・」
正直こんな強いのがいるというのが予想外過ぎたのだ。
衣の時にも止めさせた方がいいだろうかと思っていたところだったのに、彼に対する危険信号はそれ以上だ。
困った、この男はどうやって扱えばいいのだろうか?
思わず晴絵は頭を抱えそうになる。
とりあえず話題を変えて何とか自分のペースに持って行かなければ。
「・・・・・・そういえばさっきの±0」
「はい、いやぁ、すごい偶然でしたねぇ」
「何を今更・・・・・・」
釣られる気配がまるでない。
ここまで堂々と嘘をつけるのはもはや才能だ。
「どうせ狙ってやったんだろうからそれについては聞かないよ。
配牌をこぼしたのだとか、倍満振り込んだ直後の険しい表情とかも全部嘘でしょ。
何故、あんな打ち方をしたのか、聞かせてもらおうかな」
「おや酷い、聞いておいて嘘と断定するとはね」
「いいよ、もう。
本当でも嘘でも正解率は50%なんだし、こっちも本気半分で聞かせてもらいたいだけだから」
直訳、言うことはあんまり信じないけど話は聞かせて、と来た。
こういう言い回しは実に監督らしくない。
だが率直なところは実に赤土晴絵らしいと言えよう。
秀介も言い回しについては特に気にしていない様子で答えた。
「衣からのリクエストで、実力差を見せつける為。
後はまぁ、俺の演技を彼女達がどこまで見抜いてくるかと計る為。
もし東場でうまくいかないようだったら、南場の親番で連荘してトバしてましたよ、対面のドラっ娘」
「玄限定!?
なんでそこまで玄を狙うのよ、一目惚れ?
好きな女の子をいじめたいタイプなの?」
「やだなー、いじめてほしそうなオーラを出している彼女が悪いんですよ。
あと俺、彼女いますから」
「彼女がいるのに他の女の子にちょっかい出すとか、酷い男ね」
「いやぁ、思わず。
でも俺、この
「はいはい」
ダメだ、全然こちらのペースに持って来れない、晴絵はもはやお手上げだった。
ホントもう、どうすればいいのよこれ。
「あ、ちなみに一つ確認したいんですけれども」
「・・・・・・何かな?」
そんな項垂れかけている晴絵に構わず、秀介は笑顔で問いかけてきた。
「彼女、先鋒ですか?」
「・・・・・・!」
驚きで声を上げかける。
事前に調べてきたのを伏せてこちらの様子をうかがっているだけ?
それともその観察力でこの場で何かを見抜いたというのか?
(・・・・・・どうする?)
別にバレても構わないと開き直って答えるか、情報は明かさないに越したことはないと隠し通すか。
損得で悩んでいる時間は無い、直感で答えなければ。
(・・・・・・とか考えている間に時間オーバーな予感)
即答しなかったということは正解を見抜かれて動揺した、と受け取られてしまうことだろう。
仕方なくあっさりと晴絵は答えた。
「ああ、そうだよ、先鋒。
ネットか何かで調べたのかな?」
「いえ、あいにくとパソコンには嫌われる体質でして」
何だその言い訳は。
彼の言うことはあまり真に受けないようにしようと思い、晴絵はとりあえず見抜いた理由を問いかける。
「じゃあ、この場で何か玄には先鋒を任せた方がいいと思う理由でも思いついたのかな?」
フフッと笑いながら聞いてみると、秀介も同じく笑いながら返事をしてきた。
「先程言った通り、松実玄さんは打たれ弱いところがある。
そんな中、団体戦は後半になるほど点差が開く恐れがある。
次鋒戦でも場合によって4~5万点、大将戦に近づけはその倍以上差がつくことも。
仮にそれだけの点差を付けられていたとして、彼女がその責務に耐えられるかというと些か不安が残るところだ。
ならば最低でも手持ち10万点ある先鋒に任せて、突っ走ってもらうのが一番理想ではないだろうかと思っただけです。
あなたもその打たれ弱さに気づいていれば、ですが。
逆に大将はあのムードメーカーの高鴨さんに任せるのがいいかなと、実力が伴っていればですが。
ふとそんなことを思っただけですし、あなたが気付いていてもいなくても逆にエースが集まる先鋒を他のメンバーでトバない程度にやりすごしてあの大量のドラで反撃するって手もありますからね。
言ってみただけで、正解率はまぁ、20%程度でしたよ」
「あぁ、そう・・・・・・。
その正解率の目安がどうなのかは分からないけど、当たってよかったんじゃないかな」
「まぁ、本当のことを言うと、「彼女、先鋒ですか?」とは聞いたけれども「松実さんが先鋒ですか?」とは聞いていない。
その後あなたが松実玄さんの名前を出したのでラッキーだっただけですけど」
(・・・・・・んにゃろう・・・・・・)
晴絵は必死にしかめっ面を表に出さないようにしながら聞いていた。
先程も思ったことだが本当に高校生か?
この年にしてコーチとか努められそうな貫録じゃないか。
これ以上話していても宥の打ち方を観察させないことはできるが、それ以上に自分に対するダメージが大きい気がする。
なのでこの話はここまでだと打ち切ることにした。
「なるほど、高校生と話しているとは思えないご意見ありがとう」
晴絵はそう言ってソファーから立ち上がる。
秀介もそれに続いて立ち上がった。
「はは、どういたしまして。
まぁ、おっさんみたいと言われたこともありますし、平気ですよ。
もっとも言った本人は過去にいじめてやりましたけど」
「いじめ!?」
どこまで本当の話かは分からない。
しかしこの黒い笑顔は警戒するに越したことはない!
「なぁに、本人はそれをバネに強く生きているので特に問題は無いですよ」
「・・・・・・どうだか」
嘘だ、それは絶対に。
そのいじめ対象には絶対なにかトラウマを埋め込んでいるに違いない。
どうしよう? 彼とうちの生徒をこれ以上戦わせてもよいものだろうかと思ってしまう。
「・・・・・・ちなみに」
そんな晴絵に向かって、同じような黒い笑顔のまま秀介は。
「あなたも何か麻雀に対してトラウマを持ってますか? 赤土晴絵コーチ」
爆弾をぶつけてきた。
既に秀介には背中を向けていたことが幸いだ。
晴絵の驚愕の表情を見られずに済んだのだから。
秀介の一言で心の奥底から浮かび上がってくる光景がある。
あの時、全国大会の準決勝で・・・・・・。
(やめろ! 思い出すな!)
ぐしっと胸の真ん中辺りの服を鷲掴みにする。
彼が何をどう考えてそんな質問をぶつけてきたのかは知らないが、そんな心の内側まで見抜かれてなるものか!
晴絵は背を向けたまま小さく一息つき、何でもないような顔で振り向いた。
「何だい、急にそんなことを聞いてきて。
別にそんなもの無いよ」
ははっと笑って返してやった。
そんな晴絵を見て秀介は「おやおや、外れましたかな」とうさん臭そうな笑顔を浮かべる。
「いやいや、何、これもふと思っただけですよ。
自分の生徒がトラウマを持つことに対してかなり気にかけていらっしゃる。
生徒思いにしても、ましてや昨年長野から全国行きを果たした龍門渕に自分から挑んでおいて心配することとしては、少しばかり心配のベクトルが気になった。
可能性としては自分が麻雀に対してトラウマを持っているから、生徒に対してもトラウマを気にしている、と言ったところか。
まぁ、なので精々正解率は10%程度」
先程よりもずいぶん低い正解率。
それを自覚しておきながら堂々とぶつけてきた度胸は、なるほど大したものだ。
だが秀介はなおも言葉を続ける。
「だが、先程俺が「松実さんは打たれ弱いところがある」と言った時の、あなた自身の反応。
一瞬反応して間を空けた後、イエスでもノーでも無く質問を返してきた。
正解を見抜かれた人間の反応としてはよくあるパターン。
その上、同じく「松実さんは打たれ弱いところがある」と言った時、話を誤魔化そうかとしたあなたの反応。
こちらを向きながら、視線を一瞬逸らして瞬きをした。
今もそれと同じ癖が出た」
クククと、あの黒い笑顔を浮かべたまま秀介は告げた。
「85%」
(・・・・・・何だろう・・・・・・)
トラウマを思い出させられていい思いはしない。
だが今彼女の胸の中は全く別の感情が支配していた。
あの時対面に座っていた、
未だ拭えない記憶、全国大会準決勝で戦った
「・・・・・・志野崎秀介君・・・・・・」
「はい」
それによって感じる、むしろこれは何だろうか、この奇妙な期待感は。
「・・・・・・もしよかったらなんだけど」
もしかしたら私は、赤土晴絵は。
「・・・・・・私と、」
彼と麻雀を打ったら、あわよくば倒すことが出来たならば。
「麻雀を打ってもらえないでしょうか」
このトラウマを和らげることが出来るかもしれない、
そんなことを思った。
レジェンド「代打、
思いのほか文章が増えてしまった。
全員1回ずつメインで全6回の予定だったけど変更だ、レジェンド、お前2回メインやってくれ。
読者はきっとお前の活躍を待っているからな(