咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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読者の反応が思ったより柔らかいよ!
あんなに不安でガクブルしていたのに。
こんな読者に恵まれるなんて、私は幸せ者です。

今回あまり時間が取れず、少しダイジェストっぽくなってしまった。
そこだけ申し訳なかったです。


03新木桂その3 南風と強敵

億蔵老人との麻雀に大勝してから新木の名は一層高まった。

金もたんまり手に入ったと言えば手に入ったのだが、あの扉の札束の内ほとんどがただの偽札だったのだ。

どうせ奪われるわけがないと高をくくっていたのだろう。

その上億蔵老人の手術費用や経営している会社の費用などもある。

中には国の経済に大打撃を与えかねない会社もあった為、資金の全てが完全に新木の物になったというわけではない。

それでも大金には変わりないが。

 

そうして最低限の費用だけを残された億蔵に対し、メイドのエリスは変わらず仕えていた。

いい給料を貰っていただろうとは予測がつくし、それが大きく削減されるだろうというのも分かるだろうに、である。

どうやら忠義心はしっかりしていたらしい。

元々賭けの相手は億蔵だったし、新木もあっさりと取り立てから身を引いたので、エリスがどこかに売られてまで金銭を工面する必要が無かったというのもある。

 

 

そしてそれから3年経ち、5年経ち、10年経っても不敗神話はまだ続いていた。

 

その頃にはさすがに裏の麻雀と言うのも規模が縮小し、新木も大々的に活躍することは無くなって行った。

代わりに時折打つ義理絡みの麻雀で、その高いデジタル思考能力が周囲の人間の目を惹くようになる。

 

それ以外では時間もあるし金もあるし、あちこち旅行に出歩くのが趣味になった。

その過程で温泉旅館にハマることになるのだが、まぁそれは置いておく。

 

 

 

「新木さん」

 

いつの間にか、彼を兄貴だの師匠だのと慕う連中が現れた。

別段麻雀を教えているというわけでもないが、困った時には金や人脈を融通している次第である。

街を散歩していた今、話しかけて来た川北もその一人だ。

 

「何だ?」

「新木さん、なんかプロを目指している連中に麻雀の勉強つけてやってるみたいじゃないですか」

 

水臭い、と川北は新木にそう言う。

 

別に勉強を見てやっているわけではない。

周りが彼の打ち筋を見て勝手にあーだこーだ言っているだけである。

さすがに的外れすぎる時には得意のデジタル理論で指摘したりはするが。

 

彼も既に40、粋がって一人で生きていける立場ではない。

仕方なしに始めたことかもしれないが、今や面倒見がいいのも彼の魅力の一つである。

 

「俺も新木さんみたいな麻雀打ちたいです。

 教えてくださいよ」

「お前に終始頭使うような真似できるかよ」

 

ひらひらと手を振って追い払う新木。

しかし追い払われても付きまとう、そんな自称舎弟である。

 

「むー・・・・・・どうしたら教えてもらえますか?」

「・・・・・・そうだな・・・・・・」

 

ふと、近くの雀荘が目に入る。

くいくいっと指で舎弟に近寄って来るように告げる。

 

「一緒に打とうか。

 俺の打ち筋が理解できなかったら、それはもうお前とは打ち方が違うんだ、別の人に教えてもらいな」

「頑張って理解します!」

 

川北は意気込んで雀荘に入って行った。

やれやれ、と新木もそれに続く。

 

 

入った面子は他に見慣れた男が一人と、見慣れない若い男が一人。

若い男は新木の対面だ。

 

「よろしくお願いします」

 

挨拶もしっかりしている。

そうして一同は打ち始めた。

 

 

「リーチ」

 

{北西東83發九北} {横⑨(リーチ)}

 

新木のリーチが入る。

 

「読んでみな」

「むむむ・・・・・・」

 

川北にそう言ってやると彼は考え込む。

やがて。

 

「どう見ても筒子の混一ですね!」

 

ズバッ!と{4}を切り出した。

 

「・・・・・・まぁ、だろうな」

 

ジャラッと手牌を倒す。

 

{三四五②③④(ドラ)256777} {(ロン)}

 

「一発タンヤオドラ2・・・・・・裏1、12000」

「ぐはぁ!」

 

ガターンと川北は倒れ込んだ。

 

「そんな・・・・・・その捨て牌で混一じゃないなんて・・・・・・」

「混一を目指すなら第一打{九}だろう。

 それに字牌を先に整理してから混一狙うって相当偏った配牌とツモだぞ。

 ここは捨て牌の{83}から間四ケンと読むのが正解だったな」

 

点棒を受け取ると簡単に解説を入れて次の局へ進める新木。

川北は不満そうだが、ふむふむと大人しく言う事を聞く。

 

 

そうして危なげなく東場は終わり、南場に入る。

 

 

(・・・・・・む・・・・・・?)

 

 

山を順に確認する。

 

(この流れ・・・・・・)

 

そして新木は、対面の若い男に意識を向ける。

 

手を進めながら、新木は彼を見て笑った。

 

(偶然か? それとも・・・・・・。

 もし本物なら・・・・・・面白い奴だ)

 

「リーチ」

 

今まで鳴くこともろくにしなかった若い男が早い巡目でリーチをかけて来た。

 

{東①二中發九} {横⑧(リーチ)}

 

「むむ、早い・・・・・・とりあえずこれで」

 

川北が切った牌は現物の{⑧}。

それを新木が鳴く。

 

「チー」

「ありゃ、新木さんもですか」

 

困ったなぁと呟く川北。

 

そしてぐるっと回って一巡後。

若者の一発ツモはならず、川北が牌をツモる。

 

「・・・・・・いらね」

 

ペチッと切った{2}。

 

「ロン」

「え!?」

 

若者が上がりを宣言する。

 

{五六七⑤⑥⑥⑥⑦34567}

 

「リーピン三色・・・・・・」

「悪いな、若いの」

 

と、新木も手牌を倒した。

 

{二三四六七八③④⑤2} {横⑧⑥⑦}

 

「頭ハネだ、タンヤオのみ、1300」

「た、助かりました!」

 

ふひぃと川北は新木に点棒を渡す。

 

その後も同様に若者のリーチが何度も入るが、新木はそれを悉く回避し続ける。

 

そして。

 

「ロン、3900(ザンク)

「ぐはっ! トビっす・・・・・・」

 

川北が箱割れして終了となった。

 

「・・・・・・くっ」

 

若者が悔しそうに拳を作っているのが見える。

 

「・・・・・・あんた、名前は?」

 

その言葉に川北が「え?」と声を上げる。

自分達のように勝手に慕っている者は数いるものの、新木の方から人の名前を聞くのは今までになかったからだ。

 

若者は少し黙っていたが、やがて名乗った。

 

 

「・・・・・・プロを目指しています、南浦と申します」

 

 

それはまだ彼がプロでなく、20代の頃の話。

 

 

それから新木はよく南浦と麻雀を打った。

時に多人数で勉強会のように、時に立ち寄った雀荘で真剣勝負のように。

さらには麻雀だけでなく、よく食事も共にした。

 

そんな交流の中で、新木は南浦の力が確かなものだと確信する。

「死神の力」なんてものと同義にするつもりはないが、普通では無い能力めいたものが彼にとって常識になっているのならば、実力差はあれど同じ類の人間と呼べるだろう。

ここまで明確に能力めいたものを発揮した人物に初めてであった事が嬉しかったのか、新木は一層南浦の事を気に入っていた。

 

「・・・・・・何でお前は南場になると流れが良くなるんだろうな。

 不思議だ・・・・・・」

 

新木は酒を片手にタバコをふかしながらそう言う。

が、南浦は南浦で不満気な表情。

 

「私からしてみたら悉く阻止してトップを取り続ける新木さんの方が不思議ですよ」

「南場で強くなる・・・・・・。

 だから南浦って名前なのか?」

「それは既に何年も前から言われ飽きています」

「はっはっはっ」

 

そんな些細なやり取りから、時に麻雀の一打を巡る論争まで、二人は会話を交わした。

それが後の彼がプロになった時に役に立っていたのかどうかは彼しか知らない。

 

 

そんな交流が数年続き、

 

新木はまた一人大物と出会う。

 

 

 

 

 

「・・・・・・済みません、新木さんのお手を煩わせることになるとは・・・・・・」

「構いませんよ」

 

若い頃に世話になった人の頼み、断るわけもなく貰う金も少々。

ただ彼に頼まれて勝つ、それだけだ。

 

今日の勝負は久々の裏。

現金が直接懸かっているわけではないが、収益の権利が懸かっている。

手に入れた後、上手く育てれば大きな金額を生み出す事になるだろう。

 

「この勝負が終われば大分楽できるようになります。

 そうしたら、新木さんにもある程度の謝礼がお渡しできますから」

「別に構いませんのに」

 

金はあるし人脈もある。

いざとなれば本格的に麻雀の勉強会でも開いて月謝を取れば十分稼げるのだ。

気遣いだけ受け取ると行きたいところだが、断るのも気が引ける。

どこか美味い飯屋でも連れて行ってもらおうかと考えながら新木は勝負が行われる雀荘に向かった。

 

 

今日は貸し切り。

いるのは立会人と自分と対戦相手、それとお互いの後ろ盾となっている人たちである。

後ろ盾の人たちは代打ちを雇っている人だったり、新木の場合は面倒を見ている後輩達も来ている。

 

ガチャッと雀荘のドアを開け、途端に新木は顔をしかめる。

 

(・・・・・・この感覚・・・・・・)

 

「死神の力」を手に入れてから時々感じる感覚。

南浦と初めて打った時にもわずかに感じた感覚が、今日は一段と大きい。

 

中に入ると、既に卓に座っている男が一人。

 

「初めまして、新木さん。

 城ヶ崎と申します」

「・・・・・・初めまして」

 

大物か、と新木は笑った。

 

 

 

「では勝負を始めますがその前に一つ」

 

両者が揃ったところで立会人の代表が声を上げる。

その言葉を合図に四人がそれぞれ卓の後ろに立った。

 

「牌譜を取らせて頂きたい」

「牌譜?」

 

手牌、ツモ、捨て牌、それらを全てメモに取る作業。

それを代打ちの場でわざわざやるとは。

 

「理由を聞かせてもらっても?」

 

城ヶ崎が聞くと立会人代表は苦笑いをしながら答えた。

 

「いやなに、名のある方々による対決ですからね。

 取っておけば勉強になるかと思いまして」

 

その返事にククッと新木が笑う。

 

「勉強? 金になるからでしょう」

「ぐっ・・・・・・いや、ははははは」

 

笑って誤魔化すしかない立会人代表。

本当に名のある方々と思っているのなら牌譜を勉強に使うよりオークションにでも売りに出した方が金になるだろう。

既に顔の広い新木だ、その辺りすぐに察した。

城ヶ崎も新木の言葉におやおやと笑う。

 

「もし売るんなら売り上げの一部をくださいよ」

「いやいや、ご勘弁を。

 こんなものよりよっぽど儲けていらっしゃるでしょうに」

 

はっはっは、と笑いが包む。

 

がそれも収まり、それでは、と立会人と共に新木も席に着く。

 

「では始めましょうか」

 

立会人代表もコホンと咳払いをし、真面目な表情になる。

 

 

「ルールは通常通り。

 一発あり、裏ドラ、槓ドラ、槓裏あり。

 赤無し、喰いタン後付けあり。

 半荘5回勝負で3回先取した方を勝利とします。

 

 それと、仮に南四局終了時点で全員が30000点を割っている場合、西入となります。

 西入した場合は西四局まで行います。

 また西四局でも30000点を割っている場合は北入とします。

 北四局が終了したら例え30000点を割っていても終了、その場で点数が100点でも多い方が勝利となります。

 

 立会人の二人はどちらにも肩入れしないよう平等に打たせます。

 もし納得がいかない打牌があった場合は、終了時に告げて頂ければ手を開けてその時の考えを説明させます。

 

 他に何か要求は?」

 

「・・・・・・特には無い」

「大丈夫です」

 

両者納得したところで、試合開始となった。

 

 

 

 

 

1回戦

 

東一局0本場 親・城ヶ崎 ドラ{七}

 

初っ端城ヶ崎の親番、新木は牌こそ見通しているものの、不用意に流れをいじくったりはしなかった。

不要牌をツモることもあるし、敵の有効牌を流したりすることも無かった。

そうして見て分かる、対面城ヶ崎の腕。

 

「リーチ」

 

東一局親のリーチ、大胆なものである。

 

「・・・・・・ふむ、チー」

 

城ヶ崎のリーチを受けて上家の捨て牌を鳴いてツモをずらす新木。

次巡、上家の立会人がツモったのは・・・・・・。

 

(上がり牌・・・・・・見事な引きだな)

 

危険牌、と上家がその牌を手に収める。

上がり牌を流すことに成功したのだ。

が。

 

「ツモ」

 

数巡後、ジャラッと城ヶ崎は手牌を倒した。

 

{五六(ドラ)八九①①④⑤⑥456} {(ツモ)}

 

「平和ツモ三色ドラ1、6000通し」

 

喰いずらしても数巡で引き上がり。

 

(なるほど、強運だ)

 

新木は城ヶ崎の実力をあっさりと認めた。

デジタル打ちとして運は認めがたいところだが、現に何人も同じような人物を見ていてはさすがに認めざるを得ない。

いるのだ、どう流れをいじろうが上がり牌を持ってくる人間と言うのは。

 

だが、彼らを相手にしても負けてこなかった新木である。

当然今回も負けるわけにはいかない。

 

 

「リーチ」

「ポン」

 

城ヶ崎のリーチ宣言牌を鳴く新木。

次巡、ツモってきたのは城ヶ崎の上がり牌である。

実に強運だ。

それを抱え込み、またその後も喰いずらしをして手牌を上がりに持っていく。

 

{(ドラ)④⑤3388} {横456三横三三} {(ロン)}

 

「ロン、タンヤオドラ1、2000の一本付け」

「ふむ」

 

城ヶ崎からのロン上がりが決まった。

互いに顔を合わせ、フッと笑う。

 

こんな勝負も悪くない。

 

 

互いにツモやロンの応酬を繰り返し、南四局(オーラス)で新木37500、城ヶ崎40700となっていた。

点差は3200、極僅かである。

そしてわずかとはいえリードがある城ヶ崎は何でも上がれば勝利であるにもかかわらず。

 

{四五六8999西西西中中中}

 

「リーチ」

 

1000点棒を場に出した。

役無し? いや、手牌を見るに不確定三暗刻だが他にも{中}がある。

ならばダマでも十分のはず、それをわざわざリーチとは。

城ヶ崎の上がりを妨害しつつ手をまとめ、やがて新木は引き上がった。

 

{五七666北北} {横⑧⑥⑦白白横白} {(ツモ)}

 

「ツモ、700(なな)1300(とーさん)

 逆転だな」

 

新木41200、城ヶ崎39000、僅差の逆転である。

 

 

「1回戦は新木さんの勝利です。

 では10分後に2回戦を始めます」

 

ふぅ、と一息つく一同。

 

「・・・・・・残念でした」

 

パタンと手牌を閉じる城ヶ崎に、新木は聞いた。

 

「その手、リーチは必要でしたかな?」

 

む、と城ヶ崎は顔を上げる。

そしてはっはっはと笑った。

 

「ゲン担ぎみたいなものです。

 8000の手を1000点で聴牌したら、上がっても上がらなくても流れが悪くなりそうで」

 

なるほど、と新木は頷いた。

 

今までも似たような事を言う連中はいた。

デジタル思考の新木とは違う、いわゆる流れ主義者と言うやつだ。

先程告げたとおり、確かに喰い流しても上がり牌を持ってくる連中はいた。

が、新木は今まで立ちはだかった彼らを全てデジタル思考と「死神の力」で倒してきたのだ。

負けられない。

 

が、まぁ、確かに。

この城ヶ崎と言う男ならやってのけるかもしれないな、などと思った。

 

 

その予感は実現する。

 

 




「A story」は麻雀に力入れ過ぎた(
でもそこが魅力と言ってくれる方々もいらっしゃるので反省点とは思っていません。
むしろまたもっと頑張らないと。

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