咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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10龍門渕透華その3 笑顔と仇討ち

「華菜、お疲れ様」

「キャプテン・・・・・・負けちゃいましたー!」

 

笑顔で迎えてくれた美穂子の胸に、うにゃぁ!と鳴きながら飛び込む池田。

 

「大丈夫よ、華菜。

 マイナスはたったの6200じゃない、すぐに取り返せるわ」

「うぅ~・・・・・・でもでも、ビリには違いないですし・・・・・・」

 

泣いてはいないもののいつになく弱気な発言の池田。

僅差とはいえ大事な初戦で負けたのが応えているらしい。

 

「大丈夫よ。

 皆も華菜のこと責めたりしないわ」

「うぅ・・・・・・本当ですか?」

 

ちらっと顔を上げて周囲の様子を窺う。

皆は笑顔で迎えてくれていた。

 

「大丈夫だよ、華菜ちゃん」

「誰も怒ったりなんかしてない」

「池田先輩の頑張り・・・・・・伝わりました!」

 

吉留、深堀、文堂もそう言ってくれる。

そこまでされていつまでも落ち込んでいるような池田ではない。

 

「ありがとうみんな! 次の試合は絶対に負けないし!」

「その調子よ、華菜」

 

調子を取り戻した池田は次の試合に向けて気合いを入れるのだった。

 

 

 

一方の鶴賀。

役満を上がってトップの妹尾に続き、中盤以降トップをキープしていたモモ。

鶴賀にとって全く文句の無い出だしだ。

 

「お、お疲れ様です、桃子さん」

「お疲れっすよ」

 

一足先に試合を終えて席に戻っていた妹尾とモモが互いをねぎらう。

 

「お疲れ、モモ」

 

ゆみもモモを迎えた。

 

「ごめんなさいっす、先輩。

 最後にマクられちゃいましたっす」

「気にすることは無い、ゲームを支配していたのはお前だと言っても過言ではないしな」

「そうだぞ、モモ。

 誇りこそすれ謝ることは何にもないぞ」

 

蒲原もモモを褒めるのに参加する。

 

「あ、ありがとうございますっす。

 次の試合も頑張るっす!」

「わ、私もがんばります!」

 

モモが気合いを入れたのに妹尾も乗っかる。

 

(((私も負けていられないな)))

 

その様子を見て残りのメンバーも士気を高めるのであった。

 

 

 

「ふぅ、最後に親っかぶりで三着とはね」

 

善戦はしていたのだが最後に三着に落されたことで久は苦笑いをしながら戻ってきた。

 

「自分らしく打てなかった罰かしらね」

「まくられてやんの」

「なによ、あんただって3着の癖に」

 

久がからかってくる秀介の頬をつつこうと人差し指を繰り出すが、あっさりとかわされる。

 

「・・・・・・なんだか部長の性格が変わってきてるような・・・・・・」

「きっと普段抑圧されていたものが解放されたんだじぇ」

「受け止めてくれる人がおるっちゅうのはいいもんじゃの」

 

和、優希、まこがその様子を見ながら好き勝手に言う。

言われて恥ずかしくなったのか、久はドカッとソファーに腰を下ろす。

その目の前に秀介がリンゴジュースの入ったコップを差し出した。

ストローもついている。

 

「いるか?」

「・・・・・・いる」

 

コップを受け取り大人しくストローを咥える久。

秀介はそれを見て笑顔を浮かべて隣に座り直すと、自分用に買っておいたリンゴジュースを飲むのであった。

その様子を見て思わず咲がつぶやく。

 

「・・・・・・よくできた旦那さん・・・・・・」

「「ぶっ!」」

 

その言葉に秀介と久が同時に吹き出した。

 

「ちょ、な・・・げほっ!・・・・・・宮永さん、今何か言ったかしら?」

「え、いえ、その・・・・・・」

 

なんだか怖い視線に思わず目を背ける咲。

一方の秀介は咳が止まらないようであった。

 

「ちょ、大丈夫? シュウ」

「げほっ! げっほっ! ・・・・・・なんとか・・・・・・ゲフン!」

 

どうやら落ち着いたようだ。

すると秀介は握り拳を合わせるようなモーションをしながら咲に告げた。

 

「・・・・・・宮永さん、グリグリするからこっちきて」

「ふぇ!」

 

驚く咲。

その様子がおかしかったのか、和がくすっと笑ったのをきっかけに、一同に笑顔が戻る。

清澄高校は共に3着で終わったにもかかわらず、笑顔で次の試合を迎えるのであった。

 

 

 

「ったく・・・・・・最後の最後でようやくかよ、ハラハラさせやがって」

「・・・・・・まったくです」

 

透華の試合結果を見て、純が大きなため息をつく。

智紀もそれに頷いた。

 

「・・・・・・けどまぁ、やっかいなのがいたからな。

 次からは楽になると思うぜ」

 

本来透華は強いんだからな、と呟く純。

それに対し、ひょっこりと現れた衣が告げる。

 

「短絡的思考」

「あんだと?」

「きゃー、純が怖ーい」

 

純がふざけ半分に拳を上げると、衣はきゃーと叫びながらソファーから離れるのだった。

それを笑いながら見ていた純は、チラッと一の方を見る。

 

 

大三元振込みでまさかの第一試合敗退、龍門渕にあるまじき失態だ。

そのそばにいる透華も他のメンバーが相手なら叱ったことだろう。

 

だが透華と一の仲の良さは、龍門渕の麻雀部員なら誰もが知るところ。

透華も始めは慰めたり相手への怒りを露わにしていた様だが、やがて黙って一をそっと抱きしめた。

 

今はどんな言葉も届くまい。

ならばせめてこの試合で優勝を飾り、せめてもの(はなむけ)としてやるしかあるまい。

 

「・・・・・・衣・・・・・・」

 

この試合、一のためにも絶対勝つぞ。

そういいたくて純は声をかけた。

だが聞こえてきたのは返事ではなかった。

 

「一が役満を振るなんてありえないことなのだ」

「・・・・・・?」

「きっとあいつが何か仕掛けたのだ」

 

純はソファーから立ち上がり、衣の近くに歩み寄った。

 

「・・・・・・あいつって?」

「志野崎、と言ったか、あの男」

 

衣の視線の先には久と話をしている秀介がいる。

 

「・・・・・・でも、上がったのは鶴賀の妹尾だぞ?」

「「他人に他人を振り込ませる」という芸当をやってのけたのだ。

 もちろん凡人にできる所業ではない」

「まぁな・・・・・・流れをいじくったところでオレにもできないだろう」

 

そこでふと思い至る。

そういえば透華も注意しろと言っていた気がするし・・・・・・。

 

「・・・・・・あいつ・・・・・・衣みたいに強いのか?」

 

思い切って聞いてみた。

が、衣はフンッとそっぽを向く。

 

「愚者共はみな自分に理解できないものを化け物と定める。

 だがその化け物にも一から十までいるのだ」

 

直後、辺りを圧迫感が襲う。

 

「あのような男より、衣の方が上だ」

 

ゾクッと純の背筋が凍りかける。

おそらく衣は本気だ。

まだ昼前、日が暮れるにはかなり時間がある。

それでもおそらく衣の支配に太刀打ちできる者などいるまい。

 

「・・・・・・せいぜい点を稼いだら衣は休ませてもらう、あの男との対戦に控えたい」

 

衣がそう告げると同時に周囲の圧迫感が消えた。

 

 

 

ふと、透華が一のそばを離れる。

 

「・・・・・・何か、ハギヨシに飲み物でも用意させますわ・・・・・・。

 ごめんなさい、はじめ。

 すぐ戻ってきますわ」

「・・・・・・」

 

そういうが一の表情は浮かない。

透華はそれを辛そうな表情で見守りながら、智紀を呼び寄せた。

 

「・・・・・・ともき、私が戻ってくるまでの間、はじめを慰めていてくださいまし。

 すぐ戻ってまいりますけど」

 

声をかけるとコクッと小さく頷く智紀。

透華はそれを確認すると卓の方へ向かって行った。

残された智紀は一の方に向けて両手を広げた。

 

「・・・・・・私を透華さんだと思って・・・・・・」

「・・・・・・抱きつけって?」

 

一が聞くとコクッと頷く智紀。

落ち込んでいた一だったが思わず吹き出した。

 

「・・・・・・ありがと、ともきー」

 

一がお礼を言うと、智紀は恥ずかしそうに腕を下げ、背を向けるのだった。

 

 

 

「さて、両試合共に終わったことだし、休憩を挟んで次の・・・・・・んー、まだ来てないのか、まったく・・・・・・」

 

靖子が頭を掻きながらそう言うと、そのタイミングでガチャリと部屋のドアが開かれた。

全員の視線がそちらに集まる。

 

 

 

「・・・・・・遅れてしまいましたかな?」

 

現れたのは男性、50代かもう少し上か。

それを見て靖子が歩み寄る。

 

「南浦プロ、ようこそ」

「どうも、藤田プロ」

 

両者は握手を交わした。

 

「本日はお招きいただきありがとうございます」

「こちらこそ、お忙しい中ご足労いただきありがとうございます」

 

挨拶を交わすと南浦プロと呼ばれた男性はドアの方に向き直る。

 

「お約束通り数絵と・・・・・・それから途中で迷っていたらしいお嬢さん達も連れて来ましたよ」

「・・・・・・それはもしや」

 

二人が言葉を交わす中、新たに三人ほど入ってくる。

 

「どうも、失礼します」

「ど、ども」

「失礼します」

 

 

「マホちゃん」

「ムロマホコンビだじぇ」

 

二人に和と優希が声をかけると、二人も手を振って返事をした。

 

「来ちゃいました、お久しぶりです、和先輩、優希先輩」

「久しぶりだじぇ」

 

ワイワイ盛り上がる四人をよそに、南浦は靖子に話しかける。

 

「もう例の試合を進めていらっしゃるのですかな?」

「ええ、間に合わなかったら後回しにと思っていたのですが、お孫さんの出番はまだですよ」

 

ちらっと見るとお孫さんとやらはこちらに歩み寄ってきた。

 

「初めまして、藤田プロ。

 孫の南浦数絵と申します」

「初めまして、個人戦での活躍は拝見させてもらったよ」

「本日はよろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げる、礼儀のいい子だ。

それはそれとして、と靖子はマホの方に近寄っていく。

 

「間に合ってよかったな。

 来て早々試合だが大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫ですよ」

 

笑顔でぐっと拳を作って見せるマホ。

靖子はフッと笑い「そうか」とまた元の場所に戻る。

 

 

「では、次の試合を発表する」

 

 

その言葉に、一同にまた緊張が走る。

 

 

 

「第三試合、清澄-須賀京太郎、鶴賀-津山睦月、龍門渕-天江衣、高遠原中-夢乃マホ。

 第四試合、鶴賀-加治木ゆみ、風越女子-吉留未春、同じく風越女子-深堀純代、清澄-染谷まこ。

 

 以上のメンバーは試合の準備をしてくれ」

 

 

 

 

 

透華は発表が終わると飲み物を持って即座に一の元に戻った。

 

「戻りましたわはじめ、大丈夫ですの?」

「透華・・・・・・心配してくれてありがとう。

 もう大丈夫だよ」

 

一は笑顔で透華を迎えた。

 

(・・・・・・冗談半分でお願いしたのに、はじめに笑顔が・・・・・・一体どんな魔法を!? ともき、恐ろしい子!)

 

「それから・・・・・・」

 

チラッと一目見て、一にはすぐに分かった。

 

衣が全力であることを。

 

「・・・・・・衣・・・・・・最初から全力なの?」

「うむ」

「で、でも・・・・・・危険視しなきゃいけないような相手は別に・・・・・・」

 

一はおろおろしながら衣を見送る。

衣は一に背を向けたまま答えた。

 

「一の仇を取る。

 そのために今は少しでも点棒を稼ぐ必要がある」

「ボクの・・・・・・仇・・・・・・?」

 

そこでようやく衣は振り向いた。

 

「うむ、応援してくれ、一」

「わ、分かったよ、衣」

 

そう、ボクは一人じゃない。

ボクの事を大切に思ってくれている人がいる。

なら・・・・・・いつまでも落ち込んでなんていられない。

 

「頑張って! 衣!」

 

一の言葉に、衣は手を振って答えた。

 

 

 

「津山、次の試合頼んだぞ」

「はい、加治木先輩こそ」

 

ゆみの言葉に頷く津山。

モモも妹尾も初戦で善戦したのだ、自分も無様な試合はできない、と気合を入れる。

だがその相手には天江衣がいる。

どこまでやれるか・・・・・・。

 

「むっきー」

「は、はい!?」

 

そんな緊張した様子の津山の方をポンと叩く蒲原。

 

「あんまり気負わないで気楽に打ってきな」

「し、しかし・・・・・・」

「公式戦じゃないんだし、楽しく打つのが一番だよ」

 

その言葉に、「う、うむ・・・・・・」と頷く津山。

 

「分かりました、楽しんできます」

「それでよし、ワハハ」

「私達も応援してるっすよ」

 

モモも津山に言葉をかける。

 

「では行くぞ」

「はい」

 

「ゆみちん頑張れー」

「先輩頑張ってくださいっす!」

「頑張ってきてください!」

 

チームメイトの応援を受けてゆみと津山は卓に向うのであった。

 

 

 

顔を合わせて席を立つのは次の試合を行なう未春と深堀。

 

「じゃあ、キャプテン、行ってきます」

「行ってきます」

「いってらっしゃい。

 あ、二人とも」

 

ふと、美穂子が相模を呼び止める。

 

「相手はどちらも強敵だと思うけど、頑張ってきてね」

「はい、頑張ります」

 

未春の返事に深堀も頷き、二人は卓に向った。

二人を見送ると、美穂子がメンバーの方を向く。

 

「じゃ、応援に行きましょうか」

「「はい!」」

 

 

 

「お、俺が天江衣とですか・・・・・・?」

 

京太郎が緊張した面持ちで衣のように視線を向ける。

 

「アタリくじだな」

「え、ハズレじゃないんスか?」

 

秀介の言葉に思わず突っ込む京太郎。

 

「ん、冷静な突っ込みができてるあたり平気そうじゃないか」

「いや、別に平気ってわけじゃ・・・・・・」

 

そんなやり取りに久も笑いながら参加する。

 

「ま、精一杯打ってらっしゃい」

「マジッスか・・・・・・」

 

その言葉に京太郎はゲンナリとしていた。

続いてまこも席から立ち上がる。

 

「ほいじゃ、わしも行ってくるけぇの」

「行ってらっしゃい、染谷先輩」

「頑張ってください」

 

卓に向かうまこに京太郎も続く。

 

「まぁ、須賀君もトバないように頑張ってきたまえ」

「頑張るんだじぇ、京太郎!」

「は、はい、頑張ってきます・・・・・・」

 

二人を見送り、久達もまとまってついていく。

 

「じゃ、応援に行きましょう」

 

 

 

仲間に見守られ、また新たな試合が始まる。

 

 


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