平行世界のアルカディア   作:度会

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早く目覚めたそんな日は

まゆりをちゃんと家まで送り届けると俺は帰路に着く。

 

同じ池袋に住んでいるとはいえ家に着くころにはもう十一時を回っていた。

 

寝ているであろう両親を起こさないために静かにドアを開けて二階に上がる。

 

無事に自分の部屋に辿り着くと換気する為に窓を開け電気を点けた。

 

「ふぅ…」

 

椅子に座りようやく俺は一息ついた。

 

世界とはあらゆる可能性があるのだな。

 

そんなことを天井の木目を見ながら漠然と考えていた。

 

他の世界線ではこんな平和な話はない…と思う。

 

鈴羽は未来を変える為に未来から来たと言う殺伐とした話をしていたが、その代わり

の存在であろう由季はメイドをやるかやらないか程度の話をしているとは何とも微笑ましい。

 

「風呂入るか…」

 

白衣を着て行ってしまったため当初の考え通り汗を掻いてしまった。

 

意識し出すと背中や首筋の汗が不快に感じられたので白衣をハンガーに掛けると俺はいそいそと風呂場にむかった。

 

服を脱ぎながら洗面台の鏡を覗く。

 

そこにはおおよそ十八には見えない俺の顔があった。

 

自分の顔でそう思うのだから他人からみたらもっと老けて見えるだろう。

 

思わず自分の顔に手をやる。

 

数日前に剃ったきりの無精髭が不規則に生えていた。

 

数本長い髭が飛び出ている。

 

「剃った方がいいのかなぁ…」

 

思わずそんな独り言を呟く。

 

やはり印象というものは大事だ。

 

なんだかんだでこれからフェイリスの父親などと会う機会もあるだろう。

 

その時に無精髭を生やした男より、髭くらいは綺麗に剃っている男の方が

フェイリスも紹介しやすいに違いない。

 

意を決して俺は髭剃りを手に取った。

 

 

久々にちゃんと剃った。

 

もしかしたら初めてかもしれない。

 

剃り終わった顔を自分の部屋に戻ってからも確認する。

 

これで少しは真面目な青年に見えるだろうか。

 

尤もフェイリスの父などに会う予定などないのだけれど。

 

そんな時携帯が鳴った。

 

音の種類と長さからしてスカイプだ。

 

俺はパソコンの電源を入れてスカイプを起動する。

 

フェイリスではないようだ。

 

連日の仕事で疲れているのだろう。

 

いつか労う機会を設けなければな。

 

フェイリスではないとすると可能性はほぼ一人しかいなかった。

 

K.Makise >K.Hououin ハロー。

          日程が決まりました。講演の予定は一週間後。私は時差を取る為にその二日前には日本にいます。

加えて長期休暇を取り、久々に日本で羽を伸ばす予定です。都合の良い時間はありますか?それでは失礼します。

 

やはり、むず痒い。

 

敬語の紅莉栖は悪くないのだが、どうも壁を感じる。

 

勿論向こうからしたらネットの向こうの顔も知らぬ人間なのだからしょうがないのだが。

 

その返信に俺もキーボードを叩いた。

 

向こうも敬語ならばこっちもそれなりの礼儀があるというものだ。

 

K.Hououin >K.Makise 了解しました。予定はそちらに合わせます。質問一ついいですか?

 

K.Makise :どうぞ。

 

K.Hououin:なぜ俺と会おうとしてくれるんですか?

 

K.Makise:理由はないです。ただ、あなたは私が知らない私を知っていると思ったからですかね。それに新しい理論の話も聞いてみたいですし。

 

K.Hououin:そうですか。分かりました。それでは、予定を決め次第また連絡をいただけると幸いです。それでは。

 

そこで俺は会話を辞めた。

 

これ以上今の段階で話せることもないし、明日のことを考えて早く眠ることにしたのだ。

 

念の為に返信がないか数分パソコンの前で待ってみたが、向こうも特に話すことがないのだろう。

 

それきり返答はなくオフラインになった。

 

パソコンの電源を落として布団に潜る。

 

さて、明日は――。

 

「明日は何時に待ち合わせればいいんだ?」

 

この時間までどうして気づかなかったのだろう。

 

暗闇に包まれた部屋の中で俺の携帯の明かりだけが蛍のように光った。

 

こういう使い方は目に良くないが、電気を点けに行くのが面倒だ。

 

とりあえず、フェイリスに連絡することにする。

 

もしかしたら寝てるかもしれないが、その場合は朝にでも連絡すればいいだろう。

 

『やっほー、凶真どうしたニャ?』

 

俺の予感は外れ電話口からはフェイリスの元気そうな声が聞こえた。

 

「いや、夜遅くに済まないな。明日何時にどこに集合か決めてないような気がしてさ」

 

『あ、言われてみればそうだったニャ。失念していたのニャ。でも、凶真が連れてくる人に合わせていいよ?』

 

咄嗟に由季のことを思い浮かべるが、向こうも同じようなことを言う気がした。

 

「いや、こっちで決めよう。それでそれを俺が伝えるさ」

 

『分かったニャ。そうだニャー…じゃあ十時に秋葉原駅の改札電気街口でいいかニャ?』

 

「構わないがフェイリスは平気なのか?」

 

『んー何がニャー?』

 

「いや、一応有名人だからさ。目立たないか?」

 

俺の懸念を聞くと電話口から笑い声が聞こえた。

 

『そんな心配はいらないニャ。でも、まぁ、凶真がそう言うなら明日は私服で行くニャ。あ、でも凶真が守ってくれるんなら、メイド服で行こうかニャー?』

 

「私服でも、なんでも俺はお前を守るぞ?」

 

『……ありがと』

 

二人の間に沈黙が流れる。

 

しかし、その沈黙は不思議と心地よかった。

 

『ま。そういうわけだニャ。とりあえずフェイリスは寝坊しないように寝るのニャ。おやすみ凶真』

 

「あぁ、おやすみ、留未穂」

 

『おやすみ』

 

そこで電話は途切れた。

 

規則的な電子音を流れる。

 

さて、次は由季か…。

 

間違いなく起きているだろう。

 

案の定電話をするとすぐに反応があった。

 

『こんばんはー。岡部くん。どうかした?』

 

「朝とは大分違うテンションですね」

 

『…もう朝のことはいいじゃんか。それでこんな時間にどうしたのさ?』

 

「いえ、明日の待ち合わせ場所を言っていなかったんで伝えようかなと。明日の十時に秋葉原駅ですから。ちゃんと起きて下さいね」

 

『分かった分かった。それじゃ、今日は作業を止めて寝ることにするよ』

 

「何かしてるんですか?」

 

『いや、コミマで何のコスプレしようか…って!今のナシ!それじゃおやすみっ!』

 

「――っ!?」

 

携帯を何かにぶつけたのかガチャンと大きな音が鼓膜を直撃した。

 

そこまで勢いよく切らなくても。

 

コミマに出ているということを知られたくなかったのだろうか。

 

今朝レイヤー仲間と話していたと自分で言っていたのを忘れたのだろう。

 

とりあえず伝えるべきは伝えたので俺は携帯を枕元に置いて目を閉じた。

 

――

 

目が覚めた。

 

薄目で窓の方に目をやるとまだ薄暗かった。

 

とりあえず、いつもの癖で携帯で時間を確認すると六時前だった。

 

早い。

 

昨日寝坊しないようにと考えながら寝たせいだろうか。

 

なんにせよここから二度寝するのは経験的に危険だと感じていた。

 

体を無理やり起こして窓を開ける。

 

モワッとした風が俺の頬を撫でる。

 

良い天気になりそうだ。

 

少なくとも傘を持っていく必要はない。

 

晴れた空を見ながら俺はあることを思いついた。

 

携帯で一応メールだけ打っておく。

 

そうして俺は寝間着を脱ぎ捨て普段着に着替えた。

 

「白衣は着ていくべきなのか…?」

 

白衣を目の前にして俺はそう呟いた。

 

もし、今日俺が未来ガジェット研究所の鳳凰院凶真として会うのだったら必要不可欠なのだが、今日はそういう訳ではないのだ。

 

あくまで俺はフェイリスに人を紹介する岡部倫太郎なのだ。

 

しかし、来ていかないのも俺のアイデンティティがなくなる気がしてならない。

 

万が一鳳凰院凶真になった時に白衣でなければマッドサイエンティストではなくただの痛い人だ。

 

「だが…着るのは暑い!」

 

以前の世界線から思っていたのだが、夏場に長袖の白衣を着て街を闊歩するのは中々汗を掻く。

 

いや、半袖の白衣は白衣たる役割を果たしていないのだが。

 

散々悩んだ末に俺は自分のアイデンティティを纏うことにした。

 

中を半袖で涼しい素材にすることで自分の中の折り合いをつけることにした。

 

何気なく時計を見ると、こんなことをしている間に気づけば六時半になっている。

 

女でもないのに服一つ決めるのに大分時間を食ってしまったようだ。

 

とりあえず俺は家を出て駅の方へ歩き出した。

 

「さてと…」

 

駅と家を結ぶ途中の道で俺は立ち止まって携帯を開いた。

 

マップのボタンを押して地図を開く。

 

目的地は秋葉原駅。

 

移動手段は徒歩と入力し検索ボタンを押す。

 

GPSが現在地を割出し、最短距離を導き出す。

 

そこまでかからないようだ。

 

これなら歩ける。

 

「駅に着くくらいにフェイリスが起きているといいのだが…」

 

そんなことを考えながら俺は携帯の指示に従って歩き出した。

 

 

歩きながら俺は以前見た夢のことを考えていた。

 

夢と言うのは自分が無意識下で考えていることが関係しているという話を聞いたことがある。

 

夢占いという言葉もあるのだからその認識はあながち間違いではないのかもしれない。

 

そうだとしても夢の中にダイバージェンスメーターが出てきた理由は説明出来ない。

 

俺が今の世界線に不満を感じているのだろうか。

 

それとも別の世界線にいる俺が何かメッセージでも飛ばしてきているのだろうか。

 

冗談じゃない。

 

誰も死ぬことのない世界線だ。

 

これが正しい選択ではないかとさえ思う。

 

選ばないというのも選択の一つだ。

 

ここにいる俺がそう思っているのだ。

 

ならばもうあの夢は見ることはないに違いない。

 

自分の中でそう結論づけるともう秋葉原駅が見えてきていることに気が付いた。

 

時間にして一時間程度。

 

寝起きには丁度いい運動だった。

 

近くにあった自販機に足を運ぶ。

 

残念ながら選ばれし者の知的飲料は売っていなかった為スポーツドリンクを買って口に運んだ。

 

酸味が効いており体に染みこむような錯覚を覚える。

 

丁度半分まで飲んだ所で携帯が鳴った。

 

「はい。もしもし」

 

『おはようニャ凶真』

 

フェイリスからの着信だった。

 

どうやら俺のメールを見て電話をくれたらしい。

 

『メール見たニャ。朝ご飯くらい一緒に食べてもいいけど…』

 

「どうかしたのか?」

 

『今から外に出るなら三十分くらい待って欲しいニャン。フェイリスも女の子だから色々と準備がいるニャ』

 

「そうか。そうだな」

 

失念していた。

 

考えてみれば、男の俺でさえ起きてから家を出るまで三十分かかったのだ。

 

女の子であるフェイリスがそれ以上掛かるのは当たり前か。

 

尤も俺の場合、白衣を着るか悩んだ時間を除けば十分程度なのだが。

 

「別に無理しなくてもいいぞ。そもそも思いつきで言っただけだからな」

 

『ニャー…って凶真今どこにいるのニャ?車の音が聞こえるけど』

 

「今はそうだな。秋葉原にいるぞ」

 

何気ない俺の一言で電話口の向こうが動揺したことが分かった。

 

『凶真、気が早すぎると思うニャ…。これは提案ニャのだが、フェイリスの家で朝ごはん食べないかニャ?それだとそこまで準備しなくてもいいし』

 

「いいのか?」

 

予想外の返答に思わず聞き返した。

 

『むしろそっちの方がいいのニャ。それじゃ、待ってるニャ』

 

軽快な笑い声を残しながらフェイリスは電話を切った。

 

まさかこんな結果になるとは全く考えてなかった。

 

待てよ。

 

俺はある事実に気づいて咄嗟に近くにあったコンビニに入る。

 

朝方のラッシュが終わって一息ついていた店員の気楽な声音を聞きながら俺はトイレを借りた。

 

「…よしっ」

 

心の中でガッツポーズをする。

 

家に行くということはもしかしたらフェイリスの父親に会う可能性もあるのだ。

 

気まぐれに髭を剃っておいた昨日の自分を褒めてやりたい。

 

意気揚々と店員に一礼してコンビニを出るとフェイリスの家に向かった。

 

 

 

「いらっしゃいだニャン。凶真」

 

「悪いなわざわざ」

 

気にしない気にしない。とフェイリスはにこやかな笑顔で俺を迎えた。

 

そしてそのままリビングに通される。

 

「おはよう岡部くん。早起きだね」

 

「おはようございます」

 

いた。

 

こういう時の勘と言うのは得てして当たるものでリビングでフェイリスの父親が優雅にコーヒーを飲んでいた。

 

学生と違い夏真っ盛りでも休みという訳にはいかないのだろうワイシャツにネクタイといつでも会社に行ける姿だった。

 

「いや、いつもは一人でこうやってコーヒーを飲んでいるんだが、今日は留未穂が急にバタバタしだしてね。何があったかと思えば…」

 

そこで言葉を区切るとニヤニヤと俺の方を見つめた。

 

「朝から彼氏とイチャイチャする為だったとはね」

 

「ちょ、ちょっと何言ってるのパパ」

 

「いいじゃないか事実だろ」

 

キッチンから抗議するフェイリスの言葉を意に介することなく笑いながらコーヒーを口に運ぶ。

 

「ま。そういう訳だ。そろそろ会社に行くことにするよ。これ以上家にいると娘からキツイ視線が飛んできそうだ」

 

優雅に笑いながら立ち上がってどこかに行ってしまった。

 

「もう…パパったら。あ、凶真も空いてる所に座っておいて」

 

「あ、あぁ」

 

留未穂なのかフェイリスなのかどちらともつかない口調でフェイリスはテーブルを指差す。

 

フェイリスが焦っているなんて光景は普段では絶対見れない光景だ。

 

ダルに見せたら卒倒ものだろう。

 

俺は点きっぱなしになっているテレビに目をやる。

 

ニュースキャスターが今日の天気を伝えていた。

 

快晴。気温も大分上がるらしい。

 

「大きなテレビだな」

 

「ニャ。それはフェイリスもそう思うニャ」

 

独り言のつもりだったのだが、いつの間にか朝食を持ってきたフェイリスがそれに答えた。

 

本当に大きい。

 

そう。まるでMRブラウンの所に鎮座していた一番大きなあのテレビのようだった。




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