平行世界のアルカディア   作:度会

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お久しぶりです。
ようやくまとまった時間が取れるようになりました。
今度ともよろしくお願いします。


フラッシュバック

ここはどこだろうか。

 

体が動かない。

 

ただ視界だけがやけにはっきりとしている。

 

しかし、はっきりとしたその視界でもその目に映るのは暗闇ばかり。

 

ふと、何かが光った気がした。

 

チカチカと規則的に光るソレは徐々に近づいてきた。

 

ある程度の大きさまでになるとソレの正体を理解することが出来た。

 

規則的に動き続ける七つの光。

 

七ケタの数字がせわしなく動く。

 

その様はあたかもスロットのようで。

 

しかし、俺はこのスロットを止めるボタンを持っていなかった。

 

いや、そもそもこれはそういうものじゃない。

 

ただ視ることしかできない。ただ識ることしかできない。

 

ここでふと気づいたことがある。

 

この世界線はイレギュラーな存在のはずだ。

 

フェイリスの父親を助ける選択をした時からダイバージェンスメーターは止まっていたはずだ。

 

以前バイト戦士が持っていたが、彼女はもういない。

 

それなのに、なぜ数字が止まることなくせわしなく動いているのだろうか。

 

それではまるで世界線を渡っているようではないか。

 

あるいは、俺のいる世界が少しずつ変動しているのか。

 

何も起きてないはずなのに。

 

何も起こしてないはずなのに。

 

――

「夢か…」

 

随分な夢だった。

 

寝苦しい夜だったせいもあるのだろう。

 

手の平や首筋までじっとりと汗を掻いていた。

 

カーテンを開けると強い太陽光線が部屋に照り付ける。

 

もう日も大分昇っている。

 

いくら夏休みだと言っても流石に寝すぎたようだ。

 

俺は携帯でメールなどが来ていないか確認をしてから階下に降りる。

 

両親の仕事の邪魔にならぬように簡単な食事をとってすぐに上にあがった。

 

「なにをしよう…」

 

何も考えていなかった。

 

バイトは、フェイリスとの件もあるしまた振出に戻らざるを得ない。

 

未来ガジェット研究所がなければ皆と集まる場所もない。

 

最近はめっきりアニメも見ていなかったのでわざわざパソコンで見る気にもならなかった。

 

これが高校生だったならば夏休みの課題に追われているに違いない。

 

携帯のメモ帳を開いてフェイリスのシフトを確認する。

 

いちいちパソコンを点けるのが面倒なため携帯のメモ帳にコピーしておいたのだ。

 

看板娘という表現が正しいのか分からないが相変わらずシフトはびっちりと入っており、午前中に遊べるほど暇ではないということが分かっただけだった。

 

まゆりはどうだろうか。

 

いや、やめておこう。少し親しくなったとはいえ、まだ二人で会えるような間柄ではない気がした。

 

「となると選択肢は一つしかないのか…」

 

机の上にメモ用紙を手に取る。

 

それを開くと少し擦れて読みづらいが『あまねゆき』と番号が書かれていた。

 

俺は携帯でその番号を打った。

 

無機質に繰り返されるコール音が俺の頭の中を回る。

 

三度目のコールで向こうが電話を取る音が聞こえた。

 

「はい…もしもし。どちら様ですか?」

 

眠そうな声が電話越しに聞こえた。

 

どうやらまだ寝ていたらしい。

 

念の為時計を確認したが、どう考えても十時は回っている。

 

「起こしてしまいましたか。それはすみません」

 

「あー…どこかで聞いたことある声…。どちら様?」

 

「鳳凰院凶真だ!」

 

「あぁ、岡部くんね。おはよ。こんな時間にどうしたのさ?」

 

大きな欠伸をする声が聞こえた。本当に寝起きらしく声とテンションが低い。

 

「うんうん。そうか。こんな時間に電話してきたってことは何か用があるんだね。なに?」

 

「いや、用は特にないのだが…」

 

「なんだ。そうなの。それじゃ、切るよ。あたし眠くてさ」

 

その言葉を最後に受話器から声が聞こえることはなかった。

 

咄嗟に用事をでっちあげればよかったと今更ながら後悔する。

 

ここまでやることがないのなら仕方がない。俺は重い腰をあげる。

 

「今日は両親の仕事でも手伝うか」

 

独り言のようにそう呟くと階段を降り、両親の職場へと向かった。

 

 

久々に良い汗をかいた。

 

残念ながら母親は俺に時給を渡す気はないらしいが、たまには親孝行をするのも悪くはないと感じていた。

 

仕事が終わりメールを見てみると知らない番号からSMSが届いていた。

 

何となく開封するとどうやら送り主は阿万音由季のようだ。

 

彼女はひたすら謝っていた。

 

夢の中だと思っていたらしい。

 

別に気にしていなかったのでその旨を伝えると数十秒後に返信が届いた。

 

『ありがとう』と。

 

絵文字も顔文字もない素っ気さがどこか鈴羽を連想させる。

 

こんな感傷に浸るのも俺だけしかいないのか。

 

その事実に少しだけ自嘲的な笑みを浮かべる。

 

メールの他に珍しい新着情報が届いているのに気付いた。

 

スカイプに新着メッセージが来ているらしい。

 

俺はスカイプのアイコンを押す。

 

『K.Makise > K.Hououin 日本は夜かしら?日程は決まりました。近い内に連絡させて貰います 』

 

「なんだかむずかゆいな」

 

敬語混じりの紅莉栖はなんだか変な壁を感じて気持ちが悪い。

 

向こうからすれば、そんなことを感じてるこっちが気持ち悪いのだろうが。

 

スカイプを見て思い出したのだがフェイリスの仕事は終わったのだろうか。

 

父親がいるとは言え、あそこを切り盛りしているのはフェイリスだ。

 

終わっていないなら何か手伝いたい。

 

携帯画面を操作してフェイリスがログインしているか確認する。

 

いない。

 

まだ家に帰っていないかもしれない。

 

営業中なので電話に出ないかもしれないが俺は電話を掛けてみた。

 

十コールしたところで俺は諦めて電話を切る。

 

迷惑かもしれないがちょっとだけ顔を出してみようと考えた。

 

家を出ると夏特有のもわっとした不快な風が顔にかかる。

 

白衣なんて着なければよかったと少しだけ後悔したが今更部屋に戻る気にはなれなかったのでそのまま駅を目指す。

 

この時間にもなると池袋から秋葉原に向かう人は少なくなり、電車内の人もまばらだった。

 

近い内に定期でも作るか。

 

そんなことを考えながら秋葉原電気街口に俺は降りた。

 

「何か差し入れでも持っていくか」

 

スーパーでお菓子と栄養ドリンクを買うとメイクイーンに足を向ける。

 

「あ、岡部くんじゃん。うっす」

 

「あ、どうも」

 

いきなり声を掛けられ咄嗟に身構えて数歩後ろに下がる。

 

声の主はそんな俺の動きを見てショックを受けたのか顔が肩をガックリと落とした。

 

「そこまで露骨に避けなくてもいいんじゃないかな。今朝のことは謝るからさ」

 

「阿万音さんでしたか」

 

「由季でいいよ。というか、朝はごめんね。ちょっと昨日レイヤー仲間と話が弾んじゃってさ」

 

「別に気にしてないですよ」

 

少し傷ついただけだ。

 

俺の言葉をイマイチ信じることが出来なかったのか、ニコニコとした笑顔で一歩ずつ近づいてくる。

 

「言うことなんでも聞くからさ。それじゃ、これアドレスだから登録しといてね。それじゃ、ばいばい」

 

「は、はぁ」

 

こちらの返答を聞くことなく、由季は小さなメモ帳の切れ端を俺に握らせた。

 

そのまま由季は鼻歌を歌いながら駅の方へと歩いていった。

 

これで、ようやく俺もメイクイーンに行くことが出来る。

 

そう思い、白衣を翻すと後ろから声が聞こえた。

 

「あ、そうそう、今日マユシィいたよ!」

 

別にまゆり目当てで通っている訳ではないので右手をヒラヒラと振って返事をする。

 

その反応に満足したのかもう後ろからは声は聞こえなかった。

 

「さてと、急ぐか…」

 

まだ営業時間なので急がなくてもフェイリスは逃げないのだが、逸る気持ちを抑えることなく俺は歩調を速めた。

 

「こんばんはー」

 

おおよそメイド喫茶に入る際に言わないであろうセリフを言いながら俺はドアを開ける。

 

店内は時間のせいもあって閑散としていた。

 

というより、客はいない。由季が最後の客だったのだろうか。

 

「あ、もうねー。あ、オカリンさんだぁ、こんばんはぁ」

 

「あ、おう、まゆりか。お疲れ様」

 

「ううん。もう終わるから平気だよー。それにもうお客さんもいないから閉店だって

フェリスちゃんが言ってたよー」

 

「そうか。何か手伝えることはあるか?」

 

「うーんとね。それじゃ、紙ナプキンが足りない所に補充して貰ってもいいかなー?」

 

「任せろ」

 

買ってきた差し入れを近くの席に置くと少なくなっている場所がないか順々に調べて回った。

 

こういう店で働いたことがないので分からないのだが、やはりナプキンも一日で相当な量なくなるようだ。

 

二席に一席の割合で俺はナプキンを補充した。

 

俺がそんな地味な作業をしている間にまゆりは食器を集め厨房の方に運んでいた。

 

厨房の方にも誰かいるようで時折話し声が聞こえる。

 

「そういえば、フェイリスはどこだ?」

 

先程からまゆりとばかり話していて失念していた。

 

俺の声が聞こえれば顔くらいは見せてくれると踏んでいたのだが見込み違いだったのだろうか?

 

「えーとね。今は事務室にいるみたい。考え事してたかなぁ…」

 

「そうか。ならいい。まゆり、終わったぞ。次は何をすればいい?」

 

「うーんとね…まゆしぃには分からないのでちょっとフェリスちゃんに聞いてきてくれないかなぁ?」

 

「……分かった。ありがとうまゆり」

 

「別にまゆしぃはなにもしてないですよー」

 

にこにこと笑いながら首を傾げるまゆりに頭を下げるとスタッフルームと書かれたドアをノックした。

 

「どうぞー」

 

ドアの奥からフェイリスの声が聞こえる。

 

鍵は掛かっていなかったようでドアノブを右に捻ると簡単にドアが開いた。

 

「こんばんは」

 

「…!」

 

驚愕としか表現出来ない表情でこちらを見た。

 

ここにいるはずのない俺の声を聞いたからだろう。

 

数秒だけお互い何も言うことなく見つめあう。

 

「…ど、どうしたのニャ?」

 

フェイリスの口からかろうじてそんな言葉が出てきた。

 

心なしか唇がヒクヒクと動いている。

 

「その…なんだ心配でな。大丈夫か?」

 

「ちょ、ちょっと今はダメニャ!」

 

近づこうとする俺は左手で制して背を向けた。

 

「お、おい。本当にどこか…」

 

「へ、平気にゃ!ただ…」

 

「ただ?」

 

珍しく言い澱むフェイリスに対して俺は眉根を寄せる。

 

「今、凶真の顔を見ちゃうと、その…嬉しくて、にやけちゃうんだニャン!」

 

耳まで赤くして言ったフェイリスの声は少し震えていた。

 

「あと数秒待つにゃ……ふぅ。ありがと凶真。落ち着いたにゃ」

 

まだ少し頬に赤みを残しながらフェイリスはこちらを向いた。

 

嬉しくてという言葉を思い出して今度は俺の顔に血が集まり始めていた。

 

「お、おう。気にするな。この混沌を愛する鳳凰院凶真を前にしているのだ精神に影響が出ることは仕方のないことだ!

そうだフェイリスよ、これは俺からの差し入れだ。この鳳凰院直々持ってきたのだ喜ぶがよい!」

 

「…ありがと凶真」

 

「ぐ…珍しく俺の話に乗ってこないのだな。調子が狂う」

 

「乗ってあげてもいいけど今はこの普通の幸せを噛みしめてたいのにゃ」

 

「ええい!まさかフェイリスともあろうものが悪の手に落ちていたとは…!」

 

フェイリスが話に乗ってこないせいで正直鳳凰院凶真をどのタイミングで止めていいのか分からなくなっていった。

 

どうやら今は俺に付きあってくれないらしい。

 

とりあえず強引に鳳凰院凶真を辞めると俺は少しずつフェイリスに近づき机の上を覗き見る。

 

やはり店のこと関して何かやっているようだった。

 

シフト…ではない。となると経理関係のことだろうか。

 

「一体なにをやっているのだ」

 

「あ、えーと、色々あるのニャ」

 

「俺にも話せないことなのか?」

 

「話したくは…ないのニャ」

 

先程とは意味の違う笑顔で俺の言葉に答える。

 

この話はもうなしだと言う具合に。

 

「そうか…。それじゃ何か出来ることはないか?」

 

話したくない話を無理に聞くほど野暮じゃない。

 

まだ笑顔が漏れる間は平気だろう。

 

「あ、えーとそうだにゃ。とりあえずここの掃除をお願いしてもいいかニャ?モップで掃いて欲しいのニャ」

 

「なるほど。分かった。モップはどこだ」

 

「ここニャ」

 

指示通りに俺はモップを掛ける。

 

やり始めると意外に細かい汚れた所が気になり始めてついつい熱が入ってしまった。

 

「…ねぇ、凶真」

 

「ん、どうした?掃除は任せろ。ピカピカにしてみせるぞこの鳳凰院の前から塵など消し去ってくれるわ」

 

「あ、うん。そうじゃなくて。こういうの聞くの変って分かってるんだけど…ここで働いてくれる女の子の知り合いとかいないかニャ?」

 

「人が足りないのか?」

 

「ちょっとだけニャ。でも今のままだとマユシィに負担を掛け過ぎちゃうと思うのニャ」

 

「なるほど」

 

「ま。凶真にメイド喫茶で働いてもいいって言う女の子の知り合いなんて…いないよね?」

 

いないと言って欲しそうな顔で俺のことを見上げる。

 

しかし、その言葉に反して俺はある人物の顔が浮かんでいた。

 

「いや、いなくはないぞ。だ、だが、誤解はするな!その人とは何もない!」

 

「ん?何をそんなに必死になってるのニャ?」

 

「そんな表情をするからだろ…」

 

「凶真は優しいニャ。それじゃ、お願いしてもいいかニャ?」

 

「おう。任せろ。なんなら今呼ぼうか?」

 

「流石に時間が時間だからいいニャ。また明日にでも呼んでくれると嬉しいニャ」

 

「明日って定休日じゃないのか?」

 

モップをバケツに入れて汚れを落としながらカレンダーに目をやる。

 

カレンダーの日付が赤く塗られていた。

 

やはり休みだ。

 

「休みだニャ。だからその人と会ってみようかなって思ったニャ」

 

「仕事熱心だなぁ。とりあえず電話して聞いてみるよ」

 

「頼んだニャ」

 

フェイリスはそう言うとまた机の上の書面に視線を落とした。

 

モップを絞って元の位置に戻すと携帯を取り出して電話を掛けた。

 

夜は反応が早いのかワンコール目に反応が返ってくる。

 

『どうかしたの?』

 

「今お時間良いですか?」

 

『いいよ。それで?』

 

「明日暇ですか?」

 

『ちょっと待ってね……。うん平気だよ。平気平気』

 

「それじゃ、明日会いませんか?」

 

『お、岡部くんって意外に積極的なんだね。正直ちょっと照れるんだけど』

 

「あ、そういう感じの話ではないんで。それでは。詳細はメールでお伝えします。そ

れでは」

 

携帯の電源ボタンを押して通話を切る。

 

アポイントが取れたことを伝えようとフェイリスの方を向ける。

 

「…どうかしたか?」

 

「凶真がモテモテなんだニャー」

 

眉根を寄せて不満とでも言うように頬を膨らませていた。

 

頬を膨らませていても怖さなどは微塵もなく、ただ可愛いだけなのだが。

 

「モテたことなんて生まれて片手で数えるほどもないさ。一応明日アポは取れたぞ」

 

「凶真も来るの?」

 

「そりゃ、じゃないと顔分からないだろうし」

 

「た、確かにそうだニャ…。むぅ…。凶真浮気はダメだニャ!」

 

「分かってるって」

 

「その余裕な感じがなんか癪だニャ…」

 

納得しない様子で地面に視線を落とす。今日はやけにいじらしい気がする。

 

何故だろう。

 

そんなことを考えていると不意に俺の後ろにあるドアが開いた。

 

「フェリスちゃん片付け終わったよー。一緒に帰ろー」

 

まゆりのようだった。

 

終わったという言葉を聞いて厨房の方に目をやるがそこで働いていた人はもう帰ってしまったらしく綺麗に磨かれた食器だけが残っていた。

 

まゆりも先に着替えてきており、髪の毛も服装も見慣れたものに戻っていた。

 

やはり見ていてこっちの方が落ち着く。

 

「凶真ぁ?どこ見てるんだニャン?」

 

「いっ!?」

 

突然太ももに鋭い痛みが走る。

 

その痛みの正体を俺はすぐに理解した。

 

いつの間にかフェイリスが俺の後ろに来ていたのだ。

 

つまりそういうことだ。

 

「あ、マユシィちょっと待つニャ。すぐ着替えてくるから」

 

俺の太ももから手を離すとフェイリスは笑顔でまゆりにそう伝えて着替えに行ってしまった。

 

事務室に俺とまゆりだけが残っている。

 

何か話題を…。と考えているとふとまゆりの視線が俺に向けられていること気づいた。

 

まゆりの方に目をやると呆けたような顔をしながら俺を見ていた。

 

「まゆしぃは羨ましいですー」

 

唐突にそんなことを言い出した。

 

一体なんのことだろうか。

 

「フェリスちゃんね、いっつもお仕事のお話以外は、オカリンさんの話してるんだ

よー。それとね、フェリスちゃんオカリンさんといる時が一番怒ったり笑ったりしてる気がするんだよー。だから羨ましいって思ったんだよー」

 

そう言うとまゆりはドアノブに手を掛けた。

 

「お、おい、どこに行くんだ?」

 

「邪魔しちゃ悪いかなーって」

 

どこか悲しい気持ちを押し殺し微笑んでいるようだった。

 

流石にこの時間に一人でまゆりを家に帰すのは気が引けた。

 

以前の世界線のように絶対死ぬ。死に続けることはないとはいえ、死なないという確証はどこにもないのだ。

 

通り魔に襲われて殺されてしまうかもしれない。

 

今の日本でそういうことは余り起きないのかもしれないがそれでも、少し過敏と言われるかもしれないが一人で帰らせたくなかった。

 

万が一の時、時間を巻き戻すことは出来ないのだから。

 

そんなことを考えている内にまゆりが開けたドアの向こうからフェイリスがやってきた。

 

「お待たせだニャ。さ、帰るニャン」

 

「うん。そだねフェリスちゃん」

 

俺に一瞬だけ見せた表情はどこかに消えいつも通りの笑顔に戻った。

 

 

「凶真、ちゃんとマユシィを送るんだニャン」

 

「勿論だ」

 

「じゃあねフェリスちゃん」

 

結局三人で帰ることになった俺達はフェイリスをマンションの前まで送りそこから二

人で帰ることになった。

 

当然だが、今回は別れ際にキスをするということはなかった。

 

家を出る時に蒸し暑く不快と感じた風はいつの間にか温度を下げている。

 

湿気を含んでいるので快適とは言えないが幾分か過ごしやすくなった。

 

俺達は特に喋ることなく秋葉原駅を目指した。

 

まゆりは時折こちらをチラリと見ていたようだが何も話しかけてこない。

 

俺が二十歳以上に見えるせいか時折居酒屋や風俗のキャッチに勧誘されたがそれ以外に特に変わったことはなかった。

 

「なぁ、まゆり」

 

「ん?なにかなーオカリンさん」

 

秋葉原駅の改札を越え池袋行きの山の手線を待っている間、俺はまゆりの方を見ずに話し始めた。

 

チラリと横目でまゆりを見るが、まゆりもこちらを向いておらず正面を見ていた。

 

「その、なんだ…漆原って子知ってるか?」

 

「あ、ルカくんのこと?うん。知ってるよー。オカリンさん知り合いなのかなー?」

 

「まぁ、知り合いになったと言うのが正しいかな。巫女さん姿で男に絡まれてる所を助けた」

 

「へぇー…。ルカくんってなんだか女の子みたいだよね」

 

「確かにそう見えるな。しかし…あいつは素直だな」

 

何せ俺が適当にでっちあげた剣術を真面目に取り組んでいたのだ。

 

それに俺に師匠とまで呼んで慕ってくれた。

 

こんな外見は二十歳を超えている白衣の俺を。

 

「あ、そう言えば、コスプレが似合いそうだよな」

 

以前未来ガジェット研究所でまゆりに無理やりさせられていたコスプレを思い出す。

なんのキャラクターだったか名前は定かではなかったが似合ってると答えた気がする。

 

その言葉を聞いて俺の右頬に視線を感じた。

 

気になってそちらを見るとまゆりが不思議そうにこちらを見ていた。

 

前の世界線では見なかった何か難しいことを考えているような表情である。

 

「何だかそういう話を聞いてると、オカリンさんはまゆしぃやルカくんとずっと前か

ら友達だったみたいだよねー」

 

「あぁ、そうだな。俺も正直そんな気がしてた」

 

尤も俺の場合はそんな気がしてた程度ではないが。

 

実際に数多の世界線を経た結論なのだ。

 

この時間になると電車の一本一本の間隔が長くなり、五分或いは十分に一本程度になる。

 

他の路線からしたら大分早いのだろうが、駅から電車が発車したらもう次の電車が来ているという山手線にしては遅いのだ。

 

駅員がホームに電車が滑り込んでくることをアナウンスしている。

 

それと同時にあの独特な音を上げながら電車が俺達の目の前に現れる。

 

唐突に。

 

唐突にある世界線のことを思い出した。

 

その光を見て、この世界線ではあるはずのない光景をフラッシュバックした。

 

「…んっ!?」

 

「あ、すまん」

 

反射的に掴んでしまったまゆりの手を慌てて離した。

 

相当強い力で握った気がする。

 

ここから消えないように。

 

そう願いながら掴んでいたから。

 

「いきなりどうしたの?オカリンさん」

 

「いや、ちょっと怖いことを思い出したんだ。すまん」

 

少しだけしどろもどろになりながらも俺は頭を下げる。

 

その言葉に答えることなくまゆりは黙って俺の手を握った。

 

「オカリンさん。女の子の手はねーこうやって握らなきゃだよ」

 

柔らかいそれでいて安心する温もりだった。

 

「星屑は掴めないがまゆりの手なら俺でも掴めるな」

 

「まゆしぃも星屑は掴めないよー?」

 

言葉の真意を理解出来なかったのかまゆりは小首を傾げていた。

 

「なに、特に意味はない」

 

何度使ったか分からないその言葉を俺は使った。

 

 

 




これからもよろしくお願いします!

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