平行世界のアルカディア   作:度会

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一番

「阿万音……」

 

思わず俺は口元を抑える。

 

記憶が正しければ鈴羽の母親になる人物だ。

 

なので別にこの時代に生きていてもなんら不思議はない。

 

不思議はないのだが。

 

「ん?どしたの岡部クン」

 

口元を抑えたまま固まる俺が不思議に見えたのか阿万音は覗きこむように下から上目遣いで見ていた。

 

その瞳の色も鈴羽そっくりだった。

 

「い、いや、なんでもない。それじゃ、俺はここで失礼します。阿万音さん」

 

じっとその瞳を見ていると泣き出してしまいそうで俺は顔を背けた。

 

彼女の娘に対して何もやれなかった悔恨の思いが俺を苛む。

 

「まぁ、まぁ」

 

メイクイーンに行こうとする俺の腕を阿万音は掴んでいた。

 

腕を掴む力的に離すつもりはないらしい。

 

「なんですか?」

 

それでも目を合わせないように地面の方を向きながら返答する。

 

「ん?いや、どこ行くのかって気になってさ。それよりも、会ったことない?なんだか初めて会った気がしないんだよね」

 

いきなり腕を掴んたことに罪悪感を覚えているのか頭を掻いている。

 

その素振りも鈴羽そっくりだ。

 

「どういうことです?」

 

気づけば俺も返答していた。

 

初めて会った気がしないとはどういうことなのだろうか。

 

娘の記憶が母親に引き継がれるなんて話は聞いたことがないのだが。

 

「んー……。ま、いっか。それで、どこに行くの?」

 

「一応彼女の所に」

 

「あ、それはごめんね」

 

彼女という言葉を聞くとパッと手を離して阿万音は謝る。

 

「ごめんごめん。そういうことなら仕方ないね。じゃ、また逢えたらよろしくね」

 

「はい」

 

頷くと俺は今度こそメイクイーンの方へ足を進めた。

 

携帯で時計を確認する。

 

まだフェイリスが上がるまでには時間があった。

 

少しゆっくりとコーヒーを飲む時間が減るくらいだ。

 

「彼女か……」

 

思わず口走ってしまった。

 

フェイリスの顔を思い浮かべて顔が緩む。

 

「彼女さんってどんな人なの岡部クン」

 

「え?」

 

その声に思わず振り向く。

 

声の主は目が合うとニッコリと笑う。

 

「どうして――」

 

「いや、よくよく考えたら私の行先もこっちだったんだよ。別に尾行してるわけじゃないよ」

 

「そうですか」

 

「いや、彼女の話聴かせてよー」

 

随分と慣れ慣れしい気がする。

 

人見知りしないと言えばいいのか。

 

白衣を着た老け顔の俺に対しても臆することなく話してきた。

 

「そうですね――。あ、残念ながら俺の目的地に着いてしまいました。また今度」

 

俺はメイクイーンの看板を指差して愛想笑いを浮かべる。

 

阿万音は俺の指差す方を見て驚いたように目を丸くした。

 

「え、岡部クン、メイクイーンで彼女と待ち合わせしてるの?」

 

「えぇ」

 

「へぇ、奇遇だね。私も今日はここに来る予定があったんだよ」

 

どこか恥ずかしそうにメイクイーンのポイントカードを俺に見せた。

 

……そう言えば、ダルとこの人はコミマで会ったとか言う話だったな。

 

ならば趣味が似通うのも当たり前なのか。

 

「ここで、会ったのも何かの縁だろうから一緒に入ろうよ」

 

「なっ…それは…」

 

「いいじゃん。彼女さんが来たら退散するからさ」

 

俺の狼狽ぶりに気づかないフリをしているのか俺の肩をぐいぐい押しながら阿万音は進む。

 

彼女と待ち合わせをしているとでも思っているのだろう。

 

いや、それでも知らない女と相席してたら浮気を疑われるに違いないが、今回はそれよりも状況が悪い。

 

待ち合わせどころではなく、俺の彼女は働いているのだから。

 

そんな俺の心を読むことなく無慈悲にメイクイーンの扉が開く。

 

「いらっしゃいニャーン」

 

扉が開く時に鳴る鈴の音に反応してフェイリスがこちらを向いて近づいてくる。

 

俺は覚悟を決めた。

 

「あ、凶真じゃないかニャーン。来てくれたのかニャ――」

 

笑顔で俺の元に来たフェイリスだったが数歩手前で止まる。

 

そして笑顔のまま声音を低くした。

 

「後ろの女の人は誰ニャン?」

 

「い、いや、それはだな」

 

「ん? どしたの?」

 

俺が弁解する間もなく阿万音が俺の後ろからヒョイっと顔を出す。

 

「あ、フェイリスちゃんだ。相変わらず可愛いね」

 

「あ、ありがとニャー」

 

内心穏やかではないだろうが仕事中ということもあってかフェイリスはニコリと綺麗に笑っていた。

 

「そういえば、フェイリスちゃん。マユシィちゃんは今日は休み?」

 

「んー、休みニャ。マユシィは今日はシフト入ってないニャ」

 

「そっかー」

 

頭を掻きながら何かを考えるような仕草を見せた後、阿万音は頷く。

 

「やっぱ今日は帰ることにするよ。また機会があったら会おうね岡部クン」

 

俺の肩から手を離すとメイクイーンのドアから外に出て行った。

 

なるほど、まゆり推しだがまゆりがいないからここにいる意味がないと思ったってとこか。

 

去りゆく後ろ姿を目で追っていると突然足に鋭い痛みを感じた。

 

「いっ――」

 

「何、鼻の下伸ばしてんのかニャー凶真?」

 

周りに聞こえないような小さな声でフェイリスは呟く。

 

痛みの正体は足を思いっきりフェイリスに踏まれていたかららしい。

 

「ま。後で聞かせて貰うニャ。じっくりと」

 

「あぁ……」

 

一名様ごあんなーいニャといつも通りの声に戻して案内を済ませるとネコ目を更に細くして睨んだ。

 

「ご注文は?」

 

「えーと、とりあえずオムライスで頼む」

 

「了解ニャ」

 

伝票に記入するとフェイリスは厨房の方に歩いていった。

 

その後ろ姿を見てようやく俺は一息吐く。

 

足の痛みは大分収まったが散々な結果だと感じた。

 

「今日いくら持ってたかな……」

 

とりあえず機嫌を直してもらう為に何か買おうかと財布をズボンのポケットから取り出すと財布と一緒に紙切れが付いてきた。

 

なんの紙切れだろうか。

 

レシートの類には見えない。

 

二つ折りされた紙を開くとそこには『あまねゆき』という走り書きと電話番号が金釘流で書かれていた。

 

「まぁ、悪い人じゃなさそうだしな……」

 

なんたって鈴羽の母親なわけだし。

 

「お待たせしたニャー」

 

やや仏頂面でフェイリスはオムライスを持ってきた。

 

ケチャップで文字は書かれておらずただ普通にかかっている。

 

「なぁ――」

 

「言い訳は後で聞くニャ」

 

特に雑談することもなくフェイリスは他の客の所に行ってしまった。

 

確かに誤解を招く行動だったので何も言えないが少しくらい話は聞いて欲しいと感じた。

 

「お、鳳凰院氏。もしかして修羅場かお?」

 

「ん、なんだダルか。いや、別にそういうわけではないぞ」

 

「だからダルって誰よ。というか鳳凰院氏、フェイリスたんがいながら他の女と店に来るなんてリア充爆発しろだお」

 

「そうだな」

 

やはり違和感が拭えない。

 

このままダルと話していてもその会話の噛み合わなさに気分が悪くなるかもしれないので会話を切り上げて運ばれてきたオムライスに口を付ける。

 

「普通だな……」

 

特別不味いわけでもなかった。

 

これくらいならレシピを見れば俺も作れるだろう。

 

フェイリスになんと言えばいいのか考えながら俺は口にオムライスを運んだ。

 

 

「……ん?」

 

食べ終わって数分経った頃だろうか。

 

俺の携帯が不意に震える。

 

今の俺の携帯に掛けてくる人物言えば――。

 

「フェイリスか。終わったのかな」

 

予想通りフェイリスが仕事が終わったことを伝えるメールだった。

 

事務室からでもメールしているのだろうか。

 

そういえば以前の世界線に居た時はそれなりにメールが来ていた。

 

それらの内訳は主にラボメンが大半を占めていたのだが。

 

この世界線でアドレスを知っているのはフェイリスだけ。

 

メールが来る数が減るのも当然だ。

 

「閃光の指圧師からのメールが特に多かったか……」

 

異常に口下手で俺達を裏切った彼女のことを思い出す。

 

もし、この世界線でラウンダーではない彼女を見つけたとしても俺は平静でいられるのだろうか。

 

「考えても無駄か」

 

恐らく会うことはないだろう。

 

ラボメンの内、鈴羽と紅莉栖にはもう会えないのだ。

 

桐生萌郁と出会わなくてもなんら不思議はない。

 

「さて、出るか」

 

俺は立ち上がると会計を済ませてメイクイーンを出る。

 

入った時に比べて大分西日が目に眩しい。

 

「あ、凶真」

 

メイクイーンを出て従業員口の方に目をやるとフェイリスと目が合った。

 

今日はメイド服ではなく私服を着ていた。

 

「私服なんだな」

 

「今は留未穂でいたいからね……」

 

俺の質問に素っ気なく応えるとフェイリスはスタスタと俺との間合いを詰める。

 

「凶真」

 

「む」

 

あっという間に距離は無くなりフェイリスは俺の目の前まで来ていた。

 

その瞳はどこかしら不満気に見える。

 

「目瞑って」

 

「……分かった」

 

目を瞑ると同時俺は歯を食いしばった。

 

殴られても耐えられるように。

 

ポフッ

 

「え?」

 

しかし、俺の頑張りが成就することはなかった。

 

「んー、凶真ぁ」

 

「ちょっとここ外……」

 

あろうことか、フェイリスが俺の胸辺りに頭を預けてきたのだ。

 

逃れようとしても腰に手を回されているので身動きが取れない。

 

狼狽する俺をまるで意を介さないようにフェイリスは頭を俺に擦り付ける。

 

「凶真。私も凶真が浮気なんてしないって分かってる。分かってるけど不安になるの」

 

「ごめん……」

 

俺はフェイリスの頭に手を置く。

 

「そりゃ、女の人と一緒にいる時があってもいいよ。でも、一番は――」

 

「一番は留未穂だよ」

 

「――っ!」

 

フェイリスの頭が少し熱くなった気がする。

 

耳たぶまで真っ赤だった。

 

俺の顔はいわずもがなだが。

 

それから少しばかりの沈黙が流れ、フェイリスは俺から離れた。

 

「もう復活したニャ。全く凶真には困らされるニャ。本当に最後の方は仕事が手に付かなかったニャ」

 

いつも通りの口調にフェイリスは戻った。

 

「顔赤いぞ」

 

「ニャ!それはきょ、凶真だって一緒ニャン!さ、早く帰るニャン!」

 

「そうだな。俺の料理を見て貰わなきゃいけないわけだし」

 

フェイリスの小さな手を俺は握る。

 

最初肩がビクリと動いたがやがて手から余計な力が抜け握り返してきた。

 

時々チラチラと俺の顔を伺う、いつものフェイリスでは留未穂は筆舌し難いものがあった。

 

「ね、凶真」

 

「なんだ?」

 

「あの人のことは後でキッチリ聞かせて貰うニャ」

 

笑顔でそう言い放ったフェイリスに俺は苦笑で答えた。

 

 


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