「え?あ、はい。ありがとうございます……。その――」
どちら様ですか?
目の前のルカ子は自分の名前を知られていたのが首を傾げて俺を見ていた。
その瞳は不安に揺れている。
咄嗟に助けてしまったが考えてみれば初対面のはずなのだ。
なにかいい理由はないのだろうか……。
「あの……?」
自分の質問が俺を不快にさせてしまったのかと考えたのか目尻に少し涙が溜まり始めていた。
「いや、別に平気だ。そうだな、困っている人を助けるのに理由がいるのか?」
「えっ?」
「道端で困っている人がいた場合助けるのは当然だろう? 改めて名乗ろう岡部、いや、俺の名は鳳凰院凶真だ」
「鳳凰院さんですか。め、珍しい苗字ですね」
どこか浮かれた様子でルカ子はそう言った。
なぜだろうか、見つめられている気がする。
「あ、えと、僕は漆原るかって言いますってもうご存知でしたね」
俺の名前を聞いて自分の名前を言っていないことに気が付いたのか慌てて気を付けの姿勢を取り地面の方を見ながら自分の名前を発した。
「よろしくなルカ子」
「ルカ子? とりあえずありがとうございました。では、僕はこれで――」
恐縮したように頭を下げるとルカ子は俺の横を抜けようと足を踏み出す。
「これから、柳林神社に帰るのか?」
「え?」
出会ってから何度吐いたか分からない疑問符をルカ子は言った。
どうして知っているのだろうかと言う顔をしている。
知っているのは以前の世界線では知り合い同士だったからなのだが言えるわけはない。
「当然だろう。この鳳凰院凶真に宿る特殊アビリティRSは全てお見通しなのだ」
「す、凄いですね」
「それで、時にだな、もしルカ子が良ければ一緒に神社に行きたいのだがどうだ?」
時間にはまだ余裕がある。
久々にラボメンとの会話を楽しみたい思いがあった。
「えぇ、どうぞ」
神社に来たいと言われては断るわけにもいかないだろうルカ子は俺の言葉を承諾して俺の横についた。
「そう言えば、なんでルカ子なんですか?」
「ん?嫌か……?」
横断歩道で信号に引っ掛かっている時に意を決したような表情でそんなことを聞いてきた。
「い、いや別にそう言うわけではないですけど……」
最大限の勇気はそこで尽きてしまったのかすぐに自信なさげな表情に戻る。
「嫌なら辞めるが」
「い、いえ、平気です」
手を胸の前で振って拒否の意を示す。
そんなことをしている間に信号が青になり、俺達は歩き出す。
いくら秋葉原、この時間帯と言えども巫女服姿のルカ子は目を引くようで時々視線を感じた。
その度に抱き着いてくるルカ子に俺は心の中で「男だ男だ……」と念じて平常心を保とうと努力する。
「あ、そうだ。俺はまゆりの知り合いなんだ。幼馴染と言う奴かな」
「え、そうなんですか?」
共通の知り合いがいたせいか安心したようでルカ子は表情を緩める。
緩んだ表情もまたそそるものがある。
いや、惑わされるな。
ルカ子は男だ。
俺が自身の煩悩と戦っている間に柳林神社に着いてしまった。
ここは全く変わっていなかった。
石がしきつめられ、喧噪から隔離されたような境内。
平日の昼間なので人もいないのでひっそりとしていた。
「お祈りでもするんですか?」
境内に着くとルカ子はこちらを振り向く。
そう言えば、行く予定があると言って付いてきたんだった。
「いや、そうだな、ルカ子と喋っていてもいいか?」
「え、あ、その……」
何を想像したのか顔を赤くして赤い袴をギュッと掴んで俯く。
「い、いや、ほら、話し足りなくてさ、嫌ならいいぞ。お参りして帰るか――」
「い、嫌じゃないです。でも、ちょっと待ってて下さい」
俺の返答を聞かずにどこかに走っていってしまった。
どこへ行ったのだろうか。
と言うよりあの反応はズルい。
正直心が揺さぶられる。守ってやりたいという気持ちになる。
「お、お待たせしました」
息を切らして肩で息をしながらルカ子は箒を持ってきた。
「境内を掃除しといてくれと言われていたんで……」
「そうか」
「そうなんです」
とりあえず近場の葉が落ちている所に行きルカ子は箒で地面を掃き始める。
「そ、それで、僕なんかと何を話したいんですか?」
「ん?そうだな。何となく話してたいと思ったんだ」
「そ、そうですか……。あ、その、さっきはありがとうございました。本当にボク怖くて」
「まぁ、そのカッコだからなぁ」
「そうですよね。自分でも分かっているんですけど……」
困ったような笑顔をこちらに見せる。
確か、父親が趣味で着せているんだっけか。
なまじ似合ってしまうから手に負えない。
「助けるのに理由がいるのかって言葉カッコ良かったです……ボクじゃとても言えない」
「あぁ、あれは嘘だ」
「う、嘘なんですか!?」
箒を掃くのを止め驚いた様子で俺を見る。
そこには間違いなく落胆の色があった。
「俺が助けるのは助けたいと思った人だけだ」
「は、はぁ、それってつまりボクを助けたいと思ったと……?」
「そういうことになる」
俺はラボメンの味方だ。
例えこの世界でラボメンじゃなかったとしても。
困っているのを見捨てられるほど鳳凰院凶真は非情ではない。
「そうなんだ。ボクだからなんだ……」
顔を赤くしながらルカ子は頷いていた。
そこまでのことなのだろうか。
「あ、他にですね――」
顔が赤いのを隠すかのようにルカ子は口を動かす。
こんな風に話すルカ子は珍しかった。
清心斬魔流の訓練の時以来か。
「あ、もうこんな時間か」
俺は携帯で時間を確認する。
良い時間になっている。
そろそろメイクイーンにお邪魔してダラダラしても睨まれない時間だ。
「あ、今日はありがとうござました。ボクばっかり喋ってたみたいですみません」
「気にするな。また来る」
「あ、あの、凶真さんって呼んでいいですか?」
不安そうな瞳が俺を見つめる。
安心させる為に笑顔を見せた。
「構わない」
俺が頷くと顔を明るくして頭を深々と下げた。
るかの見送りを受けながら俺は柳林神社の階段を降りる。
夏の昼下がり、日が当たる所はやはり暑い。
汗を掻く前に早いとこ涼しい店に入ってしまおう。
「えーとどっちのが近いんだ?」
階段を降りると俺は左右を見る。
ここから直接メイクイーンに向かうなんてことしたことがなかったので少し戸惑う。
どちらも変わらないだろうという結論に至る。
結局右に曲がって歩いていると小さな子供と若い女性の二人組を見つけた。
子供は迷子なのか大きな瞳に涙を浮かべ今にも泣きそうだ。
その子供を女性は必死に慰めているらしい。
何気なく俺はその横を抜ける時に顔を見る。
子供の顔は分からなかった。
年相応の可愛らしい顔つきではあるが俺の記憶にはない。
「ちょっといいですか?」
女性の方に呼び止められた。
子供の顔をチラリと確認したのを見られていたようだ。
観念して俺は振り向く。
「なんですか」
女性は困ったように顎に手をやる。
「いや、この子迷子みたいで行先聞いても私分からなくて」
「なるほど。どこに行きたいの?」
「えーっとね……」
俺は少女が指定する場所に手を繋いで案内する。
行く末が気になったらしく女性も後ろからついてきた。
「ありがと。おじさん、お姉さん」
目的の場所に着くと少女は俺から手を離してこちらを向いて手を振って笑った。
そこに涙はなかった。
ただおじさんと言われたのが少し引っ掛かる。
まだ二十歳なのだ。
せめてお兄さんだろう。
「いや、本当に助かったよ。私一人じゃどうしようもなかったし」
「別に構いませ――」
迷子の案内が終わり、ようやくまともに女性の顔を見る。
茶色に染めたショートカット。
今時ニーソックス、ブーツを履いている。
俺には縁遠いのだが、恐らくお洒落な人なのだろう。
「どうかしました?」
「鈴羽?」
思わず口をついた。
あり得ないはずなのに。
「鈴羽? 人違いですよ。私の名前は阿万音ですもん」
目の前の鈴羽に良く似た彼女は笑った。
こんな世界線今までなかった。
マイナスの世界線はやはり関係性が変化しているらしい。
「んー君はなんて言うのさ?」
岡部倫太郎と答えた。
それ自体に興味はなかったようでふーんと適当な返事をした。
「それじゃ、ここで会ったのも何かの縁かもね。よろしく岡部クン。私の名前は阿万音、阿万音由季って言うんだ」