平行世界のアルカディア   作:度会

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星屑との握手

それを見送ると俺は駅の方へ歩き始めた。

 

このマンションに来た時はまだ明るかったはずだがもう辺りは真っ暗だった。

 

残暑特有のベタベタとした暑さが不快で思わず襟を引っ張り胸元に空気を送る。

 

「しかしな……」

 

最後に顔を赤くしていることを指摘されたのを思い出す。

 

付き合っているのだ。

 

俺とフェイリスが。

 

どうも実感が湧かなかったが今の別れ方はドラマや漫画で見たようなカップルの別れ方ではなかったか。

 

彼女がフェイリスであればなんの不満もなかった。

 

「リア充爆発しろとダルに言われそうだな」

 

前の世界線では。

 

そんなことを考えながら歩いていると段々と明るく賑やかになってきているのを感じた。

 

駅も近いらしい。

 

今から帰ると何時頃になるのだろうか。

 

携帯で乗り換え検索をしようと携帯を取り出すと見知った顔を見つけた。

 

「まゆり!」

 

「どちら様……あぁ、フェリスちゃんの彼氏さんですね。こんばんはー」

 

まゆりは相変わらずどこか抜けた声で俺の方を向いて頭を下げた。

 

学校の鞄を右手に持っている。

 

学校からそのままバイトでもしに来たのだろうか。

 

服装も雰囲気も以前と変わらないのにその言葉にはどこか距離を感じて少し哀しくなる。

 

「これから帰るのか?」

 

「えーと、まゆしぃはそうですよー。えーと……」

 

「岡部だ。岡部倫太郎だ」

 

「岡部倫太郎……オカリンだね。えーとオカリンさんはお家に帰るんですか?」

 

「あぁ、そうだよ。そのまゆりも家に帰る所か?」

 

はい。

 

まゆりは頷いた。

 

「まゆしぃは池袋の方なんですけど、オカリンさんはどちらですか?」

 

「俺も池袋の方だ」

 

「なら一緒に帰りましょうかー」

 

「そうだな」

 

会社帰りのサラリーマンたちと共に俺とまゆりは秋葉原から山手線に乗り込む。

 

「まゆりはさ、今も池袋に住んでいるのか?」

 

「今も?まゆしぃは昔からずっとそこに住んでるのです」

 

流れる景色を余所に俺は言葉を続ける。

 

「俺も昔からそこの近くに住んでるんだが覚えてないか?」

 

まゆりは俺の言葉に昔を思い出すかのように中空を眺めていた。

 

一分かそこらだろうか。

 

考えた後に首を横に振る。

 

「オカリンなんて覚えてないよー。なんでそんなこと聞くのかなオカリンさん」

 

「い、いや、俺の記憶だと昔会った記憶があってな。その、まゆりに似た人に」

 

世界線が変わっている以上俺が体験した過去とは違うかもしれない。

 

『次はー池袋、池袋』

 

車掌のアナウンスが車内に響く。

 

そのアナウンスを聞いて何人かが席を立った。

 

俺もまゆりも出口の方に向く。

 

出口が開くとまるで雪崩のように人の出入りがあり、ようやくのことで駅から出るとまゆりもすぐ後ろにいた。

 

やはり家が近所なのはこの世界でも同じなようで駅を出てからも暫く同じ道を歩き続けている。

 

「あ、オカリンさん」

 

「ん?どうかしたか?」

 

「やっぱり、まゆしぃは分からないのです。ごめんなさい……」

 

眉を下げてしょんぼりとした様子でまゆりは俺に頭を下げる。

 

「い、いや、謝らなくていいって。悪いなまゆり」

 

下げた頭の上になんの気なしに俺は手を置く。

 

無意識の行動だったが、すぐに思い直して手を離す。

 

その手をまゆりは不思議そうに見ていた。

 

「オカリンさんって、なんで白衣を着てるんですか?」

 

「そうだな。一応理系の学生だからと言うことにしておこうか」

 

冷静に考えると普段から着る理由なんてもうないのだな。

 

鳳凰院凶真なんてこの世界にいる理由もない。

 

「しておく?」

 

「あぁ、いや、何でもない」

 

俺が答えるとまゆりは首を傾げていた。

 

「んー、まゆしぃはですね。オカリンさんのことは思い出せなかったんですけど、白衣を着た人のことは覚えているのです」

 

「白衣を着ている? 医者か何かか?」

 

俺の言葉にまゆりは首を横に振る。

 

「えーとね。まゆしぃもあんまりはっきり覚えてるわけじゃないんだけどねー」

 

そう話ながらまゆりは不意に夜空に手を伸ばした。

 

釣られて俺も上を見るが特に何かがあるわけではない。

 

ただ、ビルの光に追いやられて見づらくなってしまった星空があるだけだった。

 

かつて俺が星屑との握手と名付けた行為だった。

 

その手に何を掴むのだろうか。

 

「鳳凰院なんとかって人が白衣を着てた気がするんだよー」

 

「なっ……」

 

思わず俺は言葉を失う。

 

鳳凰院とは、鳳凰院凶真とは俺のことなのだ。

 

確かに、フェイリスは俺のことを呼んでも凶真と呼ぶだけで苗字の方を呼ぶことはないだろうからまゆりがフェイリスの言っている凶真=鳳凰院=俺という図式は成り立たち辛いだろう。

 

俺の動揺を余所にまゆりは言葉を続けた。

 

「こうやって星を掴もうとするとふと思い出すことがあるんだよー。今思うと、おばあちゃんのお参りの時もそんな人がいた気がするねー」

 

「そうか……」

 

今ここで俺がその人だと言っていいのだろうか。

 

俺は逡巡する。

 

「あ、まゆしぃはこっちなのです」

 

「え」

 

まゆりは分かれ道で俺と反対の方を指差した。

 

俺の記憶ではまゆりはこの道を同じ方向に歩くはずだ。

 

「こっちじゃないのか?」

 

「はい。まゆしぃはちょっと引越したのです。学校は変わらなかったですけど、集団登校とかはずれちゃったなー。あの時は恥ずかしかったなー」

 

「そうなのか。悪いな。まゆり」

 

「別にいいよー。それじゃ、オカリンさんじゃあね。フェリスちゃんと喧嘩しちゃダメだ

よー」

 

「そっちもな」

 

俺とまゆりはそこで別れた。

 

まゆりの家は場所が変わっていた。

 

俺の家も変わっている可能性は否定できない。

 

流石にフェイリスに電話して『俺の家ってどこだっけ?』などと馬鹿げた質問は出来るわけがない。

 

最悪、探し回らなければならないな。

 

しかし、そんな考えは全く杞憂でいつもと同じ所に俺の家があった。

 

安心したような残念なような気持ちを抱えながら俺は家の玄関から入る。

 

両親とそれとなく話し、自分の部屋に行く。

 

内装が変わった様子はない。

 

冷静に考えてみれば、先程のまゆりの話を聞く限り俺は中学生から中二病を患っていたらしいので今までの世界線と俺自身は変わっていないのだ。

 

だから当たり前と言えば当たり前だ。

 

俺は携帯を充電器に繋ぎ、フェイリスにメールで家に着いた連絡を入れると押入れを開けた。

 

「掃除ぐらいしておいて欲しいものだな。過去の俺よ」

 

俺の知らない自分に向かってそう言って押入れの中から目的の物を探し始める。

 

あった。

 

目的の物を掴むと俺は畳張りの床にそれを置く。

 

埃が溜まっていたが別に傷んでいる様子はなかった。

 

こんな物を見るとはな。

 

俺は意を決して中学校の卒業アルバムを開く。

 

「……いた。なんだ。将来の夢はマッドサイエンティストか」

 

正直大分痛い。

 

きっと今頃読み返した同級生がいるならば同じことを思っただろう。

 

しかし、これで確信が持てた。

 

まゆりの記憶の中にいる白衣の男は俺であると。

 

ヴーヴー。

 

自分の黒歴史のページは早々に閉じ、思い出に耽っていると携帯が振動していた。

 

誰だろうか。

 

画面を見ると『フェイリス』と表示されていた。

 

その画面を見て通話ボタンを押す。

 

『もしもしー、凶真かニャー?』

 

「そうだ。どうした」

 

『実は、今あいつらに追われてるのニャ……』

 

「なんだと……! おかしい、あいつらは俺がこの右手でトドメを刺したはずなのだ

が……」

 

『なんとかフェイリスも力を解放して撃退したけど、正直次は勝てるか分からないニャ』

 

「任せておけ、次はこの俺自らが駆けつけようぞ。この狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真がな!」

 

『流石だニャー。ま。それは次の機会にでも期待しておくニャ』

 

「そうか」

 

自分から話を振った割には随分と雑にフェイリスは話を変えた。

 

『凶真、帰りにマユシィに会ったニャ?』

 

「会ったぞ。なんだ連絡が来たのか?」

 

『そうニャ。何だか仲良くなったらしいじゃにゃいかー』

 

電話口でフェイリスは笑っているようだった。

 

『あ、凶真。時間あるならskypeで話そうニャ。携帯電話のお金がかかりすぎるとパパに叱られてしまうニャ』

 

「おう、分かった。じゃ、一回切るな」

 

『はいニャー』

 

俺はフェイリスが電話を切ったのを確認してからパソコンを点けた。

 

なるほどこの世界の俺はskypeを使っていたのか。

 

端的に言うならばskypeパソコンで電話をするようなものだ。

 

試しに起動させてみると『フェイリス』と言う名前の友人がいる。

 

向こうもパソコンを起動させたようで丁度オンラインにマークに変わっていた。

 

程なくしてから向こう側から着信が入る。

 

『見えてるかニャ?』

 

「ちょっと待ってな」

 

俺も自分のカメラを設置してディスプレイを見る。

 

ディスプレイにはメイド服から私服に着替えたフェイリスがこちらを覗くように見ていた。

 

「見えたぞ」

 

『こっちも平気だニャー。それで、凶真はマユシィに何を聞いてたのニャン?』

 

「ん?ちょっとな……」

 

俺の返答を聞いてフェイリスは目を細めて軽く舌なめずりをした。

 

その様子はまるで本物の猫を連想させる。

 

『んー?凶真はフェイリスにも言えないようなことをマユシィに聞いたのニャ?』

 

「そんなわけないが……」

 

『それじゃ、なんでそんなに焦ってるのニャ?』

 

「焦ってないぞ。ただ、まゆりにもリーディングシュタイナーがあるか試しただけだ」

 

『リーディングシュタイナーってあの凶真の能力ニャ?』

 

「そうだ」

 

そこまで話すと納得したのか画面の向こうで頷いていた。

 

「もしかして嫉妬でもしたのか?」

 

『な、そ、そんなことないニャ。凶真がそんな不誠実な人だとは思ってないニャ!』

 

そう弁解する割にはフェイリスの顔はどこか焦っている。

 

前の世界線ではこんな表情は見ることが出来なかったので新鮮だ。

 

『フェ、フェイリスは凶真のこと信じてるから、凶真も裏切らないで欲しいニャン……』

 

少ししょんぼりした様子で目尻を下げる。

 

何か言わなくては。

 

「だ、大丈夫だ。この鳳凰院凶真。盟友フェイリス・ニャンニャンを裏切るようなことをしないぞ」

 

こういう時でも鳳凰院に頼らなければ自分の気持ちを代弁出来ないのはどこか悔しかった。

 

『凶真……』

 

それでも安心してくれたのかフェイリスの肩が少し下がる。

 

『あ、そう言えば、今度いつ会えるかニャン?』

 

思い出したように話題を変えた。

 

しんみりした話はお互い得意じゃない。

 

正直な話、俺よりもメイクイーンでバイトをしているフェイリスの方が忙しい気がする。

 

多分冗談ではなく。

 

「フェイリスが空いてる時間でいいぞ」

 

『凶真は中々優しいニャ。そこまで甲斐性のあるセリフなんて中々吐けないニャンよー』

 

俺の言葉を好意的に解釈したのかフェイリスはにこやかに唇を緩める。

 

『じゃあ――』

 

フェイリスは自分のバイトが空いている時間を教えてくれた。

 

それを忘れないように俺はパソコンのメモ帳に書き込む。

 

『それじゃ、そろそろ寝るのニャ』

 

「あぁ、おやすみ。フェイリス」

 

『聞こえないニャー』

 

やや、ムッとした表情を見せながら自分の耳に手を当てて画面に頭を近づける。

 

そう言えば、二人の時は呼び方が違ったな。

 

「おやすみ、留未穂」

 

『ニャーン。おやすみ。凶真』

 

手を振るフェイリスを見ていると程なくしてディスプレイからフェイリスが消える。

 

部屋に掛けてある安物の時計を見るともう十二時を回っていた。

 

夏休みなので大学はないがそろそろ風呂に入らなければ親に怒られるに違いない。

 

一人暮らしならば好きな時間に入ればいいのだろうが実家暮らしはそういう訳にもいかなかった。

 

十二時を回っているので俺は寝静まった両親を起こさないようにそっと風呂場に行くと静かに湯船に浸かる。

 

「ふぅ……」

 

湯船で一息を吐くと俺は天井に向かって手を伸ばした。

 

まゆりのように。

 

その右手は何も掴むことはなかった。




読んでくれる感謝です。

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