しかし、今回は前回と違い書き溜めていない為更新はやや遅めになります。
話の整合性にはなるべく注意して書きますのでどうかご容赦下さいませ。
「凶真?本当に思い出せないのかニャン?」
フェイリスの言葉に俺は力なく首を横に振る。
――雷ネットの決勝戦、フェイリスが強いとは言えルールを知らない俺がいては勝負にはならなかった。
負けたのだ。
準優勝。
この世界線の記憶がない俺にとっては実感が湧かなかった。
フェイリスも思うことがあるはずなのだが、応援してくれていた知り合いに向かって笑顔でお礼を言っていた。
俺の服の裾を指が白くなるほどの力で掴みながら。
駆け寄ろうとする知り合いを軽く受け流しながらフェイリスは俺の耳元で小さく呟く。
「……少ししたらフェイリスの部屋に来て欲しいニャン」
俺の返答も聴かずにフェイリスはどこかに歩いていってしまった。
「いやー、惜しかったですな。鳳凰院氏」
誰かに肩を叩かれる。
振り向くと見慣れた顔があった。
ラボメン、いや、かつて違う世界線ではラボメンであったダルこと橋田至が興奮した面持ちでそんなことを言っていた。
「全く、鳳凰院氏が万全であれば間違いなく勝てましたな」
「そうだな。悪いがダル、いや、は、橋田。俺は行かなきゃいけない所があるからここで失礼するぞ」
そう言い残して俺はその場を去る。
後ろでダルが何か言っていた気がしたが特に気にならなかった。
「どうにも調子が狂う」
フェイリスのマンションに向かう道中俺は歩きながらダルとのやり取りを思い出していた。
今までは世界線が変動したとしてもダルや、まゆりと知り合いではないという世界線はなかった。
そのせいか微妙な距離感に戸惑ってしまう。
こっちはいつもと同じ感じで話しても向こうの頭には疑問符が浮かんでいるのが今の状況だ。
幸いにしてフェイリスの家は世界線が変動しても同じ場所にあったようで迷うことなくエントランスに到着して、慣れた手つきで番号を押す。
『凶真ニャン?』
「あぁ、俺だ。約束通り来たぞ」
俺が返事をすると自動ドアが開いた。
中に入るとエレベータでフェイリスが住んでいる階まで上がる。
ここに来る度に思うのだが本当に金持ちなんだな……。
普通に生活していたらまず入ることはないだろうマンションの内装を見ながら俺は嘆息する。
エレベータが指定した階に止まったので俺は降りてフェイリスの家のドアをノックした。
「どうぞー、ニャン」
中からフェイリスの声が聞こえたのでドアノブを捻ると鍵は掛かっていなかったようで簡単に開いた。
玄関を見てみると今は、フェイリス以外の人間がいないらしい。
小さなフェイリスの靴がちょこんと置かれているだけだ。
「今日はフェイリスだけしかいないニャン」
そんな俺の心を読んだのかフェイリスは微笑む。
まだ着替えていないのか、それともそのままでいるつもりなのか知らないがメイド服を着たままで、ネコミミも標準装備している。
「そうか。それで、どうした。わざわざ家に呼ぶなんて」
「んー、それは、フェイリスの部屋に来たら教えるニャン」
鼻歌混じりでフェイリスは自分の部屋のドアを開けて俺を猫のような仕草で手招いた。
その部屋でしか出来ないことはなんだろうか。
俺は一瞬思いを巡らせたがすぐに考えることを止めてフェイリスの元へと歩く。
「それで、なんだ?」
「いいから入るニャン。あ、ドアを閉めるニャ」
言われた通りに俺は部屋に入るとドアを閉めた。
「だから――」
その言葉の続きを俺は発せなかった。
フェイリスは俺の胸辺りに頭を押し付けるようにしていたからだ――。
「……」
「凶真、本当に思い出せないのかニャン?」
沈黙の後、先程と同じセリフをフェイリスは吐いた。
フェイリスとドアにサンドイッチされるように挟まれた俺はその問いに答えなかった。
沈黙は雄弁であるのに。
「そっか……覚えてないんだ」
「フェイリス……」
急に語尾を普通の言葉使いに戻してフェイリスは寂しそうな声を上げる。
「今日負けちゃったね」
「俺のせいでな」
「ううん。私が強くなかったから」
フェイリスは首を横に振る。
「俺が記憶を取り戻してたら問題なかったんだよ」
「皆おめでとうって言ってくれた」
「そうだな」
「……私、ちゃんと笑えてた?」
「あぁ、ニャンニャン言ってたぞ」
「……」
それきりフェイリスは何も喋ることなく静かに肩を震わせた。
それに掛ける言葉が見つからなかった俺はただしっとりと濡れるシャツの感触を噛みしめる。
今出来るのはフェイリスの肩をそっと抱くことだけだろうか。
俺は確かにリーディングシュタイナーと呼ばれる異なる世界線の出来事を記憶することが出来る。
出来るのだ。
事実この世界線では知り合いでも何でもないダルや、まゆりや紅莉栖のことまで覚えている。
それなのに何故。
俺は自分の心の中で何度問うただろう。
違う過去の記憶なんて要らない。
この世界でフェイリスと刻んだ記憶を思い出したかった。
違う俺の記憶を。
思い出しようがないのは分かっているのだが。
それでも。
それでもだ。
「大丈夫かフェイリス?」
こんな時でさえ気の利いたセリフを上手く思いつかない俺は、努めていつも通りの口調で話しかけた。
どうやら聞こえてはいるようで俺の言葉を聞くと首を横に振った。
大丈夫じゃない。と答えられた場合どうすればいいのか考えていなかった。
「……留未穂って」
「ん?」
「二人だけの時は留美穂って呼んで欲しいニャ」
くぐもった声でフェイリスはそう応える。
「ん?あ、そうだな。俺は留未穂の王子様だからな」
違う世界線にいた頃にフェイリスが俺に言った言葉を真似た。
少しでも安心させる為に。
「ニャッ?」
どうやら効果はあったようで濡れた頬を紅潮させながらフェイリスは俺の目を見ていた。
その目は驚きに見開かれている。
「え、え、私そんなこと言ったっけ……」
「違ったか?」
「え、いや、ううん、違わないけど。確かに凶真は私の王子様だよ……」
観念したのか僅かに目を細めてまた顔を俺の胸に顔をうずめる。
言うのは平気なのだが誰かの口から聞かされるのは気恥ずかしいものだったのだろう。
それからもう少しかかってフェイリスは落ち着いたようでゆっくり体を離した。
ふと、窓の外は真っ暗になっていることに気が付いた。
結構な時間、抱き合っていたらしい。
体感時間ではほんの一瞬だった気がするが。
「相対性理論か」
一瞬懐かしい言葉を思い出した。
もう知り合いでもなんでもないのに。
フェイリスは俺から体を離すとベッドに体を沈ませた。
「ありがとニャ凶真」
「別にどうということはない」
その笑顔は反則だ。
この世界線での俺はどうだったか知らないが、今の俺はそこまで素直にお礼を言われるのには慣れていないためどうも気恥ずかしくて目を天井に移す。
「流石、凶真ニャ。私の、王子様」
突然白衣の裾を引っ張られて俺はベッドに倒れ込んだ。
「うぉっ……」
何が起きたか理解する前にフェイリスの顔が間近にあった。
「な……、フェイリスど――」
「留未穂、ニャ」
俺の唇に人指し指を当ててフェイリスは微笑む。
その微笑みはどこか有無を言わせないものがあった。
「悪い。る、留未穂」
「それでいいニャ。ん……凶真ぁ」
まるで猫のようにフェイリスは俺にしなだれかかる。
こう頼られるのは男として悪くない。
頭を肩に乗せられた時にフワリといい香りがして頭が揺れる。
フェイリスの重さを感じながら俺はこの世界線のことを考えていた。
「凶真?なにを考えているのニャ?」
反応がないのを不審に思ったのか心配そうな顔でフェイリスは俺を見ていた。
その瞳は揺れている。
「大丈夫だ。それより一つ聞いていいか?」
「ん?なんだニャ?」
ネコミミをピクピク動かしてフェイリスは返事をする。
「えーと、まゆりのことなんだが……」
「……なんで、二人っきりの時に他の女の子の名前が出てくるニャン?」
癪に障ったのかムッと眉を上げて俺の頬を掴む。
「悪かった。悪かったから頬を引っ張らないでくれ。ただ、俺の記憶に関する話でさ……」
「凶真の記憶に関する話でどうしてマユシィが出てくるのニャ?」
「実はだな、俺とまゆりは幼馴染なんだ」
「だから、なんでマユシィのことをそんなに親しげに呼ぶのニャー」
フェイリスが俺の頬を握る力が更に強くなった。
最初こそ痛かったが今はもう痺れてきて感覚がなくなってきていた。
嫉妬でもしているのか。
「すまん。じゃあその推名さんと俺は近所に住んでたんだよ」
「ふーん。聞いたことなかったけど、それが凶真の記憶とどう関係してるのニャ?」
「ふむ。それはだな。この鳳凰院凶真にはリーディングシュタイナーという世界を駆ける能力があってだな……」
「凶真ぁ、私は真面目な話をしているんだニャー」
「いや、俺も真面目だ。なんなら鳳凰院ではなく、岡部倫太郎として言ってもいい。俺は世界を駆ける能力があるんだ」
「まぁ、信じてあげるニャ」
とりあえず納得したのか頬から手を離し、俺から距離を取る。
確かに密着したままだと話辛いのだが、少し寂しかった。
「今から話すのは中二病的な妄想じゃなくて事実なんだが--」
俺は今まで体感してきた世界線の出来事を話した。
「凶真も大変なことしてるニャねぇ……」
「俺は別にそんなことはしてないがな」
こんな夢物語を信じてくれるのは正直嬉しかった。
安堵する俺と対照的にフェイリスは俺をじっと見ていた。
「ん。どうした留未穂?」
「凶真。まだ私に何か隠してないかニャ?」
俺は黙って首を横に振る。
隠し事はあった。
この世界線に来た理由。
それはまだ話していなかった。
言えるはずがない。
フェイリスの父親を殺さない為に俺がこの世界に来たなんて。
「ま。いいニャン。いずれ話して貰うニャン」
「お話しは終わったのかい?」
「え?」
その声に俺は振り向く。
「こんばんは」
声の主はフェイリスの父秋葉幸高だった。
帰ってきたばかりなのかネクタイを取っただけのスーツ姿でドアから顔を出していた。
「い、一体いつからいたの?」
「そうだな。岡部君が世界を超える話を仕出した時からかな」
「結構いたんですね……」
声でも掛けてくれればよかったのにと思いながら俺はフェイリスの父を見た。
「そんな、娘が幸せそうにしてるんだ邪魔出来るわけないじゃないか。それじゃあな岡部君」
そう言ってドアを閉めた。
「あ、どうする?夕飯食べていく?」
父親に見られた気恥ずかしさからかフェイリスの言葉遣いが素に戻っていた。
「そうだな。今日は帰るとするか」
「分かったニャン。下まで送るニャ」
フェイリスは埃を払うようにメイド服のスカートを払うと立ち上がって俺を見た。
「さ、行くニャン」
俺は差し出された小さなその手を取るとマンションの下まで降りる。
「じゃあね凶真。メールか、電話するから反応して欲しいニャ」
「あ、あぁ」
「ん?どうして赤面してるのかニャ?」
「い、いやなんでもない。じゃあな留未穂」
「はいニャーン」
手をヒラヒラと振りながらフェイリスはマンションの明りの中に消えていった。
とりあえず今日書いた分は以上です。
恐らく前に書いた作品のせいでキャラが壊れているかもしれませんがそこはすみません。
それでは読んで下さりありがとうございます。