ある日妹が増えまして   作:暁英琉

5 / 7
末妹はその想いをひた隠す

 受験勉強というのは第一に日頃の自分との戦い、第二に自分のメンタルとの戦いって言ったのはお兄ちゃんだった。まずはコツコツ勉強をして、受験が近づくにつれて感じるプレッシャーを乗り切れれば大抵成功するってことみたい。まあ、小町は結構プレッシャーに負けそうになった時にお兄ちゃんの軽口とかで乗りきれたとこもあるので、“自分との戦い”と言うよりは“お兄ちゃんを引き連れた自分との戦い”って感じだったわけだけど。

 要はなにが言いたいかと言うと――

「小町の総武高校合格を祝して、かんぱい!」

「「「かんぱーい!」」」

 小町はなんとか無事に、総武高校に合格することができました。これも一重にお兄ちゃんのおかげ、あ、今の小町的にポイント高い! まあ、去年はむしろお兄ちゃんの相談に乗ることが多かった気がするけど。

「えへへ、ありがとうございます」

 というわけで今日は小町の合格祝いパーティです! と言ってもサイゼでのちょっとしたお食事なんですけどね。ファミレスって少しはしゃぐ程度なら許されるし、高校生のお財布事情的にリーズナブルなのが嬉しい。

 お兄ちゃんといろはさんだけでなく、雪乃さんや結衣さんも来てくれて小町とってもうれしいのです!

「いやー、小町ちゃん合格出来て一安心だよー」

「ま、俺は信じてたぞ。由比ヶ浜が合格できて小町が受からない道理はない」

「どういうことだし!?」

 信じてたって言いながら合格発表日にはお兄ちゃん小町以上にそわそわしてたし、合格してた旨を電話で報告したら大号泣してたけどね。卒業式もそうだったけど、なんでお兄ちゃんの方が小町よりも泣いちゃうかな……。

「これで小町ちゃんもうちの生徒になったし、来年はもっと楽しそうだね~」

「確かにその通りなんだが、小町と話すために俺に乗っかってくるのやめてくれない? 重い」

「あ、お兄ちゃん女の子に重いとか最低ですよ~」

「肘がいてーんだよ肘が!」

 お兄ちゃんを挟んで隣に座っているいろはさんも合格の時は小町以上に喜んでくれた。そのせいでお兄ちゃんを宥めるの小町一人でやるはめになったんですけどね。

 小町が勉強合宿でお泊りに出かけたあの夜を境に、いろはさんは急速に元気になっているように感じる。家でもかなり話をするようになったし、よく笑うようになった。きっとお兄ちゃんがまたなんかやってくれたんだな、と思うと少し誇らしく思う。

 けど、お兄ちゃんへ向けられるいろはさんの視線に時々別の感情が混ざっているように感じるのは小町の気のせい、なのだろうか。なんだろう、あれは……怒り? 悲しみ? ひょっとしたらお兄ちゃんまたなんかやらかしたのかもしれない、ゴミいちゃんだし。けど、修学旅行の後の奉仕部みたいな感じじゃないし、ゴミいちゃんだったとしても一時的なものなのかな?

「小町さん、どうかしたのかしら?」

 考え事をしていてあまりしゃべらなかったせいか、雪乃さんに心配されてしまった。雪乃さんも初めてあったころに比べて丸くなったよね。最初の頃はこんな心配そうな顔想像できなかったし、これもお兄ちゃんの影響ですかな? いや、たぶん結衣さんの影響なんだろうなー、ゴミいちゃんにこんな芸当できないだろうし。

「いえいえ、来月からはこんな楽しい時間が学校でもできると思うと感慨深いのですよ」

「ふふ、そうね」

 実際、今までは小町だけ中学生で少し疎外感を感じていたので、学校でも皆さんと一緒というのはワクワクして仕方がない。いろはさんがきてから二人はお弁当持っていくようになったけど、中学までは給食だから小町だけお弁当ないのも不満だったしね!

「そういえば、小町ちゃんは部活どうするの?」

「それはもちろん奉仕部に……」

「いや、それはやめといた方がいいんじゃないか?」

 小町の言葉を遮るのはお兄ちゃん。まさか、女の子とのイチャコラ空間に小町は邪魔だと言うのだろうか。それは小町的にポイント低い。女性陣全員から睨まれたお兄ちゃんだけど、ちゃんとした理由があるみたい。

「いや、俺ら三人来年は三年だろ? 俺や雪ノ下はまだ大学受験に余裕があるにしても由比ヶ浜は論外だし、俺らが引退したら小町一人になっちまうじゃねえか」

「論外……」

 結衣さん、なんかこの間の試験学年最下位ギリギリだったって聞くし、小町もちょっと擁護できそうにないです……。それに、小町のことを考えてくれているのはポイント高いし……。お兄ちゃんって普段はデリカシーのかけらもないのに、時々小町のことちゃんと考えてくれるからドキドキしちゃうよ。ギャップ萌えってやつなのかな?

「確かにそうね。それに、小町さん一人になったら奉仕部の責務を全て押し付けてしまうことになるものね」

「そういうことだ。だいたい、生徒の手伝いを生徒がする部なんて普通は存在すること自体おかしいんだから、自然消滅するのが一番いい。むしろ、生徒会に入っていろはの手伝いをした方が有意義だろ」

「え、私次も生徒会長やるんですか?」

「え、むしろやらねえの?」

 お兄ちゃんといろはさんが顔を見合わせる。

「だって、次やるとなるとお兄ちゃんや葉山先輩に手伝ってもらえませんし」

「お前結局この三カ月ちょっと、一度も葉山に手伝い頼んでないけどな」

「だって、お兄ちゃんが優秀なんですもん」

「俺のせいかよ……」

 お兄ちゃん呆れてるけど、実際お兄ちゃん、いろはさんの手伝いで遅くなること多かったからなー。ていうか、この二人めちゃくちゃ仲良いよね。いや、兄妹仲がいいのは末の妹としてもうれしいことなんだけど。

「そんなこと言うならもう手伝わんぞ」

「わー! お兄ちゃん待って! 冗談ですから! ほら、あ~んしてあげますから!」

「なぜする必要があるのか分からないんだけど……」

 なんか仲良くしすぎな気がする。小町のお祝いなのにいちゃいちゃする兄と姉……小町的に……なんていうか……むぅぅぅ……。

「お兄ちゃん!」

「ど、どうした小町?」

「はい! 小町からもあーん」

 小町の手元にあったアラビアータをフォークに指してお兄ちゃんの口元にずいっと突き出す。線対象に反対側にはいろはさんがシーフードグラタンを差し出しています。

 お兄ちゃんを挟んでいろはさんと視線が交錯する。いろはさんの方が姉だけど、小町の方が妹歴は長いんだから! 

 お兄ちゃんの一人占めは許しません!

 

 

*   *   *

 

 

「疲れた……」

 なぜか流れで二人の妹から「あーん」を強要されたあげく、雪ノ下と由比ヶ浜から冷ややかな視線を向けられた。どうして被害者の俺がそんな目で見られなきゃいけないんですかね……。本当に女の子って理不尽。

「まったく、お前ら調子乗りすぎ……」

「「ごめんなさ~い」」

 なんで二人してそんなかわいくハモってんの? あざといは皆姉妹なの? ほんとかわいいからやめて、お兄ちゃん死んじゃう。

 はあ、と息を吐く。三月になって少しずつ暖かくなってきたと言っても、口から洩れる呼気は白いもやを形成する。夜になれば気温はぐっと下がってコートを着ていても沁みるような寒さに体が苛まれる。

 両脇からとんっと軽い衝撃。目をやると両方の腕に二人の妹が抱きついていた。

「歩きづらい……」

「だって寒いんですも~ん」

「お兄ちゃんぬっくぬくー!」

 まあ、歩きづらいけど二人とも軽いし、つうか本当に軽いなこいつら。ほとんど同じもの食ってるはずなのになんでこんなに軽いんだ? 人体の神秘すごい。

「そうだ小町ちゃん! 今度の日曜にららぽに買い物に行こうよ!」

「あ、いいですね! 最近ほとんど出かけてませんでしたし、自分へのご褒美ですね!」

 お前は中学生にして丸ノ内のOLみたいなこと言ってんじゃねえよ。ああいうOLって自分にご褒美って時じゃなくても絶対いろいろ買ってるよな。ご褒美の概念が乱れる!

「もちろん、お兄ちゃんも一緒に行くよね?」

「えー……」

 あぁ、なんか二人とも目がランランと輝いてるなー。これ逃げられない上に完全に荷物持ちさせられるパターンだわ。

 まあ、小町が頑張っていたのは事実だからな。多少のわがままは聞いてやるのがお兄ちゃんというものだ。

「……分かったよ」

「「やったー!」」

 俺の目の前でハイタッチをかます二人。本当に最近息ぴったりだな、やっぱりあざとシスターズは伊達ではなかった。

「…………」

 ふと横目にいろはを見る。ケラケラと楽しそうに笑うその顔は少しだけ仮面を被っているように見える。正確には何かを隠しているように、だろうか。おそらく俺以外には分からない程度の薄い仮面。

 あの日を境にいろはは吹っ切れたように明るく振る舞っていた。急な変化に一時は小町も両親も驚いていたが、悪い変化ではないので受け入れていた。

 おそらく、悪い変化ではないのだろう。明るくなることが悪いことであるとは思えない。

 しかし、俺にはいろはのその変化が一概にいいこととも思えないでいた。

 

 

「…………」

 夜中になるといろはは毎晩俺のベッドに潜り込んでくる。そこに昼のような明るさはなく、しかし、どこか妖しい艶を含んだ空気を纏っている。

「お兄ちゃん……」

「…………」

 か細い声に俺はなにも答えない。声を上げれば、この存在が消えてしまいそうで怖いのだ。壊れてしまいそうで、それが……怖い。

「お兄……ちゃん……」

 幾度となく、唇同士が甘く触れあう。いろはからもたらされる柔らかな触れ合いに、俺は拒絶を示さない。露骨に受け入れることもしない。なにもせず、いろはのしたいようにさせることで救済を行う。

 数度の触れ合いの後、いろはは俺の胸に顔を埋めると、しばらくして規則正しい呼吸が聞こえてくる。それを確認すると、ぽんぽんと軽く頭を撫でてやり、俺も眠りについた。

 こんなことが何になるのか、俺には分からない。分からないけれど、できることがあるのならやるしかなかった。

 

 

*   *   *

 

 

 そして社畜のような平日を終えて日曜日。俺たち三人はららぽーとに来ているわけだが、さっそく精神的に疲れている。

 いや、今日のヒーロータイムは録画予約を三回確認したから大丈夫。その点は抜かりない。しかし、今俺の精神を蝕んでいるのは周囲の視線である。

 いやねもうね、最近妹たちと外に出るとこの間みたいに腕にしがみついてくることがしょっちゅうなんだが、三人で人の多いところに出かけるのは今日が初めて。右腕に小町、左腕にいろはを引き連れてリア充いっぱいのららぽ内を進んでいるわけだ。

 つまりね……男どもの呪詛混じりの視線が痛いんですよ。

 二人の時はまあ、時々見られる程度なんだが、三人だとどう見ても両手に花のハーレム王。しかも公衆の面前でイチャイチャするとか俺が周囲の男どもでも呪い殺す視線を突きつけるレベル。

 さらに彼女持ちの男までこっちを見ているせいで連鎖的に女性の視線まで俺に突き刺さって、ぼっちのメンタルはすでにボロボロ。そこは男をしっかり怒ってよ彼女さん……。

「あ、お兄ちゃん!あのお店行ってみようよ!」

「あ、あのお店なんてよくないですか、お兄ちゃん!」

 攻撃力を孕んだ視線から逃れるためにメンタル(豆腐)の中に閉じこもろうとしていると、小町といろはが気になる店を見つけたようだ。お互い“反対側”の店に向かう。……俺を掴んだまま。

「いだだだだだだ!!!」

 なぜだ!? なぜ俺は大岡裁きをされているんだ!? おかしいよ、八幡悪いことしてないのに!

「「あ、ごめんなさーい」」

 こいつら……。

「そもそも今日は小町のために来たんだから小町優先だろうが……」

「そうでした~、テヘッ」

「テヘッ、じゃねえよ」

 裏拳でコツンと額を小突くと「あたっ」と額を抑える。あざとかわいいからやめてね。

「むー……」

「どうした、小町?」

 なぜか唸っていた小町だったが、「なんでもない!」と俺をひっぱっていく。なんかよくわからんがプリプリ怒る小町がかわいいのでお兄ちゃん許しちゃうぞ。

 しかし、いかな妹のものとはいえ、女性物の服はよくわからん。そもそも俺自身が私服にさほど興味がないからな。むしろ制服最強まである。日常的に制服とかI-9029号みたい! 俺狙撃も格闘もできないけど、雄二君弟だけど。そういえば、風見家は千葉の姉弟? あ、なんだ彼らも同士か。

「お兄ちゃん、これどうかな?」

 小町が自分の身体に当てているのは春物のワンピース。ふむ、普段元気系で攻めている小町に珍しく清楚系に挑戦するわけだな、なんて言えば「うわお兄ちゃんキモい」と言われるのは必至。だから俺の返答は決まっているのだ。

「あー、うん。世界一かわいいぞ」

「うっわ適当だなー……」

 ま、こっちでも引かれるんですけどね。俺に逃げ場がないのは間違っている。

「お兄ちゃん、これなんてどうですか!」

 今度はいろはが薄でのピンクパーカーを羽織って見せてきた。

「ふむ、世界一似合ってるぞ」

「うっわ……」

 うっわって……うっわって……「適当だなー」がないだけで精神へのダメージが高まって吐血しそう。

 その後も俺にいろいろと服を見せてくる小町といろはを適当にあしらって時々引かれて凹んでを繰り返していると、時間はお昼時になっていた。俺の手には多数の包装された袋。いろはも昨日親父から金をもらっていたはずだが、使うのは忍びないらしく、見て回るだけで満足するつもりだったらしい。が、せっかく来たのだ。年頃の女の子ならいろいろ欲しいのだろうと思い、少し買ってやった。もちろん平等に小町の分も。人間は平等ではないから、兄は妹に平等でなければならない、ってブリタニアな若本さんも言ってた。いや、言ってないかも。

「そろそろ飯にするか」

「うん! あ、お兄ちゃん! あのお店前から気になってたからあそこ行こうよ!」

「分かったから、そんなに慌てるとこけるぞ」

「大丈夫だって……あっ」

「「あっ……」」

 フラグ回収の早すぎる末の妹は駆けだそうとした途端に足を取られてバランスを崩してしまう。その姿が見えたときには俺の身体は自然と動いていて、小町の肩を掴んで抱きしめるように引きよせていた。

「ったく、大丈夫か?」

「…………」

 返事がない、ただの小町のようだ。いや、たぶん外傷はないはずなんだが、もしあったら俺の胸板が凶器と言うことになってしまう。

「おーい、小町ー?」

「はっ、あ、うん。大丈夫大丈夫!」

 ぺちぺちと頬を軽く叩いてみるとようやく小町が反応した。大丈夫と繰り返しながらパタパタと店の方に駆けていってしまった。また転ぶぞお前……。

「どうしたんだ、あいつ……」

「は、はは……」

「? なんだよ……」

 まるでわけのわからん末妹の行動に首をひねると、隣の長女が乾いた笑いで返してきた。顔を向けると、なぜか呆れた顔をされる。

「お兄ちゃんって、やっぱりあざといですよね」

「それ、お前ら妹たちには絶対言われたくないわ」

 よくわからんことを言ってくるので適当に流して、俺達も小町のところに向かった。

 

 

*   *   *

 

 

「うー……」

 眠れない……。掛け布団にくるまってだいぶ経つのに全然眠れない小町です。

 眠れない原因は分かってる。昼間予期せずしてお兄ちゃんに抱きしめられてしまったせいだ。

 抱きしめられてあんなことを言われたのはたぶんあの時以来。家出した小町をお兄ちゃんが探しに来てくれた時以来だ。見つかった時は怒られると思って震えていた。けど、お兄ちゃんは優しく小町を抱きしてめて――

 

 ――大丈夫か?

 

 一言だけ言って優しく包み込んでくれた。口下手で友達がいなくて、どうしようもなくて、でも優しいお兄ちゃん。あの頃も今も、お兄ちゃんは大きくて、きっとこんなに大きい人は生涯小町の前には現れないって感じて……。

「~~~~~~~」

 枕に顔をうずめてなんとか声を押し殺す。顔が燃えるみたいに熱い。きっと今鏡を見たら小町の顔はアニメみたいに真っ赤なのだろう。

 きっとあの時から、小町の心はお兄ちゃんに向いていたんだ。けれど、小町は妹だから、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから、心の箱にそっと蓋をした。

 けど、その蓋は開いてしまった。閉じるすべはもうない。けど、嫌われたくないから、拒絶されたくないから、暴れまわる心は隠さないと。

 お兄ちゃんは新しくできたお姉ちゃんのことでまだ大変なんだから、小町は迷惑をかけないようにしないと。

 溢れそうな想いを隠すのは疲れる。疲れて、疲れて……眠くなる。

「お兄ちゃん……好きだよ……」

 暗転。

 




千葉の兄妹という安定感のある概念

5話目にしてようやく小町参上
小町は総武高校に受かる運命だからえるくん原作の方も安心してるやで(そわそわ

小町の総武高校制服姿見たい(血涙

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。