あの日からの五日間は目まぐるしく過ぎていった。
大事をとってそう強くない、体の調整ができるような相手に一人一度は出陣し、食事はスタミナのつくような献立に、睡眠不足を防ぐために霊力の安定化を図る調整を、そして刀装の補充を行った。
鍛刀はしなかったものの、戦場でも新しい出会いがなかったのは良いのか悪いのか。練度の低い方の初めての戦がこんな最悪の状況では酷いから良かったのかもしれない、と納得するしかない。
「歌仙さまはお上手ですね〜」
「武具の拵えは得意でね。それより君、ここにいて平気なのかい?」
「ちょっとだけ休憩です〜。みんなわたしに気を使いすぎなんです。おかげで放置してくれる方が少なくて、おちおち休めないんですよ〜?」
愛されるのも大変です、と冗談めかして言えば、歌仙さまはのんびりと笑った。
「僕らの主は少し危なっかしいからね、心配になるのも無理はない。が、休むのもままならないとは問題だね。みんなにはもう少し雑に扱うよう言っておこうか」
「雑にって…まあ、その方が楽ですけどね〜」
くすくすと笑いあう。今わたしをきちんと叱ってくれるのが歌仙さまくらいだから、ついつい甘えたくなってしまうのだ。雑に、というのは少し泣けるけど、もう少しラフに接してくれてもいいと思う。
わたしはただの小娘です!って叫んでみようかしら。
「おや、もう行くのかい」
「はい。あとで小夜さまを呼んでみますね。一人ではつまらないでしょうし。すいませんがもう少し頑張ってください」
では、と作成部屋を後にする。小夜さまはどこかしら。
*** *** ***
日暮れも近い頃、わたしは一足早く風呂を済ませていた。明日は昼過ぎには出発するから、午前中缶詰をして提出用の資料をまとめなければならない。普段からやっているからそう多くはないのだけど、それ以外に、万が一に備えた仕事をしなければならない。みんなには万が一がないようにって言ったのはわたしなのに。
「人間は脆いから、」
「それを守るのが俺たちだよ、あるじ」
「清光さま」
障子の向こうから声が飛んでくる。独り言だったつもりだったのに。影が手を振ったので、隣の障子を開いて顔を出した。
「夕飯できたよ。一緒に行こう?」
「はい」
部屋の明かりを消して外に出る。行こうというのに清光さまはなかなか動こうとしなかった。
「…清光さま?」
「…ねえ、お願いがあるんだけど」
「はい」
面と向かって真面目にお願いだなんて珍しい。普段なら前置きのないおねだりなのに。
真面目な交渉ならば、とわたしもそれらしい表情を取り繕った。
「俺さ、本丸待機組にして」
「…いいんですか」
実は、出発前日だというのにまだ迷っていた。戦力として欲しい方、本丸に残す必要がある方、そういう分け方をしていくと、自然と練度の低い最近来た方を残すことになる。けれどいざという時統率できる方や守る力のある方がいなければ、本丸は崩壊してしまう。
清光さまは、どちらと言われれば戦力に欲しい方だった。
「俺ね、あるじが大好きだよ。目一杯可愛がってくれて、みんなにも優しくしてくれて、折れないように細心の注意を払って、って俺たちのためにそこまでしてくれるあるじが大好きで守りたいよ。だから、あるじに迷惑かけたくないんだ」
「迷惑?」
尋ねれば、普段のような可愛らしい笑顔ではなく、痛々しい泣きそうな微笑みが返ってきた。
こんな顔、いやだ。
「きっと、殺しちゃうから。あるじを囮にして、死んでもいいなんて思ってる連中を殺さずにいられる自信がない。そんなことしたら、困るでしょ?」
「…そう、ですね」
他に返事ができなかった。嫌だって言わなきゃいけないのに。言いたいのに言えない。
清光さまは初期刀で、この本丸で一番付き合いが長くて、お互いに頼ることを覚えた。同時に、心配かけまいと迷惑になるまいと思うようになった。お互いそれをよく知っている。
「ごはん行こ?お腹減っちゃったよ」
「…はい」
「集会で部隊発表するんでしょ?ちゃんと言える〜?」
「…言えますよ」
「…大丈夫。絶対、本丸も、あるじも紫黒さんも守るから。みんな強いよ、絶対誰も欠けず帰ってこれるよ」
夕食の匂いのする大広間の障子を引く。
中で待つみんなはすでに覚悟の決まった顔をしていて、どこに配属されてもきっと文句は言わないだろう。
一歩踏み入れ、顔を上げる。
「はい」
最後の返事をして自分の席に着く。
明日は何もしなくても来てしまう。ならば、足掻いてやろうではないか。
*** *** ***
「では、行ってきます。清光さま、留守をお願いしますね。明後日の夕方には帰り着く予定なので」
「うん。気をつけて」
清光さまを近侍に練度の低い堀川さま、山伏さま、宗三さまの四人が残る。練度が低いとはいえ、この3人は落ち着き払い、きっと清光さまの指示に従って本丸を守ってくれるだろう。
「小夜を、お願いしますよ」
「もちろんです。決して一人たりとも戦場には残してきませんよ〜」
気丈に振る舞い笑顔を見せる。紫黒は心配するそぶりも見せなかったけど、多分引き止めたい気持ちでいっぱいなんだろう。
ごめんなさい。でも、いくら同期が嫌いでも、やっぱり見捨てられない。
ぎゅっと抱きしめられた。よく知ってる香水の匂い。清光さまが、子供をあやすようにわたしを抱きしめていた。
「帰ってきたら、ご馳走作ってあげるからね」
「はい。楽しみにしています〜」
体を離して手を重ねる。その手に書庫の鍵を預け、背を向けた。
「さあ、戦場に向かいましょうか」
*** *** ***
三つに分けた部隊の総隊長は、第二部隊の部隊長に指名した歌仙さまだ。
その歌仙さま率いる第二部隊が主力。メンバーは同田貫さま、青江さま、鳴狐さま、太郎さま、蜂須賀さま。
第三部隊は国俊さま率いる偵察部隊。乱さま、厚さま、五虎退さま、平野さま、秋田さま。
最後の第四部隊は、遊撃と他の補佐を行う。薬研さまが部隊長で、鯰尾さま、骨喰さま、今剣さま、小夜さま、倶利伽羅さまが編成されている。
作戦としては、わたしが彼らと自分の間に結界を張り、政府に気取られないようにする。何事もなければそのまま帰還、想定通り歴史修正主義者が来たのならば撃破、できれば捕獲。優先すべきはこちら側全ての命。
総勢18名とわたしたち2人で行う大規模作戦は初めてだから、大分頭を使ったけれど、これ以上の策はないように思えた。
*** *** ***
結果、わたしの策は失敗に終わった。
ここまで閲覧ありがとうございました!物吉くん実装されますね!待ち遠しくて夜しか眠れません!(笑)今は小判集めに勤しんでおります…みなさんはどれくらい貯めているんでしょうか?
次回の更新は11/2を予定しております。