ベイビー・パニック   作:高嶺 蒼

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ベイビー・パニック 3

 レオを連れたまま、館長室に向かおうとした乙女は、途中で方向転換して竜宮に向かっていた。

 幼いレオに館長の男気ある迫力満点の姿は、刺激が強すぎるだろうと考えたのだ。

 

 竜宮に行けば、生徒会の誰かはいるだろう。

 隠しておける事ではないし、まずは生徒会のメンバーに抱けでも事情を話して、館長への説明に赴く間レオを見ていてもらおうと考えたのだ。

 

 レオは、それ以外すがるものなどないとでも言うように、ぎゅっと乙女にしがみついている。それが何とも愛おしかった。

 

 

 「どこ、行くの?」

 

 「竜宮だ」

 

 「りゅーぐーじょー?お姫しゃま、いるの?」

 

 

 浦島太郎の話と勘違いしているらしい。

 首を傾げる仕草が可愛くて、思わずぐりぐりと頬ずりをしてしまう。

 それが嬉しかったのか、レオがきゃっきゃと笑った。

 

 「姫か。姫はいるぞ?ちょっと変わったお姫様だがな」

 

 生徒会長であり、竜宮の主、姫こと霧夜エリカの顔を思い浮かべながらふふっと笑う。

 乙女が笑ったことが嬉しかったのだろう。今度はレオが、さっきの乙女の真似をして頬をすり寄せてきた。

 余りに可愛くて、鼻血を吹いてしまいそうになる。

 しかし、根性でなんとか堪えて、乙女はレオと共に竜宮に駆け込んだ。

 

 

 

 

 「姫、いるか?」

 

 「乙女先輩、お疲れさま~」

 

 

 中に入ると、パソコンの前に姫がいた。

 他にも1年生のなごみと、レオ・姫と同じく2年生のよっぴーこと佐藤良美の姿もある。

 レオと幼なじみの3人、カニやフカヒレこと鮫永新一、伊達スバルの姿は見えない。

 スバルはいつもの如く陸上部に出ているのだろうが、フカヒレやカニは今日は先に帰されたのかもしれない。仕事がない時は、そう言うことが多いのだ。

 

 出来れば全員に事情を説明してしまいたかったが、いないのでは仕方がない。

 取りあえずは子守要員を3人確保出来ただけでよしとするか、と心の中で呟きながら、レオがみんなをよく見る事が出来るように抱き直し、まずは姫の方へ歩み寄った。

 

 

 「ほーら、レオ。お姫様だぞ」

 

 「お姫しゃま?」

 

 

 レオは興味津々とばかりに、姫の顔を見つめる。

 パソコンに向かって熱心に作業していた姫は、顔をあげてこちらを見たまま固まっている。

 

 

 「子連れって、どう言うこと?乙女先輩、迷子か何かですか?」

 

 「ん?迷子ではないぞ」

 

 「えーっと、じゃあ、親戚の子か何か、かしら?」

 

 「あー、親戚と言えば親戚だな。その認識は間違っていないぞ、姫」

 

 

 レオと乙女は親戚でいとこ同士だ。確かに間違ってはいない。

 乙女と姫のやりとりに興味を持ったのか、良美が近づいてくる。彼女はレオの顔をのぞき込んで顔を輝かせた。

 

 

 「うわー、可愛い子ですね。ボク、お名前は?お姉ちゃんはねぇ」

 

 「よっぴー、よ」

 

 

 自己紹介しようとした良美のセリフを横からさらって、姫が代わりに彼女の呼び名をレオに教える。

 

 

 「よっぴー?」

 

 「うう」

 

 

 レオは一発で覚えてしまった。良美は何だか悲しそうだ。

 だが、あえて訂正使用としないところに諦めがかいま見える。

 

 「ん、よく覚えられたな?偉いぞ」

 

 手を伸ばして柔らかな髪の毛を撫でやると、レオは嬉しそうに乙女の胸元にしがみついてくる。

 

 「あー!!!乙女先輩のおっぱい!!!」

 

 その様子を見た姫が叫んで、何だかうらやましそうにレオを睨んでいる。

 レオは大きな声にびっくりしたようで、更にしっかりと胸に抱きついてきた。

 

 「っこの、エロガキ!」

 

 ギリギリと歯ぎしりをする姫。

 

 

 「姫、落ち着け。きれいな顔が台無しだぞ?大きな声を出すな。レオが怯えているだろう?」

 

 「そうだよ、エリー。こんな小さな子に大人げないよ?」

 

 「うう、よっぴーまで味方に付けて・・・・・・」

 

 

 姫はショックを受けたように親友を見て、演技過剰に机に突っ伏す。

 慰めてもらおうと思っているのか、ちらちらとこちらを伺っている。

 苦笑いしながら、良美と目を見交わす乙女の胸元で、レオがもぞもぞと動いた。

 

 「ん?どうした?おしっこか??」

 

 トイレにでも行きたくなったのかと、そう声をかけると、

 

 「お姫しゃま、レオに怒ってゆ?」

 

 眉毛をハの時にして問いかけてくる。

 

 「どうだろうな。お姫様に直接聞いてみたらどうだ?」

 

 微笑んで促すと、レオはどうしようか迷った末、行くことにしたらしい。

 降ろして欲しいというので、そっと下に降ろすと、体に合わない長いYシャツを引きずるようにして歩き出す。

 が、幼児である故のバランスの悪さか、あるいは長すぎるYシャツのせいなのか、それほど進まないうちに派手に転んでしまった。

 

 「れ、れお!!」

 

 慌てて駆け寄って、抱き起こすべきか見守るべきかオロオロしていると、レオは自分でむくりと体を起こして座り込んだ。

 打ち付けたおでこが赤い。

 見る見るうちに大きな瞳に涙が浮かんでくる。

 

 

 「ふ、ふぇぇ・・・・・・」

 

 「な、泣くな!男だろう!!」

 

 

 泣きそうになったレオの様子に焦って出てきたのはそんな言葉。

 しばしの沈黙。

 レオは必死に涙をこらえているようだ。

 

 「だ、大丈夫か?」

 

 恐る恐る尋ねてみる。瞳を見ればまだ涙で潤んでいる。

 だが、もう泣き出す様子はなさそうだ。

 

 「ん。ボク、男の子」

 

 レオは健気にそう答え、慎重に立ち上がった。

 そして今度は、転ばないように気をつけて、ちゃんと姫の足下までたどり着く。

 

 「お姫しゃま?」

 

 そう呼びかけて、姫の顔を見上げる。転ばないように、しっかり彼女の足にしがみついたまま。

 姫も無視するのは大人げないと思ったのだろう。

 

 「なによ」

 

 素っ気なくはあるものの、ちゃんと答えてレオを見た。

 

 「あの、あのね。ボク、ごめんなさいすゆの。お姫しゃま、怒ってゆの、ごめんなさい」

 

 レオはどこまでも素直に姫の顔を見上げながら言葉を紡ぐ。

 その様子に、姫はぐっと言葉に詰まり、フルフルと震え、そしてー。

 

 「っっ。もー、何なのこの生き物。何でこんなに可愛いわけ!?」

 

 そう叫ぶが早いか、ひょいっと抱き上げて膝の上に乗せて、ぎゅーっと抱きしめた。

 

 「乙女先輩、何なんですか、この可愛い生物は!!」

 

 頬を上気させ、乙女に向かって更に叫ぶ。乙女は、その姫の叫びに全く同感だとばかりにうんうん頷きながら、

 

 「気持ちは分かるぞ、姫。もう、可愛くて、何だか色々、もう辛抱たまらんのだ」

 

 そう答えた。

 

 「何だか、センパイに似てますね、この子」

 

 いつの間に近くまで着ていたのか、なごみがレオの顔をのぞき込みながらそんなことを言う。

 

 「名前は?」

 

 乙女の方を見てそう尋ねてきたので、

 

 「ん?そうか、まだ説明してなかったな。よし、レオ。みんなに自己紹介だ」

 

 乙女はレオに向かってそう言った。自己紹介という単語が分からなかったのか、きょとんとするレオに、良美が優しく、

 

 「お名前と、年を教えて?」

 

 そう尋ねると、やっと合点がいったのだろう。

 

 「ボク、対馬レオ。えっと、3つ、です」

 

 と元気良く指を3本たてて見せ、にこっと笑った。

 

 「へー、対馬レオ君って言うんだ。対馬君と同じ名前なんですね~・・・・・・って、えぇぇっ!?」

 

 あまりの微笑ましさにニコニコしていた良美は、目の前にいる子供が対馬レオであるという事実に理解が及んだ瞬間、叫んだ。

 

 「えっと、同姓同名って訳じゃないんですよね」

 

 なごみも驚いた様子で乙女に確認する。

 

 「なーんか面白くなってきたわねぇ。乙女先輩、事情の説明、よろしくお願いします♪」

 

 姫は何だか楽しそうだ。

 乙女は1つ頷き、事情を説明するためにゆっくりと口を開いた。

 

 「うむ。実はな・・・・・・」

 

 

 

 


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