ベイビー・パニック   作:高嶺 蒼

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爽やかな朝の一幕です。
エッチな場面はありません(笑)
朝の話なのに、深夜に投稿します。


ベイビー・パニック 19

 風紀委員の朝は早い。

 いつもの如くきちんと早起きをした乙女は、まだ眠たそうに目をこするレオに、昨日なごみが用意しておいてくれたご飯をきちんと食べさせ、レオの手を引いて家を出た。

 

 だが、こっくりこっくりしながら歩くレオが可哀想だったのですぐに抱き上げてしまう。

 肩の辺りがレオの涎で濡れてしまったが、そんなのはご愛敬だ。

 乙女は全く気にせず、いつも通り校門に陣取った。

 

 校門についた頃にはレオもようやく目を開けたので、隣に立たせておいたのだが、逆に元気になりすぎて動き回るので、仕方なく肩車をした。

 高いところから見える景色が珍しいのか、レオはすぐに大人しくなってくれた。

 そのことをありがたいと思いつつ、レオを自分の頭に捕まらせたまま、乙女は風紀委員の仕事に集中した。

 

 だが、周囲の感じる違和感はハンパない。

 何しろ、鉄の風紀委員長がアニマルのつなぎを可愛く着こなした幼児を肩車しているのだ。

 目立たないはずがない。

 ちなみに、今日のレオのつなぎはクマさんである。

 きちんとフードをかぶり、非常に可愛いクマさんに仕上がっていた。

 

 

 「鉄ちゃん、おはよ~・・・・・・って、その子、どうしたの?」

 

 「ああ、おはよう。実は急に親戚から頼まれてな。しばらくの間、学校へも連れてくることになったんだ」

 

 「ふうん、大変だねぇ」

 

 

 クラスメイトとそんな会話をしたり、

 

 

 「鉄先輩♪おはようございます~・・・・・・って、なんですか?その可愛い生き物は!?あ、でも、これって校則違反になるんじゃあ」

 

 「おはよう、近衛。これの事なら安心しろ。ちゃんと館長に許可は取ってある」

 

 「あ、そうですよね~。流石、鉄先輩。抜かりはないですねっ♪親戚のお子さんか何かですか?」

 

 「ああ。急に預かって欲しいと頼まれてな」

 

 「・・・・・・そっかぁ。だからあいつによく似てるのね」

 

 「ん?」

 

 「あっ、いえっ、な、なんでもありません。じゃあ、失礼します」

 

 

 などど、生真面目ツインテールとそんな会話をしたり。

 そんな事をしている内に、なんだかんだと時間は過ぎていく。

 次にやってきたのはなごみだった。

 

 

 「く・・・・・・乙女先輩、おはようございます」

 

 

 軽く頭を下げ、まずは乙女に挨拶をし、それから乙女の頭にへばりついているレオを見上げて目元を和らげた。

 

 

 「レオも、おはよう」

 

 「あい、おはよーごじゃーます」

 

 「おはよう、椰子。昨日は助かった。今朝も、レオは残さずちゃんと食べたぞ」

 

 

 レオがにこにこ笑い、乙女もにこにこ笑う。

 

 

 「いえ。また手伝えることがあれば、出来る限り手伝うんで」

 

 

 なごみは小声でそう返し、それから手を伸ばしてレオの頭をそっと撫でた。

 

 

 「レオ、今日はクマさんなんだね。良く似合ってる」

 

 

 そう話しかけ、甘々な笑顔をレオにだけ向けた後、

 

 

 「じゃ、失礼します」

 

 

 いつもの味も素っ気もない表情に戻ってから、校門をくぐって行ってしまった。

 

 

 「なごみちゃん、いちゃったね~・・・・・・」

 

 「そうだな。後で一緒に会いに行ってみるか?」

 

 「うん!いく~」

 

 

 なごみの背中を見送りながら、寂しそうなレオを慰めていると、

 

 

 「はよーっす、乙女さん」

 

 「乙女さん、おはよーございますっ」

 

 

 今度現れたのは、スバルとフカヒレだった。

 共にレオの悪友である。

 

 

 「ああ、おはよう。今日は蟹沢は一緒じゃないのか?」

 

 「今日は合流しませんでしたね~。レオが起こすのに手間取ってるんじゃないすか?」

 

 

 その言葉に、乙女は内心冷や汗を流した。

 なにしろレオは今ここにいる。

 ということは、カニを起こす要員はいないのである。

 私が起こしてやるべきだったと悔やむものの、今更後の祭りである。

 

 

 「あ~、実はレオは親戚の用事でしばらく留守にすることになってな。今日は蟹沢を起こしに行けなかったんだ」

 

 「なるほどね。じゃ~、カニの奴、まだ余裕で寝てんなぁ」

 

 

 あちゃーといった表情をするスバル。

 

 

 「すまん。私が起こしてきてやれば良かったんだが」

 

 「いやいや、普段レオに甘えきってるあいつが悪いんすよ。大丈夫、後で電話でも入れときます。時に乙女さん、今日は随分可愛いの連れてますね?」

 

 「あ、ああ。親戚の子供を預かってな」

 

 「へえ~。なんかレオの奴に似てますね。よ、坊主、名前は?」

 

 「おにーちゃ、だれ?」

 

 「オレはスバルってんだ。こっちの気持ち悪いお兄ちゃんはフカヒレ」

 

 「気持ち悪い言うなよう。ひでぇなぁ、スバル」

 

 「わりぃ、わりぃ。つい本音が」

 

 「本音って・・・・・・ほんと、お前等、おれの扱いひでぇよなぁ」

 

 

 そんな風に男同士でしばしじゃれ合った後、スバルは再びレオの顔をのぞき込んだ。

 

 

 「んで、名前はなんて言うんだ?」

 

 「んーとね、レオ」

 

 「ん?」

 

 「レオ、ていうの」

 

 「レオってあれ?」

 

 「そ、そのだな、この子も偶然レオと同じ名前なんだ。レオなんて名前、そんな珍しいものでもなかろう?」

 

 

 乙女はひきつった笑いと共に、苦しい言い訳を言い放つ。

 幼いレオに、別の名前を名乗れと言うのは無理な話だ。

 周囲への言い訳は自分が行うべきだと、覚悟は決めていた。

 

 スバルを騙すのは無理かもしれないし、嘘をつくことには気が引けるが、押し通すしかない。

 乙女はきっとスバルの顔を見上げた。

 

 スバルはスバルで、乙女の顔を一瞬鋭く見たものの、何となく事情を察したような様子を見せ、小さく肩をすくめた。

 

 

 「へぇ~、レオと同じ名前かぁ。親戚同士で、そんな事もあるんだな~」

 

 「・・・・・・だな」

 

 

 素直に信じたフカヒレに乗っかって、スバルも言葉少なに同意する。

 乙女がほっと、肩から力を抜いた。

 

 

 「んじゃ、オレらは行きますね。何かあったら手伝うんで言って下さい。レオの親戚の面倒なら、オレらも喜んでみますから」

 

 

 そんな言葉を言い残して、スバルは校門をくぐっていく。ひらひらっと、レオに向かって手を振って。

 フカヒレも、おーい、置いてくなよぅ、などと言いながら、スバルの後を追った。

 

 二人の背中を見送りながら、乙女はふぅ~と息をつき、額に浮いた汗を拭う。

 なんとか誤魔化せたか、と安堵しながら。

 正確に言えば、スバルはあえて誤魔化されてくれた訳だが、そんな事乙女が知る由もない。

 

 その後も数人の生徒と挨拶を交わし、そろそろ閉門の時間も近づいてきた。

 その時、遠くに颯爽と自転車を漕ぐ姫の姿が見えた。

 その後ろに良美が乗っているのを見て、乙女は片眉を上げる。

 

 

 「こら、姫!二人乗りはいかんと何度も言っているだろう!!」

 

 

 近づいてきた姫にカツを入れると、

 

 

 「あ~、遅刻しそうだったからつい」

 

 「私はダメだって言ったんですけど、すみません・・・・・・」

 

 「まったく、遅刻しないようにもっと余裕を持って登校しろ。次は見逃さないからな!」

 

 「はぁい。ごめんなさい♪」

 

 「はい。すみませんでした」

 

 

 姫も良美も素直に謝り、乙女の肩に座ってる可愛い生き物を見上げる。

 その瞬間、姫が固まった。

 無言のまま、愛車のマウンテンバイクを良美に押しつけ、震える手をレオに伸ばした。

 そして、乙女が止めるまもなくレオを彼女の肩の上から取り上げて、

 

 

 「な、なな、なんなの、この生き物!?すっごく可愛いんだけど!!」

 

 「レオ、クマしゃんなの~」

 

 

 姫に抱きしめられ、ほおずりをされて、レオはご機嫌だ。

 姫は鼻息荒く、レオを堪能している。

 乙女はやれやれと肩をすくめた。良美は少し呆れ顔だ。

 

 

 「すっごい、あり得ないくらい可愛い!!ね、ね、よっぴー、頭から食べちゃいたいくらい可愛いんだけど、どうしたらいいの!?」

 

 「あ~、とりあえず、食べるのは止めようね~、エリー」

 

 「食べちゃダメ!?じゃあ、とりあえずちゅーしよっかな。ちゅー。ね、レオ。ちゅーしよっか!」

 

 「ちゅう?いいよ~」

 

 「ダメに決まってるだろう?校門の前ではしたない」

 

 

 そう言ってあっという間に合意に達した2人の間を引き裂き、乙女は混乱状態の姫からレオを取り上げた。

 

 

 「あ~ん。乙女先輩のいけずぅ~」

 

 「まったく、朝っぱらから。佐藤、もう校門を閉めるから、姫のことは頼んだぞ」

 

 「はーい。ほーら、エリー。とりあえず自転車置き場に行こうね~」

 

 「え~、やだぁ。まだレオと遊びたい~」

 

 「はいはい、また後でね~。じゃあ、乙女先輩、失礼しまーす」

 

 

 だだをこねる姫は、最後は半ば引きずられるようにして良美に連れて行かれた。

 片手にマウンテンバイク、片手に姫。

 中々どうしてやるものだと感心しながら見送っていると、チャイムが鳴った。閉門の時間だ。

 

 乙女は再び、レオを肩に乗っけると、校門をしっかりと閉め、朝の風紀委員の業務を終えたのだった。

 ちなみに、その日カニは昼過ぎまで学校に姿を現さなかった。

 

 

 

 




読んで頂いてありがとうございました。

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