何かの呼び声   作:クロル

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2-6 秘密結社HPL

 R&Pは重要なヒントをくれた。仲間を集め、団結する事だ。

 一人でできる事には限界がある。私は個人としてのスペックを上げすぎたせいで、そんな単純な事を失念してしまっていた。何人かで手分けすれば、全国に散らばるR&Pショゴス狩りに一カ月もかかる事はなかっただろう。

 

 一人で神話生物を狩るよりも頭数を揃えた方が遥かに効率がよい。そしてその面子は必ずしも冒涜的真実の全てを知らなくてもよい。「何かよく分からないが危険なモノ」に立ち向かう強い意志さえあれば十分だ。そういう人間は案外多い。探索者とか、探索者とか、探索者とか。

 

 結論から言えば、私は私財を投じて探索者支援組織「HPL」を結成した。名前の由来はもちろんクトゥルフ神話の祖ハワード・フィリップス・ラヴクラフト氏である。

 早瀬財閥やかつて勤めたマホロバ社に至るまで今まで培ったツテをフル活用。八坂屋敷を本部とし、日本全国7カ所に簡易な魔術防護を施した事務所を設置。「治癒」「癒し」を教授した口の固い者を常駐させた。

 

 R&P然り、東京の神話生物を狩り尽くすだけでは足りないのだ。奴らは全国から華の都大東京に吸い寄せられてくる。幸い日本は島国。一度全国規模で一掃してしまえば後は海外から忍び寄る怪異を監視するだけで事足りる。やるなら徹底的に、だ。あとは狩りごっこ(迫真)を続ける内に神話生物狩りが楽しくなってきてしまったというのも理由の一つである。

 

 探索者達が神話的怪異に立ち向かうにあたり大きな問題となるのは大別して二つ。発狂と死亡だ。このうち、HPLの活動により死亡のリスクを大幅に減らす事ができる。

 HPLは対神話的怪異の活動を全面支援する。

 

 負傷した探索者の治療。

 狙われた犠牲者の保護。

 金銭的支援。

 対決している神話生物の特徴が分かれば対抗策も提供・貸与できる。

 

 絶海の孤島や吹雪の雪山、山奥の洋館といったクローズドで起きる神話的怪異については援助が難しいが(街中なのに携帯の電波が通じないとか事件を解決するまで現場から出られらないというのはクトゥルフの世界ではよくある事だ)、積極的に情報収集を行い極力介入・援助できるよう体制を整えていく予定だ。

 

 組織の資金源は「治癒」で金持ちの不治の病を治療する事で確保している。これは故ネルソン氏の活動から着想を得た。治癒の際は秘密厳守を要求しHPLの名前を伏せあらゆる手を使い正体を隠している。「どんな病も治す治療魔術」の存在は戦争の引き金にすらなりかねない。対神話生物組織が人類同士の政争に巻き込まれ身動きできなくなっては笑えない。

 

 情報漏洩を防ぐため組織の全貌を知るのは私一人。HPL事務所も人の少ないシャッター街や路地裏などにひっそりとある。

 HPL設立で貯蓄は蓮の学費を残して吹き飛んだ。そろそろ蓮も就職活動が始まり、何かと物入りだ。負債は抱えたくない。上手く軌道に乗ればよいのだが。

 

 資金面の他にも蓮が東京周辺の古物商や古本屋に最近頻繁に出向いている事も心配だ。近隣のそういった店からクトゥルフ神話に関わるアーティファクトの類は全て回収したから大丈夫だと信じたいが……クトゥルフ業界で古物と古書は例外なくSAN値減少に繋がる大型地雷である。蓮は大学の専攻が古書復元だから、図書館の学芸員でも目指しているのかと思っていた。

 

 蓮が古本屋に勤めたいというなら応援したい。一方で神話的アレコレの気配が強い職業からは引き離したい。全く、悩ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 HPLは特命係と違い警察組織ではない。必要に応じて法も倫理も無視できるのが利点だ。反面、法と倫理に守られないのが欠点だ。うす暗い立地に事務所を構え後ろ暗い活動をしている性質上、ヤクザ系の活動をしている方々が時々いらっしゃる。HPLの活動から裏社会の臭いを敏感に嗅ぎ取り強請りに来るのだ。

 HPL本部である八坂屋敷にやってくるそういう輩は常設魔術防御により自動的にひっそり人生を終える事になるのでいいのだが、支部の守りはそこまで堅くない。

 

 HPL結成から二年後、私がHPL大阪支部を訪ねるために貸しビルに挟まれた薄暗い小道を歩いていると、ちょうど頭上の窓を突き破りスーツの男が二人まとめて叩き落とされてきた。ごみ捨て場に頭から落ちて痙攣している二人を放置して上を見ると、案の定宮本葵が三階の割れたガラスの間から顔を出し、ひらひら手を振っていた。

 

「ごめん八坂君、ぶつからなかった? タイミング悪かったね」

「大丈夫です。こいつらは俺が片付けておきます」

「いいの? お願い。その事もだけど中で話そっか、上がってきて」

 

 そう言って葵さんは頭を引っ込めた。オリンピックレベルにまでムエタイを修め、人体実験を受け人間の域を一歩超えた肉体を持つ葵さんにかかれば成人男性を二人まとめて吹き飛ばす程度造作もない。大方、またヤクザがタカリに来ていたのだろう。

 かける慈悲はない。私は体内からロープと段ボール箱を出し、二人を厳重に梱包してスマホで裏社会では有名な口の堅い運搬業者を呼んだ。

 

 三分しないうちに現れた、歪な猫マークの帽子を目深に被った配達員に段ボールを引き渡し配達先を告げて処理完了。配達員は微妙に中身が動いている段ボールに疑問を挟む事なく粛々と歩き去った。明日には八坂屋敷に届いているだろう。

 しかしグロネコヤマトの宅急便という社名はもう少しなんとかならなかったのだろうか。確かにロゴマークのネコ絵は悍ましさを感じるレベルでグロいけども。

 

 かつて共に神話的事件に立ち向かった仲間のうち、宮本葵、宮本翠、東雲鴇など色の名前がついている者は全員中の人(プレイヤー)が同じだ。中の人の性格が反映されているからか元探索者だからか、全員女性ではあるがなかなかアグレッシブで、ともすれば命の危険が伴うHPL支部の管理を安心して任せられる――――つまるところ、引退した元探索者、宮本葵はHPL大阪支部の支部長である。

 

 2LDKの事務所は入ってすぐの部屋が応接室で、ゆったりしたソファーが向かい合わせに置かれ、その間にテーブルがある。内装は青々と葉を茂らせた観葉植物や猫の置物、熱帯魚の水槽などインテリアが多く掃除も行き渡っている。訪問した客人はまず好印象を受けるだろう。窓さえ割れていなければ。

 

「いらっしゃい。アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

「いただきます」

 

 荒事直後の気配を微塵も見せず、葵さんは気安く飲み物をすすめながらソファーを指した。ありがたく受け取り座らせてもらう。

 葵さんとはもう二十年ほどの付き合いになる。はじめて会った時は若かったが今ではお互いいい歳のオッサンおばさんだ。時間が経つのは早い。人を超越した身でもそう感じる。

 

「蓮ちゃんとは最近どう?」

 

 葵さんは私の向かいに腰を下ろし、首のマフラーを巻き直しながら聞いてきた。彼女は過去の事件の影響で肌に薄っすら蛇の鱗が浮いている。それを隠すため、季節を問わない厚着は昔からの習慣だ。しかしここ数年はマフラーやセーターを編むのを趣味にして楽しんでいるらしく、自分のトラウマと向き合い折り合いをつけているようだ。

 安全な特命係の司書を辞し、私の要請に応え危険な支部長を引き受けてくれたのはトラウマを乗り越えSAN値が回復したからという解釈もできる。実際のところどうなのかはわからない。

 

「変わりありません。一人暮らしにも慣れたようです。週末は食事を作りに来てくれますし、寂しくはないですね」

 

 蓮は結局都内の古本屋に就職し、一人暮らしをしている。妻に先立たれた年老いた老人が道楽で経営している小さな店で、規模こそ小さいが品揃えが多く(軽い魔道書が混ざっていたので回収した事がある)、常連客もついていて新しく従業員に払う給料に困る事は無い。

 最初の一年は心配で頻繁に様子を見に行っていたが、最近は店主が実は人間社会に溶け込んだ神話生物ないしは悪質な魔術師ではない事を確信し安心して蓮を任せている。

 

「古本屋は暇な印象だったけど、けっこう忙しいみたいだね」

「どんな仕事もそうですよ。慣れるまでは大変です」

「ほんとにね。しばらく気をつけてあげて」

「もちろんです」

 

 私はしっかり頷いた。蓮と葵さんは仲がいい。私と葵さんの付き合いと同じぐらい長い間交友を持っている。

 お互いの近況をひとしきり話した後、先程のヤクザが所属するという暴力団谷岡組の話を片付けて、本題に入る。

 

「葵さん、これからああいうヤクザだとか神話的事件を起こした魔術師だとか、社会の落伍者に分類されるような人間がいたら八坂屋敷に送ってもらえますか」

「……理由は?」

 

 話の切り出し方が直接的過ぎたのか、葵さんの表情が固くなる。まあHPL本部八坂屋敷は敵対者に大変優しくない。そんなところに人を寄越せといえば何事かと思われるだろう。

 私は警戒を解くべく建前を並べて言いくるめにかかった。なに、全ての理由は話さないが葵さんにとっても悪い話ではない。こちらの計画の全貌を伏せるだけだ。

 

「社会復帰です。こう言ってはなんですが、神話的脅威を相手にするためには法律やマナーを守ってはいられません。社会の落伍者は再教育すればとても役立つでしょう」

「八坂屋敷で神話生物と戦う兵を作りたいって事?」

「概ねそうです。鉄砲玉にするつもりはありませんが」

「んん、でもねぇ。いくらあれこれ教え込んでみても奴らと戦うのは難しいと思うよ。立ち向かう力があっても立ち向かう心がないと何もできないって事は八坂君も知ってるでしょう。なんていうのかな、そういう星の下に生まれた人とそうじゃない人がいるじゃない?」

 

 葵さんは難色を示している。「探索者」という存在について彼女なりに認識しているようだ。

 確かにクトゥルフ神話TRPGというゲームではプレイヤー以外の一般NPCは基本的にクソザコナメクジである。いくら教育しても対神話生物の役には立たないだろう。正論だし尤もなのだがここでハイそうですねと引く訳にもいかない。もう一押しだ。

 

「やはり頭数は重要なんですよ。少人数でできる事には限りがあります。宇宙的真理の前には塵に等しい人間でも積もれば山になる。その山はきっと神格も殺し得る」

「それは言い過ぎ」

 

 冗談と思ったのか葵さんは笑ったが、私の顔を見ると真顔になった。

 

「え、本気?」

「本気です。まあ今は神殺しは置いておくとして、増員は悪い話ではないでしょう? 何も直接的に神話生物に関わらせなくてもいいんです。やる事は補助員でいい。調べ物を代行するとか荷物を運搬するとか、それだけでもかなり楽になるでしょう」

「……最近、八坂君こういうのに熱心だよね。HPL作っちゃうしさ、いや私も所属させてもらってるし良い活動だとは思うんだけど。変わったよね。蓮ちゃんが独り立ちしたからかな」

 

 いいえ、それは多分SAN0になったからです。

 などと言えるはずもなく。

 

「神話存在の対処は誰かがやらなければならない事で、私はやれる。それだけの話ですよ」

「……ん、そうだね。直視できないけど放置もできない問題だからね。分かった、協力する。上司命令だし」

「ありがとうございます」

 

 私は葵さんに礼を言い早々に事務所を辞した。

 薄暗い小道を抜けると商店街に出る。雑踏に紛れて歩きながら考える。

 これでHPL事務所の常駐員全員に話を通した。

 

 あとは人間の数が集まり次第生け贄に神格を召喚するだけだ。

 

 リアルではクトゥルフ神話はシェアワールドとして普及している。その立役者であるオーガスト・ダーレス氏によれば、神格には属性と相性があるという。一例を挙げるならば、ニャルラトホテプは地属性であり、炎属性である神格クトゥグアを苦手とする。 つまりクトゥグアを召喚してニャルラトホテプにぶつければ、殺せる。

 

 

 人に神は殺せない。

 人を逸脱しても殺すビジョンは見えなかった。

 しかし神を二柱同時召喚し、神が神を殺す状況を作り出せばどうだろうか。

 神殺しは十分可能なはずだ。

 

 私は無数にある「神格の招来」の魔術を分析統合し、二柱同時召喚の魔術を考案した。理論上、人間約千人を生け贄に捧げれば実現する。

 神殺しの対価が人間千人。これはお買い得だ。

 

 コモンのキャラを千体捨てれば、スーパーレアを何十体使い潰しても勝てない裏ボスを倒せるのだ。一体誰がコモン廃棄を躊躇うというのだろうか?

 コモンなどいくらでも手に入る。70億いる雑魚キャラのうち、底底とクズを1000体有効活用して神格を倒す! 実に面白そうで、やり甲斐があるではないか。

 葵さんに「鉄砲玉には使わない」と言ったのは嘘ではない。生贄に使うのだから。最後に社会の役に立って死ぬのならそれはある意味で社会復帰と言えるだろう。

 

 とはいえそれを馬鹿正直に言って回る必要はない。時が来るまでは伏せておいた方が無用な混乱を招かず済む。

 

 誰も成し遂げた事のない偉業を胸に秘め、私は含み笑いをした。すれ違った人間がそんな私の顔を見て凍りついていたが気にする事はない。

 

 さて、これから忙しくなりそうだ。




 三章は二章とは雰囲気がまた変わり、「邪悪な魔術師・八坂一太郎と魔術結社HPLの凶行を阻止する探索者のキャンペーンシナリオ」になります。ただしこのラスボスくんは元探索者の上に探索者の行動をメタ読みしてくるから油断すると新しいキャラシを量産する事になる。

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