何かの呼び声   作:クロル

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2-5 カニバル・ファイト

 

 蓮を現実に送り届けた後、私は一度ドリームランドに戻り予てから考えていた企みの幾つかを実行し、再び現実に戻った。蓮は六日ほど療養した後、客観的には一週間ぶり、主観的には六週間ぶりの大学生活に戻っていた。ウルタールの猫達が意図してかは分からないがアニマルセラピーのような効果を発揮していたらしく、少なくとも私の付け焼刃のそれとない精神鑑定では蓮にSAN値的意味での異常は見られなかった。蓮の友人である早瀬小雪にも大学での様子について探りを入れてみたが、少し物憂げにしている事が多い程度で奇行は見られないという。突然途方もなく強大な存在に異世界に誘拐されたのだから相応の動揺はあったようだが、精神障害を抱えるほどではないらしい。安心した。

 

 一方私はというと東京周辺に潜む神話的存在の駆除に躍起になっていた。

 神話的存在に遭遇するのは探索者の宿命である。行く先々で神話生物がコンニチワするし、自分から飛び込んでいく事もままある。

 しかしそれに蓮を巻き込むわけにはいかない。蓮に近づく冒涜的穢れは徹底的に排除する。ドリームランド事件は相手がノーデンスだったからまだ良かったが、召喚されたのがニャルラトホテプだったら今頃蓮は死よりも悍ましい状態になっていただろう。

 故にせめて蓮が暮らすこの東京からだけでも神話存在を排除し、危険を減らさなければならない。今までは「蓮の安全を確保しておく」という発想が足りなかったのだ。反省した私は強いぜ。

 

 クトゥルフ神話技能99%は伊達ではない。神話的視点から本気になって情報を漁れば出るわ出るわ、東京は神話存在の巣窟だった。これには理由がある。

 一つ。東京は人口が多い。一千万もの人間が犇めいていれば狂信者や発狂者も相応の人数紛れ込む。人間のフリをした神話生物が素知らぬ顔をして人ごみに紛れ生活している事すらある。とんでもない奴だ。

 二つ。東京は物流の中心である。冒涜的な魔道書や悍ましいアーティファクトの数々は意図してかせざるかはとにかく、東京に流れ着く事が珍しくない。そういった神話的物品は人の狂気を削り邪悪な魔術師に貶め、また邪悪な魔術師はそういった物品を希求する。

 三つ。メタ的な話になるが東京はシナリオの舞台になりやすい。そしてシナリオの数だけ神話存在がいる。クトゥルフ神話TRPGの舞台には色々あるが「都心に潜む怪異」という題材のシナリオで東京はうってつけである。既存の東京が滅びたり襲撃されたりする映画やゲームを列挙していけば納得できるだろう。

 

 以上のような理由から呆れかえるほどの神話存在が東京には潜んでいる。神話生物殺すべし。見敵必殺、私は邪悪な神話に纏わる者共を片っ端から駆除していった(青山霊園のグール達には恩があるので彼らだけは除外)。

 時には真正面から叩き潰し、時には最小限の労力で弱点を突き刺し。回収したアーティファクトや魔道書は数知れず。あまりにも多いので八坂屋敷に保管用の地下室を増設したほどだ。保管室は核シェルターを中核に複数の機械的&魔術的防護を張り巡らせてあり、突破は神格でもない限りほぼ不可能だろう。

 

 ……ところで。

 探索者には隠し事が多い。神話生物と戦い、世界を救う事すらあるにも関わらず、それを他言できない。そもそも神話生物の存在は秘されており、誰も信じていないし、信じてもらえない。しかも信じられたら信じられたで問題だ。興味本位に首を突っ込めば死が見える世界であるし、うっかり発狂してダークサイドに墜ちたら目も当てられない。

 そして探索者には探索者の生活がある。神話生物は倒しても金やアイテムをドロップしない。普通に働いて、稼いで、食っていかなければならないのだ。

 神話生物を相手取るには通常何日も何週間もかかり、怪我や精神的障害を負う事も多々ある。そうなれば仕事を休まなければならないのに、その理由を正直に説明できない。探索者の辛さである。警視庁特命係のような対神話存在活動で給料が出る仕事は珍しい。

 

 その点、私は比較的楽だ。貯金がたっぷりあり、大財閥にコネがあり、理解者がいて、定職についていないため自由が利く。探索者的にはほとんど最高の環境だろう。

 ただ、まだ私は四十代で、隠居生活には早い。仕事を辞めて(表向き)ブラブラし始めて約一年、そろそろ蓮の目が辛くなってきた。いや別に「働かずに食べるご飯は美味いしい?」なんてセリフを言われたわけではないし、私が就活と称した外出や、名目上老朽化に伴う工事ついでの地下室増設の裏で何をしているのか薄々勘付いているような節もあるが。むしろ夜遅くに帰宅するとリビングに二人分の料理にラップをかけて用意し、待っている内に寝てしまったのかテーブルに突っ伏して寝息を立てている事もあるほどだ。気遣いがあったけぇ、あったけぇ。ホンマエエ子や。

 そしてそんな蓮の平穏な生活を護るために、私は今日も神話スレイヤーと化すのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際、収入が無いのは問題だった。一億円の貯蓄も屋敷の改築や日々の生活費、蓮の学費などでガリガリ減っている。

 そこで最近は少しでも支出を減らすべく大食いチャレンジで食費を浮かせている。東京の裏通りに店を構える中華料理屋のカウンター席に座り、大皿に山盛りのギガチャーハンを食べながら私は考え込む。何か仕事を始めるべきだろうか。神話生物狩りには時間も金もかかる。早瀬財閥に融資してもらうのも一つの手かも知れないが、御令嬢たる早瀬小雪のためならいざ知らず、蓮の身の回りの安全のために金を出してくれ、と頼み込むのはいくら貸しがあるとはいっても図々し過ぎるだろう。早瀬財閥への貸しはこういう単純な金銭ではなくもっと有効に使いたい。

 

 理想は私が自由に活動する時間を確保でき、勝手に金が転がり込み、プラスアルファで何か利益がある稼ぎ方だ。

 そうなるとやはり投資だろうか。株を確保しておけば勝手に金が入るし、株主優待というプラスアルファもある。理想的な稼ぎ方に思える。

 自画自賛ながら私は頭が良い。INT18は伊達ではない。しかし頭が良いからといって投資が上手いとは限らないし、ウォール街の天才投資家達でさえ時に大損で破滅する。金融という名の魔物はあまり相手にしたくない。確実に儲かる安全な投資を見極めればまあ儲けは少額ながらそこそこ安定して出るだろうが……ふむ。

 

 しかし何かこう、漠然とだが、もっとよい方法があるように思えてならない。一石二鳥にも三鳥にもなる、そんな方法が。

 休みなく蓮華でチャーハンを機械的に口に運びながらぼんやりしたイメージを掴もうと悩んでいると、横から声をかけられた。

 

「やあ、良い喰いっぷりだ。相席良いかな」

「どうぞ」

 

 頷くと、向かいの席に大柄な男が座った。髭ダルマで赤ら顔。上等な黒のスーツを着ているが、ネクタイはよれよれで、裾から出ている手足は肉がでっぷりついてはちきれんばかり。食道楽にのめり込んだ小金持ちのおっさん、といった風だ。私も人の事は言えないのだが。体型以外は似たようなものである。

 彼は私と同じギガチャーハンを注文すると、驚くべき事に私に勝るとも劣らない勢いで食べ始めた。フードファイターだろうか、体型に見合った胃の大きさをしていそうだ。

 一つ私と違うのは実に旨そうに食べる事だった。食費を浮かせるために食べている私と違い、彼はガツガツと貪りながらもニコニコと温和な笑みを浮かべていて、その喰いっぷりは気持ちよさや親近感すら感じさせる。

 

 私達が食べ終わったのは同時だった。大男は出っ張った腹を満足そうにポンと叩き、水を飲みながら親しげに声をかけてきた。

 

「この店は実に良い。大食いチャレンジとなると旨さを犠牲にし少しでも早くチャレンジャーを満腹にさせるよう味付けを変える事もあるが、ギガチャーハンは味に妥協していない。普通盛りと変わらん味、正に大食いチャレンジだ。そう思わんかね?」

「はあ……まあ、確かに水っぽかったり食べていて飽きたりはしないですね」

「そう、そこだ。分かっているじゃないか。人間が創り出す複雑な味の深み。ギガチャーハンにはそれがある。何層にも重なったダシの調和、ほどよい大きさに切られた具材によく染み込んでいる。いや、すばらしい。これだけのものをこれだけ食べて無料とは良い時代になったものだ」

「全くです」

 

 熱く語る大男に全面的に同意する。大食いチャレンジ無料などというメニューは飽食の時代でなければあり得ない事だ。しかも旨い。

 大男は周辺で大食いメニューを出している店の情報を惜しげも無く提供してくれた。私も行った事のある店の情報を提供する。有意義な情報交換だった。

 一通り話し終えた後、まだ名前を聞いていなかった事を思い出し尋ねると、彼はこいつはうっかりだ、といった風に愛嬌のある仕草で頭をぺしんと叩いた。

 

 うむ、仲良くなれそうだ。

 

「水戸公彦だ。よろしく」

 

 うむ、殺すか。

 

 私はその名前を聞くと同時に笑顔で握手しながら抹消計画を練り始めた。

 水戸公彦。ショゴス・ロードが人間に擬態した神話生物である。通りで親近感があった訳だ。彼は私(原ショゴス)の親戚のような種族だ。

 リアルクトゥルフ神話知識によれば、水戸公彦の起源は遥か古代まで遡る。

 太古の昔。「古のもの」という神話生物に創造された不定形の軟泥ショゴスは、初めは知性を持たない奉仕生物だったが、やがて知性を持つ個体が現れ、創造主たる古のものに反乱を起こす。この反乱で負傷し、命からがら逃亡し、冬眠を繰り返しながら生き延びたのが奴である。

 反乱の時代を生き延び、現代まで生き残り長い年月を経て知性を人間並にまで発達させた幾ばくかのショゴスはショゴス・ロードと呼ばれ、人間社会に溶け込んで暮らしている者も少なくない。

 

 水戸公彦と名乗るこのショゴス・ロードは人間が創り出す複雑な味に魅せられ、R&P(ライス・アンド・パンター)という美食同好会を組織し、日々大食いチャレンジやゲテ物喰い、珍味試食など様々なイベントを開催している。それだけならば無害な神話生物なのだが、案の定裏がある。水戸公彦は何も知らないただの美食家のR&Pメンバーに究極の珍味と称してショゴス細胞を食わせ、侵蝕・ショゴス化させ、支配下に置いて勢力を拡大しているのである。最終目標は増やした仲間と協力して「神を喰う」事らしいが、そんな事はどうでもよろしい。

 この東京に神話生物を増やす。そんな冒涜的蛮行を見逃す訳にはいかない。

 

「君の噂は聞いている。実際会ってみて確信したよ。君は我が組織に入るに相応しい」

「我が組織?」

「R&Pだ。私は美食同好会を組織していてね。こうして食の楽しみを分かち合える同好の士を探しているという訳だ。君には是非もっと食の楽しみを知って欲しい。R&Pでは世界三大珍味を超える究極の食材を食べられるぞ」

「ほう、興味がありますね」

 

 すっとぼけて水戸の勧誘に耳を傾けつつ、情報を探る。

 水戸はどうやら既に何度か「究極の食材=ショゴス細胞」をR&Pメンバーに食わせる美食会を開催しているようだ。という事は、既にショゴスは増え始めている。ここで水戸をぶち殺しても増殖したショゴスが残ってしまう。ショゴス化したR&Pメンバーも特定し、片付けなけらばならない。そのためにはまず内側に入り込む事だ。

 

「では次の美食会は三日後という事ですか」

「ああ、食材の鮮度の都合上でね。出られるかね?」

「是非。他のメンバーの参加予定は?」

「古参連中はほとんど参加する予定だ……メンバーに何か用でもあるのかね?」

「水戸さんとの情報交換が有意義だったので。他の方も素晴らしい食の情報を知っているのだろうな、と」

「ああなるほど、もちろんだ。彼らは素晴らしい『仲間』だよ」

 

 私は意味深な笑みを浮かべる水戸のむっちりした手を取り固く握手を交わし、用事があるからと適用に言って店を辞した。水戸は二皿目のギガチャーハンを注文し、店員の顔を引き攣らせていた。まだ喰うのか。

 裏通りの狭いアスファルトの道を歩きながらため息を吐く。本当に、東京には神話生物が多すぎる。駆除しても駆除しても湧いて出る。猫の手でも触手でもいいから借りたいぐらいだ。警視庁特命係も頑張っているようだが、この世には神話生物が多すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日後、私はアウトドアスタイルの軽装にカバンを背負い、奥多摩のキャンプ場にやってきていた。参加者は各自食材を持ち寄る事、と指示されていたので、無難にコウモリを捕まえてタッパーに入れてきている。A5松坂牛と迷ったが、ゲテ物喰いの集まりという話だし、コウモリあたりが穏当なところだろう。パラオなどではコウモリを丸ごとスープにぶちこむコウモリスープが食べられているぐらいだ。全然大したものではない。ショゴス肉と比べれば。

 

 指定されたキャンプ地は車で入れない細い山道を上がったところにある静かな一画だった。一応切り拓かれて砂利が敷かれ小さなロッジが建っているが、周囲を木々に囲まれ、人の世から隔絶されたような薄暗い雰囲気がある。

 とは言ってもまだ日は高く、先に到着していたR&Pメンバーはお天道様の下で和気藹々とバーベキューの準備をしていた。私に気付いたメンバーは親しげに声をかけてきたが、誰も彼もが多かれ少なかれ肥えている。

 

「やあ、今日はよろしく。共に食の極みを楽しもうじゃないか」

「よろしく。究極の食材、楽しみですね」

 

 朗らかに握手を求めてきた小柄小太りの男に応じながら「透視」すると、骨格も内臓も無茶苦茶な構造に変異していた。駄目だコイツ、もうショゴスになっている。

 

「あのギガチャーハンを食べきったんですってね! 水戸さんが推薦する訳だわ!」

「ありがとうございます」

 

 奇妙にねじれた魚介類と思しき物を網に乗せて焼いている小太りおばさんも胃が胴体の九割を占める奇怪な身体をしている。この人も駄目だ。

 

「すごーい! 君は大食いが得意なフレンズなんだね! どうすればそんなに食べれるの?」

「食欲ぅ……ですかねぇ……」

 

 こいつも駄目だ。フレンズ化している。

 

「アンタはどんな食材を持ってきたんだい?」

「コウモリにしてみたんですが。どうでしょうか」

「コウモリか。まあ究極の食材の前菜としては悪くないね。アレは食べると人生変わるよ」

 

 目の奥に狂気をちらつかせながら言った縦と横が同じ長さの体型の青年も勿論駄目だ。

 

 結局、その場に居たR&Pのメンバー六人全員がショゴス化していた。どうやら私にショゴス細胞を喰わせて支配下に置くための集まりのようだ。暴れたら全員で抑え込む腹積もりか。まあ私はショゴス細胞を喰わされるまでもなくショゴスになっている訳だが。

 しかし遅れてくるらしい水戸を含め七体のショゴスを相手取るとなると少し面倒な事になりそうだ。私はショゴスの肉体というアドバンテージを持っているが、それは相手も同じ事。しかも人数比七倍である。

 

「野菜が足りませんね。山菜を取ってきましょう。手伝ってくれませんか」

「いいよー!」

 

 IQが低そうなクトゥルフレンズを言いくるめて森の奥に誘い出し、背後から奇襲をかけて始末する。流石に食べると腹を壊しそうなので全力で叩き潰して大ダメージを与えてから魔術で一気に焼き払った。まずは一匹。

 死骸はグズグズになり虚空に蒸発して消えていったので、証拠隠滅に困る事もなく何食わぬ顔でキャンプ場に戻る。森の中から一人で出てきた私に五人が一斉に顔を向ける。全員朗らかに楽しんだ表情だったが、気のせいか一瞬ドス黒い濁った目をしていたような。

 

「アンタだけか? 佐張ちゃんはどうした?」

「奥まで山菜を取りに行くそうです。近場に無かったので」

 

 私は手ぶらの両手を広げて肩をすくめてみせる。尋ねてきたデブ青年は肉に埋もれた細目を更に細めて俺をじっと見てきたが、何も言わずにねばねばした紫色の肉のようなものを切り分ける作業に戻った。

 これは怪しまれていると見た方が良さそうだ。もう水戸が来る前に殺ってしまうのは早計だろうか。一匹ずつ誘い出して始末して半分ぐらいまで減らせれば……と思っていたが、連中、予想以上に勘が良い。一匹始末した事は連中の中でまだ疑いの段階で、確信ではないだろう。しかしこれ以上各個撃破をしようとすれば確信されそうだ。

 

 慎重を期して時間を探索と下準備に充てる事にする。何気なく各人の調理場を回り、愛想を振りまきながら調理や火おこしを手伝うフリをして、象もコロリと死ぬ劇毒を食材に仕込んで回る。神話生物は殺せないだろうが、私が数十秒嘔吐するレベルの効果はある。連中にも多少は効くだろう。

 

 得体の知れない肉の数々と串に刺したコウモリに火が通り場も温まった頃、重役出勤でえっちらおっちら水戸がやってきた。小さなクーラーボックスを肩にかけ、一歩歩くたびに突き出した腹の肉が揺れて重そうだ。それなりの距離の山道を歩いて来たはずなのに汗一つかいていないところに地味に神話生物らしさを感じる。

 …………。

 そういえば私も汗をかかない疑惑があるな。気にした事が無かったから分からないが。まさかそれでバレた?

 

「やあ、やあ、八坂君! よくきてくれた! 今日は楽しんでいってくれたまえよ!」

「ありがとうございます」

 

 水戸は柔和な笑みを浮かべ私の背中をばしんと叩くと、いそいそとクーラーボックスを開けて厳重に梱包した食材を開封し始めた。

 中から出てきたのは人間の頭部ほどの大きさの蠢く赤黒い肉塊だった。表面を走る触肢とも血管ともつかないモノが弱弱しく脈動し、肉塊に埋もれた小さな切れ込みからか細い音が聞こえる。

 

「テケ、リ……リ……」

「どうだ、素晴らしく新鮮だろう!」

 

 港に揚がったばかりの黒マグロを誇る漁師のように、水戸は興奮した様子で言った。ドン引きである。新鮮どころかお前、思いっきり生きているじゃないか。鳴いてるぞコイツ。

 

「ええ、そうですね。これが究極の食材ですか?」

「そうとも。ミンチにして食べるのも良いが、丸ごとかぶりつくのが一番だ。メイン・ディッシュを最初に出すのは些か風情がないが、なに、君の歓迎会だ。遠慮はしなくて良い。永遠に忘れられない味になる事を保証しよう。さあ、ぐいっと」

 

 水戸はじりじりと這い滑るように逃げようとしている肉塊を太く短い手で鷲掴みにし、私の前に突き出した。肉塊は哀れっぽく潰れた悲鳴を上げた。

 横目で周囲の様子を伺うと、六匹の人間に化けたショゴス達が包囲を作っていた。

 

 彼らは笑顔だった。

 水戸も笑顔だった。

 私も笑顔だった。

 誰も彼もが本物の笑顔ではなく、笑顔を作っているだけだった。

 

 ずいぶん事を急ぐじゃないか、ショゴスよ。もっと自然に喰わせる搦め手は辞めたのか?

 私は笑顔を張りつけたまま言った。

 

「佐張さんが来てからにしましょう。美食は分かち合うものです。究極の食材を食べる貴重な機会を逃したとあっては彼女も悔しがるでしょう」

「いいや、彼女はよいのだ。この場に平然と立つその度胸。究極の食材に怯まぬその精神。君が何者か、何を企んでいるかは知らんが、素晴らしい同士になると確信している。さあ、味覚の扉を開くのだ。それとも何か、刺身にでもして食べたいのか?」

 

 交渉は不可能らしい。私は擬態を解き、体を裏返し瞬時に肉塊と化した。貴様ら全員刺身にしてやる。

 私の変身と同時に、R&Pのメンバーも全員ヒトの形を崩し冒涜的異臭を放つ不定形の軟泥と化した。威嚇か興奮か、奥多摩の奥深くに異次元の鳴き声がこだまする。

 

「テケリ・リ! テケ「ケ・リ・「テ「・リ」」テケリ・「テケリ・リ!」リ! テケリリ」「テケ」リ」リ」テケリ・リ!」

 

 何本もの野太い触手が空を裂くたび、肉がはじけ飛ぶ。はじけ飛んだ肉片は意志を持ったように短い触手を生やしカサカサと本体に這い戻るか、宙に溶けて消えて行く。

 囲んで触手で殴られる私はあっという間にボロボロに……はならない。私の肉体には傷一つついていなかった。一際巨大なショゴス、ショゴス・ロードたる水戸が強靭な触手を唸らせても、私に届くギリギリのところで見えない壁に阻まれる。はじけ飛んでいる肉は私に攻撃されたショゴス達のものだけだ。私に攻撃しようとして目測を誤り、同士討ちも起きている。

 このままじわじわ削っていってもいいが、ショゴスは再生能力を持っている。かなり高威力の攻撃が乱れ飛ぶこの状況でも時間がかかり過ぎる。途中で逃げられても面倒だ。

 私は口を作り、「クトゥルフのわしづかみ」を唱えた。鳴き喚きながら私に触手を振るっていたものどもが、突然見えない巨大な神格の触肢に巻き込まれたかのように停止する。邪悪な力に地面にねじ伏せられたショゴス達はしばらく必死に体を動かそうと痙攣していたが、徐々に動きを鈍らせ、やがて触手一本動かせなくなり動かなくなった。魔術によりSTR(筋力)を全て奪われ、意識を失ったのだ。

 

 こうなれば後は簡単である。私は肉体を変化させて作った骨の大斧を使い、確実に息の根を止めるべく身動きもできないショゴス達の解体を始めた。まったく、面倒な事をさせてくれる。

 

 六対一にも関わらず圧倒したこの一方的展開には、勿論タネがある。

 軸となるのはドリームランドで乱用してきた「内なる光の啓発」の魔術である。この珍しい貴重な魔術は、特定の手順で一ヵ月かけて厳密に連続して行われる食事、断食、瞑想、修練といった儀式を通し自らのPOWを高める事ができる。

 この「パワー」アップ魔術の欠点は三つ。一つは記された魔導書が少ない事。一つは時間がかかる事。最後はほんの少しでも手順を間違ったり中断したりすると効果が失われる事である。

 最初の欠点は私にとって問題にならない。果てしない神話生物ハンティングの成果として魔導書は山ほど持っているし、中にはこの魔術を記載したものもあった。

 二つ目の欠点はドリームランドに行く事で解決した。ドリームランドと現実では時間の流れが違う。ドリームランドで長い年月をこの魔術を使ったPOWアップに当てても、現実ではほとんど時間が経過していない。

 最後の欠点を克服したのもドリームランドだ。ドリームランドには危険が多いが、現実よりもしがらみが少ない。不意の訪問者、意図しない用事などで儀式が中段され失敗する事なく、安定してPOWを上げる事ができた。

 

 唯一の誤算は人間ベースの精神の限界なのか、POWを最大でも80までしか上げられなかった事だ。ほとんどの神話生物を圧倒できる数値だが、100超えの神格級には届かなかった。まあ、仮にPOWを1000にしたところで神格の中には射程無限&必中&即死の攻撃をしてくる奴もいる。80まで上げればそれ以上にする意味はない。もっと根源的な「格」とも言うべき要素が問題になってくるからだ。

 

 とにかくこの溢れんばかりのPOWを利用し、まず防御を固めた。「自己保護の創造」の魔術は、自分の身体の一部を入れた小袋にPOWを封入する事で、封入したPOW1につき1ポイントの万能装甲を得る事ができる。加齢を遅らせる効果もあるが神話生物と化した私にはあまり関係ない。

 私は「自己保護の創造」にPOW50を消費し、50ポイントの装甲を得た。これは迫撃砲やダイナマイトを完全無効化する強力な装甲だ。象に踏まれてもなんともない。

 「自己保護の創造」で消費したPOWは再度「内なる光の啓発」を使う事で回復してあるので、私は今50ポイントの装甲に加えPOW80を持っている。

 

 つまり常時展開されている強力な装甲でショゴスの攻撃を無効化し、莫大なPOWから生み出されるMPを湯水のように使いショゴスを鎮圧した、という訳だ。

 我ながら酷いインチキ戦法だ。クトゥルフTRPGのKPに可否を求めたら即座に却下するレベルの頭がおかしい自己強化。幸か不幸かここは現実で、ニャルはいてもKPはいない。私の「全部ルールブックに記載されてる魔術なんだし、使ってもいいよね!」と言わんばかりの行動を止める者は誰もいなかった。

 その結果が御覧の有様である。キャンプ場は何匹もの怪物が暴れ回ってできた爆心地さながらのクレーターで見るも無残な事になっている。死んだショゴスが蒸発して死体を残さない事だけが救いだろう。

 

 私は人間形態に戻り、今日この場に来ていなかったR&Pメンバーを始末すべく、山を下りる事にした。水戸の車か自宅を探ればメンバーの名簿は見つかるだろう。水戸を拷問して情報を引き出してもよかったが、ショゴスに拷問が効くかは甚だ怪しい。

 全国に居るであろうR&Pメンバーを一人一人ショゴス化チェックしていく手間を考え、私はため息を吐いた。

 

 ああ、手が足りない。触手は足りているが。

 




 八坂「狩りごっこたーのしー!」

 次話で二章は終わりです。二章が終わったら終章である三章に突入。三章に入ったらまた雰囲気が変わります。

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