何かの呼び声   作:クロル

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プロローグ

 一口にゲームといっても、世の中には様々なものがある。昨今では電子媒体のシューティング、アクション、パズル、ロールプレイング、シミュレーションといったコンピューターゲームが隆盛を誇っているが、昔はそんなものは無かった。しかし昔の人がゲームをしなかったかと言えば、当然そんな事は無い。

 双六、メンコ、独楽回し。チェス、将棋、囲碁、麻雀。機械に頼らないゲームはいくらでもあるし、チェスや将棋などは未だに実物のボードと駒を使って遊ばれるのが主流だ。

 チェスの人工プログラムが世界王者に匹敵するほどの成長を遂げ、ネット麻雀が普及し、双六の派生とも言える友情破壊ゲームが登場する一方で、電子媒体では代用できない、しにくいゲームもある。先の例ならメンコと独楽回しが該当する。

 メンコと独楽回しは有名だがマイナーという微妙なゲームで、よりスタイリッシュに、現代的に改造したそれの競技人口の多くは小学生だ。中学生にもなれば大抵はコンピューターゲームに自然と移行するし、二十一世紀に突入してからは小学生へのコンピューターゲームの浸透もめざましい。最近の子供にゲームとは何か? と問いかければ、PSPやDS、またはゲームソフトの名前を挙げるだろう。ゲームといえばコンピューターゲームなのだ。

 

 もっとも、いつの時代にも時代の変化についていけない者や懐古主義者はいるもので、依然として旧態然としたボードゲームを好む者も一部にはいる。

 発展めざましいMMORPGなどとは比べるべくもなく原始的なゲーム群だが、例えば麻雀などは実際に向かい合って闘牌する事で画面越しでは味わえない駆け引きや心理戦が生まれるし、ブロック遊びの実物の大作は電子データのものよりも大きな達成感と感動を作り出す。一概にコンピューターゲームが古いゲームの上位互換だとは言えない。

 そんな最新式から三歩も四歩も遅れたゲームの一つに、TRPGというマイナージャンルがある。

 

 正式名称は「テーブル トーク ロール プレイング ゲーム」。ゲーム機などのコンピュータを使わずに、紙や鉛筆、サイコロなどの道具を用いて、人間同士の会話とルールブックに記載されたルールに従って遊ぶ対話型のロールプレイングゲームを指す言葉である。ちなみに和製英語だ。

 認知度が高いゲームジャンルでは、恐らくシミュレーションが最も近い。シミュレーションゲームと異なるのは自由度である。

 TRPGは対話型のゲームというだけあって、一人ではプレイできない。最低でも二人以上必要なぼっち泣かせのゲームだ。それ人工知能で代用できないの? と聞かれれば、できないと答えるしかない。それがゲームの自由度に繋がっているからである。

 

 近年、人工知能の成長は著しいが、柔軟性の面では人間には到底勝てない。人工知能はプログラム通りの言動、行動しか取れず、創造が苦手だ。格闘ゲームで、バトルフィールドの背景に描かれている瓦礫を拾って投げつける事ができるだろうか? できるわけがない。そんなコマンドは存在しないからである。しかしTRPGではそれができる。人間同士で遊ぶゲームだからだ。基本的なルールこそ存在するものの、遊んでいる当事者が相談すれば、いくらでも改変できるし、その場限りの新ルールも追加できる。

 TRPGで格闘をするなら、ルール上パンチとキックしか存在しなかったとしても、転がっていた植木鉢で殴るとか、砂を撒いて目潰しするとか、背を向けて逃げてバトルフィールドの外に出るとか、そのゲームの世界観でできそうな範囲なら、やりたい放題できる。脱出ゲームで、部屋の鍵が無くて開かない場合、コンピューターゲームなら鍵を見つけないと脱出できないが、TRPGなら体当たりでドアをぶち破ってもいいし、ピッキングで開けてもいい。

 そういった、コンピューターでは実現できない柔軟性があるのがTRPGというゲームの長所だ。

 

 TRPGにもホラーやアクション、シミュレーションなど、色々なジャンルに小分けされる。全てに共通するのはゲームマスターの存在だ。

 ゲームによって、ゲームマスター(GM)、キーパー(KP)、ジャッジ、ストーリーテラーなど、呼び方は違うが、役割は同じで、要はゲームの進行役・司会である。

 TRPGは柔軟性があるゲームだが、ありすぎるのが考えもので、誰かが手綱を取らないとルールを逸脱しすぎて台無しになる。ラスボスの体力が100のゲームで、主人公(プレイヤー)の通常攻撃力を1000にしたらゲームバランスが崩壊する。ゲームバランスが崩壊しないように、かつプレイヤーが楽しめるように、プレイヤーの提案をルールと照らし合わせて調整し、ゲームに反映させるのがゲームマスターの役割だ。

 つまり、TRPGはルールを参照しながら、ゲームマスターという進行役の下で、一人以上のプレイヤーが遊ぶゲームなのである。プレイヤーが二人以上なら人間関係が広がり、より楽しくなるだろうし(ただしプレイヤーの人数が多すぎるとゲームマスターの管理能力の限界を超えて頭がフットーしてしまう)、進行役であり、ゲームの支配権を握るゲームマスターはプレイヤーの七難八苦をニヤニヤ眺めたり、無茶だが合理的な提案に困ったり、予想外の驚くほどスマートな解決方法に感心したり、と、ゲームマスターも含めて楽しい時間を過ごせるだろう。

 

 TRPGの一つに、「Call of Cthulhu」「CoC」「クトゥルフ」などと呼ばれるゲームがある。二十世紀の怪奇小説家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説を土台にしたこのTRPGはホラー系で、プレイヤーが操るキャラクターは探索者と呼ばれ、一目見ただけであまりの恐ろしさに発狂するような悍しい怪物に立ち向かう事になる。ラヴクラフトの小説やそこから派生した小説群、設定は「クトゥルフ神話」と呼ばれシェアワールド化されているので、サブカルチャーに詳しければ間接的に目にする事も多いだろう。「ニャルラトホテプ」の元ネタもクトゥルフ神話だ。

 

 ラヴクラフト最大の誤算と言われた萌えアニメを足がかりにTRPGのCoCに入門した私は、マイナーなゲームを一緒に遊んでくれる友人に恵まれた事もあり、たちまちのめり込んだ。

 寝ても覚めても考えている事はTRPG。合計プレイ時間は200時間は下らない。RPGでいうクエストに相当する、ゲーム中の一区切りをTRPGではシナリオとかセッションと言う。一回のセッションは2~8時間ほどで、私は四十個以上のシナリオをこなした。鮮烈に印象に残る思い出深いシナリオもあれば、大失敗に終わったガッカリシナリオもあったが、全てひっくるめて楽しかった。とても。名作ゲームの新作よりもTRPGのプレイを選ぶほどに。この気持ち、まさしく愛だ。いや愛は大げさか。

 

 ……それが一体なにがどうなってこうなったのか。

 私には分からない。今、自分が本当に正気なのかも分からない。

 しかし心当たりが全く無いわけではない。私が今直面している事態の全容を掴むためには、前後関係の正確な整理が必要になる。

 混乱している自分の記憶の確認を兼ね、この事態に関係していると思われる事を時系列順に書いて行こうと思い、こうして筆を取っている。

 

 あれは春頃だったか、いつもの友人達とCoCで遊ぶ事になった私は、八坂一太郎という名前のキャラクター=探索者を作り、「悪霊の家」というシナリオをプレイした――――


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