意外な言葉だった。神を信じますか、ではなく、神を望んでいるのか。
男の格好はどうみてもそれと分かるものだ。そんな奴が、開口一番に神を問う発言をした。思わず、一笑した俺は言った。
「残念ながら、そんな不確かなものを信じる余裕はねえよ」
男は、顎を引いて目元に陰を落としたが、装いにそぐわない三日月形に唇をゆっくりと歪めていく。正直、不気味に思えた。服装との不一致が拍車をかける。だが、気づけば、六畳もない部屋の中心にいる俺の中に、この男はズカズカと土足で入り込み、溶け込んでいた。同じ目線で、同じ立場で、対等に俺と言葉を交わしている。不気味だという感情は、いつしか、不思議という感想へと変貌を遂げている。たった一言だけ交わっただけなのにだ。俺は、この男に興味を抱き始めているのだと自覚せざるおえない。
「私は、貴方を知っています。だからこそ、こうしてお逢いできる時を心待にしていました」
「......俺はテメエなんざ知らねえよ」
「それでもです。これから、嫌でも知っていきますよ」
「......随分、外れた奴だな。なにを目論んでやがる」
「......全てです」
「......あ?」
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへいくのか」
「ポール・ゴーギャンか......」
「そう、この言葉こそ、人の根元へ語りかける声だと思いませんか?」
「いいや、俺には、自己陶酔にしか聞こえないな」
「......やはり、貴方は、現在の立場では違えど、私と同じかもしれない」
「どういう意味だ?」
「多くの声を耳で聞き、答えを口にできる。そんな人間が、王になる時代は終わりました。聖なる審判が訪れるときは、もう間近に迫っているとでも言いましょうか」
そう呟いた男は、喉の奥で低く音を漏らした。それが、何を意味しているのか、俺には理解できなかったが、ひどく魅力的に映ったのは確かだ。何故だ、どうしてだ、と人に対して持つことすら、抱くこともなかった微細な情報が心に流れ込んでくる。それが広がるにつれて、徐々に明るみがでてきていることも自覚し始めている。
一言でいえば、不快だ。たが、別の俺は心地よいと叫んでいる。得心がいかず、顔をあげた俺へ男が不敵に言った。
「この世界を構成するものの中で、もっとも必要なものをご存じですか?」
「......宗教的な返答を求めてんのか?」
「まさか......そんなことは断じてありませんよ。貴方の言葉を聞かせてください」
本当に奇特な奴だ。質問の答えに窮しているところ、眼鏡の位置を自身の右手でなおした男は、音もなく立ち上がり、左手に持った聖書を小脇に抱えた。思わず見上げる形になった俺へと視線を下げたかと思うと、踵を返して扉へと歩き始める。
「おい......おい!どこ行くつもりだよ!」
「......また、ここへ訪ねます。その時までに返答を決めていて下さい」
「テメエ......馬鹿にしてやがんのか?」
「まさか......そんなことはありません。けれど、私がここにいることに対して、良く思わない方もいらっしゃいますし」
男は、背後を差すように顎をしゃくった。俺の後ろにいる奴等など、いまさら、気にする必要はあるのだろうか。
ねっむ!!!!!!!!!!w