何重にも重なった靴音が更に擦れた。俺を取り囲んだ数人が、また後退したようだ。最高の気分だ。善意を謳う男達が、自身の正義に押されている様は、荒唐無稽を通り越して滑稽にすら思える。馬鹿ばかりだ、本当にこの世界の骨組みは、馬鹿の集まりでできている。汚職にまみれた政治家に、自己を守ることすら出来ない人間、嘘も方便を貫けば真実になるなんざ、ただの戯れ言だというのにな。
俺は、おっさんが突き付けた拳銃があるであろう方へ右手を伸ばし、銃口に触れると額へ押し付けた。
「弾けよ......いつまで、ジキルに隠れてるつもりだ?」
銃口から伝わる震えは、全身を駆け巡り、遂にはおっさんの口調にまで表れ始めた。
「ひ......ひが......し......」
さきほどまでの精悍さなど微塵も感じない、弱くか細い声は、廊下を照らす電球の小さなショート音にすら負けている。何を抵抗する必要がある。こいつらは、俺は、みんな生きている人間だ。自身の内面を見たことくらい、いくらでもあるだろうによ。
......ああ、そうか。自身の内面をみたとしても、目を逸らしていれば結局は無意味なんだな。だってよお、ジキルとハイドの結末もそうだったからな。人にとって、内側ってのは隠された自分の分身みたいなもんで、一度覗いてしまえば最後、否定するように死を選ぶ。人道を外れてまで、人間をやる必要はないとばかりに。
そこで、ずいぶん前に聞いたドッペルゲンガーというものが脳裏を過った。まさに、それこそがドッペルゲンガーの正体なんじゃねえの?
そんな思惟にふけていると、あまりにも馬鹿らしい思考の到達にたいし、途端に笑いが込み上げてくる。
「ひひひ......ひひ!ひひ!ひゃーーははははははは!」
瞬間、額に着けたままだった銃口が飛び退いた。
これが、こんなくだらない答えを出すことが、無聊とした毎日を送る俺にとって、最高の時間だ。
これからだ。これからが、楽しい、愉しい時間の始まりだ。
警察は、どれだけ俺を理解できる?
世間は、どれだけ俺を理解できる?
世論は、どれだけ俺を理解できる?
人は、動物は、植物に至るまで、どれだけ俺を理解できる?さあ、考えろ。考えて、思考して、熟考して、思索してみろ。
俺に色を与えてみろ......
「......悪かったな、おっさんよお......ちっとばかし、からかいすぎたみてえだな。安心しろよ、俺は逃げるなんてことはしねえからよぉ」
俺は、自ら進んで廊下を歩き始めた。やがて、背後から数名だけの足音が響いてくる。俺に付き従うような光景、立場の逆転にすら、気づいていないみたいだ。麻袋の下にある俺の表情?......口元の弛みがとめられない。破顔一笑てえのは、まさに、このことだろうよ