スーダンを探る仕種すらせずに、首を横に振られる。
まあ、期待はしてなかったが、久しぶりに拘束具や腰縄もなく出歩ける解放感を満たすには、やや物足りねえのも事実だ。ホールから響いてくる声を聞く限り、相当な人数は集まっていりだろう。そこにいきゃあ、甘味はなかろうが、煙草の一本でもあるはずだ。
階段に向け歩きだした俺の背中を安部の声が叩いた。
「東さん、どちらへ?」
俺は振り返らずに言った。
「なにをするにしても、まずは情報と物資だ。安心しろや、アンタの右腕となって動くことに異論はねえからよ、安部さん」
ああ、本当に異論なんざねえさ。俺は年甲斐もなく胸が跳梁しているのを自覚している。人間が人間を襲い喰らう、真の共食いが、あちこちで繰り広げられる。俺が心の底で望んでいた殺伐とした世界。人間の人間による人間の為の真に正しい世界。ある意味では、安部は俺をこの世界に導いてくれたのかもしれねえなぁ……
さあて、ここからだ。ここから、俺の新たな人生が始まろうとしている。長かった、俺の透明な場所に何かを流し込んでくれるだろうか。なあ、お前ら、平和に溢れていた日常から、一気に崩壊した世界は、俺を受けいれられるか?
これからだ。これからが、楽しい、愉しい時間の始まりだ。
この崩落した世界は、どれだけ俺を理解できる?
崩れた世間は、どれだけ俺を理解できる?
壊れた世論は、どれだけ俺を理解できる?
人は、動物は、植物に至るまで、どれだけ俺を理解できる?さあ、考えろ。考えて、思考して、熟考して、思索してみろ。
「俺に色を与えてみろ......」
踏み出した段差に靴底が当たり、まるで、いまの俺の心境を表すような高い音が廊下を駆け巡ったとき、ふと、思い出したのは、とある小説に記載された、こんな文章だ。
私達は、黒く燃えあがる雲に覆われた西の空を眺め、地平線いっぱいに、鉄色から血のように輝く赤まで、この世のものとも思えない色合いでたえずさまざまに幻想的に形を変えていく雲をながめた。その下には、対照的に収容所の殺伐とした灰色の棟の群れとぬかるんだ点呼場が広がり、水たまりは燃えるような天空を映していた。
私達は少しの間、言葉もなく心を奪われていたが、誰かが両腕を広げて言った。
世界はどうして!こんなにも美しいんだ!
「ああ、本当に世界ってやつは、とことん皮肉なもんだよなぁ……どんな出合いがあって、どんな楽しい事が起こるのか、分かりゃしねえんだ。そう、だからこそ世界は美しいんだよなぁ!ヒャハハハハハハ!」
俺と安部はホールの扉に手を掛けて、新たな世界への扉を開いた。
感染番外編 終わり
これで終わりです
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