感染 番外編   作:saijya

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第8話

大袈裟な身振り手振りを交えた安部の演説に、俺は溜め息をつきながら、もう一度、外を眺めた。

なるほど、この現実を安部は脳内で都合よく変換したのだろう。堅苦しいものを除いて一言で表すとすれば、思わぬ僥倖を掴みとった、それだけにすぎない。予言者よろしく、与太話が実現し、チャンスが訪れた。そういや、ヒトラーも嘘もつき続ければ真実になる、とかほざいてやがったな。まあ、あっちはそれだけの努力をするべきだって意味だろうけど。

しかし、安部は気にしちゃいないが妙な点があるのも事実だ。一回目の公判が近付きつつあったタイミング、そして場所、なによりも時期、これらがどうにも腑に落ちない。単純に偶然が重なっただけなのか、それとも、俺に深い恨みがある人物の仕業か……

……思い当たる数が多すぎて特定できねえな……

外では、安部が使徒と呼んだ一人が獲物を捕らえたライオンのように人間に噛みつき、破った腹部から漏れだした臓器を鷲掴みにして、力ずくで引きちぎっては口にはこんでいた。その様子に陶酔しきった熱い眼差しを向ける安部を盗み見る。

話しに尾ひれをつけ誇大妄想を大きく膨らませる、カリスマと呼ばれる人間にはよくあることだが、この安部という男の場合はどちらなんだろうな。正直、自身の言動で他者に影響を与えることが出来る者をカリスマに定義するのであれば、カリスマと呼ぶには真逆の存在とさえ思える。安部は、この惨状を予知したのではなく、予言していた訳でもない。何故なら、予言も予知も、確かな計算の元に成り立っているものだからだ。

安部に計算はなく、あくまで本人の願望のみだった。それでも、安部の内面から溢れでる自信は、俺にまで伝わっている。

面倒な奴に当たっちまったもんだなぁ……けど、おもしれえ……おもしれえよ、安部……ここまでくると、アンタがどこまでいけるのか、見届けたくなっちまうじゃねえか……俺をどこまで理解できるのか、試したくなるじゃねえか……さしあたって、カリスマを引き出すには、悪役が必要か。

 

「安部、お前は……」

 

「東さん、約束は覚えていますよね?」

 

俺の発言を遮った安部は、窓から視線を剥がすことなくそう言った。短く鼻を鳴らして返す。

 

「俺が言ったことだ。忘れる訳ねえだろ?」

 

「それならば良かった」

 

ようやく俺を見て、安部は微笑んだ。バツが悪くなり、俺は舌を打って安部に言った。

 

「とりあえずよ、煙草か甘いもん、持ってねえか?」

 

安部が目を丸くする。

 

「煙草は分かりますが、甘い物……ですか?」

 

「ああ、あるか?」


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