感染 番外編   作:saijya

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第5話

誰かと笑いあうなんざ、もう俺には無縁だとばかりに思っていたが、存外、そうでもなかったらしい。

一息いれて、涙を拭った安部が深々と頭を下げる。

 

「東さん……ありがとうございます。お陰で私の道を進むことができます」

 

顔をあげた安部に言った。

 

「まあ、こうなると、心残りができちまうなぁ……刺激に満ちたアンタの理想郷ってもんを見てみてえ気持ちが芽生えちまってやがる」

 

安部は不敵な笑みを浮かべる。

 

「安心して下さい。審判の時は、訪れます、必ずね」

 

言いながら、安部は懐より新聞の切抜きを取り出し、俺の顔の位置でアクリル板掌で張り付ける。記事の内容は、戦争における子供を題材にしているようだ。

 

『とある国の少女には、夢があった。優しい人になって困ってる人を助けたいと、少女は語った。そんな少女が、身体に爆弾を巻かれ、遠隔操作で人間爆弾として使用される事件があった。これが悲劇じゃなくてなんだというのか。これは、世界の悲劇そのものだ。小さな願いすら叶えられない世の中をどう見詰めれば愛せるのか、今、我々は試されているのかもしれない』

 

記事を眺めていたとき、不意に声が聞こえた。

 

「私と貴方は、今のような軽口を叩き合えるような、そんな仲になれますか?」

 

突飛な発想に対し、俺は、さあな、と言葉を濁す。俺自身も、なにか気恥ずかしさを覚えたのは認める。

質問の真意は、恐らく、互いに対等な立場になれるかどうか。俺が求めているものは根本的に違う。

それは、ただ、ひとつ。理解者だけだ。口には出さないが、安部は、そこに限りなく近い一人として数えてはいる。もうひとつ、もうひとつ踏み込んだ出来事でもあれば教えてやろう。それまでは、コイツは暇潰しの粋を出ることはない。

一般的に人100万色を識別するが、世の中にはその100倍である、1億もの色を識別する4色型色覚を持つ人間が存在する。

俺はそんな奴等ですら、認識できない「色」が見たい。無色な俺に、色を与えてくれる、そんな人間に出会いたい。

 

「……時間のようですね。本日は、ここで退出します。では、また……」

 

席を立とうとした安部を制するように、俺は小声で言った。

 

「なあ、安部……テメエは、俺に色を与えられるか?」

 

「はい?」

 

頓狂な声と共に、目を丸くして俺を見る安部の間抜け面は、少しだけ笑える。

 

「いや……ここに来る奴が、テメエみてえな真面目じゃなければ、もうちょい笑えたんだろうなってよ」

 

「同感です。私も貴方でなければ、と思ったことがありますよ」


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