「なあ、アンタ……安部って名前だったか?」
言葉を遮った俺に、目を丸くした安部が短く首肯したとき、俺は悪態の一つでもつきたい気分だった。
前回、俺に問い掛けたあの男は、どこにいったのだろうか。この男に強烈に引き寄せられていた理由がはっきりした。
俺と同じ価値観を持てる、もしくは、持っているからだ。それは、安部本人も認めている。そう、俺は安部に対して、理解者となりえるのではないか、そんな淡い期待を知らずに抱いていたのかもしれない。
しかし、結果はどうだ?この男はなんと言った?答えを教えてくれ、と口にしたんだ。
俺は、そのまま席を立つと、安部に無言で背中を向けた。
「ど……どこへ?」
狼狽から声が震えていた。不愉快甚だしい、こんな男に期待を寄せていた俺にすら落胆する。
「帰るんだよ。アンタと話すことなんざ、もうねえからなぁ」
扉の両隣に控えていた二人の警察官に、目を配れば、すっ、と道を空け扉のノブに手を掛ける。回す直前、ついに安部は盛大な音をたてて、立ち上がった。
「待ってください!なにか不快な発言があったのなら、謝罪しますから、どうか!」
盛大に舌を打ち、首だけで振り返る。
「必要ねえよ。さっさと帰れや」
「貴方も子供には、特別な思いがあるでしょう!それは、私も同じなのです!お願いします、私に彼女を救う方法を教えて下さい!」
俺は足を止め、疑問が増えたことを自覚した。まるで、鎌首をあげた蛇のように、安部は問題を小出しにしてきている。恐らくは興味を引き、逃がさない態勢を整える為、そして、俺の深い所を垣間見る為だ。
気に食わねぇ……
不意に沸き上がったのは、熱のある感情だった。鏡のように冷めきっていた退屈が、徐々に解していかれているのは、明確に理解できる。
「俺がガキなんざに?なんで、そう思んだよ」
「明かされた人数だけで三十三名、関わったと思われる事件は数百以上、空前絶後の犯罪者……そう呼ばれている貴方は、しかし、子供には、手を下していない」
「何を言い出すかと思えば……んなもん」
「偶然である、とは言わせない」
核心めいた口調で被せた安部は、ゆっくりと座り直し、顎を引く。俺にも座り直せと、安部の旋毛が言っていた。
俺は泰然とした態度を保ち、扉から離れ椅子へと向かったが、腰を据えることはないと、立ったまま伝える。それでも良いと前置きして安部が続ける。
「貴方は、子供に対して、どのような印象をお持ちですか?」
「別に?なーーんにも持ち合わせてねえよ。強いて言やぁ、無力ってとこか」
「それは……」
腰の電気治療ってどんな効果があるのか教えてくれ……
湿布貼ってた方が良かったよ……