「終わりました。ご主人」
「あぁ…そうか。なら、行こうか」
「えぇ」
二人はそう言って歩き出す。
しばらく歩いたところで、プレジールが声を出す。
「幻魔。今の戦いは見てられなかったぞ」
「すいません。油断しました」
「生きているならそれでいいが…次は油断するな。私に心配させるな。全力を持って戦え。周囲に気を使うな。良いか?」
「御意に。一片の油断も無く、ただ敵を殲滅いたしましょう」
幻魔の言葉を聞くと、プレジールは壁に手をつく。
「もう一つの隠し通路…といった所か」
ガコンッ!と音を立ててへこむ壁。
すると、階段が現れ、どこかに繋がっているようだった。
「何所に繋がっているんでしょうか…」
「おそらく裏口だな…ここまで直通なんだろう。屋敷の中を通さずにここに運び込むためのな…」
「そうですか…では、一度ここから脱出いたしますか?」
「屋敷の中へと戻る道は……もう無いようだな。なら、一度外へ出るとしよう」
「分かりました。では、私が前を行かせていただきます。どんな危険が訪れるか分かりませんので」
「あぁ、任せた」
そう言うと、プレジールの前を歩く幻魔。
* * *
外に顔だけ出すと、そこには三人の人間――――いや、吸血鬼がいた。
「貴様が侵入者か」
「吸血鬼が…吸血鬼を監視するのか?」
「私たちは人間側に付いているのでな。貴様には死んでもらう」
「お断りさせていただく」
振り下ろされた足を、プレジールと共に彼らの後ろの中空に転移して躱す。
直後、先ほどまで幻魔達がいた階段が砕かれる。
「ご主人」
「あぁ、殺せ」
「御意に」
幻魔は
銀閃が走った。
舞うは紅。一瞬にして無数の紅色の液体が舞い、ドサリと音を立てて何かが落ちる。
土埃は晴れ、そこに立っていたのは幻魔一人。両の手には銀のナイフが握られており、そのナイフからは血が滴り落ちていた。
「聖なる火を宿した銀の刃。吸血鬼にはさぞ痛かろう?」
「な、何者だ…貴様…!?」
「紅魔の魔狼。貴様らがそう呼ぶ、ただの人間だ」
「なっ…!?き、貴様の主も吸血鬼だというのに…それほどまで吸血鬼に効く武具を持つとは…なぜだ!?」
「貴様らと同じにするな。私が刃を向けるのは、私の敵にのみだ。では、さようなら」
「ま――――!!!」
銀のナイフが突き刺さり、瞬く間に白い炎に消される吸血鬼。
「それでは…どういたします?」
「幻魔…いや、確かに私は殺せと言ったが、ここまで 完膚なきまでに殺されると情報が聞きだせんのだが…」
「あ~…いえ、大丈夫です。おそらくここの主は、自分の放った悪魔に消されたはずです」
「ほぅ…?その訳は?」
「アレです」
若干面倒そうな表情で幻魔が言う。
その視線の先には、月を背に飛ぶ巨大な異形の存在。それは悪魔のようにも見えた。
そして、手に握られているのは人間のようで――――
ガブリッ!と一息に喰われる。
「……幻魔。本気だ。本気で奴を潰すぞ」
「えぇ…私も、彼奴だけはどうしても狩る必要があります」
圧倒的威圧感。王者の威圧感とでも言うのだろうか、それは並みの生物を怯えさせるには十分で、だが、プレジールと幻魔には本気の殺意を芽生えさせる威圧感だった。
「ふんっ!!」
瞬間的に生み出した紅い妖力の槍。
衝撃波を放ちながら悪魔へと迫って行き――――
ドォォォォンッ!!と轟音を立ててぶつかる槍。
しかし、その槍は片手で受け止められていた。
「…ご主人。威力が足りてませんよ」
「うるさい。そこは彼奴の力が私以上だと言っておけ」
「遠まわしにそう言う意味になるんですけどね?」
むしろ、プレジールの言葉が遠まわしだろう。
だが、幻魔は冷静にナイフを取り出し、投げつける。
「では、ご主人は援護をお願いします」
「あぁ分かった。頑張れよ」
プレジールの言葉を聞き、幻魔は瞬時に悪魔の前へ転移すると、無数のカードをばら撒き、再度転移する。
瞬間、ナイフが悪魔に突き刺さる。それは一気に傷を広げ、しかもそれと同時にカードが無数の炎となり、悪魔を焼く。
「まぁ、これで死ぬとは思いませんが、一応様子見ですね。これでどの程度ダメージを与えられるかですが――――まぁ、そうですよね」
炎が消えた時、そこには無傷の悪魔が見下ろしていた。
「無傷…か。倒せるのか?」
「えぇ…倒すだけなら何の問題もありません」
「…それ以外の問題はなんだ…?」
「ご主人の安全です」
ハッキリと言い切る幻魔。プレジールはそれを聞いて、苦い顔をする。
「やはり、私が
おそらく、幻魔はプレジールの手前、対異形攻撃の威力や攻撃を抑えていたのだろう。そして、今になってそれがとても大きな枷となっていると、プレジールは考えた。
「仕方ない…幻魔。他に人間は残っているのか?」
「いえ、生体反応はありません。おそらく全滅したように思われます」
「そうか…なら、私は先に帰らせてもらおう。そうすればお前も本気を出せるだろう?」
「ですが…よろしいので?」
「二度は言わすな。転送してくれるとありがたい。自室で頼む」
「では…失礼します」
「あぁ…頑張れよ」
「良い結果をご報告いたしましょう」
幻魔の言葉と共に、プレジールは消える。
そして、幻魔は改めて悪魔に向き直ると、
「さて、
「ガハハ!!人間…私が怖くないのか?」
いつの間に降りて来ていたのか、その悪魔は幻魔を見てそう言った。
改めて見ると、その姿はより恐ろしく感じる。
顔は凹凸が無く、全身真っ黒。熊の様な巨大な体格に、片翼だけで自身の二倍近くある翼。
だが、その姿を認識してもなお、幻魔は余裕の表情でこう言う。
「怖い?何を怖がる必要がある。貴様はただの敵だ。敵であって恐怖の象徴ではない。ただ倒すべき対象だ」
「ほぅ…?人間。貴様、中々面白い事を言う。そこまで言うのだからよほど自信があるのだろうな…ならば、その力、私に示してみるが良い!!」
「そのくだらない価値観を変化させてあげましょう。木端悪魔」
その言葉を皮切りに、両者はぶつかる――――。