全身に切り傷を作り、泡を吹いて倒れている萃香。それを見つめるのは、自身の血で衣服を赤く染めた幻魔。
「……封印、第一、第二、第三プロセス終了……『現想』封印完了」
冷静な声で幻魔は言い、それと共に、幻魔の纏っていた雰囲気が消滅する。
「幻魔さん、何をしたんですか?」
「『現想』。感覚を全て騙すほどの強い幻覚。それを送り込んで幻覚の中で細切れにした。その反動がこれだ」
「痛みとかも感じるんですか?」
「あぁ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、痛覚。その他もろもろを騙して真実と同等の存在にして脳を混乱させて気絶させる。まぁ、かなり精神が強くないとショック死するんだが、鬼だからな。精神は強いだろう。と思って」
「それ、大丈夫でしょうか?最悪体が動かなくなるんじゃ…?」
「そうなったら記憶を消す。そしたらトラウマは表面上にはなくなるはずだ」
「サラッと奥の方にあるって言いましたね。無意識の恐怖ですか…中々えげつない事を考えますね…あの人とは大違いです」
「あんなパワー馬鹿と一緒にされるのは困るんだが…」
「……そんなに、ごり押しでしたっけ…?」
「憶えてないなら無理に思い出さなくても良いと思うが?」
「…それもそうですね。もういない人ですし」
「……いない人?」
「えぇ。亡くなりました」
「……そうか」
「はい」
素っ気なく幻魔は言うが、内心何とも言えない状態だった。
「(あいつが死ぬような相手…いるか?この世界に。いや、物語に語られすらしない裏の強敵ってのは在りえるか…なら、私も気を付けないといけないか)」
死ぬはずはない、と思っていても、可能性は捨てきれない。なら、その要因を警戒すべきだろう。
「(……というか、そもそもその『生命の掌握者』があいつである確証はない。別の人物だとしたら問題ないな)」
若干思考を逸らすほどには衝撃的な内容だったのだ。彼にとっては。確かに、彼の知っている人物とは全く関係ない、という確率もあるのだが。
とにかく、考え事は切り上げ、萃香を治療しようと動く。
「って、あれ?視界が……」
次の瞬間、幻魔はドサリッと音を立てて倒れた。
* * *
ハッ!と目を覚ますと、木で組まれている屋根が見えた。
「ここは…?」
「俺の家だ」
声に反応して幻魔が体を動かそうとすると、全身に激痛が走る。
「無理に動くな。傷が開くだろ」
声に諭され、幻魔は体を動かそうとはせず、首だけを動かして相手を見る。
声の主は先ほど村の前で戦った男だった。
「……お前は?」
「
「……私は、あの後どうなったんだ?」
「急に倒れたから紫と一緒に応急処置をしただけさ。鬼は回復力も高いからな。治療なんてしたことも無いんだ。痛くても諦めてくれ」
「……そうか…なら、私が倒れてからどれくらい経った?」
「余り経っていないさ。お前、人間としてはかなり異常じゃないか?」
「…人間、半分やめてるからな…」
何とか指を動かせる位にまで痛みに慣れた幻魔は、どうにかポケットからカードを取り出し、自分に当てて能力を使う。
「ふぅ。これでいつも通り動けるな」
「……何をしたんだ?能力か?」
「あぁ、そうだが…教えはしないぞ?」
「そうか。それは残念だ。ところで、なんでここに?」
「ただ単に興味本位さ。それ以外にはない」
「へぇ?本質的にはあいつと同じ感じか?面白そうだから来てみた」
「…そうだな。それで間違ってない」
「クハハッ!そうかそうか。ならまた天狗も呼んで大戦争としようかな。姐さんたちも喜び勇んで参加するだろ」
「そうか?萃香だけはもう立ち直れないと思うが」
「……何を見せたんだ?」
「死神」
「……死神?それだけで姐さんが立ち直れないほどのモノになるのか?」
「本能を大きく揺さぶるほどの恐怖を叩きつけながらの無数の斬撃だぞ?しかも自分の攻撃は効かないせいで無敵の斬撃とも言える。相当な精神かそれとも最初から狂ってない限り砕けない幻覚さ。死ななくても常人なら脳が誤作動を起こして体が動かなくなる」
「……それは、確かにそうだな…一応様子を見に行ってみるか」
骸鬼はそう言って出て行く。
そして、骸鬼と入れ替わるように幻魔の正面に紫が現れた。
「紫か。どうした?そんな慌てたような表情をして」
「慌ててません!というか、もう起き上がって大丈夫なんですか?結構骨に響いてたはずなんですが…」
「ここで座ってるんだ。問題ない。というか、用件はそれだけか?」
「そ、そうですけど…悪いですか?」
「いや?全然悪くないぞ。むしろ心配してくれてありがとう」
「……幻魔さんは素直にお礼をする人なんですね」
「それは、まるで素直じゃない奴と比べてるみたいだな?」
「えぇ。比べてます。あなたにとても似ていた人外と。不満ですか?」
「そんなことは無い。それで?お前はどっちがいいんだ?私と、そいつと」
「そうですね…まだ選べるほどの差は無いです。でも、どちらかというと幻魔さんですね」
「そうか。それは嬉しいな」
言いながら、幻魔は紫の頭の上に手を置く。
「……なんで、手を頭の上に?」
「嫌だったか?ならやめるが」
「いえ。そのままでいいです。何というか、嫌いじゃありません」
「そうか」
それから骸鬼が来るまで、二人はぼぅっとしていた。
……紫がヒロイン臭を漂わせているんだが、どうしろと…わ、私はヒロインを紫にする気は無いぞ!?