東方変幻録   作:大神 龍

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第十六話

 静寂に包まれた地下室の中、幻魔は部屋中に張り巡らしていたワイヤーを全て外していた。

 

「はぁ。一々仕掛けた罠を回収しないといけないというのも難儀なものだな」

 

 いつの間に再生したのか、背後にはイーラが立っていた。

 

「これくらいはしないと生きられませんでしたし。本当は全部断ち切っても良いのですが、そうもいかないんですよ。再利用は大切です」

 

「そうなのか。いやいや、人間とはよく分からんな」

 

「自分の力を過信するのは危険ですから。何時でも全力で、ですよ」

 

「ククク。そう言うが、私との戦闘は本気ではなかっただろう?」

 

「はて、何の事でございましょう?」

 

 ワイヤーを回収し終わった幻魔は振り返りイーラに微笑む。

 

「さて、イーラ様。一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「む?なんだ?」

 

「どうして地下に?」

 

 幻魔の中で、それだけが気掛かりだった。彼の場合、そこまで危険な能力を持っている訳でも無く、狂っている訳でも無い。では何故地下に籠っていたのか。どうしてもそこが気になった。

 

「ふむ。何故、と聞かれるとはな。理由は…そうだな。私が表に出るのが嫌いなだけだ」

 

「…それだけですか?」

 

「……あぁ。それくらいだな」

 

「そうですか。しかし、それだけならば地下に籠る必要などないのでは?」

 

「……はぁ、仕方ない。まぁ君なら話しても問題ないか」

 

 イーラは観念したように首を振り、改めて幻魔を見ると、

 

「簡単に言えば、私を捕らえようと何人、何十人と私の妖力を辿ってこの紅魔城に攻めて来るからな。プレジールに迷惑を掛けるのはどうかと思い地下に籠ったわけだ」

 

「なるほど、そう言うわけですか」

 

 イーラの答えを聞き、幻魔は数秒考えた後、

 

「じゃあもう外に出ましょう」

 

「は?」

 

 話を聞いていたのか突っ込みたいような発言に思わずイーラは素っ頓狂な声を上げる。

 

「だから、外に出るんです。もうここの結界は全て砕きましたし、再度張るのは面倒なのでやりたくありません。それに、貴方もこのような薄暗く狭い世界ではなく、月明かりに照らされ光り輝く広大な世界の方が好ましいでしょう?貴方の力ならば問題はありません。その程度(・・・・)の力、私が抑えましょう。完全に、完璧に、気配を失うほどに。もし貴女を狙う敵が現れたのなら私はその全てを消しましょう。汚れを取り除くように、箒で埃を掃くように。圧倒的な力を持って蹂躙し尽しましょう」

 

 不敵な笑みを浮かべてそう言う幻魔に冷や汗が浮かぶ。あの強力な結界を全て砕いた?自分の力を抑える?私を狙う敵を全て消し去る?だが、その中でも一番怖いのは――――

 

 

 

 

「(私の力をその程度だと?こいつは一体どんなモノを見て来たんだ?)」

 

 ――――自分の力をまるで赤子か何かの様に言う事だ。

 

 イーラにとってそれは恐怖以外の何者でもない。

 

「さぁ、どうしますか?この暗く狭い地下室か、明るく広大な地上か。選ぶのは貴方です。イーラ・スカーレット様」

 

 ゾワッ!と鳥肌が立つ。ここに残れば何も新しい物の無いが力を使いたい放題。彼について行けば未知が広がるが力をほとんど奪われる。

 

 悩む必要などある訳無い。彼は即座に結論を下すと、

 

「あぁ、行こう。新しい世界(地上)へ」

 

 そう言って彼は地上へと続く扉へと向かう。

 

 

 * * *

 

 

 幻魔はイーラの後ろに続き、彼に気付かれない様に彼の腕にブレスレットを付ける。

 

「(これで妖力面はどうにかなるとして、後は攻めてくる可能性を考慮して美鈴とあの子の修行を本格的に始めないといけないな)」

 

 そう考えているうちに地上へと出る。

 

「ふむ。実に久しぶりの地上だ。おおよそ700年ぶりかな?」

 

「それはまた、長い時間をあの地下で過ごして来たのですね」

 

「ククク。なに、そこまで気にする事でも無いさ。そもそも自ら地下へと入ったのだ。何も問題は無い」

 

「そうでございますか。して、どうなさいますか?」

 

「そうだな…取りあえずプレジールの所へと行くとしよう」

 

「了解しました」

 

 幻魔は一礼し、プレジールのいる場所へとイーラを案内する。

 

 

 * * *

 

 

 幻魔がその扉の前で止まると、その扉の奥から威圧感のようなモノが溢れ出ていた。

 

「これは…もしかしたら叱られるかもしれんな」

 

 イーラはヤレヤレと言いたそうな表情をして首を振る。

 

 それを横目に幻魔は扉をノックし、

 

「プレジール様。お入りしてもよろしいでしょうか?」

 

「あぁ、入れ」

 

 中から妙に気合いの入った声が聞こえ、幻魔は心の中でそっと『あ、お仕事モードに入ったのかな?』と思いながらも、扉をゆっくりと開け、

 

「失礼いたします。お客様を通してもよろしいでしょうか?」

 

 中では、プレジールが椅子に座ってこちらの方を向いており、その右斜め後ろにクレアが佇んでいた。

 

「構わん。というより、それが要件なのだろう?」

 

 プレジールは若干面倒臭そうな顔をして言う。それにつられて幻魔も苦笑いになるが、後ろから入って来たイーラに気付いて表情を引き締める。

 

 だが、幻魔が表情を引き締めた本当の理由はプレジールの後ろにいるクレアに睨まれたからだったりする。

 

「やぁプレジール。久しぶりだな。大体700年ぶりか?」

 

「今出て来たという事は、もう気は済んだという事で良いのか?」

 

「ククク。まぁ、そうなるかもな。それに、お前も強くなっただろう?」

 

「いや、そうでもないさ。今でもこの屋敷最弱を貫いてる」

 

「なんだそれは。せめて下から二番目にしておくべきだろうが」

 

「無理を言うな。兄も見たのだろう?幻魔の力を」

 

「まぁな。だが、それ以外にも増えただろう?どうしてそれでも最弱だと言う?」

 

「それはその増えた者達を彼が訓練しているからさ。もういいだろう。言っている私が悲しくなってくる」

 

「そうか。ならこの話はやめるとしよう。では、私は久しぶりにあの部屋を使わせてもらうとするよ」

 

「あぁ、勝手にすればいい」

 

 そういってイーラは出て行ってしまう。

 

「はぁ、幻魔。すまないな。私が面倒臭がらずに自分で行けばよかったのだが、あの結界を砕くのに私だと時間がかかり過ぎるから任せてしまった。それと、兄を連れ出してくれてありがとう」

 

「いえ、私は別に何もしていませんよ。彼が自分で出たいと言ったので外へと連れ出しただけです」

 

「そう、か。フフッ。そういう事にしておこう。では、もう部屋に戻っても良いぞ」

 

 プレジールに言われ、幻魔は一礼し、部屋の外へと出て行き扉を閉める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……兄、か」

 

 幻魔がぼそりと呟いた言葉は誰に届く訳でも無く消えて行った。


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