東方変幻録   作:大神 龍

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第十二話

 少女の教育を始めてから数日経った頃、とても、本当にとても遅いが、ある事に気付いた。

 

 

 

 

 彼女の名前が無い事に。

 

 

 

 

 今更すぎて呆れるほどに襲いながらも気付き、幻魔はそれをプレジールに伝えた、すると、

 

「じゃあお前が決めろ。どんな名前でも文句は言わんし言わせん。だから考えろ」

 

 と言われた。

 

 どんな名前にしようか。と考えつついつも通り授業をしていた。座学で教えているのは主に言葉と計算。まぁ計算と言っても一般的な足し算、引き算、掛け算、割り算だけだ。それ以外は今は教えておらず、とにかくこの二教科だけを覚えさせている。

 

 実習では家事全般。調理実習もするが、その場合出来たモノはプレジールには出さず幻魔とクレアが食べていた。ただ、プレジールがたまにつまみ食いに来て出来た料理をかってに食べたりして幻魔の怒りを買っていたり買っていなかったり。

 

 掃除もそれなりに出来るようで、漫画などで見る『掃除してる筈なのに逆に終わった後の方が汚れている』現象を見る事は無かった。洗濯も普通にこなしており、かなりの成長速度だった。

 

 そして、そこまでしておきながら、肝心な名前を付けていない。もうバカだろう?と言われても文句の言えない状態だった。

 

 さて。現在幻魔は考えていた。彼女の従者として一人前になってもらうための戦闘訓練をしながら考えていた。正直戦闘が心底どうでも良いと思ってしまう位には。

 

「(名前かぁ……どうするかなぁ…漢字を使うのは微妙だし…じゃあやっぱりアルファベットかな……でも正直英語は苦手だし……もう面倒だから漢字でいいか。それの方が名前の意味もストレートにならずに済む)」

 

 戦闘訓練は実戦形式で幻魔に攻撃を当てるというもの。もちろん安全のため幻魔がどこからか取り出した木刀だ。ただし、日本の観光地などで売ってるような日本刀の様に反った形のモノではなく西洋のショートソードの様な形をしているモノ。

 

 クレアがそれはどこで手に入れたのかと聞いたところ、自作だそうだ。

 

 まぁそれは置いておくとしてだ。彼女は頑張っていた。幻魔に向かい剣を振るい、幻魔が同じ木製のナイフで受け止め、数瞬鍔迫り合いをした直後剣を引いて、幻魔が勢い余って前に出かけた所を剣を使わず左手を使って腹部に一撃拳を入れようとして来るくらいには頑張っていた。正直数日前まで立つ事すら出来なかった少女の動きではなかった。もちろん、そこまで努力しても考え事をしながら戦っている彼にすら掠りもしないのだが。

 

 ただ、前提として彼女は戦闘訓練を始めてから一週間も経っていないという事だけ言っておこう。

 

 幻魔は彼女の成長速度に驚きながらもその全てを悉く打ち破っていたが、内心一ヶ月くらいでプレジールを倒せる位になるんじゃないかと思っていた。正直今の時点でプレジールに一撃くらいは当たりそうだった。

 

 それに、訓練中に幻魔は彼女の中の能力を垣間見た。というより、彼女が自分の力で歩き始めた辺りからおそらくはあるんじゃないかと思っていた。

 

 操作系か治癒系かという所を考えていたが、戦闘訓練を初めて始めた時に、当たらないように軽く投げた木製のナイフが空中で速度を失って落下したからだ。彼女はそれがなんでか分かってはいなかったようだが、幻魔はそれが能力だと確信していた。

 

 おそらく操作系。ただ、速度に関するモノなのか、それ以外に通じるのかはまだ不明だ。今の所示凄まじい回復力とナイフの速度を無くした事以外は分かっていない。上昇と低下だ。

 

 その日、休憩時間にふと試してみる。

 

 内容は投げたナイフを触れずに停止させてから再上昇させる事。

 

 言っている意味が分からないようだったが、とりあえずそれを念じてみるように言う。

 

 そして、実際にやってみると、一回目で本当に空中にナイフが静止した。それを見て少女は驚いて集中が切れてしまい、そのまま落ちる。もう一度やってみると、先ほどと同じように空中に静止する。すると、その状態から徐々に上昇をしていく。少女はまた驚き集中が切れたためナイフは落ちるが、それを見て幻魔は更に考える。

 

 次に試したのは動かないモノを動かす。最初に試したのは水。掃除用のバケツに水をくみ、流れが止まった所で中の水を回すように念じてくれ。と頼む。彼女はどこか楽しそうにしながらも真剣な表情で試す。が、数分経っても何も起こらなかった。どうやら最初から動いていないモノには効果が無いようだ。なら、と思い、念じている最中に軽く水を波立たせてみると、見る見るうちに中の水は回転して速度を増していった。元が動いていた場合は速度操作が出来る様だった。

 

 幻魔はそのグルグルと回っている水を指差しながら、一か所だけ動かないように出来ないか、と聞いてみる。

 

 最初は困惑していたが、すぐに「やってみます」と言ってバケツを見つめる。すると、すぐに効果は表れる。

 

 周りの速度はそのまま変わらないのだが、一か所だけ、普通なら一緒に回らなくてはならない場所が波立つこともせずにそこに存在していた。一か所だけを別のモノとする事も出来る様だった。

 

 中々全体像が見えてこない能力だ。幻魔は考え込み、そして思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(名前、どうするかな)」

 

 

 

 しばらくは『少女』のままのようだ。


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