蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第96話「大空の交差路」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリアナ北方海域において、両軍の水上砲戦部隊が激しい砲撃戦を演じている頃、マリアナ諸島近海においても動きが生じようとしていた。

 

 大小無数に展開した航空母艦。

 

 水上砲戦が始まるに当たって、ニミッツから後方退避と上空掩護を命じられた、合衆国軍機動部隊である。

 

 「ユナイテッドステーツ」「ゲティスバーグ」と言う2大空母を筆頭とした大機動部隊は、今まさに発艦の時を迎えようとしていた。

 

 彼等はこれから、帝国海軍の水上砲戦部隊と死闘を繰り広げている、ニミッツの本隊を掩護するべく飛び立つのだ。

 

 既に甲板上には多数の艦載機が群れを成してエンジンを回している。その回転が奏でる轟音によって、付近一帯の海面は騒音に満たされていた。

 

 昨日の戦闘で多数の航空機を消耗した合衆国軍だが、その戦力は未だに衰える気配を見せてはいなかった。

 

 数にして1000機以上。

 

 これらが一斉に襲い掛かれば、既に消耗しきっている帝国海軍はひとたまりもないだろう。

 

 既に勝敗は決したも同然である。

 

 誰もが、そう思い始めていた。

 

 やがて、各空母の飛行甲板から、攻撃隊が発進を始める。

 

 GOサインと共に、先頭の機体が加速を始めようとした。

 

 正にその時だった。

 

「レーダーに反応有りッ!!」

 

 レーダーマンの悲鳴じみた叫びが木霊する。

 

 それと同時に、各艦に搭載されたレーダーが一斉に、北から接近してくる存在を捉えた。

 

 数にして100機強。

 

 真っ直ぐに、こちらに向かってくるのが判る。

 

 間違いない、帝国海軍の航空部隊だ。

 

 早朝、しかも攻撃隊の発進間近と言う事で、上空には僅かな直掩機しか上がっていない。

 

 タイミングとしては、正に最悪と言える。

 

 帝国海軍は、航空機の発艦中と言う、空母にとって最も無防備になる瞬間を狙って襲ってきたのだ。

 

 直ちに迎撃のための戦闘機隊が上げられる。

 

 敵戦艦部隊への攻撃が遅れる事になるが、それもこの際仕方がないだろう。今は敵の攻撃を凌ぐ事こそが先決だった。

 

 ベアキャットや、やや旧式化した感がある物の未だに有力な性能を持つヘルキャット、コルセアと言った機体が次々と飛行甲板を蹴って上空へ舞い上がって行く。

 

 しかし、

 

 帝国海軍航空隊は、合衆国軍の体勢が完全に整う前に襲い掛かって来た。

 

 たちまち、両軍の戦闘機隊は、蒼空を入り混じるように戦闘へと突入していく。

 

 数は、合衆国軍の方が圧倒的に多い。

 

 しかし、帝国海軍航空隊は少数だが、これまで激戦に続く激戦を潜り抜けて来た精鋭達である。

 

 皆が皆、少数故に如何にして戦えば有利な状況を確保できるか、と言う事を理解していた。

 

 

 

 

 

 直哉もまた烈風改の操縦桿を握り、次々と上がってくる敵機の様子を眺めていた。

 

 味方は少数。

 

 しかし奇襲が功を奏し、敵は未だに体勢を整えるには至っていない。

 

 まさしく千載一遇の好機である。

 

「行くよッ 何としても攻撃隊を守るんだ!!」

 

 配下の小野少尉、野村少尉に声を掛け、自身も急降下体勢に入る。

 

 合衆国軍機の大半は未だに上昇機動中であり、迎撃態勢を確立していない。

 

 そこへ、帝国海軍の航空隊が一斉に襲い掛かった。

 

 上空からの急降下攻撃を受け、合衆国軍機が次々と火球となって落下していく。

 

 中には、どうにか帝国軍の攻撃を逃れる機体もあるが、そうはさせじと帝国軍も追いすがって撃墜する。

 

 たちまち、合衆国艦隊の上空は両軍入り乱れる乱戦の巷と化す。

 

 翼のストレーキが蒼空に弧を描き、曳光弾の光が交錯する。

 

 炎が命を燃やし尽くし、そして散って行く。

 

 

 

 

 

 直哉は圧倒的な腕前を見せ付け、次々と合衆国軍機を撃ち倒していく。

 

 彼の腕前を持ってすれば、最新鋭機であるベアキャットですら物の数ではなかった。

 

 突っ込んでくる敵機をかわし、逆に小さい半径で背後へと回り込む烈風改。

 

 同時にトリガーを引き絞る。

 

 放たれた8丁の13ミリ機銃が、逃れようとするベアキャットを粉砕する。

 

 1機撃墜。

 

 その戦果を確認しつつ、飛び去る直哉。

 

 そこへ、今度はコルセアが上空から直哉の烈風改へと迫ろうとしていた。

 

 特徴的な逆ガルの翼で、風を切って迫るコルセア。

 

 かつてこの機体が初見参を果たした時、まだ零戦を主力戦闘機としていた帝国海軍は苦戦を強いられ、多数の犠牲を出した物である。

 

 だが、

 

「そんな機体で!!」

 

 直哉はコルセアの攻撃をあっさりと回避すると、逆に背後へと回り込み、機銃を一連射する。

 

 銃弾はコックピット付近に命中、パイロットごとコルセアを粉砕して撃墜する。

 

 かつて猛威を振るった機体と言えど、帝国海軍も新鋭機を投入した今、物の数ではなかった。

 

 立ち上がりを制する事に成功した帝国海軍航空隊は、少数ながら戦況を有利に進めている。

 

 しかし時間が経てば、いずれは数に勝る合衆国軍は体勢を立て直してくる事だろう。

 

 帝国海軍としては、このまま有利なうちに一気に勝負を決したいところだった。

 

「・・・・・・・・・・・・頼みますよ」

 

 呟く直哉の眼には、戦闘機部隊が開いた進撃路を通って、敵艦隊を目指す攻撃隊の姿が映った。

 

 

 

 

 

 江草繁隆中佐は愛機である彗星の操縦桿を握り、眼下に展開する空母機動部隊の様子を眺めていた。

 

 かつては「蒼龍」艦爆隊の隊長を務めていた江草は、マリアナ沖海戦以後、一時的に教育航空隊の教官職に転向になっていた。

 

 海軍上層部としては、歴戦の艦爆乗りである江草の腕を惜しみ、彼の持つ技術を次代を担うパイロット候補生たちに継承させようとしたのだ。

 

 しかし、悪化する戦況が、江草の翼を休ませはしなかった。

 

 相次ぐ消耗と、それに伴うパイロット不足。そして決戦に向けた戦力強化の為、江草は再び艦爆隊の隊長として前線に立つ事を望まれたのだ。

 

 攻撃隊総隊長として空母「瑞鶴」に乗った江草は、この最後の攻撃隊を率いて戦場上空へとやって来たのだ。

 

 江草はチラッと、周囲の空戦へと目を向ける。

 

 今この瞬間にも、味方の戦闘機部隊は敵機を押さえる為に奮戦している。

 

 この間に何としても、勝負を決する必要があった。

 

 江草の指揮下にある艦爆隊は、僅か30機弱に過ぎない。

 

 この程度の戦力では、敵に大打撃を与える事は不可能に近いと思われていた。

 

 しかし、

 

「チャンスだな」

 

 状況を見据え、江草は笑みを浮かべる。

 

 眼下を航行している敵空母の甲板には、発艦前の航空機が所狭しと並んでいる。

 

 そこに爆弾を落とす事ができれば、大損害を与える事ができる筈。正に、江草も味わった「ミッドウェーの悲劇」をやり返す事ができる筈だ。

 

 帝国海軍航空隊の艦爆乗りとして、これ程痛快なことは無いだろう。

 

 ミッドウェーに散った少女達の無念を晴らすのは、正に今だった。

 

「行くぞッ 全軍、俺に続け!!」

 

 目標は勿論、艦隊の中でもひときわ目立つ2隻。「ユナイテッドステーツ」と「ゲティスバーグ」だ。

 

 この2隻は敵の主力であると同時に、象徴的な意味合いもある。いわば、帝国海軍における「大和」「武蔵」「信濃」のようなものである。

 

 それを撃沈できれば、合衆国軍に与える精神的ダメージは計り知れないだろう。

 

 急降下体勢に入るべく、旋回を始める江草隊。

 

 だが、それを阻止せんと敵機が江草隊に迫ってくる。

 

 飛来するベアキャット。

 

 その俊敏な翼が、彗星へと迫る。

 

 急降下爆撃機としては高速の彗星だが、言うまでも無く戦闘機の機動性には敵わない。

 

 攻撃前に何機かはやられるか?

 

 そう覚悟した次の瞬間、

 

 駆け付けた1機の烈風改が江草隊の前面に飛び出ると、迫るベアキャットを片っ端から撃ち落として言った。

 

 たちまち追い散らされるベアキャット隊。

 

 烈風改のパイロットは、圧倒的な腕前を見せ付けて合衆国軍のパイロットを翻弄する。

 

 やがて敵機を追い散らした烈風改が、江草の彗星に並走する。

 

 視線を合わせる両者。

 

 それは直哉の機体だった。

 

 江草に対して敬礼する直哉。

 

「・・・・・・ありがとうッ」

 

 江草もまた、直哉に敬礼を返す。

 

 そして、一気に操縦桿を前に倒した。

 

 急降下体勢に入る彗星。

 

 そこへ、艦隊から砲火が打ち上げられる。

 

 炸裂する砲弾。

 

 破片が次々と機体を叩く。

 

 合衆国軍はVT信管と言う小型レーダーを搭載した信管付きの砲弾を採用している。これは一定の距離まで敵機が近付くと自動的に炸裂し破片によって敵機を撃ち落とす事ができる画期的な物だった。

 

 この信管の存在により、合衆国艦隊の対空砲火の命中率は劇的に向上してた。

 

 だが、

 

「妙だな・・・・・・・・・・・・」

 

 急降下を掛けながら、江草は首をかしげる。

 

 敵の対空砲火が、思ったほど強烈ではない。南太平洋で何度も対空砲火の壁を潜り抜けた江草からすると、目の前の対空砲はザル同然の薄さだった。

 

 言っては何だが、物足りないにも程があった。

 

 実はこの時、合衆国艦隊のすぐ上空で戦闘機同士の空中戦が行われている為、艦隊は味方撃ちを恐れて対空砲火を抑え目にせざるを得なくなっていたのだ。

 

 そこへ、江草隊はまっしぐらに突っ込んで行く。

 

 すぐ横で炸裂する砲弾。

 

 しかし、江草は視線を逸らさない。

 

 照準器は既に、巨大な空母の飛行甲板を捉える。

 

 練達の艦爆乗りは、必中の信念でもって睨み据える。

 

 そして次の瞬間、

 

「今だッ!!」

 

 掛け声と共に、一気に爆弾を投下する江草。

 

 機体から切り離された爆弾は真っ直ぐに落下し、目標となった空母「ユナイテッドステーツ」、敵国と同名の巨艦へと迫る。

 

 次の瞬間、

 

 投下された爆弾は、正に江草の狙い通り敵空母の飛行甲板、それも駐機されている敵機のど真ん中で炸裂した。

 

 一瞬、空母全体が赤く染め上げられたような錯覚に陥る。

 

 次の瞬間、炎が視界全体を覆った。

 

 炎上する空母。

 

 誘爆が誘爆を呼び、一気に燃え広がる。

 

 その戦果を確認した瞬間、

 

 江草の彗星を砲弾が直撃し、機体は火球へと変じた。

 

 

 

 

 

 ギャレット・ハミルもまた、帝国海軍航空隊が攻撃を開始する前に緊急発艦する事に成功した1人である。

 

 しかし、そこで見た光景は、次々と撃ち落とされていく味方機と、そして炎上する巨大空母の姿だった。

 

「『ユナイテッドステーツ』が・・・・・・クソッ」

 

 舌打ちしながらベアキャットを操り、突っ込んで来た烈風の攻撃をかわすギャレット。

 

 奇襲を許してしまった事で、状況は完全に合衆国軍の不利に働いていた。

 

 更にもう1隻の巨大空母「ゲティスバーグ」にも砲弾が命中したらしく、激しく炎を上げているのが見えた。

 

 合衆国軍が自信を持って投入した2大空母が餌食になってしまった事になる。

 

 幸い、ギャレットの母艦である「エンタープライズ」は未だに無傷のようだが、戦闘が続けば、彼女もどうなるか判らなかった。

 

「やられるなよッ エンター!!」

 

 言いながら、ギャレットは突っ込んで行く。

 

 ベアキャットの機動性を如何無く発揮して、零戦1機を撃墜。更に、向かってきた烈風の攻撃をかわし、その機体も撃ち落とす。

 

 圧倒的性能を誇るベアキャットと、その性能を如何無く発揮するギャレットの存在は、合衆国軍航空隊の中でも際立っていると言えた。

 

 その時、上空に一瞬、陰りが見えたのをギャレットは見逃さなかった。

 

「クッ!?」

 

 とっさにベアキャットの翼を翻すギャレット。

 

 そこへ、急降下してきた烈風改の銃撃を、辛うじて回避する。

 

 曳光弾が齎す不穏な光が、すぐ脇を掠めていく。

 

 飛び出しそうになる恐怖心を押し殺しながら、ギャレットは機体を立て直す。

 

「次はお前が相手かよ!!」

 

 すかさず相手の背後を取って照準器に収めるギャレット。

 

 しかしトリガーを引こうとした、正にその瞬間、

 

 烈風改は霞のように、ギャレットの視界から消え去った。

 

「何ッ!?」

 

 叫びながら、とっさに本能に従って機体を横滑りさせるギャレット。

 

 その真横を、鋭い閃光が駆け抜けて行く。

 

 見れば先程の烈風改が、いつの間にかギャレットのベアキャットの背後へと回り込んでいたのだった。

 

「こいつ・・・・・・強いッ!?」

 

 叫びながらギャレットは機体を操り、反撃の機会を狙って烈風改に追いすがった。

 

 

 

 

 

 一方、烈風改を操る直哉もまた、自身が相手にするベアキャットに対し、緊張の眼差しを向けていた。

 

「今のをかわすなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 自身が必殺と信じた攻撃を回避され、直哉は舌を巻く。

 

 相手に対する感嘆を禁じ得ない直哉。

 

 既に眼下では、江草隊が上げた戦果によって、特に目立つ空母2隻が炎上しているのが見える。

 

 あの巨体であるから、致命傷まで負わせられたかどうかは判らない。しかし、一太刀浴びせる事には成功したようだ。

 

 だが、それでも尚、敵機は諦めずに向かって来ている。

 

 残っている味方だけでも救おうとする意志が、彼等の動きから見て取れるようだ。

 

 味方だけではない。この決戦の場にあっては、敵も必死と言う事だった。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 直哉は機体を操り、敵機の正面に向く。

 

「負けられないのは、僕も同じだから!!」

 

 言い放つと同時に、両者は銃撃を行いながらすれ違った。

 

 

 

 

 

 空母「ユナイテッドステーツ」が、江草隊の攻撃によって炎上している頃、

 

 別の航空部隊が、合衆国艦隊へと迫ろうとしていた。

 

 海面スレスレ。殆ど接触しそうなくらいの超低空を飛翔する航空部隊。

 

 その姿は単発の航空機である。ただし空母機ではない。下部にフロートを装備した水上機だ。

 

 晴嵐である。

 

 元々は伊400型潜水艦の搭載機として開発された機体であり、第2次マリアナ沖海戦の折に、彰人はこの機体と伊401(しおい)達を使って広域偵察を行っている。

 

 それが40機。合衆国艦隊に迫ろうとしていた。

 

 晴嵐はパナマ運河のガトゥン閘門を破壊する為、最大で800キロの爆弾を搭載できるように設計されている。それと同時に魚雷を搭載する機能も設けられているのも特徴だった。

 

 液冷エンジン搭載型の晴嵐は量産・整備が困難であり、本来であるなら簡単に数を揃えることはできない代物である。

 

 だが帝国海軍は決戦に間に合わせる為、どうにか40機の晴嵐を確保し、航空戦艦の「伊勢」「日向」に搭載したのだ。

 

 小沢は、この晴嵐を「切り札」と位置付け、合衆国軍攻撃に向かわせたのである。

 

 レーダーと言うのは高度の高い物体を捉えるのには適しているが、低空を飛ぶ物を捉えるようにはできていない。

 

 本来なら航空機が低空を長時間飛ぶ事は難しい。少しでも操縦をミスれば墜落の危険性があるし、それでなくても、飛行に必要な揚力を得る為には、高い高度を飛ぶ場合よりも強いエンジン出力が必要になり、必然的に航続距離も短くなってしまう。

 

 しかし、水上での離着水が可能な水上機なら、それらの問題をある程度解消できる。

 

 晴嵐は空母機では決してできない超々低空を飛行してレーダー電波を掻い潜ると、敵の目が上空の戦闘機と艦爆隊に集中している隙に、敵艦隊の至近にまで接近したのだ。

 

 目の前には必死に防空戦闘を繰り広げる、合衆国艦隊の姿がある。

 

 だが、晴嵐隊は空母などの大型艦には目もくれない。

 

 彼等は艦隊外周を守る護衛艦、特に駆逐艦に狙いを定めて殺到した。

 

 艦隊輪形陣と言う物は防空戦闘の際、艦隊中央に位置する戦艦や空母と言った大型艦を守る為に組まれる物である。逆を言えば外周部分は脆い事になる。

 

 そこへ晴嵐部隊は一斉に襲い掛かった。

 

 勿論、合衆国軍の駆逐艦部隊も抵抗を試みるが、軽快な機動で迫る晴嵐には敵わない。

 

 一斉に投下される魚雷。

 

 駆逐艦は次々と回避運動を取るが、晴嵐隊は対空砲火の薄い部分を突き、目一杯接近して魚雷を発射した為、回避する時間が殆ど無かった。

 

 舷側に魚雷命中の水柱を突き立たせる駆逐艦が続出する。

 

 戦艦でも数発喰らえば致命傷になる魚雷である。駆逐艦なら1発で轟沈もあり得る。

 

 全ての晴嵐隊が攻撃を終える頃には、実に15隻もの駆逐艦が大破、もしくは撃沈確実の大損害を被っていた。

 

 だが、

 

 合衆国軍の誰もが疑問に思った事だろう。

 

 本来、艦隊に対する航空攻撃のセオリーとしては、軽快な急降下爆撃で補助艦艇を潰して突入口を開き、そこへ雷撃隊がなだれ込むと言うのが一般的である。

 

 しかし今回、帝国軍はその逆を行っている。急降下爆撃で大型艦を攻撃して、その間に突入してきた雷撃隊は駆逐艦を攻撃している。

 

 なぜ、そのような効率の悪い事をしたのか?

 

 その答えは、帝国海軍航空隊の真の狙いが、「駆逐艦を潰す事」にあったからに他ならない。

 

 真の刺客は、合衆国艦隊の足元から忍び寄ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 潜望鏡の中では、対空戦闘に大わらわな合衆国艦隊の様子が映し出されている。

 

 どうやら上空を乱舞する猛禽にばかり目が行っているせいで、足元から獰猛な鮫が迫っている事に気付いてい無いようだ。

 

「作戦通りね」

 

 帝国海軍第六艦隊旗艦「伊168」。

 

 その艦娘たるイムヤは、海上の様子を確認して呟いた。

 

 帝国海軍の作戦は元々が三段構えだった。

 

 第1段階で艦爆隊が空母に攻撃を仕掛けて目を引く。

 

 第2段階で突入した晴嵐隊が駆逐艦を攻撃して突入口を開く。

 

 そして第3段階。敵の対潜能力が低下し、更に対空戦闘と回避運動のせいで海中監視がおろそかになった時点で、真打たる潜水艦隊がトドメを差す。

 

 この戦いの為に、第6艦隊は稼働可能な伊号・呂号潜水艦のほぼ全力を投入。中には「伊168(イムヤ)」の他に、「伊19(イク)」など、歴戦の潜水艦も含まれている。

 

 その総数は20隻以上。

 

 盟邦ドイツ海軍の群狼戦法を思わせる状況である。

 

 この作戦案は元々、彰人が考案した物である。

 

 開戦前、彰人は漸減作戦をたたき台にした迎撃作戦立案において、主戦場をマリアナ諸島、もしくはフィリピン近海に設定し、来寇した敵艦隊に対し水上艦隊、潜水艦隊、航空部隊で3次元立体的に包囲して一気に撃破する戦法を考えていた。

 

 その作戦案は、旧山本司令部が独自に攻勢案を取ってしまった事で日の目を見る事無くお蔵入りとなったが、この最終局面の場にあって、ついにベールを脱いでいた。

 

 海上の合衆国艦隊は、帝国海軍航空隊への対応に追われ、足元から迫る「伊168(イムヤ)」達の存在に気付いていない。高速で回避運動を行っている為、音探も役に立たないのだ。

 

 既に各潜水艦の魚雷発射管には必殺の酸素魚雷が装填され、一斉発射の時を待っている。

 

 潜望鏡の中では、航空攻撃から逃れようとしている敵空母の姿がある。

 

 その時、

 

「敵駆逐艦接近!!」

 

 どうやら、晴嵐隊の航空攻撃を免れた一部の駆逐艦が、「伊168(イムヤ)」達の存在に気付き、接近してきているらしかった。

 

「気付いたわね」

「だが、遅かった」

 

 イムヤと艦長は互いに笑みを浮かべる。

 

 次の瞬間、

 

 潜水艦隊は一斉に魚雷を発射した。

 

 

 

 

 

 合衆国軍が状況を悟った時、既に状況は手遅れになっていた。

 

 20隻以上の潜水艦から一斉に放たれる魚雷。

 

 その総数は100本を超える。

 

 飽和雷撃とも言える強烈な攻撃。

 

 回避は、不可能だった。

 

 次々と舷側に魚雷命中の水柱が突き立つ。

 

 合衆国軍が開戦以来築き上げてきた空母群に襲い掛かる魚雷の群れ。

 

 その瞬間、地獄絵図が現出された。

 

 「ユナイテッドステーツ」が、「ゲティスバーグ」が、エセックス級の空母群が、次々と襲い掛かってくる魚雷に成す術も無く餌食となって行く。

 

 それは正に、悪夢の如き光景だった。

 

 

 

 

 

 その光景を見た瞬間、

 

 ギャレットは血の気が引く思いだった。

 

 眼下には、対空戦闘を行いながら航行する空母。

 

 ギャレットの母艦である「エンタープライズ」である。

 

 そして、その「エンタープライズ」に迫る、不気味な白い航跡。

 

 帝国海軍潜水艦隊が放った魚雷の一斉攻撃。その一部が、「エンタープライズにも迫りつつあるのだ。

 

「クソッ エンター!!」

 

 とっさに、相手にしていた烈風改を振り切り、眼下の空母へと向かう。

 

 その脳裏には、小さな少女の姿がくっきりと浮かび上がっていた。

 

 やらせないッ 絶対にッ あいつは!!

 

 フルブーストで魚雷を追いかけるギャレット。

 

 同時に機銃を放ち、「エンタープライズ」に近付く魚雷1本を撃破する。

 

 しかし、魚雷の数が多すぎる。

 

 この時、「エンタープライズ」には、合計で9本もの魚雷が迫っている。

 

 とてもではないが、ギャレット1人で防ぎきれるものではない。

 

 それでも超人的な技量を発揮して、更に2本の魚雷を破壊するギャレット。

 

 しかし、もうすでに「エンタープライズ」の艦体は間近へと迫っている。もはや、進路を変更して照準を合わせ直している余裕はない。

 

 チラッと、母艦に目を向けるギャレット。

 

 そこで、

 

 見慣れた小さな少女が、何かを叫んでいる気がした。

 

「クソッ!!」

 

 もはや、

 

 ギャレットに残された手段は一つしかなかった。

 

 全身の力を振り絞るようにして機体を傾けるギャレット。

 

 ベアキャットの機体は一気に傾き、機首を下に向ける。

 

 その進路の先にある、魚雷。

 

 そこ目がけてギャレットは、迷うことなくフルスピードで突っ込む。

 

 襲い来る、白い衝撃と爆炎。

 

 それを最後に、ギャレット・ハミルの意識は永遠に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 ギャレットの最後の光景は、エンタープライズからも見る事が出来た。

 

 帝国海軍が仕掛けてきた巧妙な罠。

 

 その罠から自分を救う為に、犠牲になってくれた青年。

 

 その姿に、エンタープライズは涙を流す。

 

 思えば奇妙な縁だった。

 

 最初は互いに憎まれ口を叩くような関係だった。

 

 それが幾度もの戦いを経て、互いの背中を預け、今日まで戦ってきた。

 

 自分はギャレットがいたから、ここまでやってこれたのだ。

 

「ありがとう・・・・・・ギャレット」

 

 呟くエンタープライズ。

 

「あたしもすぐ・・・・・・そっちに行くからね」

 

 その舷側に忍び寄る、残った魚雷。

 

 それらの衝撃が、歴戦の空母の艦腹を容赦なく抉る。

 

 奔る激痛。

 

 同時に、エンタープライズは目を閉じ、自らの運命を受け入れた。

 

 

 

 

 

 眼下には大破し、炎上を始めている空母。

 

 そして、そのすぐ傍らには、魚雷と刺し違える形で散った敵パイロットの痕跡。

 

「・・・・・・・・・・・・見事だ」

 

 直哉は、先程まで自分が交戦していたパイロットに、惜しみない称賛を送る。

 

 きっとあのパイロットは、自分が乗る空母と、そこに宿った少女を守りたかったのだろう。

 

 その為ならば、自分の命を投げ出しても惜しくない程に。

 

 あの時、

 

 あの、「蒼龍」が犠牲になった時、

 

 自分にあのパイロット程の勇気と愛があれば、あるいは蒼龍を守る事が出来たのだろうか?

 

 いずれにしても、それは仮定の話に過ぎない。

 

 ただ、

 

 一つだけ、はっきりと言えることがある。

 

「・・・・・・この勝負、貴方の勝ちだ」

 

 自分の身を犠牲にしても愛する少女を守ろうとした敵パイロットと、それができなかった自分。

 

 直哉にとって、勝敗が何れに帰すかは明白な事だった。

 

 せめて、あのパイロットと、彼が守ろうとした空母艦娘が、来世において幸せな人生を歩んでくれることを願わずにはいられなかった。

 

 今まさに、眼下で沈もうとしている空母の名前は「エンタープライズ」である事も、

 

 その艦娘たる少女を守ろうとしたパイロットがギャレット・ハミルであり、真珠湾上空で彼の兄を殺したのが自分であり、更にこれまで幾度となく、空戦で激突した事がある事も、

 

 直哉は知る由も無い。

 

 烈風改の翼を翻す直哉。

 

 それは、大空の交差路が齎した、運命の悪戯とも言うべき出会いと別れであった。

 

 

 

 

 

第96話「大空の交差路」      終わり

 


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