蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第91話「矢は放たれた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋼鉄の海嘯と言う表現は、ある意味間違っていないだろう。

 

 その姿は、まるで押し寄せる津波の如くだ。

 

 鉄と爆炎の怒涛は、やがて勢いを増し、帝国を飲み込む事になるだろう。

 

 グァム沖に集結した合衆国艦隊は、圧倒的な戦力を有する、まさに世界最強の大艦隊だった。

 

 その数は正規空母12隻、軽空母8隻、護衛空母11隻、戦艦6隻、重巡洋艦14隻、軽巡洋艦10隻、駆逐艦123隻、護衛駆逐艦17隻、航空機2200機。

 

 レイテで敗れ、ハルゼー、キンケード両提督を始め、多くの戦力を失った合衆国海軍だが、未だにこれだけの戦力を繰り出せるだけの余力を残していたのだ。

 

 本来なら、この戦力は小笠原諸島攻略の為に差し向けられるはずの戦力だった。

 

 小笠原諸島はマリアナの北に位置し、帝国本土とマリアナを結ぶ中継点になっている。

 

 合衆国軍は、小笠原諸島にある硫黄島を占拠し、護衛戦闘機の中継基地と、損傷したB29の待避所として使用しようと考えていたのだ。

 

 だが、その作戦は実行される事の無いまま、合衆国軍は新たな対応を迫られる事となった。

 

 小笠原諸島に向けて北上を開始しようとした正にその日、艦隊を指揮するレスター・ニミッツの元へ、一通の報告が齎されたのだ。

 

「・・・・・・どうやら、帝国軍の方が僅かに手を打つのが速かったようだな」

 

 嘆息交じりに呟きながら、ニミッツは手にした電文を幕僚に手渡した。

 

 そこには、日本の各港から、帝国海軍の主力である連合艦隊が出撃したと言う情報が齎されていた。

 

 しかも、ほぼ全部隊が進路を南に取っていると言う。

 

 明らかに、マリアナを目指した作戦行動である事は間違いない。

 

 レイテ以後、戦力の回復と再編に努めてきた合衆国軍だったが、キンケード、ハルゼーを始め多くの将兵、艦娘を失った事実は大きく、艦隊を再編成するのに半年もかかってしまった。

 

 そして、いざ侵攻を再開しようとした矢先、タッチの差で帝国海軍に先手を取られた形だった。

 

 だが、まだ負けたわけではない。

 

 先手を取られた事は確かに問題だが、痛恨と言う程ではない。せいぜいが「小さな瑕疵」と言ったところだ。

 

 帝国海軍の狙いがマリアナの奪回にあるのか、それとも基地の殲滅にあるのかは判らない。しかし、こうして敵が出て来た以上、合衆国軍の小笠原侵攻作戦は中断を余儀なくされたわけだ。

 

 もっとも、一時的な中断である事は言うまでもないだろう。

 

 いずれ帝国海軍の撃滅した暁には、あらためて小笠原侵攻作戦を実行する予定だった。

 

 そして、それは決して不可能な話ではなかった。

 

 既に合衆国軍の戦力は、帝国海軍のそれを大きく上回っている。

 

 未だに多くの戦力を有している帝国海軍は確かに脅威ではあるが、しかし決して勝てない相手ではない。

 

 事に、

 

 ニミッツは旗艦艦橋から見える、2隻の空母へと目を向けた。

 

 それぞれ「ユナイテッド・ステーツ」「ゲティスバーグ」と名付けられた2隻は、他の空母と比べても一回り以上大きい事が判る。

 

 エセックス級の設計をベースに拡大発展したユナイテッド・ステーツ級空母は、基準排水量4万5000トンを誇り、全長は295メートル、全幅は34メートルと、並みの戦艦よりも大きい、正に世界最大の空母である。

 

 問題の艦載機総数は140機にも昇る。つまり、1隻でインディペンデンス級軽空母3隻分、2隻でエセックス級正規空母3隻分に相当する艦載機運用能力を誇っている事になる。

 

 これまでの戦訓を鑑みて飛行甲板は装甲化され、爆撃に対してかなりの防御力を誇っている。

 

 艦載機を運用する特性上どうしても船体を細長くする必要がある航空母艦は、トップヘビーで横転する危険を考慮して甲板に装甲を施す事が出来ない。それが空母の持つ脆弱性に繋がっている訳だが、それでもどうしても甲板を装甲化したい場合は、帝国海軍の「大鳳」のように、格納庫のスペースを減らして搭載機の数を犠牲にするしかない。

 

 ユナイテッド・ステーツ級空母は、その問題に対して、艦体その物を大型化する事で対処した形である。

 

 勿論、大型化した分、被弾する確率も増えているのだが、そこは対空火力を強化する事で対応している。

 

 ユナイテッド・ステーツ級の2隻は、マリアナ奪回作戦の際にニミッツ率いる艦隊の航空支援を担当し、マリアナに残留した帝国軍航空部隊を抑え込む事に成功している。

 

 まさに合衆国軍が持つ切り札に相応しい、偉容と活躍だった。

 

「これより我が軍は、南下してくる帝国艦隊をマリアナ近海で迎え撃つ」

 

 ニミッツの言葉に、幕僚達の中には賛同と懐疑、双方の反応を示す。

 

 その内の1人が挙手をした。

 

「近海で迎え撃つのですか? それでは万が一、敵艦隊がこちらの隙を突いてすり抜けた場合、マリアナへの突入を許す事になりかねませんか?」

 

 その幕僚は、戦いのどさくさに紛れて帝国艦隊がマリアナになだれ込む事を懸念しているのだ。

 

 その為に、もっと北に進出して敵を迎え撃つべきではないか、と言う事だ。

 

 確かに、その可能性は捨てきれないが。

 

「すり抜けられる可能性ならば、北上した方が却って危険だろう」

 

 ニミッツは首を振った。

 

 北に行けば、それだけ帝国軍の勢力範囲に近付く事になる。そうなると合衆国軍は戦力の集中ができないし、何より、敵が少数故に機動性を駆使してこちらを翻弄する作戦に出てきた場合、防衛ラインをすり抜けられる可能性はより高くなる。

 

 ニミッツが恐れているのは、正面にばかり気を取られて敵の別働隊に側背を突かれる事だった。

 

 これまで多くの戦いで帝国海軍は、主力部隊を囮にして別働隊が本命を突く、と言う戦術を取ってきている。警戒しておくに越した事は無かった。

 

 ニミッツ艦隊がマリアナ近海に留まっている以上、帝国軍の別働隊が突入してくる可能性は低い筈だった。

 

「更に言えば、マリアナ基地司令のルメイ少将とは話が付いている。帝国海軍が来襲した場合、共同で迎え撃つ手はずになっている」

 

 ニミッツのその言葉に、一同は納得するように頷きを返す。

 

 彼等も戦略爆撃機部隊が、対艦攻撃に特化したB17多数を有している事は知っている。それらの戦力を糾合すれば、事実上、合衆国軍が投入可能な航空戦力は3000機以上にまで膨れ上がる。

 

 来襲する帝国軍を迎え撃つには、充分すぎる戦力だった。

 

「諸君、これが最後の決戦となるだろう」

 

 ニミッツは、一同を見回して言った。

 

「この戦いを越えた先に、我々が待ち望んだ平和な世界が待っている。どうか、その為にベストを尽くしてくれ」

 

 ニミッツの言葉に、皆は踵を揃えて敬礼を行う。

 

 その誰もが、誇らしげな表情を浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波浪を押して進撃してきた艦隊の士気は、実際に目に見えるかのようだ。

 

 将兵・艦娘共に、自らの命でもって敵を食い止めるべく、誰もが闘志を漲らせていた。

 

 抜錨した連合艦隊の各艦は一路、進路を南にとって進撃を続け、マリアナ北方海域に進出していた。

 

 その数は、往年時に比べれば4割近くにまで減少している。

 

 さらに今回、第1次マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦で活躍した連合機動艦隊、連合遊撃艦隊は解隊され、新たに第2、第3、第7の3個艦隊が組まれていた。

 

 その編成は、以下のとおりである。

 

 

 

 

 

○第2艦隊   司令官:宇垣護中将

第1戦隊「大和」(旗艦)「武蔵」「信濃」「長門」

第3戦隊「金剛」「比叡」

第5戦隊「妙高」「足柄」「鳥海」

第8戦隊「利根」「筑摩」「青葉」

第9戦隊「北上」「大井」

第2水雷戦隊「能代」 駆逐艦8隻

 

○第3艦隊   司令官:小沢治俊中将(総指揮官)

第1航空戦隊「瑞鶴」(旗艦)「蒼龍」

第2航空戦隊「天城」「葛城」

第3航空戦隊「隼鷹」「瑞鳳」「龍鳳」

第4航空戦隊「伊勢」「日向」

第10戦隊「酒匂」 駆逐艦7隻

 

○第7艦隊   司令官:水上彰人少将

第11戦隊「姫神」(旗艦)「黒姫」

第7戦隊「鈴谷」「熊野」

第14戦隊「大淀」「仁淀」

第13戦隊「矢矧」 駆逐艦6隻

 

 

 

 

 正規空母5隻、軽空母2隻、戦艦4隻、高速戦艦2隻、航空戦艦2隻、巡洋戦艦2隻、重巡洋艦8隻、軽巡洋艦7隻、駆逐艦21隻 航空機380機

 

 これが、帝国海軍に残された全戦力だった。

 

 この戦い、主役は宇垣率いる第2艦隊と言う事になる。

 

 この中で、最も強力な打撃力を持っているのが第2艦隊である。その為、実際にマリアナ沖への突入を担当し、敵艦隊、及び敵拠点の撃破を担う事になる。

 

 第3艦隊は、第2艦隊突入の際の航空支援。及び、好機を捉えて敵艦隊への航空攻撃を実施する事になる。特に今回、敵の新型戦闘機や対艦ロケット弾を満載した重爆撃機の存在が確認されている為、その役割はこれまで以上に重要であると言える。第2艦隊がどれだけの戦力を保ってマリアナ沖に到達できるかは、第3艦隊の働きに掛かっていると言っても過言ではなかった。

 

 第7艦隊の役割は語るまでも無い。遊撃部隊として敵艦隊の攪乱と第2艦隊の側面掩護を行い、やはり好機があればマリアナ沖に突入し、敵拠点へ艦砲射撃を仕掛ける事になる。

 

「敵艦隊に動きは無い、か」

 

 齎された情報に目を通し、彰人は嘆息するように呟いた。

 

 それは事前にマリアナ沖に展開して、情報収集に当たっている潜水艦隊から齎された情報だった。

 

 それによると、敵艦隊はマリアナ近海に展開したまま待機。どうやらそのまま、南下する帝国海軍を迎え撃つつもりであるらしい。

 

「これで、作戦の1つは潰されたわけだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人としては、敵艦隊が帝国海軍の動きに連動して北上して来たら、こちらの勢力圏に引きずり込み、戦いを有利に進めようと考えていたのだ。

 

 しかし、流石は合理主義者のニミッツと言うべきか、そう簡単に彰人の思惑には乗って来なかった。

 

「まあ、良いさ」

 

 対して、彰人はあっさりと言ってのけた。

 

 傍らの姫神達が怪訝そうに首をかしげる中、彰人は楽しそうに、自分の頭の中で作戦を練り始める。

 

 実のところ、ニミッツがこちらの誘いに乗って来ない事も、作戦に織り込み済みである。

 

 既にいくつかの手は打ってある。その発動のタイミングを見極められるかどうか、と言うところに、勝負の分かれ道はあった。

 

「まあ、ここまできたら、あとはやるだけやってみるしかない、か」

 

 どのみち、もはや退路は無い。

 

 自分達の背後には戦火に焼かれる帝国が、そこに住む人々がいる。

 

 ならば、逃げる事は許されなかった。

 

 

 

 

 

 空母機動部隊である関係上、第3艦隊は帝国艦隊の中でも後方に位置している。

 

 第2艦隊と第7艦隊が前衛を務めて敵の攻撃を吸収しつつ、第3艦隊が、その後方支援を担う形である。

 

 既に各空母の飛行甲板では、零戦、烈風、烈風改がエンジンを回し、出撃体勢を整えていた。

 

 太平洋戦争が始まって以来、常に戦いの主力を担ってきた航空機。

 

 数こそ大幅に減ったものの、その勇壮さは決して減じることは無かった。

 

「寂しくなったね」

 

 恋人、相沢直哉がポツリと漏らした言葉に、蒼龍は振り返った。

 

 直哉は既に飛行服に身を包み、出撃の準備を完全に整えていた。

 

「そうですね。昔に比べて、多くの人が亡くなりましたから」

 

 蒼龍もまた、寂しそうに顔を伏せる。

 

 既に、開戦以来のベテランパイロットは数える程しか残っていない。「蒼龍」航空隊でも10人はいないだろう。

 

 そう言ったパイロットは、もはや宝石よりも貴重な存在になりつつあった。

 

「それもそうだけどさ、何か今まで2航戦でやって来たのに、今回は1航戦としての出撃だから」

「ああ、それもそうですね」

 

 直哉が言わんとしている事を理解し、蒼龍も頷きを返した。

 

 「蒼龍」は開戦前から、一貫して第2航空戦隊に所属して戦ってきた。それが今回、海戦以来の同僚である「瑞鶴」と共に1航戦に所属しての出撃である。

 

 勿論、1航戦と言えば帝国海軍航空艦隊における主力中の主力。航空部隊の「顔」と言っても良い花形部隊である。その1航戦に所属する事以上の名誉など他には無い。

 

 しかし2航戦と言う部隊名は、直哉や蒼龍にとって特別な思い入れがある。

 

 今は亡き山口多聞や飛龍、龍驤と共に多くの戦いに参加し、そして戦い抜いてきた。

 

 喜びも、悲しみも、全てを巨有してきた2航戦と言う場所は、直哉たちにとって自分達の家にも等しい存在だった。

 

 その2航戦から離れる事に対し、一抹の寂しさを覚えるのも無理からぬことだった。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 直哉は蒼龍に向き直って行った。

 

「やる事は変わらないからね」

 

 少年は、少女の腰に手を回し、そっと抱き寄せる。

 

「僕は蒼龍を守って戦う。それだけだよ」

「はい・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言うと、2人は互いに唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 それから数分後、「蒼龍」を発艦した直哉は、烈風改の操縦桿を握り、部隊の先頭に立って南へと進んでいた。

 

 1航戦、2航戦、3航戦から発艦した戦闘機部隊は、総数で112機に及ぶ。

 

 誇るべき大編隊であるが、しかし同時にこれが帝国海軍の限界を示していた。

 

 2000機以上の艦載機運用能力を誇る合衆国海軍からすれば、その力は微々たる物でしかない。

 

 戦いの帰趨は勢い、パイロット個々人の技量頼みと言う事になっていた。

 

《いやー、しかし羨ましいっすね》

 

 後続する野村機から、何やらからかうような口調の無線が入って来た。

 

「何がです?」

《隊長がですよ》

 

 野村の言葉に、直哉は首をかしげる。自分は何か、野村に羨ましがられるような立場になっただろうか?

 

 意味が分からないと言った調子の直哉に対し、野村は続ける。

 

《俺も、隊長みたいに可愛い艦娘の彼女を作りたいですね》

「ブッ!?」

 

 思わず、操縦をミスりそうになり、慌てて体勢を戻す直哉。

 

「な、何言ってるの、こんな時にッ それに僕と蒼龍がそんな・・・・・・・・・・・・」

《自覚が無いのは性質が悪いですよ隊長》

 

 普段は口数の少ない小野少尉まで、笑みを含んだ調子で言い募ってくる。

 

「だ、だからッ」

《言い訳する前に、公然といちゃつくのやめましょうよ。こっちからしたら目の毒っすよ》

 

 野村少尉の言葉に、顔を赤くする直哉。完全にからかわれている。

 

「こ、こらッ 上官をからかうな!!」

 

 怒鳴る直哉。

 

 隊内の他の列機からも、忍び笑いが漏れ聞こえてくる。

 

 皆、直哉と蒼龍の事は祝福している反面、多くの者達が羨ましいと思っているのだった。

 

 加えて、これまで一匹狼的な性格だった直哉が、こうして他の者にからかわれて慌てた様子を見せているのが楽しくて仕方がない。と言う面もあるようだ。

 

 彼女持ちがやっかみを買うのは、いつの時代も同じ事である。

 

 不貞腐れる直哉。

 

 だが、

 

 和んだ空気でいられるのもそれまでだった。

 

 振り向けた視界の彼方で、何かが不吉に輝く。

 

 その様子を、猛禽の如き瞳は見逃さなかった。

 

「敵機確認!!」

 

 叫びながら、スロットルを開く直哉。

 

 烈風改はエンジン出力を上げて部隊の前に出る。

 

 一方で、小野、野村両少尉の烈風も追随してくるのが見えた。

 

 鋭い視線を前方へと向ける直哉。

 

 相手は単発機。

 

 どうやら敵は、まず空母艦載機を繰り出してきたようだ。

 

 空母機は、先の第2次東京空襲の際、直哉たちを妨害して来た因縁の相手である。彼等の妨害があったせいで、直哉たちのB29は失敗したような物である。

 

 誰もが報復の機会を得たように、勇んで飛び掛かって行く。

 

「行くぞッ」

 

 直哉もまた、一声吠えると同時に、小野、野村両少尉を引き連れて突撃していく。

 

 

 

 

 

 今ここに、

 

 日米の事実上の最終決戦となる、「第3次マリアナ沖海戦」が幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直哉達が進撃してきた合衆国軍と交戦状態に入った頃、

 

 宇垣率いる第2艦隊にもまた、敵機の大軍が殺到しようとしていた。

 

 旗艦「大和」の艦橋で、向かってくる敵機を眺めながら、宇垣は静かに息を吐く。

 

 既に小沢率いる第3艦隊から発した戦闘機隊が、敵部隊との交戦状態に入っている。

 

 しかし、敵の数が多すぎる為、全てを防ぐ事が出来ないのも現状だった。

 

「対空戦闘用意!!」

 

 宇垣は鋭く命じる。

 

 各艦では既に、高角砲や機銃、噴進砲の砲門が上を向き、戦艦の主砲も獲物を求めて鎌首を持ち上げている。

 

 傍らの少女に目をやる宇垣。

 

 対して、大和もまた宇垣を見て、微笑を浮かべて来た。

 

 ただそこにいてくれる。

 

 そして共に戦ってくれている。

 

 ただそれだけで、2人は互いの気持ちを通じ合わせる事ができるようだった。

 

 やがて、敵部隊が徐々に接近してくる。

 

 その様子を見据え、

 

「撃ち方始め!!」

 

 宇垣は鋭く命じた。

 

 咆哮する戦艦群。

 

 「大和」「武蔵」「信濃」の46センチ砲が、「長門」の40センチ砲が、「金剛」「比叡」の36センチ砲が、一斉に火を噴いた。

 

 唸りを上げて飛翔する砲弾。

 

 一斉に炸裂した瞬間、空中には無数の鉄球がばらまかれる。

 

 三式弾改の恐ろしい威力を前に、敵機は次々と包み込まれ、そして力尽きたように落下していく。

 

「次斉射、準備急げ!!」

 

 宇垣の命令を受け、各艦では第2射の準備に入る。

 

 20秒で装填が完了する「信濃」はいち早く第2射へと移行。その他の艦も、負けじと主砲を発射する。

 

 再び炸裂する砲弾。

 

 その一撃が再び合衆国軍を襲う。

 

 しかし、既に三式弾改への対策を完成させている合衆国軍は、大きく散開して被害の極限を図る。

 

 砲弾が炸裂した瞬間、火を噴いて落下していく機体は、第1射時と比べてかなり少なくなっていた。

 

 しかし、緊密に組まれていた編隊を崩す事には成功していた。

 

 バラバラに襲い掛かってくる合衆国軍。

 

 その動きを、宇垣は冷静に見据える。

 

 そして、

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 宇垣の命令が響く。

 

 次の瞬間、第2艦隊各艦は一斉に対空砲火を撃ち上げる。

 

 たちまち、上空に曳光弾が交錯し、黒煙が視界を覆う。

 

 そして、

 

 それと同時に、上空に群がった鉄騎が、次々と落ちていく光景が見えた。

 

「やったッ!!」

「落ちるぞ!!」

 

 喝采を上げる将兵達。

 

 「大和」の艦橋では、指揮を執る宇垣もまた、満足そうに状況を見守っていた。

 

「宇垣さん」

「ああ、このまま行くぞ」

 

 大和の言葉に、力強く頷きを返す宇垣。

 

 実はこの作戦に際し、宇垣は幾人かの砲術の専門家を集め、新しい対空戦闘方式の開発を命じていたのだ。

 

 帝国海軍の艦艇は、一部の高火力艦を除き、対空戦闘に弱い性質を持っている。これは、元々が水雷夜戦を想定した設計が行われ、その為の武装を多く搭載する一方、対空火器を積むスペースが少ない事に起因している。

 

 この問題を解消する為、宇垣が出した答えは「艦と艦との間隔を狭める」事だった。

 

 回避運動は制限される事になるが、対空砲の十字砲火を艦隊上空に投げ掛ける事で、より緊密な弾幕形成が可能となる。

 

 その効果は早くも現れ始めていた。

 

 上空を旋回し急降下爆撃の体勢に入ろうとしていたヘルダイバー爆撃機は、対空砲火の網の中にもろにツッコミ、次々と炎へと変じていく。

 

 海面付近まで降下して魚雷投下を狙うアベンジャーにも容赦なく砲撃は浴びせられ、力尽きたように海面に落下していく機体が続出する。

 

 レイテで多くの犠牲を生んだ上に出した結論が今、成果を生んでいる。

 

 「大和」上空にも、敵機が群がりはじめる。

 

 その様子を、宇垣は視線を上げて見据える。

 

「勇敢だな。だが、愚かだ」

 

 「大和」は第2艦隊の言わば「本丸」だ。そこは当然、最も防御力が高い場所である。

 

 たちまち、「大和」上空で対空砲火が交錯する。

 

 視界さえ塞ぐような対空砲火が打ち上げられ、次々とヘルダイバーに殺到する。

 

 その圧倒的な火力を突破できず、次々と撃ち落とされていく合衆国軍機。

 

「やりましたね、宇垣さん」

「ああ、この調子で頼むぞ、大和」

 

 力強く頷き合う、宇垣と大和。

 

 その下で、

 

 2人の手が密かに繋がれている事に、気付いた者はいなかった。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 第2艦隊に所属する他の艦まで、「大和」同様に幸運だった訳ではない。

 

 「武蔵」の対空防御力は、大和型戦艦3隻の中で最も低い。

 

 「信濃」は設計段階から対空戦闘を意識した防空戦艦として建造されているし、「大和」も第3次ソロモン海戦の損傷を機に改装され、「信濃」程ではないが対空火力が増強されている。

 

 「武蔵」だけが、そうした改装を受けずに今日まで来ている。

 

 勿論、レイテ以後、対空砲の増設は行っているが、姉妹たちほどには徹底されていなかったのも事実である。

 

 その「武蔵」に敵機は殺到してきた。

 

 空中から迫るヘルダイバー爆撃機。

 

 更に、右舷側からは魚雷を抱いたアベンジャー雷撃機が迫る。

 

 唸りを上げて迫る急降下爆撃機を前に、「武蔵」の対空砲火が炎を上げる。

 

 砕け散る急降下爆撃機。

 

 だが、全てを阻止する事は敵わず、後続する敵機の爆弾投下を許してしまう。

 

 爆弾が次々と炸裂して、「武蔵」は炎に包まれる。

 

 そこへ迫る、アベンジャー。

 

 投下された魚雷2発が、「武蔵」の舷側に巨大な水柱を突き立てた。

 

「クッ やるなヤンキー!!」

 

 痛みに耐えながら、不敵な笑みを見せる武蔵。

 

 だが、彼女にとってはまだこの程度、軽傷の内にも入らない。大和型戦艦の防御力は伊達ではなかった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 戦艦「長門」にも、敵機は殺到していた。

 

 両舷から迫る、合計12機のアベンジャー雷撃機。

 

 その様子を見て、長門は歯噛みする。

 

「これは、かわせないかッ」

 

 金床攻撃(アンヴィル・アタック)

 

 合衆国軍が長い戦いの末に開発した必中の航空雷撃戦術である。

 

 敵艦の両舷、あるいは多方向から同時攻撃を仕掛け逃げ道を塞ぐ。

 

 この状態では、「長門」はどちらに回避したとしても魚雷を喰らってしまう事になる。

 

「ならばッ!!」

 

 両舷の対空砲火を噴き上げて、敵機の接近を阻もうとする長門。

 

 放たれる砲撃によって、2機のアベンジャーが吹き飛ぶ様子が見えた。

 

 だが、残りは「長門」の砲火を掻い潜って迫ってくる。

 

 一斉に投下される魚雷。

 

 無駄と知りつつも、被害を極限する為に回避運動を行う「長門」。

 

 次の瞬間、

 

 「長門」の舷側に、巨大な水柱2本が突き立った。

 

「クッ だが、まだこの程度!!」

 

 傾斜を始める艦の中にあって、それでも歯を食いしばって攻撃に耐える長門。

 

 砲火は相変わらず激しく吹き上げている。

 

 だが、合衆国軍も執拗だった。

 

 複数のベアキャットが機動性に物を言わせて「長門」に接近したかと思うと、甲板上に強烈な機銃掃射を仕掛けていく。

 

 降り注ぐ無数の銃弾。

 

 その攻撃が、甲板上で対空砲の担当を行う機銃員を薙ぎ払っていく。

 

 こうして対空砲火が弱まった所で、今度は頭上からヘルダイバー爆撃機が迫る。

 

「クッ!!」

 

 歯を食いしばりながら、必死に回避運動に努める長門。

 

 だが、先の魚雷命中によって鈍った脚では如何ともしがたい。

 

 まず、艦首部分に命中した爆弾が爆炎を噴き上げ、巨大な破孔を甲板上に開ける。

 

 更に第3砲塔に1発が命中。天蓋を突き破って砲塔そのものを叩き潰した。

 

 3発目は艦橋のすぐ手前に命中。艦橋内にいた艦長以下が、思わず床に投げ出される程の衝撃を撒き散らした。

 

 4発目は至近弾となって艦尾付近に落下。実際の被害こそ少なかったものの、艦底部に爆発の衝撃を与えて来た。

 

 5発目は煙突基部に命中。煙突を根こそぎ吹き飛ばし海面へと叩き込んだ。

 

 ボロボロに破壊される「長門」。

 

 そこへ、再びアベンジャー雷撃機が迫ってくる。

 

 その動きを阻止する力は、もはや「長門」には残されていなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・これまでか」

 

 小さく呟く長門。

 

 その口元には、満足げな笑みを浮かべている。

 

 悪くない。

 

 そう、悪くない人生だった。

 

 「世界のビッグセブン」「最強戦艦」「日本の誇り」とまで言われ、帝国海軍の象徴として過ごした戦前。

 

 そして戦争が始まると多くの重要な戦いに参加し戦果を上げる事が出来た。

 

 戦艦として、艦娘として、幸せな人生だったと思う。

 

「陸奥・・・・・・私も今、そっちに行くぞ」

 

 呟いた次の瞬間、

 

 「長門」の舷側に、無数の水柱が突き立つ。

 

 それと同時に、「長門」は己の意識が、どこか遠くへと飛ばされるのを感じた。

 

 頽れる艦体。

 

 艦は横倒しになり、急速に海面下に沈んで行く。

 

 戦艦長門。

 

 最愛の妹、陸奥に遅れる事2年半。

 

 壮絶な討ち死にだった。

 

 

 

 

 

第91話「矢は放たれた」      終わり

 


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