蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第79話「烈風見参」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シブヤン海での死闘は続いていた。

 

 上空を埋め尽くす敵機の群れ。

 

 雲霞が湧くが如き光景を前に、連合遊撃艦隊の各将兵・艦娘は、緊張の為に眼差しに力を込める。

 

 午前中の戦闘が不首尾に終わった事を悟ると、合衆国第3艦隊司令官ビル・ハルゼーはより一層、午後になると、連合遊撃艦隊に対する攻勢を強め、その攻撃の切っ先により、損傷を負う艦が増え始めていた。

 

 脱落した艦こそ少ないものの、多くの艦が傷つき、戦闘力を低下させている。

 

 宇垣と彰人は、どうにか艦隊の秩序を維持する事に腐心していた。。

 

 攻撃によって当初の予定よりも遅れつつも、どうにか進路を東へと向けて航行する連合遊撃艦隊。

 

 そこへ、合衆国軍の第6次攻撃隊が来襲したのは、日も傾き始めた午後3時半の事だった。

 

「対空電探に感有りッ 敵機多数接近!!」

 

 絶叫するような報告に、艦隊全体の緊張が増すのが判った。

 

 報告を受けて、「姫神」の艦橋に立つ彰人も、東の空へと双眼鏡を向けた。

 

「・・・・・・・・・・・・敵将はしびれを切らしたのかな」

「どういう事ですか?」

 

 呟く彰人に、姫神が問いかける。

 

 そんな彼女に、彰人は無言のまま双眼鏡を渡す。

 

 手渡された双眼鏡を覗き込む姫神。

 

 その視界の中で、向かってくる敵機の姿が映し出された。

 

「・・・・・・・・・・・・多いですね」

 

 少女のつぶやきが、全てを物語っている。

 

 敵の数が多いのだ。恐らく200機は下らないだろう。

 

 これまで来襲した敵機の数は、一度にせいぜい30機から50機程度。午後一番で襲来した攻撃隊の数は多かったが、それでも100機を越える程度だった。

 

 そこに来て200機である。

 

 今日1日の戦闘で、合衆国軍は連遊艦にある程度のダメージは与えた物の、壊滅させるには程遠い状況である。

 

 航空支援の無い裸の艦隊を攻撃して戦果僅少とあっては、敵指揮官ハルゼーのプライドは大いに傷ついた事だろう。

 

 恐らく、今度こそ連遊艦を壊滅させるべく、大規模な攻撃隊を繰り出して来たのだ。

 

「対空戦闘用意!!」

 

 彰人の指示に従い、「姫神」と「黒姫」は前部に集中配備した2基6門の主砲を振り翳す。

 

 帽子を目深に被る彰人。

 

 その視線は、迫る敵機の群れを真っ向から睨み据える。

 

 あの数のまま接近されたら、こちらの大損害は免れないだろう。何とか、敵が艦隊の取り付く前に、数を減らしておく必要があった。

 

 その視線が、一瞬強く輝いた。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 彰人の命令と共に、「姫神」「黒姫」は計12門の50口径40センチ砲を一斉に放つ。

 

 やや遅れて、「大和」以下、他の戦艦群も主砲を撃ち放った。

 

 蒼穹に炸裂する鉄球の嵐。

 

 3式弾改の一斉炸裂によって、合衆国軍攻撃隊の編隊に大きく乱れが生じた。

 

 彰人は更に、手を緩めない。

 

「砲撃続行ッ 斉射2回!!」

 

 彰人の鋭い命令が飛ぶ。

 

 今日1日、彰人は主砲による対空射撃を控えめにしてきた。

 

 搭載できる3式弾の数にも限りがある。数度に渡る空襲が予想される上に、連遊艦はレイテ湾に突入して地上砲撃も行わなくてはならない中、弾薬の消費を可能な限り抑える必要があった為である。

 

 だが彰人は今回敢えて、切り札である主砲の連続斉射に踏み切った。

 

 敵が連遊艦に取りつく前に、可能な限り数を減らしておこうと考えたのだ。

 

 だが、

 

「ダメかッ」

 

 彰人は舌打ち交じりに呟いた。

 

 敵も度重なる戦闘で、帝国艦隊の主砲による対空射撃が脅威なのは学んでいたらしい。

 

 三式弾が炸裂する前に敵編隊は大きく散開してしまった。それでもいくらかの敵機は落とせたものの、壊乱に追い込むには程遠い状況だった。

 

 3式弾の攻撃を攻撃を回避した敵機が、秩序立った編隊を維持して向かってくるのが彰人の視界からも見えた。

 

「仕方がない・・・・・・・・・・・・」

 

 3式弾が役に立たない以上、対空砲火と回避運動に賭けるしかなかった。

 

 急降下爆撃と雷撃に分かれ、接近を図る合衆国軍。

 

 その様を、彰人は真っ向から睨み据える。

 

 次の瞬間、

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 この日、6度目となる同一の命令。

 

 同時に「姫神」の両舷に備えられた対空砲火が、一斉に放たれた。

 

 翼を連ねて急降下体勢に入ろうとしているヘルダイバー。

 

 その鼻先に、長10センチ砲から放たれた砲弾が炸裂する。

 

 先頭を進んでいたヘルダイバーは、その一撃でカウンターパンチを喰らったように吹き飛ばされた。

 

 だが、彰人達には喝采を上げる余裕はない。

 

 他のヘルダイバーは、味方の犠牲を恐れないかのように、急降下を開始したからだ。

 

「面舵一杯ッ!!」

 

 彰人の鋭い指示。

 

 同時に「姫神」は35ノットの最高速度で海上を走りながら、艦首を右へと振って行く。

 

 その間にも、自身の制御に集中する姫神。

 

 やがて、投下された爆弾が次々と海面を叩き、激しく水柱を噴き上げていく。

 

 至近弾と言えどもバカにはできない。瀑布や破片によって甲板の機銃要員が被害を受ける事はあるし、艦底部に被害が蓄積すれば速力が低下する事もあり得るのだ。

 

「戻せッ 舵中央!!」

 

 どうにか急降下爆撃を全て回避したと判断した彰人は、「姫神」を直進に戻すように指示を出す。

 

 操舵手が舵輪を左へと回していく。

 

 程無く、「姫神」は右への旋回をやめ、進路を直進へと戻して行った。

 

 だが、安心するのはまだ早かった。

 

「左舷、アベンジャー10機!!」

 

 見張り員の報告に舌打ちする彰人。右の次は左だった。

 

「取り舵一杯ッ 急げ!!」

 

 今度は魚雷と正対するべく、左へと舵を切るように指示を出す。

 

 同時に、再び機関は全速まで持って行く。

 

 同時に、彰人は次の手を打った。

 

「左舷、噴進砲発射!!」

 

 彰人の命令と共に、左舷2基の28連装噴進砲が一斉発射される。

 

 ロケット弾の一斉攻撃をカウンター気味に受け、3機のアベンジャーが射点に取り付く前に海面へと突っ込んだ。

 

 だが、残る7機のアベンジャーは構わず突っ込んでくる。

 

 対して、高速で航行しつつ左への旋回を続ける「姫神」。

 

 すると、面白い事が起こった。

 

 回頭中の「姫神」を目指す魚雷。

 

 その魚雷の進路が突如、弾かれたように捻じ曲げられたのだ。

 

 その様子を見て、彰人は不敵に笑う。

 

 「姫神」の基準排水量は3万5000トン。満載すれば4万トンを超える。そのような巨艦が35ノットの高速で航行した時の水圧は相当なものになる。

 

 魚雷は「姫神」の放つ艦首波に弾かれ、強制的に跳ね飛ばされたのだ。

 

 これにはアベンジャーのパイロット達も驚いた事だろう。まさか、こんな形で攻撃が失敗に終わるとは思っても見なかっただろう。

 

 凱歌を上げる「姫神」の乗組員たち。

 

 だが、他の艦も幸運に恵まれていた訳ではなかった。

 

 

 

 

 

 少女はストレートに下ろした長い黒髪を爆炎に靡かせ、凛とした表情で、向かってくる敵機を睨み据えていた。

 

 第7艦隊に所属する戦艦「榛名」にも、敵機が群がろうとしている。

 

 「榛名」はこれまで、姉である「金剛」とペアを組み、多くの海戦に参加してきた歴戦の高速戦艦であると同時に、これまでの戦いでは殆ど損傷らしい損傷を蒙った事が無い。

 

 姉である「金剛」や「比叡」は、損傷を受けて長く戦線離脱していた時期がある事も考えると、相応の幸運に恵まれて来たとも言える。

 

 だが、そんな榛名の幸運に対価を求めるように、敵機の集中攻撃が襲い掛かろうとしていた。

 

 改装を受けて対空火力が強化された「金剛」や「比叡」と違い、「榛名」の対空火力はそれほど高いとは言えない。

 

 その事もまた、敵機から狙われた理由だった。

 

 だが、

 

「負けません!!」

 

 眦を上げて対空砲火を撃ち放つ榛名。

 

 最高速度の30ノットで駆け巡りながら、敵機を寄せ付けまいと奮闘する。

 

 だが、甘い対空砲火をすり抜けるようにして、敵機は次々と「榛名」に接近してくる。

 

 海面を疾走する魚雷。

 

 白い航跡が不気味に伸びてくる中、「榛名」は必死に回頭して、魚雷をやり過ごそうとする。

 

 30ノットの高速で回頭しつつ、魚雷を回避する「榛名」。

 

 だが、

 

 そこへ直上からの急降下爆撃が襲い掛かった。

 

 投下される爆弾。

 

 魚雷回避中の「榛名」は、機敏に動く事が出来ない。

 

 榛名は悔しげに眼を見開いて上空を仰ぐが、もはやどうする事も出来ない。

 

 次の瞬間、

 

 歴戦の高速戦艦の甲板は、複数の爆炎によって覆い尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「榛名」が集中攻撃を受けて炎上を始めている頃、

 

 ルソン島東方海上に布陣した合衆国艦隊の方でも、変化が生じようとしていた。

 

 主力艦隊である第3艦隊を率いるハルゼーの元へ、ある報告が齎されたのだ。

 

 渡された電文を読むと、たちまちハルゼーの顔が険しい物となった。

 

「敵の機動部隊が、現れたか・・・・・・・・・・・・」

 

 今まで所在が不明だった帝国海軍の機動部隊。すなわち連合機動艦隊を索敵中の偵察機が発見したのだ。

 

 連機艦は既に、台湾北方沖にまで進出していると言う。第3艦隊からすれば、もはや目と鼻の先である。

 

 それは本来、ハルゼーが待ち望んでいた筈の報告である。

 

 だが、タイミング的にはあまり良いとは言えなかった。

 

 今日一日、連合遊撃艦隊に対する攻撃を行い、戦艦や重巡を含め何隻かの敵艦を脱落に追い込む事には成功している。

 

 しかし、肝心の敵主力であるヤマトタイプに対しては、打撃こそ与えた物の、撃破とは程遠い状態だった。

 

 おかげで連遊艦は部隊再編成後、進撃を再開していた。

 

「俺とした事が、中途半端な戦い方をしちまったな」

 

 舌打ちするハルゼー。

 

 ハルゼーは敵空母の出現に備え、連遊艦に対する攻撃は小出しにしてしまったのだ。

 

 それが、今回の中途半端な結果に繋がっている。

 

 こんな事になるのだったら、敵の戦艦部隊に対して全力を投入すれば良かった。そうすれば、連遊艦は壊滅的な打撃を受け撤退を余儀なくされていた可能性が高いし、その後ハルゼーは、対連機艦戦に集中できたはずなのだ。

 

 猛将が猛将らしからぬ戦いをした結果、ハルゼーにとっては不本意な戦況を作り上げてしまった。

 

 だが、こうなった以上、ハルゼーは新たな方針に従って決断するしかなかった。

 

 敢えてサンベルナルジノ海峡の沖に留まるのか?

 

 それとも、敵機動部隊殲滅を目指して北上するのか?

 

「こうしてはどうでしょう?」

 

 悩むハルゼーに対し、参謀の1人が挙手をして発言した。

 

「敵の戦艦部隊は、必ずこのサンベルナルジノ海峡を通ります。ならば、こちらも戦艦を中心にした部隊を編成し、更にキンケード提督の第7艦隊も呼び寄せて、この海峡を封鎖します。その間に、我が機動部隊は、敵の機動部隊を叩くべく北上するのです」

 

 その意見に、賛同する声がいくつも上がった。

 

 確かに、魅力的な案である。

 

 戦艦を相手にするなら、戦艦で戦うのは悪い案ではない。

 

 それに第3艦隊と第7艦隊とが合同すれば、戦艦の数は新旧合わせて12隻。そこへ、戦艦並みの攻撃力を備えたアラスカ級大型巡洋艦も4隻加わるのだから、事実上、戦艦は16隻となる。

 

 報告では、敵戦艦部隊の戦艦は8隻。うち3隻が、合衆国軍には無い18インチ(46センチ)砲を装備した戦艦である。

 

 しかし、所詮は3隻だ。それくらいなら数の力で充分に圧倒できる筈。

 

「・・・・・・・・・・・・やってみるか」

 

 ハルゼーは呟くように言う。

 

 どのみち、ここで待っているのはハルゼーの性分に合わない。ならば、一歩でも二歩でも敵に近付き、積極的に攻めて行くべきであると考えたのだった。

 

 

 

 

 

 ようやく、1日が終わった。

 

 シブヤン海に沈む夕日の切れ端を眺めながら、彰人は嘆息交じりに呟く。

 

 長い1日だった。

 

 都合5波に及んだ合衆国軍の攻撃。

 

 執拗とも言えるその攻撃を、連遊艦は辛うじて耐えきったのだ。

 

 戦艦「榛名」、重巡洋艦「愛宕」、駆逐艦「雷」沈没。重巡洋艦「妙高」大破。戦艦「武蔵」、軽巡洋艦「仁淀」中破、戦艦「信濃」「金剛」、重巡洋艦「那智」小破。

 

 それが、今日1日で連合遊撃艦隊が被った損害だった。

 

 「武蔵」は合計で5本の魚雷を喰らい、一時的にかなり危険な状況になりかけたが、その後どうにか復旧を果たし、辛うじて22ノットでの航行が可能だった。現在も復旧作業を継続し、どうにか速力回復に努めている所だった。

 

 現在、連遊艦は「武蔵」の速度に合わせて航行し、シブヤン海の出口、サンベルナルジノ海峡を目指している。

 

 そこを抜ければもう太平洋。あとは一気に南下してレイテ湾に突入するだけである。

 

 だが、サンベルナルジノ海峡は、今回の戦いで最も危険な場所である。十中八九、敵は網を張って待ち構えているだろう。

 

 いかに海峡を素早く突破してこちらの体勢を確立するかが勝負のカギとなる。

 

 もっとも、その事は出撃前から判っていた事である。

 

 だからこそ、彰人は予め目一計を案じ、手は打っておいたのだが。

 

 と、

 

 そこでふと、彰人は艦橋の端に立つ姫神に目を留めた。

 

 窓枠に手を付き、暗くなり始めた海を眺めている。

 

 そこへ、彰人はそっと近づいた。

 

「・・・・・・雷の事?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 答えは返らない。

 

 どうやら、図星だったらしい。

 

 第7艦隊結成以来のメンバーが、また減ってしまった。

 

 暁型駆逐艦3番艦「雷」。

 

 誰よりも小さく、それでいて誰よりも包容力を持った少女は、シブヤン海の海の底へと消えて行った。

 

 そっと、姫神の頭に手を置く彰人。

 

 すると、姫神の方も、甘えるように彰人に身を寄せて来た。

 

「・・・・・・暁たちが、泣いています」

「そうだね」

 

 第6駆逐隊の結束の高さは、連合艦隊の中でも評判だった。

 

 その内の1隻が今日、失われたのだ。

 

「覚悟は、していたんだけどね・・・・・・・・・・・・」

 

 トラック環礁で阿賀野を失った時、この悲しみはいつかまた味わう物であると思っていた。

 

 だが、何度目でも慣れることは無かった。

 

「僕達にできる事は、彼女達の犠牲を無駄にしない事だ。月並みな事で情けないけどね」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 彰人の言葉に頷きを返す姫神。

 

 そんな2人の視界の中で、夕日はゆっくりと水平線へ落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開けて翌日。

 

 遥か北の海においても、戦端が開かれようとしていた。

 

 連合遊撃艦隊の出撃に呼応して本土から出撃した小沢治俊率いる連合機動艦隊は、出撃後進路を南にとって只管南下。

 

 既に台湾の東方海上まで進出を果たしていた。

 

 予定では、もう間もなく敵の機動部隊と接触できるはずだった。

 

 以下が、その編成となる。

 

 

 

 

 

○連合機動艦隊

 

・第1機動艦隊

第1航空戦隊「大鳳」(旗艦)「瑞鶴」

第5航空戦隊「瑞鳳」「龍鳳」

第8戦隊「利根」「筑摩」

第3水雷戦隊「川内」 駆逐艦7隻

 

 

 

・第2機動艦隊

第2航空戦隊「蒼龍」「雲龍」「天城」

第6航空戦隊「龍驤」「千歳」「千代田」

第10戦隊「五十鈴」 駆逐艦6隻

 

 

・第3機動艦隊

第3航空戦隊「隼鷹」「飛鷹」

第4航空戦隊「伊勢」「日向」

司令部直属「青葉」

駆逐艦6隻

 

航空機630機

 

 

 

 

 

 航空戦力はマリアナへの出撃時を上回り、過去最高の部隊と言って良いだろう。

 

 しかし、今回は基地航空隊の援護は望めない状態である。

 

 事実上、2000機近い航空機で挑む事が出来たマリアナ沖海戦に比べると、圧倒的に不利だった。

 

 だがそれでも、やらねばならない。

 

 何としても、敵機動部隊の目をこちらに引き付け、連遊艦のレイテ突入を掩護しなくてはならなかった。

 

 その為に、小沢は打てる限りの手を打った。

 

 出撃時刻をわざと昼間にして、瀬戸内海の出入り口を見張っているであろう敵潜水艦に、連機艦の出撃を知られるようにした。

 

 更に今朝になってから、命令電文を暗号を組まず、平文で何度か打たせてある。こうすれば、敵機動部隊は連機艦の接近を知って、攻撃隊を振り向けて来る事だろう。

 

 その狙いは、程なく的中しつつあった。

 

「前衛部隊旗艦『伊勢』より通信。《対空電探に感有り。敵編隊を認む》!!」

 

 その報告に、

 

 「大鳳」の艦橋で腕組みをしていた小沢は、ニヤリと笑った。

 

 獲物が餌に喰らい付いた。あとは吊り上げるだけである。

 

「全艦、直ちに反転。北方に避退するように見せかけて、敵を更に引き付ける!!」

 

 とにかく、敵の主力艦隊を少しでもフィリピンから遠ざけるのだ。

 

 やがて「大鳳」の回頭に合わせて、連機艦の各艦も一斉に回頭を始めていった。

 

 同時に各艦から大出力で電波を発信させる。

 

 敵の目を最大限、自分達に引き付ける為だった。

 

「・・・・・・・・・・・・来い、ハルゼー」

 

 小沢は低い声で敵将に囁きかける。

 

 自分達が極めて不利なのは、小沢自身がよく判っている。

 

 だが、それでも退く気は一切なかった。

 

 そんな小沢を、不安げな眼差しで見詰める大鳳。

 

 対して、小沢は、安心させるように、その厳つい顔に笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 小沢が北方への転進命令すると同時に、各空母でも動きが生じていた。

 

 敵機襲来に備え、直掩部隊が空母の甲板を蹴って出撃していく。

 

 今回も、連機艦は戦闘機中心の編成を行っている。その為、防空戦に徹する事ができれば、かなり長い時間、戦線を支える事が可能なはずだった。

 

 その中には、第2機動艦隊旗艦「蒼龍」の姿もあった。

 

 「蒼龍」もまた、搭載している機体を発艦させる為、速力を上げて航行を始めていた。

 

 その飛行甲板に、相沢直哉の乗る機体も待機していた。

 

 既にプロペラは轟音を上げて回っている。

 

 後は合図があれば、すぐにでも発進できる。

 

 そこでふと、直哉は艦橋の脇で蒼龍が手を振っているが見えた。

 

 想いを通じ合わせ、晴れて恋人同士になった、蒼龍と直哉。

 

 操縦桿を握る直哉の手元には今、2つの人形が揺れていた。

 

 

 

 

 

 連機艦が出撃する前日。

 

 直哉は蒼龍に呼び出された。

 

 いよいよ決戦を前にして、恋人たちはひと時の逢瀬を楽しんでいた。

 

 そんな中、蒼龍は躊躇うように、紙に包まれた物を直哉に差し出してきた。

 

「これは?」

 

 尋ねる直哉に対し、

 

 蒼龍は少し頬を赤く染めながら答える。

 

「あ、開けてもらえば判ります」

 

 その言葉に、直哉は訝るようにしながらも包みを解いてみる。

 

 果たして、その中に入っていたのは、青い着物を着て、手には弓を構えた少女の人形だった。

 

「蒼龍、これ・・・・・・・・・・・・」

「中尉が、飛龍の人形を大事にされているのは知っています。だから、その・・・・・・・・・・・・」

 

 要するに、自分も同じことがしたかった、と言う事らしい。

 

 それにしても、

 

 直哉はクスッと笑う。

 

 蒼龍人形は、直哉が持っている飛龍人形とデフォルトがよく似ている。操縦時のお守りにはもってこいだった。

 

「ありがとう、蒼龍」

「・・・・・・はい」

 

 そう言って、互いに笑いあう直哉と蒼龍。

 

 ややあって、直哉は蒼龍の体を抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 そして今、直哉の手元には飛龍と蒼龍。2人の人形が揺れていた。

 

 自分は愛する2人の少女達に守られている。

 

 ならばこそ、どんな敵と戦っても負ける気がしなかった。

 

 やがて、出撃命令が下る。

 

 同時に、視線を合わせた直哉と蒼龍が、互いに頷きを合う。

 

 次の瞬間、

 

 直哉の機体は、「蒼龍」の飛行甲板を蹴って、上空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合衆国軍の攻撃隊が織りなす大編隊が、空を埋め尽くし勢いで北上していく。

 

 総勢で200に及ぶほどの大攻撃隊は、それだけで連機艦の持つ航空兵力の5割に届く。

 

 正に、容赦ない攻撃が、帝国海軍の誇る機動部隊に襲い掛かろうとしていた。

 

 攻撃せよ。ただ只管に攻撃せよ。

 

 それが、ハルゼーが指揮下の機動部隊に発した命令だった。

 

 その命令に従い、攻撃隊は連機艦を求めて北上を続けている。

 

 勿論、攻撃はこれで終わりではない。この後、2波、3波、4波と後続が控えている。

 

 この攻撃の為に、昨日の連遊艦への攻撃は不十分な物とせざるを得なかったのだ。その鬱憤を晴らさない事には、収まりがつかなかった。

 

 間もなく、それができる筈。

 

 誰もが、そう信じて疑わなかった。

 

 やがて、

 

 先頭を行く先導機が、翼を振って合図をしてくる。

 

 それと同時に、攻撃隊のパイロット達は、その視線を眼下へと向けた。

 

 果たしてそこには、

 

 白い航跡を海面に惹いて航行する、一群の艦隊の姿があった。

 

 間違いない。帝国海軍の主力機動部隊。連合機動艦隊である。

 

 色めき立つ合衆国軍のパイロット達。

 

 マリアナで受けた屈辱の借りを、今こそ叩き返す時だった。

 

 直ちに攻撃態勢が取られる。

 

 ヘルダイバーが旋回しつつ陣形を組み、アベンジャーは徐々に高度を落としていく。

 

 その時だった。

 

「敵機だ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 次の瞬間、

 

 太陽を背に、日の丸のマークを翼に刻んだ戦闘機が、高速で急降下を仕掛けてきた。

 

 強烈な速度で突っ込んで来た戦闘機の一撃によって、ヘルダーバーやアベンジャーが火を噴いて落下していく。

 

 たちまち、合衆国軍に緊張が走った。

 

 直ちに迎撃態勢を取るべく、ヘルキャットやコルセアが加速し、アベンジャーとヘルダイバーは退避して体勢の立て直しにはかる。

 

 問題無い。

 

 奇襲を許したのは痛いが、それは致命傷ではない。

 

 何より、ヘルキャットもコルセアも、帝国軍のゼロに対し圧倒的に優位に立てる機体だ。多少は苦戦をするかもしれないが、最終的に自分達が勝つのは疑いないだろう。

 

 誰もが、そう信じて疑わなかった。

 

 しかし、

 

「な、何ィ!?」

 

 目を疑った。

 

 帝国軍機を捕捉しようと速度を上げたヘルキャットやコルセア。

 

 今までの戦いでは、速度に勝る合衆国軍機が戦いを有利に進める事が多かった。

 

 しかし、

 

 追いつけない。

 

 いかに速度を上げても、帝国軍機に追いつく事が出来ない。

 

 それどころか、逆に引き離されるパターンまである。

 

 運良く補足に成功しても、逆に旋回性能に物を言わせた帝国軍の機動性に翻弄されて逆襲を受けてしまっている。

 

「気を付けろッ 敵の新型だぞ!!」

 

 そう叫んだ瞬間、

 

 叫んだ当の戦闘機隊長が、背後から一撃を喰らって撃墜されてしまった。

 

 

 

 

 

 なるほど、これは良い機体だ。

 

 操縦桿を握りながら、直哉は新たな愛機となった機体の感触を楽しむように操っていた。

 

 ついに戦場に初見参を果たした烈風。

 

 零戦の後継となるべく開発が急がれた機体は、長く零戦を乗り継いできた直哉を満足させるのに十分だった。

 

 大型の機体でありながら、零戦に匹敵する旋回性能を誇り、それでて630キロの高速を発揮できる。

 

 武装も20ミリ機銃4丁を装備し、更に零戦の弱点の一つだった携行弾数の少なさも、機体が大型化して余裕ができた事で解消されている。

 

 何よりうれしいのは防弾性能の充実だった。

 

 零戦では一撃喰らっただけでも火を噴く事が多かったが、烈風ならそのようなことは無かった。

 

 その時、

 

 直哉の烈風の背後から、1機のヘルキャットが迫ってくるのが見えた。

 

 その事を確認する直哉。

 

 操縦桿を引き、機体を上昇させる。

 

 同時に自動空戦フラップが作動。機体の最適な旋回確度を選出しフラップを調整する。

 

 大型の機体でありながら、驚く程コンパクトな旋回でヘルキャットの背後に躍り出る直哉の烈風。

 

 慌てる相手を睨み据え、直哉はトリガーを引き絞る。

 

 両翼に備えた4丁の20ミリ機関砲が火を噴く。

 

 その圧倒的な火力の前に、ヘルキャットは砕け散った。

 

「よしッ」

 

 操縦桿を握りながら、笑顔を見せる直哉。

 

 その手元には飛龍と蒼龍、2人の人形が仲良く揺れていた。

 

 

 

 

 

第79話「烈風見参」      終わり

 


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